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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


空の略奪者 〜JACK THE HIJACKER〜


☆★聖夜の飛行機★☆

 ブーーン。ブーーーーゥゥゥンンン――。
 定員27名のプロペラ機が、静かな海へ低音を響かせつつ、星のない夜空を飛んでいる。
 東京を発ち、南のある島へ。
 乗客名簿を調べれば、そこに『草間武彦』の名前を見つけることができるだろう。彼は何を見るというのでもなく、窓から外を眺めていた。いつも何かを考えているのだ。今年初めてとった休暇だというのに、思考を停止させることはできない。
 乗客乗員は合わせて11名。
 ハワイやヨーロッパへ飛ぶ直行便に比べれば、長旅というわけではない。しかし悪天候のため予定時刻より遅れての出発だった。スチュワードが軽い食事と飲み物を客に配ったことは、航空会社のサービスだろうか。
 しかしそれは、乗客たちにとって、忘れがたいW最後の晩餐Wとなってしまう可能性を孕んでいた。
 なぜなら、その飛行機は道程半ばにしてハイジャックされてしまうのだから。

「副操縦士の天野です。乗客のみなさまにお知らせします。乱気流の発生情報を確認いたしました――ガガガ――緊急措置です。安全のため、シートベルトをしっかりお締めください」
 雑音の混ざった、少し聞き取りにくい声だった。機内前方の赤い警告ランプが点滅する。草間は、言われた通り、シートベルトをがっちりとはめた。からだをX字に固定する、アクロバット用かと思うくらい頑丈なベルトだった。この航路で採算が取れるのか疑問なほどの最新鋭飛行機は、もともとは軍事用に開発が進められ、最終的には民間へその技術が売却されたと聞く。軍事的名残りだろうか。
 食器とカップを片付けていた女性スチュワードが、そのアナウンスを聞いて、乗客のベルトが正しく締められているかチェックしはじめた。最後に自分も席についてベルトをしめる。機長室のドアから数歩さがったサイドシートへ彼女が着席する様子を、草間は見ていた。彼は、通路左側1列シートの一番前にいたからだ。
 警告ランプが消えた。それほど機体は揺れているわけではないが、エアポケットに入れば飛行機は数百メートルも落ちると聞く。想像したくない情景。しかし、それは大型機が飛ぶ、もっと上空での話ではなかっただろうか。
「シートベルトの使用を確認した。ご協力、感謝する」と、副操縦士の声がした。
 感謝する、だって? そんな言い方があるか?
 その、威圧感ある語調、への変化に疑問を感じている暇はなかった。アナウンスは続いた。
「あらためて乗客乗員、すべてに告ぐ。わたしの名は、ジャック。この飛行機は、たったいま、わたしがハイジャックした」


