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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


妖怪たちの慰安旅行
「郵便でーす」
 言いながら郵便局員が届けにきたのは、懸賞の当選通知だった。
 どうやら、気まぐれで恵美が応募した、1泊2日の温泉旅行に当選してしまったらしい。
「温泉旅行かあ……」
「おお、温泉か。いいのぅ、いいのぅ、行きたいのぅ」
 いつのまに来ていたのか、嬉璃が恵美の足下にまとわりつきながら言う。
「え……」
 嬉璃が行きたいと言うからには、恵美にはまったく拒否権はないのだった。
「じゃ、じゃあ……みんなで、慰安旅行にでも」
 ひと波乱ありそうなだと予感しつつも、恵美はそう提案するほかなかった。

「あ、えーっと、部屋はこっちなのでみんな、はぐれないように〜……!」
 まだまだ発展途上の手足をぶんぶんと振り回しながら、朝野時人が声を張り上げる。
 結局、色々な都合で恵美が来られなくなってしまったため、みんなの面倒を見るように――とツアーコンダクター役を任せられてしまったのだ。
 そういったことは嫌いではないから構わないのだが、正直、まだ15歳になったばかりの時人には個性的過ぎる3人の面倒を見るのはつらい。
 あやかし荘内で希望者を募った結果、座敷わらしの嬉璃、嬉璃の友人である本郷源、兄があやかし荘に住んでいるという鈴森鎮が旅行に参加することになったのだが、この3人、とにかく時人の言うことを聞いてくれないのだ。
 嬉璃と源はふたりで勝手にどこかへ行こうとするし、鎮は鎮で珍しいものを見つけるとどこかへ走って行こうとしてしまう。
 そんなわけで、目的地の旅館に着いて、それでは部屋に落ち着こうか――というところだというのに、時人は今からぐったりしているのだった。
「ううっ、みんな、ちょっと話を聞いてくれるくらいしたっていいのに……」
「あんたも大変だよな〜。ま、元気出せよ!」
 がっくりとうなだれる時人の肩を、鎮がぽんぽんと叩く。その手には既に、売店で買ってきたらしい旅館名入りの温泉饅頭と、地名入り提灯、ペナントが抱えられている。
「……キミだけでも大人しくしててくれたら、僕、もっと元気が出るんだけど」
「えー? 俺、大人しくしてるじゃん〜」
「か、勝手に売店に走っていっちゃうのは、大人しくしているうちには入らないんだよ!?」
「……頭、かたーい」
「うううっ、ひどい……」
「どうした、時人。鎮にイジメられたのか? いかんぞ鎮、このような子供をイジメては……」
 源が、時人と鎮を代わる代わる見ながら、豪快に笑う。源は6歳、15歳の時人と比べても、見た目10歳・実年齢497歳の鎮と比べてもまだまだ子供なのだが、本人はそんなことはまったく気にしていないようだ。
「そうぢゃぞ、イジメはいかんのぅ。おぉ、いやぢゃいやぢゃ。これだから男はいやなのぢゃ。まったく、野蛮きわまりない……」
 源の影から顔を出し、嬉璃が眉をしかめて言う。
「なんだよ、俺が悪者かよっ」
 鎮はふん、と鼻を鳴らす。
「あああっ、みんなケンカしないで! ほら、早く荷物片づけちゃわないと、お風呂に入れなくなっちゃう」
「なにっ、それはイカン! 時人、早く部屋へ案内せぇ!」
 お風呂に入れなくなる、と聞いた途端、源があわてて時人へ命じる。
「そうだよー温泉入れなかったら、旅行のメインイベントを逃すも同然じゃん!」
「まったく、手際の悪い案内人ぢゃのう」
 口々に責められ、時人はがっくりと肩を落としたのだった。

 一方、その頃。
 がさがさ、がさ。
 おどろおどろしい姿をした戦闘用ゴーレムであるD・ギルバは、旅館近くの木陰をひとり歩いていた。
 墓荒らしを追いかけて遠出してしまって、今から住処へと戻る途中なのだ。
「あら、そこにいらっしゃるのは、まさか宇宙人様じゃないのかしら!?」
 そこに、腰まで届く漆黒の髪をなびかせながら、白狼のオーロラを連れ、ステラ・ミラが駆け寄ってくる。
 自分は宇宙人ではない――そうギルバは思ったが、他には誰もいないし、多分、自分に向かって呼びかけているのだろうと判断して振り返る。
「あぁ、やはり。まさか、このようなところで宇宙人に会えるとは……!」
 ステラは感激した様子で、ギルバの手をつかむ。
「イ、イヤ、俺は……」
 ギルバはとりあえず首を振ったが、すっかり思い込んでしまっているステラには、まったく効果などないのだった……。

