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<東京怪談ノベル(シングル)>


『トリックマンションへようこそ♪』
 彼はアイドル専門のパパラッチ。しかも随分と性質の悪い。
 彼が好んで写真を撮るのは清純派とかって謳い文句で売り出されたアイドルばかりだ。だってそっちの方が記事も面白い物が書けるし、高く売れる。時にはそれをネタに好みの女はホテルに連れ込んだり、または事務所に金を払わせたり。到底、彼は報道精神とは無縁の場所に立つ自称民衆の知的好奇心の代弁者であった。
 そんな彼が新たに目をつけたのがイヴ・ソマリア。現在活躍中の美少女アイドルで、歌もドラマもこなす実力派だ。その人気は子どもから大人まで・・・そう、こんなにも彼好みの金の成る木を放っておくことはなかった。
 この彼女は今までに共演俳優との浮いた話も無いし、また一般人の恋人がいると噂になった事も無い。まったくのゴシップバージンの芸能人だ。
「はん。人間腹黒くねー奴なんていねーっつーの。これまでみてーに上手くやれるとは想うなよ、イヴ」
 マンションを見上げながら彼は薄く笑った。

「ふむ。あれはアイドルキラーとかって有名なあくどいパパラッチね」
 別に彼女は彼によってこれまでアイドル生命を絶たれて芸能界を去っていた者たちを哀れには想ったりはしない。だって自分の粗を見せてしまった彼女らが詰めが甘かっただけなのだから。
 そう、だから別に彼女がこれからするのは彼に散々食い物にされて捨てられていった少女たちの敵討ちというわけでもない。
 ただ彼が・・・
「邪魔よね、すごく。ええ、彼はすごく邪魔だわ。わたしはわたしの行く道に転がる石ってのは排除せずにはいられないのよね、だからさ・・・」
 彼女はぱちんと指を鳴らした。
「排除しましょう、この男」
 テーブルの上に乗る水晶球に映る男を見つめるイヴの緑色の瞳が酷薄に細められた。

 しかし彼はただあくどい事に関してのみ有能だった訳ではない。
 そのジャーナリストとしての嗅覚ってのは一級品だった。ジャーナリストとしての彼に粗を探すとしたらそれはやはり彼にジャーナリストとしての正義が無かった事だろう。まあ、『ハイエナ? いいや、それは違うね。俺は民衆の知的好奇心の代弁者。皆が知りたいと想う事を自分を犠牲にして調べ上げて、伝えているのさ』が口癖の彼にとっては彼なりの正義があるのあだろうが。
 さて、先ほども言ったように彼のジャーナリストとしての嗅覚は一級品だ。その嗅覚が言っていた。イヴ・ソマリアには絶対に何かがあると。
 実は彼女が住んでいる場所って言うのが渋谷近くの高級マンションなのだがそこはゴーストマンションと実しやかに囁かれる…一種、都市伝説になりつつあるマンションなのだ。
 そう、それが鍵がかもしれない。
 人であるなら腹黒く無い事が無い訳が無い。人間誰しも他人には言えない秘密を隠し持っているものだし、あんなにも綺麗な女が独りなわけがない。
 つまりが、だ・・・
「つまりはどいつもこいつもゴーストマンションだなんてくだらない噂に踊らされて、びびってあいつを取材できなかったんだろう?」
 だけど彼は違う。
 彼は心霊否定派だ。幽霊なんてのは見間違いだし、呪いだってマイナスプラボー効果だと信じている。人魂は地底のリンが燃えてるだけだ。UFOもどうせ国が国民に隠して作っている何かだろ? 超能力だってほとんどがトリックだ。
 だから彼は怯えない。その目の前にあるマンションに。
「大方、マンションの噂だなんて事務所が我侭言い出したおまえを俺たちから守るために流した嘘なんだろう。なあ、おい。イヴ・ソマリア」
 彼が見つめる先、イヴ・ソマリアが何も知らずに呑気そうにマンションに入っていった。
「さあ、ミッションスタートだ」