☆★犯人の名は、天野ジャック★☆

 ハイジャック――
 その言葉を耳にした瞬間、蘭空・火腋(らんす・かわき)の頭のてっぺんからつま先まで、アドレナリンが駆け巡った。彼の黒い瞳に炎が宿ったようだった。
 ハイジャックって……あのハイジャックだろ?
 まさか、この飛行機が……。
 まさか、この俺が……。
 アナウンスは淡々と進む。
「わたしの名は、天野ジャック。きみたちには悪いが、この飛行機は完全にわたしの勢力下にある。まず言っておきたいのは、きみたちがわたしの指示に忠実に従うなら――ガガガ――わたしはきみたちに危害を加える必要がない、ということだ」
 敵の声は、どこから響いてくるのだろう?
 さっき、副操縦士だとか言っていたな。やつが犯人なのか?とすると、操縦室はすでに犯人の手に落ちているということか?
「しばらくの間、きみたちの一切の言動を禁じる。要点を3つ言おう。よく聞くように。いいな? 1つ、この機はわたしの完全なるコントロール下にある。きみたちの動きを含めて、だ。わたしは飛行機を制御するコンピュータを支配している。その気になれば、航路を自由に変更することができるし、機内の空気圧を下げることもできる。墜落させることもできる、という意味だと理解していただきたい。そして、きみたちのシートベルトは、わたしの命令があるまで外れることはない」
 はっとして、火腋はクロスに固定されているシートベルトを外そうと試みた。ダメだった。それはがっちりと体をシートにへばりつかせ、立ち上がることができないようになっていた。
 少しずつ、ハイジャックという言葉が、彼の頭の中で現実味を帯びてくる。
「2つ目――」ジャックの言葉は威厳があり、落ち着いたものだった。「わたしは、この飛行機に積まれている、ある品物を欲している。それは、きみたちのうちの誰かが持っていて、持っていることを誰にも知られたくない品物だ。大変貴重で、高価なもの。それを入手することがハイジャックの目的であり、きみたちに危害を加えたり、この事件が世間に露見することは本意ではない。従って、それを手に入れることに協力してもらえるなら、きみたちを危険な目に遭わせたり、傷を負わせたりしない――安全に島まで送り届けることを約束しよう」
 危害を加えないだって?
 火腋は怒りの苦笑をもらす。
 ハイジャックするということ自体が、すでに暴力だろうが。てめぇの都合で俺たちの自由を奪っておいて、安全も何もあったもんじゃねえんだよ!
 そうか、俺……俺たち――
 火腋はそこで初めて顔を右に向けて、通路を挟んだあちら側の2列シートを見た。
 窓際に、一人の少女が座っていた。飛行機に搭乗したとき、先にその少女が乗っていたので、火腋は彼女の存在は知っていた。下を向いて、静かにしている。と、火腋の視線を動物的直感で感じたかのように、そのとき、顔をあげてこちらを振り向いた。6、7才くらいの少女だろう。黒い髪が猫の毛のように滑らかで、その金色の瞳がじっと火腋を見つめていた。