「あぁ、ちょうどいいところに。あなたたちは地球の代表です。よろしくお願いします」
 なんとか荷物も片付け終わり、さあそれでは温泉へ――と、4人が浴衣へ着替えて歩いていたところ、ギルバの手を引いたステラがやってきて、嬉璃と時人に向かってそう告げた。
「む? 地球の代表――ぢゃと?」
「代表って、その、なんの代表……?」
「もちろん、宇宙人との文化交流のための、です」
「……えええええっ!?」
 予想もしないことを言われ、時人は思い切り叫びを上げた。
 宇宙人との文化交流、といきなり言われても、いったい、どうしたものやら。よくわからない。
「あなたが人間の代表、あなたが妖怪の代表ということで」
「い、いや、あの、僕……」
「よろしいですね?」
 にこ、とステラが念を押す。その無言の圧力におされ、時人はぐ、と押し黙った。
「さあ、それでは、まずは一番湯をかけて、温泉卓球で対決です!」
「い、いや、あの……」
「えー、面白いじゃん。やんなよ」
「そうじゃそうじゃ。なかなかいい余興ではないか」
 他人事だからか、鎮も源もすっかり乗り気になっている。
「でも僕、卓球とかそういうの、苦手なんだけどなぁ」
「ま、イザとなったら俺が手伝ってやるよ」
 がくりとうなだれた時人の肩を、鎮がぽん、と叩く。
 感謝すべきなのか注意すべきなのか悩みつつ、時人は曖昧に笑った。

「さぁ、それでは、試合開始です!」
 ステラが高らかに宣言すると、オーロラがあぉぉぉぉん、と遠吠えをする。
 よくわからないまま、卓球台の前に立たされた時人とギルバは、すっかり途方に暮れてしまっていた。
 温泉卓球といえば浴衣、ということで、むりやり浴衣を着せられているギルバがなんとなくあわれな様子だった。
「え、えーと、それじゃ、行くよー」
 色々と疑問をおぼえながらも、学校で覚えた知識を総動員して、時人はゆるくサーブを打つ。
 オレンジ色のピンポン球はへろへろと飛んでいく――ように見えたが、途中で急に速度を上げる。
「……え!?」
 だがそれを、ギルバは難なく打ち返してくる。時人もそれを打ち返し、しばらくは平和にラリーが続く。
 先ほどのはいったいなにごとだったのだろうと、ラリーを続けながら時人は辺りをきょろきょろと見回した。すっかり見物モードに入って大人しくしているとばかり思っていた鎮が、時人に向かってVサインを見せる。
「……まさか……」
 鎮が能力を使ったに違いない、ということに気づき、時人はそっとため息をつく。そういうのはいけないんじゃないだろうか、とは思うのだが、それを鎮に言ってもあまり聞き入れてくれそうにない。それになにより、今は、とにかく目の前の試合に集中しなくては……。
「すごいわ、これは芸術点が入りますね」
 ステラが関心したように声を上げる。
「……芸術点?」
 卓球にそんなものはないだろう、と時人は思わず突っ込みかけたが、そもそもどう見ても戦闘用ゴーレムにしか見えない相手を宇宙人と言い張って異文化交流に卓球を、などと言ってくる時点で普通ではないのだし、言っても意味はないかもしれない。
 なんとなくあきらめ気味に、時人はピンポン球を打ち返すべく、ラケットを振り上げた。

 結局、試合は137対26で時人たち地球側の勝利となった。
 卓球で137点はありえないだろう、とか、芸術点も技術点も卓球には存在しないだとか、ボーナスタイムっていうのはなんなんだろうとか色々と言いたいことはないでもなかったが、時人にはもやはそれに突っ込みを入れる気力がなかった。
「時人様たちの勝ちということは……一番湯の権利は、時人様たちにある、ということですね」
「いや、別に一番湯もなにも……温泉なんだからみんなで一緒に入ればいいんじゃないかなとか」
「まあ! なんて心の広い……。それでこそ人間代表!」
「……」
 なんとコメントしたらいいのかわからず、とりあえず、時人は黙り込んだ。
「なんじゃ、思ったより面白くなかったのぅ」
 不服そうに源が言う。
「そうぢゃそうぢゃ。どうせなら、もっと派手にやればよかったものを」
「……卓球を派手にやるなんて、そんな無茶苦茶な」
「そうだぞー、だから俺が面白くしてやったってのに!」
「ああいうことしちゃダメだってば!」
「けち。心がせまーい」
「そうぢゃぞ、時人。これだから男というやつはいかんのぢゃ」
「そうじゃそうじゃ。時人、もう少し優しくしてやってもよいとは思わんのか? いい年をした男が情けない!」
「ううっ……」
 案内人なんか引き受けるんじゃなかった、と時人は心底後悔しながら、肩を落とした。