「ぶぶぅー。残念。それが違うんだなぁー」
 イヴはおどけた声を出した。
 彼女は魔界の者。いつかこの世界にやって来る仲間のために見繕ったこのマンションを魔界と繋がりやすいという特性を活かして適当に繋げた異世界通路によって悪評を立てて見事に1フロアを買い取ってやったのだ。
「そう、それにあなたのような身の程知らずの困ったちゃんやらを御もてなしするためにもね」
 彼女がくすりと笑っていると、玄関のほうでがちゃりと鍵を開ける音がした。そして誰かの気配。だけどイヴは慌てない。恐れない。
「お帰りなさい。イヴ」
「ええ、ただいま。イヴ」
 帰ってきたのはイヴで、そして出迎えたのもイヴ。
 そして帰ってきたイヴは水晶球を覗き込む。
「ああ、あなたが報告してきた通りにまた懲りずに困ったちゃんがやってきたのね。本当に人間という奴は愚かだわ」
「そう。そしてだからこそわたしたちのいい玩具よね」
 水晶球に映る男はどうやら実力行使に出てきたようだ。
 二人のイヴは顔を見合わせあって二人同時に微笑みあってパンと両手を合わせる。
「「さあ、ゲームスタート♪」」

 マンションに入り込んだ彼は真っ直ぐに廊下を歩んでいた。もちろん、向かうはイヴの部屋だ。しかし、予想外の事が彼の身の上に起こった。なんと・・・
「シャッターチャンスだぁ!」
 鴨がねぎを背負ってやって来るとはまさにこの事を言うのかもしれない。なんと、イヴが帽子とサングラスで顔を隠しているが明らかに恋人と見られる奴と一緒に腕を組んでやって来たのだ。
 彼は常に首からぶら下げているカメラを構えるが、しかしすぐに彼女が男を連れて現れた角の向こうに引っ込んでしまった。
「ちぃぃ」
 彼は舌打ちして、二人を追いかける。
 二人が曲がった角の向こうでがちゃんと扉を閉める音。この角を曲がったすぐの部屋が彼女の部屋か?
 彼は角を曲がって、しかしその彼の足が滑る。
「????」
 彼は懸命に走ることで体のバランスを取ろうとするも、走る彼の足の下はローラーだ。まるでルームランナーの上を走っているかのように彼はその場で走り続け、そして彼はついに尻餅をついた。
「うぎゃーーーーー」
 尻餅をついた瞬間に彼は飛び上がる。彼の大きな尻には活け花などで使う剣山が刺さっていた。
「あー、くそぉ、なんだって言うんだぁ、これは」
 自称民衆の知的好奇心の代弁者は口汚い言葉を吐きながら、剣山を廊下に叩きつけた。
「なんだっていうんだ、くそぉ。ホームアローンでもあるまいし」
 本当になんて失敬な話だろう。自称民衆の知的欲求心の代弁者たるこの俺様がこんなどこぞの映画の泥棒のような目に遭うなんて!
 立ち上がった彼はローラーを避けて、前に進むと、すぐそこにある玄関のドアノブに触れた。触れて一秒後、
「うぎゃぁぁっぁぁーーーーーーーー」
 彼は大声を上げた。
 まるで冬場に静電気をたっぷりと帯びている体で鉄の物に触れた時のように、ドアノブを触った彼の手に痺れが走ったのだ。くそぉ、ほんとに冗談じゃない!!!
 涙を流しながら彼はハンカチでドアノブを包んで、それで捻った。転瞬、ドアが開く。
 民衆の知的好奇心を満たす代弁者は住居不法侵入をしてもいいのだろうか? どうやら彼の六法全書ではそれが認められているらしい。
 彼はイヴの(だと想われる)部屋に入った。
 部屋の中は真っ暗だ。
 その真っ暗な部屋の奥から何やら女の艶かしい嬌声が聞こえてきた。
 彼はごくっと生唾を飲み込んで、カメラを構えながらその声が聞こえてくる方へと向かった。
 そしてカメラのレンズ越しに恋人とやっているのであろうイヴの顔を見ようとして、しかし彼は悲鳴をあげた。
「うぎゃあがぁぁぁぁっぁぁああああああ」
 声の限りに悲鳴を口から迸らせる。それもそのはずだ。そのベッドの上で裸の体を絡めていたのはイヴと恋人ではなく、数年前にやはりゴシップネタで恐喝して何度もホテルに連れ込んで関係を強制していたとあるアイドルの少女と、そして自分だったのだから。
 彼は何が何だかわからない。
 これはなんだ?
 何かの悪い夢か?
 俺はいつの間にか寝てしまっているのか?
 しかし、その夢にしては妙にリアルな鉄さびの匂い・・・鉄さび?
「ぎゃぁぁぁっぁぁあああああああーーーーーーー」
 彼はまた悲鳴をあげる。彼の足下にはいつの間にか赤い血の水溜りが広がっていた。ベッドの上にはいつの間にか少女しかおらず、そしてその少女はというと、左手の手首をリストカットしていたのだ。
 そう、彼は二つの意味で驚いていた。一つはもう一人の自分を見たから。もう一つはその少女というのが数年前に恐喝してくる自分とホテルに行き、関係を持つことに耐え切れずに自殺してしまっていたからだ。