 あんな子供まで、ハイジャックの犠牲者なのか、と新たな怒りが彼を染める。
 そして、通路前方に座る、女性スチュワードも見た。自分のシートが前から3列目なので、彼女の姿が視認できる。こちらに体の側面を見せ、口に手をあて、わなわなと震えているようだった。顔は青ざめている。
「3つ目――。安全宣言をしといて何だが、きみたちにはすでに毒を飲んでもらっている」
 はぁ?
 毒?
「人間というのは不思議なもので、危機に直面したとき、何をしでかすかわからない。これだけ反抗するなと言っても、反抗するものだ。あるいはそれは、自分の能力への過信や、一時の英雄気分がそうさせるのかもしれない。――とにかく、さきほど配られた飲み物の中に、毒は含まれていた」
 げほっと何かを嘔吐する音が前方から聞こえた。誰かが……吐き出したのか?
 火腋はどうするべきか迷った。さっき、頼んだミネラルウォータを飲んだのは事実だ。本当に毒を飲んでしまっているのなら、一刻も早く吐き出すべきだとは理解しているのだが。
「もちろん、飲み物を口にしなかった場合を考慮して、二重三重の手はうってある。すでに述べたが、この機は完全にわたしがコントロールしているのだ。きみたちの生死はわたしが握っている。服毒しなかった場合、空気を汚染させる手筈になっている。最初に毒を用いたのは、コストパフォーマンスが高いからだ。いくら言葉で説明しても、現実にそれを見ないと実感できない者がいるからだ。毒は――他の方法でだが、機内にいる女性スチュワードがもっとも多く摂取している。見えるか?」
 そのときだった。
 火腋が見ている前で、女性スチュワードがもっと激しく震えだしたのは。顔は蒼白になり、美形な額からはおびただしい汗を垂らせ始めている。苦しそうな呼吸を繰り返し、ひきつった目が周囲を見回していた。
「彼女に――ザザザ――サンプルになってもらった。毒を配ったのが彼女であることから、わたしがチョイスした。職業上、仕方のないことだがね。彼女は、数時間後に死ぬことになるだろう」
「いやぁぁ!」
 女性はその言葉を聞いて、叫び声をあげた。火腋には見ていられないほどの光景だった。聖夜の悪夢。なぜ自分がいまこんなところにいるんだ、とふと思う。なぜ、いま、こんなところに。
「わたしは、解毒剤を持っている。解毒しなければ、24時間以内に乗客乗員11名、すべてが死ぬことになるが、先ほども言ったように、それはわたしの望むことではない。よろしいな?」
 いいわけあるかよっ!
 どうにかしないと。なんとかしないと。火腋は、自分の能力のことを考えた。人から情報を聞きだすことは得意だ。ネゴシエーターとして、この犯人と俺が渡り合えるだろうか? それを考えたのだ。
「要点を3つ話した。きみたちに、反撃の余地はない。しかし、これからはわたしの協力者となってもらわなければならない。わたしとて、できればきみたちと良き関係のままこの案件を終わらせたいのだ。疑問、質問があるなら、受け付けよう。機内はモニターされている。質問者には、挙手を求む」

