|
大掃除日記
クリスマスが終わったのち、今年もあとわずか。
という訳で、大掃除の季節。年末は年末で忙しいから、あたしの家では一般家庭よりも少し早く行うことにしている。
(今年はこの日にしようかな)
居間のカレンダーに赤丸をつけた。小さい字で「大掃除」と記す。なんでこんなことをわざわざカレンダーに書くのかというと、一つは自分の意識を高めるため。もう一つの理由は、姉妹に掃除の日を覚えてもらうため。これは、姉妹に掃除を手伝ってもらう意味ではなく、むしろ逆。姉妹には外出してもらう。
(だって掃除が進まないんだもん)
きっと姉妹にも手伝おうという気持ちはあるんだろうけど、どうしても行動が裏目に出てしまうというか――。
(あえて裏目に出している可能性もあるけど……)
とにかく、家ではあたし一人が大掃除をすることになっている。お陰で「主婦みたい」と人に言われるくらい掃除の技術は向上したけれど。
(嬉しいような、悲しいような)
家の中が綺麗になるのは、嬉しいんだけどね。
大掃除の日。
朝早くから、さっそく掃除を始める。でもその前に、服を決めないとね。
(うーん)
何を着るか迷う。掃除をするのだから、なるべく動きやすいのが良いのだけど……。
それにしても、なんでこんなにメイド服が家にあるんだろう。
(誰が集めているのかは予想がつくけれど)
でもエプロンなんかもあって、使い勝手が良さそう。今の間だけ、勝手に着させてもらおうかな。
(これなんてどうかな?)
薄地のものを見つけて、鏡の前で自分の身体に合わせてみる。薄地だから動きやすそうだし、それでいて薄地にしてはあたたかそう。エプロンも付いている。
(着てみようかなぁ)
袖を通す。サイズもぴったりで、鏡の前に立った時に違和感はなかった。
(メイドさんみたい)
丈が長く割りとシンプルなワンピースに、フリルがたっぷり付いた白いエプロン。エプロンは背中で交差して結んである。
片足を浮かせてターンすると、スカートの裾がシャボン玉のように柔らかく舞った。
(この服でいいかなぁ)
少し薄地すぎる気もするけど、動けばあたたかくなる。大掃除は体力勝負のところがあるから、多分この服で平気だろう。
それじゃあ、大掃除を始めないとね。
まずは、両親の部屋とあたしと妹の部屋と居間の三部屋の掃除。
(畳からかな)
あたしの家は木造平屋一戸建て純和装というものだから、フローリングではなくて畳なのだ。それに築百年以上が経過しているから、丁寧にと気を遣う。掃除中に家に傷をつけてしまっては大変だ。
とりあえず、畳に落ちている物を拾う。両親の部屋では読みかけの料理本や、あたしと妹の部屋だと画用紙や道具箱が落ちていたりする。
(もう)
あたしが普段から注意しているけれど、家族はどうしてもちらかしてしまう癖があるみたい。
物を取り除いてから、畳を外して外へ持っていく。と、言葉通りに進めばいいんだけど――。
(疲れる……)
一人で三部屋分運ぶのは重労働。しかも埃のにおいが部屋中に漂って、何度かむせた。これくらいは家族に手伝ってもらえばよかったなぁ、と少々後悔してしまう。
畳をお日様に当てている間、一旦三部屋を後回しにして、あたしは水まわりの掃除。台所、お風呂、厠なんかがそう。
(台所は……と)
目に入ったのは、普段掃除が怠りがちなレンジ。よく見ると、油が焦げ付いてしまっている。
(すごく焦げついちゃってる)
油は落とすのが大変なのだ。こういうのを見ると最近テレビで見かけるスチームクリーナーが欲しくなってしまう。
(こういう時は)
自分の部屋から使わなくなった三角定規を持ってきた。三角定規を斜め二十度くらいにして油を削る。端が使えたら楽なんだけど、それではレンジを傷つけてしまうから駄目。
ガリガリと、多少耳障りな音がするけれど、確実に油の厚みが減っていっている。
(これくらいが限度かな)
キッチン用の洗剤を、目の細かいタワシにつけて、適度な力でこする。傷つけないようにしながら、時間をかけていけばだんだんと汚れは落ちていく。
(こんなものかな?)
