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幸せを呼ぶ黒猫
「ねえねえ、知ってる? 幸せを呼ぶ黒猫の噂」
「知ってる知ってるー。なんか、お願いすると恋が実る、ってアレでしょ?」
「なんかねえ、見つけた子がうちの学校にいるらしいよ!」
「嘘、ホント!?」
「ホント、ホント。友達の友達の話なんだけどさあ……」
ある日曜の昼下がり、海原みあおが電車の中でうとうとしていると、少し離れた場所で、女子高生たちがきゃぴきゃぴと噂話をしているのが耳に入ってきた。
最近よく聞く、「幸せを呼ぶ黒猫」の噂だ。
実体はよくわからないが、どうやら、それは猫の姿をしているらしい。見た目はごく普通の黒猫なのだそうだ。
だが、実はその黒猫は特別な黒猫で、どんな願いも叶えてくれるのだという。
特に恋愛成就には効果覿面なのだそうだ。
「なんかね、この近くで見たんだって。その猫」
「いいなー、私も会いたい!」
本当にそんなものがいるのかどうかはわからないが、どうやら、この近くで目撃情報があるらしい。
「幸せを呼ぶ黒猫かぁ」
もしもその猫が、みあおと同じように、改造された人間なのだとしたら。
その猫というのが、ただの猫ならばかまわない。
けれども、もし、悪いモノなのだとしたら大変だ、とみあおは思った。
「よっし、みあお、猫さん探しに行こっと」
「わんだほー、他の猫のにおいなんてわかったりするか?」
電車から降りた朱羽は、肩の上のわんだほーにそう訊ねた。だがわんだほーはきょとんと首を傾げるばかりで、答えてはくれない。
「……やっぱり、地道に足で探す他ない、か」
「あ、あなたも探してるの? 幸せを呼ぶ黒猫」
朱羽がぼやいたそのとき、誰かが後ろから声をかけてきた。
振り返ると、やわらかな茶色の髪を大きなピンクのリボンでふたつに結った、黒猫を抱いた可愛らしい女の子が首を傾げて立っている。
「……誰だ?」
「あ、私はねえ、楠木茉莉奈! この子はマールだよ」
嬉しそうに女の子が差し出した黒猫に、朱羽は思わず笑みを漏らした。自分でも猫を飼っているせいか、動物は嫌いではない。むしろ、好きだといってもいいくらいだ。
「茉莉奈、か。茉莉奈も『幸せを呼ぶ黒猫』を?」
「うん! この子とお友達になれるんじゃないかなーって。ね、あなた、名前は? どうして『幸せを呼ぶ黒猫』を探そうとしてるの?」
「俺は矢塚朱羽。猫を探す理由は……秘密だ」
最愛の妹の幸せを願っているからだ、などと、初対面の少女に言えるはずもなく、朱羽は言葉を濁した。
「ふぅん。そうなんだ。ねえ、朱羽さん、一緒に探さない? ひとりと1匹より、ふたりと2匹の方がずっと見つけやすいよ!」
「……そうかもな」
茉莉奈の嬉しそうな様子に押されて、朱羽は思わずうなずいた。
「ねえねえ、『幸せを呼ぶ黒猫』、探してるの?」
そのときまた、声がかかった。朱羽と茉莉奈が声のした方を向くと、銀色の髪と瞳をした可愛らしい小さな女の子が、大きな瞳をきらきらさせながら、ふたりを見上げている。
「みあおもねえ、猫さんのこと、探してるんだ! みあおも混ぜて〜!」
「わ、朱羽さん、これで仲間が3人と2匹になったね。がんばろう!」
「え、いいの? みあおも混ぜてくれるの?」
「あ、ああ……」
女の子ふたりから見つめられて、朱羽は小さくうなずいた。やはり、女の子には逆らえないなと思う。
「みあおさんはなんで猫を探してるの? 教えて教えて」
「えっとねえ、みあお、みあおのお姉さんのこと、お願いしたいの!」
「そうなんだ? わー、いい子ー!」
そうして、きゃぴきゃぴと盛り上がりはじめた女の子ふたりを朱羽がぼんやり眺めていると、がしょん、がしょん、という音が響いてきた。
なんの音だろう、と振り返ると、そこには、人間よりはやや大きいくらいの大きさの、メカ――いや、近代的な造形の戦闘用ゴーレムが堂々と立っていた。
「おまえたちも猫を探しているのか」
「……あ、ああ。そうだけど」
「俺も猫を探している」
「え、じゃあ、あなたも仲間ね!」
茉莉奈がとことこと歩いて行って、ゴーレムに向かって手を差し出す。ゴーレムは握りにくそうに、その手を指先で握った。
「私は茉莉奈。あの子はみあおさんで、この人は朱羽さん。あなた、名前はなんていうの? どうして猫を探したいの? あ、やっぱり、恋愛成就のお願い、したいとか?」
「……俺はW−1106。通称バルガーだ。猫を探す理由は言えん」
「そうなんだぁ……色々あるんだね。うんうん」
なにか納得したように、茉莉奈は大きく何度もうなずく。その腕の中で、マールがみゃあと鳴いた。
「ねぇねぇ、早く、行こうよぉ!」
みあおが焦れたように声を上げる。
「ああ、そうだな」
この辺り、とはいっても、やはり出没範囲は漠然としすぎている。