 
☆★聖夜の希望★☆

 ブーーーン。ブーーーーゥゥゥンンン――。
 ジャックの声が途絶えると、いままで意識外に追いやられていたプロペラの低い回転音が戻ってきて、重苦しい空気が機内を満たした。
 しかし、その沈黙は、数秒のうちに軽々と破られることになる。
「草間武彦だ。質問がある」
 左列シート、一番前に座っていた男が、そう声を出して、躊躇なく手を上げた。黒髪に黒い瞳。このような状況でも落ち着いた態度で、しかし油断なく気を配っている。
「シートアドレス・S1。草間武彦か。よろしい」ジャックの声が返答する。ジャックの声は録音され予め用意されたものではない。確かに機内がモニターされ、返されているようだった。
「なぜ飛行機の中で事件を起こす? ジャック――と呼んでもいいかな? ジャック様か?」
「ジャックで結構」
「あんたは、欲しい物があるといった。それを所持している者は、乗客乗員の中にいるらしい。それなら、別にここじゃなく――例えば、飛行機が着陸してから、そいつを襲い、奪えばいい。なぜ、フライト中なんだ? なぜ、我々を巻き込む? 相手が多くなれば多くなるほど、リスクが高くなり、失敗の危険が増すはずだ」
「その通りだよっ」後方で声がした。まだ13才の瀬川・蓮(せがわ・れん)だった。「ボクが言うとなんか変だけど、女子供を巻き込むなんて、卑怯じゃないか!」
 蓮は堂々と発声し、主張した。蓮の膝の上には、一匹の下級悪魔が乗っていた。ハイジャックと知ってから咄嗟に出現させたものだったが、まだ使役してはいなかった。シートベルトを切ることは可能だろうか。
「質問は一人1つずつ、順番に願おうか、D9の瀬川蓮」
 S1? D9?
 さっきからジャックが口にする英文字と数字のその組み合わせに、芹沢・青(せりざわ・あお)はひっかかりを覚えていた。彼の冷静な思考は、ハイジャックが発生したのちもほとんど揺らいではいなかったが、さすがにこんな危険な状況は生まれて初めてのことで、いつも通りの明晰さまでは発揮できていなかった。だが――。
 青は気づいた。自分の座席に記された、H7というシールに。それには、英文字と数字の他に、ハートマークが描かれていた。座席番号とは別に、あとから貼られたもののようだった。
 ハート……HEART――H7というのは、ハートの7か。
 トランプだろうか、と彼は仮説を立てた。
 芹沢青の座席は、右2列シートの左側、つまり中央の列の前から7番目。3列9段、計27ある座席のうち、左列最前がスペードの1、左列最後尾がスペードの9。真ん中の列がハートの1から9まで。右列がダイヤ――。
「草間」とジャックの声。「物品については、残念ながらノーコメントだ。状況から、わたしにはこれしか手段がなかった、と言っておこう。なぜきみたちを巻き込んだか……それについては、のちに理由が明らかになる。きみたちは、たまたまこの飛行機に乗り合わせたわけだが、将来的に、縁の切れない関係になってしまうだろう。そして――瀬川蓮よ、女子供だからとて油断するのが大人の悪い癖だと思わないか? そこに隙が生じる。わたしは、すべての人間を同じように扱うことが最善だと判断している。だから、きみがいま膝に乗せている、そのカワイイやつのことも見逃さなかったのだ」
 蓮はその言葉を聞き、慌ててデビルを帰還させた。
 ジャックには――見えている?
 ボクの能力がバレている? そんなっ!
「能力者――そういう言葉がある。きみたちが、自分の能力を隠して、わたしの隙を窺っているのだとしたら、止めておくよう忠告する。わたしも、能力者だ」
「なにが能力者よ!」機内中央から声があがった。菅原・射鷺羽(すがわら・いろは)だった。「能力があるのなら、欲しいものをさっさと取って、逃げなさいよ!こんな真似して、タダで済むと思わないでね。どんなに脅されたって、わたし――」
「止めないか」最初に手をあげた、草間の声だった。「お嬢さん、機内にいる全員の命がかかっている。悔しいが、ジャックが我々の生死を手中にしているのは事実なようだ」
「乗客同士で喧嘩はしないでいただきたい。わたしは、嫌いではないよ、そういう威勢のよさは。D4の菅原射鷺羽、きみだけはぜひとも殺したくないな」
「くぅー!」歯噛みする射鷺羽。
「あの……ジャックさん」右前方から声があがった。火腋の右横、窓際で小さな子が小さな手を上げている。中藤・美猫(なかふじ・みねこ)だった。
「D3の中藤美猫か。なんだ?」
「美猫には、もうお父さんやお母さんがいないし、一緒に住んでるおばあちゃんのためにも、まだ死にたくありません。でも……ほかのひとが死ぬのは、もっとイヤです。だから……お願いです。美猫が持っているものなら、なんでも全部あげます。あとでケイサツに言ったりもしません。だからだから……みんなを助けてください。おねがいします」
 しばらく、悲しげな沈黙が続いた。
 7才の少女の無垢な祈りが、聖夜の惨劇に灯る1つの希望なのかもしれない。
 天野ジャック――その沈黙の長さだけ、まだ彼にも悪に徹し切れない部分……隙があるということだろうか。
「質問は以上だな? 乗客で発言していない者が2人いるようだが。これで終了としよう」