洗い流して、あとは乾かす。
(流しも汚れてるなぁ)
布巾に薄めた台所用洗剤をつけて、固く絞ってから磨いていく。さっきからこすったり磨いたり、腕が疲れてくる。
(これくらいかな)
今度はスポンジに切り替えて磨く。蛇口も忘れないように。
(茶色い汚れがついちゃってるなぁ)
こういうのはなかなか取れない。
(そうだ、)
こういうのって、酸が効くんだっけ。
お酢を薄めたものをスポンジにつけて磨いてみる。スポンジが柔らかい分、力を要したけれど綺麗に汚れが取れた。
それから流しのゴミも捨てる。普段容器の中に新聞紙を入れてあるので取り出しも楽だ。そもそも普段から捨ててあるので、ゴミ自体が少ない。
(でも)
大変なところが一箇所ある。それは換気扇。
(あんまり見たくないなぁ)
恐ろしい気もする。それでも窓をあけて空気を通し、ゴム手袋をはめてから椅子の上に立って手を伸ばし、換気扇を外す。こげ茶色の汚れがべったりとくっついていて、目を逸らしたいくらい。
(頑張らないと)
そういえば、髪が邪魔だ。あたしの髪は長いから、俯くと髪が落ちてきてしまう。
(油がついちゃったら嫌だなぁ……)
仕方がないから、ゴム手袋を外して髪をくくることに。首元がじっとりと汗ばんでいて、ゴムに髪を通す時、じんわりと汗が手に広がった。
いらない古新聞を広げて、その上に分解した換気扇の部品を置く。小さいネジなんかもあって、なくしたら大変――気が抜けない。
(これをどう掃除するか、だよね……)
簡単には落ちてくれなさそうだなぁ。いつも苦労するんだもん。
さっきレンジで使った三角定規をここでも使用。油を削り取る。それから雑巾で拭き取る。これは殆ど効果がない。何もつけていない雑巾程度では油は落ちないのだ。
(よーし)
今年は今までとは違う。最終兵器があるのだ。と言っても、市販の油汚れ用洗剤。こういうのは買わないでおこうと思っていたのに、先月安売りをしているのを見かけてつい買ってしまったのだ。
(でも便利そう)
せっかくなので、今の今まで対換気扇ように取っておいていた。他のは、手間をかければ落ちてくれる汚れだから。
換気扇のプロペラへ、勢いよくスプレーした。その後、水に濡らした雑巾で拭き取る。そうすると、見事なまでに汚れが取れた。
(すごい!)
通販番組が出来そう。取れない汚れが取れた時って、他人が思っている以上に当人は嬉しいもの。あたしは感心しながら他の部品にもスプレーして拭き取っていった。あとは水で洗って乾いた雑巾で拭き取っておしまい。すごい。これなら買って良かったかも。
次に風呂場。
(腕をまくらないと)
それから靴下をぬいで裸足になって。スカートの裾も少しあげて、と。濡れてしまうもの。
浴室用洗剤をスポンジに含ませて浴槽を磨く。さすがに疲れてきたなぁ。
(あと厠も残ってるし……)
それまで我慢して、それが終わったら少し休もう。
(その頃には大分疲れているだろうし)
今だって腕が痛くなってきている。休憩を挟んだ方が効率も上がりそうだしね。
「はぁ」
しゃがみこんで、ためいき。ようやく休める。
(何処で休もう)
家の中はくつろげる状態ではないから――庭、かな。
温かい緑茶を淹れて庭に出た。
とても小さな庭だけど、冬とはいえ緑を見ながら過ごす時間も悪くない。
縁側に座って、肩の力を抜いた。ずっと無意識に身体を硬くしていたのだろうか――積み木が崩れるように楽になった気がする。
ふぅ、と息を吐く。あたたかいお茶を口へと運ぶ。舌が焼けそうな程熱いお茶は、喉を溶かしていった。
さっきまでの汗は風に飛ばされて、急激に身体が冷えている。
(寒……)
その分、お茶が美味しい。口の中に含んで、喉を通って胸に落ちる。温度の流れがよくわかる。
両手で持っている湯飲みを右の頬につける。あたたかい。
(いいなぁ)
お茶を飲み干して、空へと息を吐いた。白い吐息が、宙に浮かんだ。
(そろそろ)
続きをやらないとね。
陽の光を大分吸収した畳。これを布団叩きで思い切り叩かなければならない。
汗が滲む程強く握り締め、
「え〜い!!!」
叩く!