「うん、早く行こう〜!」
「そうするか」
茉莉奈とW−1106も頷く。4人と2匹は連れ立って、駅の階段を上がって改札から出た。
「う〜ん、いい天気」
外は、雲ひとつない青空だ。風はやや冷たいが、電車の中の停滞した空気に比べればずっと心地よい。
「ねえねえ、どこから探すの? みあお、やっぱり、さっきの人たちの学校に行った方がいいと思うの」
「……俺はブースターで空を飛べるが」
「え、W−1106って空、飛べるんだ!? すごーい!」
みあおが無邪気に、ぱちぱちと手を叩く。
「私、動物と話せるから……近所の猫に聞き込みする方が早いと思うな」
「茉莉奈、猫と話ができるのか?」
朱羽が目を見開きながら訊ねると、茉莉奈は嬉しそうに頷く。
「なら、猫に直接聞くのが早いかもしれないな。黒い猫なんて、それこそいくらだっているんだろうし……」
「それも一理ある」
マールを見ながらW−1106が頷く。
「じゃあ、あの猫さんにお話、聞いてみようよ!」
みあおが、駅前の歩道の隅で毛づくろいをしている黒猫を指した。
「うん、じゃ、聞いてみるね! ねえねえ、『幸せを呼ぶ黒猫』を探してるんだけど……」
茉莉奈が声をかけながら猫に近づいていくと、猫は急に起き上がって、逃げ出してしまう。
「え!? 待って……!」
茉莉奈はあわててその後を追う。
朱羽、みあお、W−1106も茉莉奈を追いかけて走り出す。
「どうして逃げるの〜!?」
みあおが息を切らしながら叫ぶ。
「やましいところでも、あるんだろうな」
朱羽がそれに短く答えた。
「……あれがターゲット、というわけか」
ふむ、とW−1106がスピードを上げる。
さすがは戦闘用ゴーレム、そこは人間とはつくりが違う。あっというまに猫に追いつき、首根っこをつかんで捕獲することに成功した。
「バルガーさん、偉い!」
茉莉奈がぐ、と親指を立てる。W−1106は当然だ、とでも言いたげに平然としている。
「……で、それが噂の黒猫なのか?」
じたばたと暴れる黒猫を指して、朱羽は言った。茉莉奈はそれを訊ねようと、口を開きかける。
「いかにもにゃん!」
だが、茉莉奈が訊ねるより早く、舌ったらずな様子で黒猫が答えた。
「あ、しゃべれるの?」
みあおが目をきらきらさせながら、首を傾げる。
「こう見えても化け猫にゃん。人間の言葉くらいはしゃべれるのにゃー」
「……化け猫って、悪い猫?」
ぐ、とみあおが拳をかためる。
「ち、違うにゃ! にゃん太郎はいい化け猫にゃん! 人間のお願いごとをかなえるお手伝いをしていたのにゃん!」
「……願いごとをかなえる手伝い?」
朱羽は形のいい眉を寄せながら訊ねた。にゃん太郎と名乗った黒猫は自慢げにヒゲをぴんとさせて、大きくうなずく。
「そうにゃん。一度気まぐれで、ケンカしたカップルの仲を修復する手伝いをしたのにゃん。そうしたら、みんな、ご飯持ってきてくれるようになったのにゃん」
「……つまり、ご飯欲しさにやってることだから、別に特別にご利益があるとかそういうのじゃない、ってこと?」
茉莉奈が訊ねると、にゃん太郎は大きく頷く。
「その通りにゃ」
「……なーんだ、つまんないの。私、帰る」
興味をなくしたらしく、茉莉奈がくるりと踵を返す。
「みあおも帰るー」
「……俺も」
続いて、みあおと朱羽もにゃん太郎に背を向けた。
願いをかなえる、とはいっても、そのようなことなのならば用はない。朱羽はそっとため息をつく。
「なにか用でもあるにゃん?」
あとに残されたW−1106に、にゃん太郎は首を傾げる。
W−1106はぽい、とにゃん太郎を放り出すと、がしゃこんがしゃこんと歩き出す。
あとに残されたにゃん太郎は、つまらなさそうににゃんと鳴くと、また歩道にねそべって毛づくろいをはじめた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2058 / 矢塚・朱羽 / 男性 / 17歳 / 焔法師】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 13歳 / 小学生】
【2407 / W・1106 / 男性 / 446歳 / 戦闘用ゴーレム】
【1421 / 楠木・茉莉奈 / 女性 / 16歳 / 高校生(魔女っ子)】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。ご依頼、ありがとうございます。浅葉里樹です。
銀髪の女の子PCさん! ということで、みあおさんを書いていてドキドキしました。私も銀髪の子、大好きなんです。
可愛い女の子PCを書けて、楽しかったです。今回はありがとうございました。
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