☆★降下★☆
 
 プロベラ機は、内部の非常事態とは裏腹に、快調に飛行を続けていた。
 たとえシステムが乗っ取られていようとも、飛行機は飛行機として、目的地を目指して順調に飛んでいた。あと1時間足らずで、南に浮かぶ島へ到着する予定だった。
 11人の乗客乗員は、それぞれの思いを抱きながら、座席に固定されていた。
 立ち上がることはもちろん、身動きするにも苦労する。
 しばしの間が、あった。
 と、突然、アテンション、のランプが点滅を始めた。
「天野ジャックだ。これ――ガガガ――、当機は降下を開始する」
 急激な降下ではなかった。ゆるやかな、それと言われなければ気づかなかったかもしれない、降下。しかし、ある者の心には、墜落、という言葉がよぎったことだろう。状況によって、人はどこまでも敏感になれる。
「いまから、機長のアナウンスをこちらへ回し、説明させる。きみたちの賢明なる静粛を期待する」
 何かが切り替わるような電子音の雑音が数回、聞こえた。
 次に発せられたのは、機長・草薙統治の言葉だった。
「みなさま――当機長の草薙です。今回のことは……多大なるご迷惑をおかけしまして、お詫びの言葉もございません。当機がハイジャックされたことは事実でありまして、現在もコントロール不能の状態になっております。たったいままで、わたしからみなさまへのアナウンスは不可能でございました。無線やブラックボックスへの記録を防止するために犯人――ジャックが制御していた模様です」
 機長の声は、沈鬱なものだった。この飛行機で一番の責任を持つ人間の、無力だった自分への怒りも込められていた。
「犯人の指示通り、降下の理由をご説明いたします。当機は、もと軍事航空機として開発が進められた機体でありまして、後部車輪後方に、開閉ボックスを有しています。それは、現在は通常使用していないものなのですが……荷物室に通じているわけで……つまり……。ジャックの計画は、荷物室に保持している荷物をすべて、海上へ投げ捨てる、というものです。ボックスの開閉のみ、コンピューターで制御しておらず、手動になっております。また、開閉による、機体内空気圧の変化、機体航行速度の減少等、飛行に影響する部分はございません――」
「ジャックは、俺たちの荷物を丸ごと海へ捨てさせ、奪う、ということか?」草間が言った。
「――はい」機長と違う声が返事をした。ジャックとも少し違う。こちらの声が聞こえているようだった。
「あんたは?」
「副操縦士の天野です」
「なんだって?」思わず声を出したのは、青だった。
「いえ――犯人ではありません。偶然なのか……いえ、故意でしょう、わたしも天野といいます。天野満です。ジャックがわたしの名を騙っていたのです」
「ややこしいなぁ。ボクにも分かるように言ってよ」今度は、蓮。
「ジャックは、わたしの名を騙ることによって、飲食物を運ばせ、シートベルトをさせたのです。そうだと思います。――彼女は、スチュワードは大丈夫でしょうか?」
「わたしにはわからない」と草間。「サイドシートで、ぐったりしたままだ」
「そうですか……やはり、荷物を投下することを実行しなくてはなりません。そのために、一時的に当機の高度を下げます。管制塔に言い訳できるゆるやかな範囲で。状況が状況なだけに、みなさまの生命を第一と考え、そして彼女のためにも、こちらとしても止む終えずその計画を実行いたします。開閉レバーを作動させます。ご理解いただきますよう」
「ああ、わたしの預けた弓がぁぁ……」菅原射鷺羽が明るい絶望の声でそう言った。
「俺だって、大事なもの持ってきてるのに」火腋がぼそっとそうつぶやいた。
 しかし、乗客の中で、最も落胆している者がいるはずだった。
 それは、ジャックに『大変貴重で、高価な品物』を奪われる者――。
 その人物とは、誰だろう?
 所持していることがバレるといけない品物だから、その人物が名乗り出ることはないに違いない。
「というわけだ」再び、ジャックの声が登場した。「では、乗客乗員に最後の指示を出す」
 彼の声は、音声が少し聞き取りづらい。機内から発せられたと思われる、機長らのアナウンスとは、明らかに音質が違っていた。荷を捨てて回収するつもりだということが判明したいまとなっては、ジャックが船舶からこちらを監視し行動していることが見えてきた。
 はっきりと断言できるわけでないが。
 すべてが虚言かもしれないのだ。
「最後の指示とは、きみたちの秘密をしゃべれ、ということだ。不可思議な命令に聞こえるかもしれないが、断固、実行する。いままで隠してきた、人に言えない過去、罪、秘密。それを、我々が共有することが目的だ。今回のことを事件後、他者に漏らさないための措置だと考えてもらおう」