こういう時、あたしは人魚で良かったと思う。人魚の怪力のお陰で力は出る。ただ、それを持続させるのが大変だけれど……。
三部屋分の畳の埃を落とした後は、あたしの息は完全にあがっていた。はぁはぁと肩で息をしていて、呼吸をすること自体が辛く感じる。髪も乱れてしまった。
(疲れたぁ……)
畳を運んで部屋へ戻す。それが終わったら掃除機の出番。スイッチを入れると、古い物だからか、うなるような音がする。
(だ、大丈夫かな?)
これで畳を傷つけないようにゴミを吸い取っていく。編み目にそって、ゆっくりと掃除機を動かせば傷つけることはない。
(出来た)
スイッチを切って、掃除機をどかす。ここからが大事。
あたしは台所へ行って、急須から茶殻を取り出した。それを事前に集めておいた要らない茶殻と合わせて絞る。余計な水を出し終わると、茶殻を掃除機をかけた畳の上に行き渡るよう、ばら撒いた。これをホウキで掃くと、編み目の汚れが落ちるのだ。有名だけど、新品の畳を別にすれば、非常な効果が期待できる。
ホウキで掃き終えて、茶渋をゴミ箱へ。ここまででかなりの重労働。ホウキと言い掃除機と言い、かがんで使うからさすがに腰が痛くなってきた。
「ん〜……」
背伸びをして、身体を伸ばす。
あとは、窓と障子。
窓に使うのは水を張ったバケツと新聞紙。新聞紙を濡らして窓を拭くだけで、綺麗になるのだ。どうも、印刷してある文字なんかが関係しているらしいんだけど……これは簡単でお金もかからないのでおすすめ。低い場所はメイド服の裾を踏まないようにしてからしゃがんで、高い場所は椅子に座って、丁寧に拭き取っていく。窓拭き用の道具もあるけれど、手で拭いた方が確実に汚れは落ちるのだ。
雨戸はさすがに新聞紙で拭くわけにもいかないので、濡らした雑巾で丁寧に拭き取る。やっぱり、中よりも外側の方がずっと汚れていて、何回かバケツの水を替えた。
(手が凍りそう)
さらに障子の張り替え。これは妹に頼めばよかったなぁ……。指を突っ込んで破ったり、遊んでくれそうだもの。
(いや、でも、新しく張ったのも破られたら大変かも)
障子をはがして専用の糊で新しい障子を張って。張り替える前はそんなに色は変わっていないと思っていても、張り替えてみると大分違う。
(一年でこんなに汚れるものなんだ……)
ちょっと感心。真新しい白の障子は見ていて心地が良い。満足感もある。
それにしても指先が冷たい。かじかんで、いつもより手先が不器用になってしまう。
もう一回お茶を淹れて、息を吐く。
あともう少しかな。
最後にようやく表面上のものごと。
居間にコタツ用の絨毯を敷く。それからコタツを置きたいところなんだけど――まだこの絨毯のゴミを取っていない。
掃除機をかける。吸い取り辛いのは髪の毛。ここで手を抜くのも何だし、綺麗にしないと。
(えっと、台所に……)
あった、サランラップの芯!
この芯の端に輪ゴムを十五個程巻きつけて、絨毯の上で転がす。これで大丈夫。
あとはコタツを置いて……掃除機やホウキも片付けて、小さなことをこなしていく。
(これくらいでいいかな)
大体終わると、家族の帰りを待ちながらお茶を飲む。身体は大分疲れてしまったけど、気分は晴れ晴れとしている。
それに動いている方が気が楽だ。
(何も考えなくていいから)
ごくり、とお茶を飲む。
(そろそろ家族が帰ってくる頃かなぁ)
ぼんやりと思いながら、コタツに頬を乗せて目を瞑る。
少し、眠くなってきた。
終。
|
|
|