 それから、少しして――
「うむ、やはり温泉と言えばこれだのぅ!」
 お湯にお盆を浮かべ、その上にお猪口と徳利、さきいかを載せ、ご満悦――と言った様子で源が言う。
「うむ、その通りぢゃ。温泉と言えばこれで決まりぢゃ!」
 その隣では、嬉璃が腕組みをしながら大きくうなずいている。
 女湯の露天風呂は貸切状態で、ふたりはしっかりと温泉を満喫していた。もうのぼせてしまうくらいの長い間、湯につかったまま、酒を酌み交わしている。
「人は見た目じゃないけれど……小さい子がお酒、飲んでもいいのかしら」
 こっそりと、少し離れたところで温泉を堪能していたステラが、ぽそりと突っ込みを入れる。
 だが、嬉璃も源も、そんな突っ込みはまったく聞いていないのだった。
「……じゃが、酒くらい、静かに飲みたいもんじゃのぅ」
 もう、それだけでこの旅行は合格点――と言いたいところだったが、ひとつ、不満な点があるのに気づいて、源は形のいい眉を寄せる。
「そうぢゃのう。これだから、男という生きものは……。もう少し、静かにできんものかのぅ」
「その通りじゃ。まったく……」
 嬉璃と源は騒がしい男湯の方を見ながら、顔を見合わせて深々とため息をついた。

 さて、男湯の方はといえば。
「あ、イヤ、やめてって……!」
 時人は腰に巻いたタオルを押さえながら、涙目で叫ぶ。
 鎮が鎌鼬としての能力を使って、風を吹かせて時人のタオルをめくったり、お湯をかけたりとせっせとイタズラを仕掛けてくるのだ。
「え〜、温泉って言えば定番だろ〜!?」
 言いながら、鎮は風に乗せてお湯を飛ばす。それが顔にばしゃりと当たって、時人は情けなく尻もちをついた。
「ううっ……確かに、定番っていえば定番だけど……」
「じゃ、いいじゃん。やろうってばー!」
「……よしっ、こうなったら、僕、がんばるんだから……!」
 ぐ、と拳を握ると、時人は鎮に仕返しすべく、床に湯で魔法陣をかきはじめる。
 それを、ギルバが湯の中から、輝く緑の瞳でじっと見つめていた。

「あ、そこの天ぷら取ってー!」
「時人、酌ぢゃ。酌をせい!」
「ついでに肩も揉むのじゃ」
「は、はい……!」
 あやかし荘の3人にこき使われ、時人は宴会中だというのに、休む暇もなく走り回っている。
「時人様は人気者なのね……ねえ、オーロラ」
 その様子を見ながら、ステラが納得したようにうなずいた。その隣でオーロラがあぉん、と小さく鳴く。
 それを眺めながら、ギルバは黙々と鍋をつついている。鍋はもはや、ギルバの独占状態だ。
「でもよかったわ。宇宙人様もすっかり、なじんでくれているみたい」
 それぞれに楽しんでいるふうの5人を見ながら、ステラはそっとオーロラに笑みを向けるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】
【2355 / D・ギルバ / 男性 / 4歳 / 墓場をうろつくモノ・破壊神の模造人形】
【1108 / 本郷・源 / 女性 / 6歳 / オーナー 小学生 獣人】
【1057 / ステラ・ミラ / 女性 / 999歳 / 古本屋「極光」店主】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。発注、ありがとうございます。ライターの浅葉里樹と申します。
 発注がきたときに、和服の、しかも小さな女の子! ということで、正直、ちょっとドキドキしてしまいました。豪快な感じに書けていたらよいと思うのですが、いかがでしたでしょうか?
 嬉璃とのからみを多めに取ってみたのですが、いかがでしたでしょう? お楽しみいただけましたらありがたく思います。
 今回はありがとうございました。もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどいただけますと喜びます。