☆★投下★☆

「きみたち自身の生命のみならず、他の乗客の命がかかっている。わたしもある程度、きみたちのデータは調べてある。嘘、偽りのない、誰にも知られたくない秘密でなくてはならない。それを公表されるくらいなら、この事件のことを黙っていたほうがマシだ、というほどの秘密を、希望する」
 ジャックの意図することが、ようやく乗客乗員にも理解できてきた。
 犯人は、事件が公にならないよう、みなに口止めを敷く。
 しかし、人の欲望は常に変化し、あるいは金のために事件のネタを売ったり、あるいは虚栄心のために話のネタとして提供するかもしれない。それを防止するため、自らの負の遺産を担保とするわけだ。
 誰にでも、人に知られたくない秘密の1つや2つ、あるという予測だろうか。
「まず最初に、そこで毒によって気絶している女――の秘密を、わたしが話そうと思う。きみたちは耳を塞ぐことはできないはずだが、他の事柄に思考を集中させることでこの話を聞かない、ということがないように。しっかりと記憶し、それを生涯、誰にも話さないことだ」
 プロペラの音より大きな静寂が室内に舞い降りたようだった。
 たまたま同じ飛行機に乗り合わせた、他人の暗い秘密――。
 それが、公開されることになる。
「全員分の話を聞き出さなければならない。時間がないのだ。よって、手短に話そう。この女の罪とは……」
 心悪しき者にとっては、それは悦楽の時間だったかもしれない。
 しかし、乗員乗客の多くにとって、これはまさに聖夜の地獄だった。他人の醜い秘密が明かされ、罪が暴露され、辱めを受ける。ハイジャックなどということがなければ、一生知るはずもなかった他者の翳。耳を塞ぐこともかなわぬまま、それは機内により重い沈殿物を堆積させていく。
「なんだって!? このスチュワードが、そんなことを――」
 沈黙していた乗客の一人が、ジャックの告発を聞いて思わずそう怒鳴った。
「安心してもらいたい。きみの秘密も間もなく暴かれるのだ。――次は、S1・草間武彦。きみには、選ぶのに困るほど、たくさんの秘密がありそうだな。遠慮なく、一番むごい秘密を、言え。言わなければ、乗客の誰かを殺す」
「俺は――俺の秘密は……」
 明かされた秘密を聞いて、うっと声を上げる者や、なんてことだ、などとつぶやく声があった。
 機長、副操縦士、S8、H4の乗客2名の秘密が、次々と暴かれていった。機長などは、思わず涙ぐむほどの苦痛とともに罪を告白したりした。
 なぜ、こんなことになったのだろう?
 誰もがそう思ったはずである。
 なぜ? なぜ?

「次は……S3・火腋、きみだ。16才でも秘密はあるだろう。告白したまえ」
 ついに、火腋の番が回ってきた。彼は、ゴクリ、と唾をのみこんだ。
 反対側の窓際にいる、中藤美猫という少女を覗きみた。少女は俯いたまま、静かにしている。あんな少女の前で告白させようっていうのか? やろう……。
 しかし、火腋には、指示を拒否することができない。
 彼の命だけ考えればいい問題ではないのだ。
「俺の秘密は――」そして、決断。「俺はその昔、殺人願望を持ったことがある」
 その言葉が火腋の口から出た。
 ほとんどのひとが知らない――彼の大切な、秘密。そして、過去。
「殺人願望か――きみたちも、なかなかやるもんだな。続けたまえ」冷静なジャック。
「親父を――目の前で殺されたことがあるんだ。その犯人は馬鹿みたいに――楽しそうに――殺しをしていた。まったく、なんて世の中だ!なんてやつがこの世にはいるんだ!しかし、俺だって、人のことをとやかく言えないのかもしれない。俺は――俺もその憎い相手を殺してみたいと思っていたんだから。めちゃくちゃにひどい殺しかたで、そいつを、そいつの命を……」
 ふと火腋は、自分が懺悔でもしているような心境になる。ジャックが神父で、自分が罪深き迷える子羊になった気分。そんなはずないのに。
「でも――聞いてくれ!自分が瀕死になった時、その願望の間違いに俺は気づいた!誰かを殺したわけじゃないし、それはすでに過去のことだ。いまは違う!いまは、俺は本当の俺で存在する!」
「なるほど」とジャック。「いい告白だった。が、時間がない。続きは、あとでみなで討論するがよかろう。次の告白者を指名する――」
 意識のない女性スチュワードを除くすべての乗客乗員が自身の秘密を告白しているあいだ、火腋は座席に力なく座っていた。
 彼の秘密は、この飛行機に乗り合わせた者たちの知るところとなった。
 そして犯人は――その告白音声を記録していることだろう。
 このハイジャック事件のことは、誰にも話すわけにはいかない、そういうことだった。
 それが、ジャックの罠にまんまとはまることだったとしても。
 懺悔の時間が終わったとき、飛行機は下降をやめ、水平飛行に入った。
 機長のアナウンスが、落胆した乗客たちの間にこだまする。
「これより、ボックスを開き、荷物を海上へ投下いたします。万一の衝撃に備え、固定レバーを握ってください」


