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<東京怪談ノベル(シングル)>


貴方に宛てる手紙

 ことん、と。
 軽い音を立てて、手紙が落ちる。
 時刻は昼。
 この部屋の主、矢塚朱羽は学校にいる時間である。
 その、手紙の差出人のところには、朱羽と同じ苗字を持つ少女の名が記されていた。
 今は離れて暮らす、朱羽の双子の妹の名前が‥‥‥。

 バタン、と扉の音。
 家に帰ってきた朱羽は、郵便受けの手紙に気付いて少しだけ顔を綻ばせた。
 何よりも大事な相手であり、愛する相手からの手紙を手に取り、朱羽は部屋へと入る。
 妹を愛していると気付いた時から悩み続け、最終的には離れることを選んだわけだが、それはあくまでも互いの幸せを願ってのことである。
 離れているからと言って、妹が大事な人間であることは変わらないし、その妹からの手紙はやはり、嬉しい。
 だが。
 その内容を見た瞬間、朱羽は思考が真っ白になった。
 その手紙は、彼氏が出来たという報告が書き連ねられていた。もちろんそれは喜ばしいことであるし、朱羽が茫然としてしまった原因はそこではない。
 その報告にひっそりと隠されて、そして強く込められた想い。
「‥‥‥気付いていたのか‥‥」
 真実血の繋がる双子の兄に、妹としてではなく、女性として愛されていたことに。
 天地がひっくりかえるような、とはまさにこんな状態のことを言うのではないだろうか。
 足元があやふやで、天の上下もあやふやになってしまったような、そんな気分。
 あれほど必死に隠していたいたはずなのに‥‥。
 ――いや。必死に、隠していたつもり、だったのに‥‥‥。
 自分の想いはそれほどに溢れてしまっていたのだろうか?
 だが同時に。
 その手紙に込められた想いが。朱羽を堅実な大地へと引き戻した。

 私は、今、幸せだから。
 朱羽にも幸せになって欲しい。
 どうか、貴方が幸せになれますように‥‥。

 他愛もない日常報告のような手紙の中にしっかりと詰め込まれたその想いを読みとって。朱羽は、机の中から筆記用具と便箋封筒を取り出した。

 さて、まず、何から書こうか?
 最初の書出しは決まっている。
『恋人ができたんだってな。おめでとう。』
 妹に恋人ができたこと、そして幸せに過ごしていることに対しての、言葉。
 それから。
 そこまで書いて、朱羽は手を止めた。
 その先、何を書くべきか。
 少しだけ悩んで、だが朱羽はすぐに思いついて、小さな笑みを浮かべた。
 何事にも一生懸命で前向きで。人前では決して弱音を吐かず、泣く時は一人で泣くような、そんな妹だから。
 なにも、自分が悩むようなことはないのだ。
 ただ妹の想いに――兄を思いやる妹の言葉に応えてやればいい。
 こう言うのもなんだが、妹は自分のことは自分で出来るタイプだし、兄である朱羽の役目は、だから。
 妹を安心させてやること‥‥‥その一言に尽きる。
 だからといって嘘をつくわけではない。
 それではなんの意味もない。
『俺は大丈夫だ、元気でやっている。』
 短い一文をさらっと書いて。
 そのあとに続ける言葉を考えて、少しだけ嬉しそうな、微笑を浮かべた。
『お前も元気そうで、本当に良かった。』
 これは、心からの本音。
 妹が健やかに幸せであること。
 それが、愛する妹へ抱える、朱羽の一番の想いである。
 妹が兄が幸せであるようにと願ってくれるのと同じくらいに。主観的には、それ以上に。
 朱羽は、妹が幸せであることを願い、そしてそれは朱羽にとっても幸せなことなのだ。
 だからやっぱり。
 文章はともかくとして、そこに込められる想いは。
 妹が寄せてくれた手紙とよく似たものになる。だが妹を女として愛しているがゆえに、根源ではまったく違う想い。

 どうか貴方が幸せでありますように。
 妹が幸せであることが、今現在の兄の一番の幸せであるから。

 そう、今現在。
 将来は、わからない。
 もちろんいつまで経っても妹は双子の、自分の片割れであり半身だから。
 幸せを願う想いはいつまで経っても変わらないけれど。
 いつか。
 妹が願うように。
 妹とは関係ない、自分自身の幸せを手に入れた時。
 その時にはきっと。
 こんな想いを書けるようになりたい。

 自分は、今、幸せで。
 だから。
 妹にも幸せになって欲しい。
 どうか貴方が、いつまでも幸せでありますように、と。