☆★嚥下★☆

 鈍い衝撃が、旅客後部に、あった。
 その様子を、飛行機の内部にいる者が見ることはできない。乗客が預けた荷物が、いま、暗い海へと落とされた。ジャックか――もしいるならその共犯者が、海上でそれを探し出し、見つけ、奪取するのだろう。彼の欲しているものは、すぐには海水に沈んでしまわないものらしい。あるいは……ジャックのことだ、それを確保する二重三重の態勢を整えていることだろう。
「乗客乗員に告ぐ」
 天野ジャックの言葉だった。終始一貫して、その声は冷静で、計算されている。
「きみたちの協力に感謝する。わたしは目的を達成することができた。これが、最後の通話となる」
 プロペラ機は、あと20分程度で、島へ到着することだろう。
 事件は終わった、のだろうか?
「2つの事柄を確認したい。1つ。わたしを追うような行為は止めるよう忠告する。警察へ連絡することも、マスコミにリークすることもなしだ。わたしは、きみたちの秘密を握っている。わたしには、この事件のことを他者に漏らした者に報復する用意がいつでもある。そして、念のため付け加えるならば、わたしが奪った品物については、誰も被害届けを出さない。そういう闇の品物である、ということだ。沈黙こそが、唯一、きみたちが取るべき手段だ」
 ジャックに問える罪とは何だろう?
 乗客の荷物を奪ったことか? 飛行システムを乗っ取ったことだろうか? 毒による殺人未遂というのはどうだろう?
「もう1つ。きみたちが摂取した毒物に対する解毒剤は、着陸予定の島に準備されている。到着次第、ただちに服用するように。詳細は機長に知らせてある。もし万一……毒を盛ったことを信じず、解毒剤を服用しなかった場合は、わたしの責任外とする。以上だ。では、きみたちに別れを告げることにしよう。さらばだ、諸君」
 以後、ジャックの声はどこからも発せられなかった。
「――終わったぞ」
 一人の男が前方で立ち上がって振り返り、乗客の姿を見回した。草間だった。
 その行為で、シートベルトのロックが外れていることに、他の乗客たちは気づいた。
 飛行機が島の空港に着陸し、錠剤の解毒剤を嚥下するまでの間は、瞬く間に過ぎた。
 飛行機内での緊迫した時間に比べれば、それは、平穏な時間だった。
 ジャックは、もう、どこにもいない。


☆★海辺の円卓会議★☆
 
 真夜中だというのに、その海辺には1つの大きなテーブルが引っ張り出され、11人の人間が椅子に座ったり立ったり砂地へ直に座ったりして、回りを囲んでいた。
 ここなら、誰も聞き耳を立てる者がいない。
 内緒の話をするために、乗客乗員はそこに集まっていたのだった。
 天候はおだやかなものになっていた。12月の夜風はこの南の島でも冷たかったが、ハイジャックという危機的興奮にさらされた者たちにとっては、それすら心地よいものだった。
 衰弱からなんとか回復した女性スチュワードの姿もあった。彼女は椅子に腰掛け、テーブルの上に置かれたライトの光をじっと見つめていた。
「じゃあ、この事件のことは公表しない、ということで意見が一致するわけだな。それでいいか、みんな?」
 声の主は、草間武彦だった。着陸してから数えて15本目の煙草に火をつけ、ライトに薄暗く照らされた人々の顔を眺め回す。
「お願いします――」その声は、機長の草薙のものだった。「わたしがこんなこと言うのは機長として失格でしょうが……わたしの秘密をバラされるわけにはいかない。それに、犯人は、密告した者に危害を加える危険があります。単独犯と決まったわけじゃないから、たとえジャックが捕まったとしても、我々の危険度が減るわけじゃありません。それなら沈黙したほうが、まだマシです。幸い、我々に外傷はありませんし、取られたのも、荷物だけです……」
 2時間ほども、乗客乗員たちによる議論は続いていた。それは、不思議な雰囲気のものだった。同じ飛行機に乗り合わせた、ただの他人だったはずの11人――それが、ハイジャックという極度の緊張状態と、秘密の告白という精神的苦痛を共有したことにより、強い連帯感が生まれ始めていたのだった。
「きみはどうだ、火腋くん?」
 草間が、火腋に最終意見を求めてきた。
 火腋は、事件を通じて、ある仮説を立てていた。それは、真犯人ジャックは実はこの11人の中にいるのではないか、という驚くべき内容のことだった。
 確信があるわけじゃない。証拠もない。単なる、直感だ。
 しかし、遠隔からコントロールして、まんまと略奪していく、そんなうまい話があるとはとても思えなかった。あまりにもできすぎている。火腋にとっては、隣りの隣りに座っていた、中藤美猫という少女以外を事件中に見たわけではないのだ。スチュワードが毒によって苦しんでいた光景……あれすら、もしかしたら演技だったのではないか、と疑いたくなってくる。火腋はただ、ジャックの声を聞いただけだ。もしかしたら、乗客のだれか、乗員のだれかが、アナウンスしていたのかもしれないではないか。
 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、彼は答えた。
「みんなの意見に、俺も賛同するよ。一番大事な品物――それを盗まれたはずの人がこの中にいるのに、誰も名乗り出ないんじゃ、お手上げだね。まぁ、いいさ。事件のことは、記念の思い出にするよ」
 それで、話は終わりだった。
 本当に、すべてが終わった。
 火腋は、手ごろな石を1つ拾って、波間まで走っていき、海に投げた。
 これから先、この事件の思い出こそが、一番隠しておきたい秘密になるんじゃないか、とそう思った。決して消えない、罪を内包した、記念の思い出。
 振り返ると、中藤美猫がすぐ近くに立っていた。
 少女は、海の向こうの空を黙って指差した。
「奇麗だね」と火腋はつぶやいた。
 聖なる夜が、もうすぐ、明ける。




=了=







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 PC名 / 性別 年齢 / 職業】

 1573 蘭空・火腋(らんす・かわき)/ 男 16 / 万屋『N』のメンバー 

 2449 中藤・美猫(なかふじ・みねこ)/ 女 7 / いたって普通の小学生

 2259 芹沢・青 (せりざわ・あお)/ 男 16 / 高校生・半鬼・便利屋のバイト

 1790 瀬川・蓮 (せがわ・れん)/ 男 13 / ストリートキッド(デビルサモナー)


※PCデータは発注順に並べてあります。



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■         ライター通信          ■
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 みなさま初めまして、そしてメリークリスマス!
 執筆者の流伊晶土です。

 筆者の力量不足で、参加者が1名のままこの小説を書くことに
 なりました……と、ここへ記す覚悟をしていたところ、最終的
 に4名様のご参加をいただくことができました。嬉しいです!
 今回は、話がハイジャックということで、時事的にどうかな、
 という側面もあったのですが、筆者の天の邪鬼な性格が災い
 してこうなりました。プレゼントをもらえるはずのクリスマス
 に、物を取られる話を書いちゃうという(笑)
 PCの視点により、考え方にかなり差があるかもしれません。
 そういう部分も含めて、お楽しみいただければ、筆者としても
 幸いです。本当は草間視点、ジャック視点の話も書きたいの
 ですが。
 犯人・天野ジャックとは、いったい誰なのでしょうか?

 初めてのウェブゲーム登録だったのですが、今後も機会を見つ
 けて、いろいろ書いていきたいと思っています。
 またみなさまとお会いできることを願いつつ――
 ありがとうございました!


  <☆火腋さま☆>
 初めまして!
 一番最初に発注くださったのが火腋さんで、「本当に注文が
 くるのかな?」とドキドキしていた筆者にとっては、大変嬉し
 いことでした。なにぶんまだペースがつかめておらず、文章も
 長くなってしまいゴメンなさい(汗)
 PC間の交流、という意味も持たせたかったこの小説、秘密を
 共有したことで、他PCさまとも縁が生まれた、と感じて頂け
 れば、筆者としては無常の喜びです。
 クリスマスに間に合いますように!――☆