 死んだ人間と、もう一人の自分・・・何がどう考えても悪い夢だ・・・

「夢? ええ、あたしもそう想っていたわ・・・。ホテルのベッドの上であんたに体を貪られている間、ずっとこれは悪い夢だって・・・だけど、夢だったら・・・妊娠なんかしない・・・」
 暗く冷たい声は直接頭の中で囁かれたようだった。
 彼はいつの間にか胸の下にまで来ていたどろりとした血の湖を掻き泳ぎながら、その部屋から飛び出した。がちゃんとドアを閉める。
 ドアを閉めて、彼はその場に両手をついた。
「なんだ、なんだって言うんだよ、これは・・・」
 帰ろう。もう、帰ろう。きっと自分はものすごく高い熱におかされているのだ。それでこんな夢を見ているに違いない。
 立ち上がって、彼はマンションを出るべく、出口へと引き返す。しかし、これが悪夢なのならそれは夢の常か。彼はそのフロアより出る事ができない。どれだけ探しても、階段もエレベーターも無いのだ。
 そして・・・
「はぁーい」
 壁にもたれるイヴが軽く手をあげて、そしてその軽くあげた手で壁を叩いた。転瞬、男の前の壁がいきなりどろりと崩れたかと想うと、それはいきなり粘土のようになって、手を構成すると、まるで蚊でも叩くように平手打ちで、彼を壁に叩きつけた。
 彼はしたたかに背中を強打して、呼吸もままならず、そして足下に崩れ倒れた瞬間に、イヴはにこりと笑って、その場で軽くジャンプした。それを見た彼の全身が粟立つ。本能的にものすごく嫌な予感がして、そして・・・
「うぎゃあぁぁぁっぁぁぁあああああーーーーーーー」
 廊下が大きく波打ったかと想うと、その廊下がまるで投石器かのように廊下にべたりと座りこんでいた彼は跳ね上がって、天井に叩きつけられた。そしてそのまま重力に引かれてべちゃりとまた廊下に落ちてバウンドする。
 もはやそのダメージに指一本動かす力も無い。
 だけど無意識に視線をイヴに向けた彼は信じられぬものを見た。
 まるで捕まえたネズミを弄ぶような仔猫そっくりの笑みを浮かべたイヴが天井から何やら垂れ下がる紐を引こうとしているではないか!!!!
「うぉわぁ」
 それを見た彼は、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きて、その場から逃げた。
 背後でがしゃーんと何やら重い音がし、足下が揺れたのは、彼が転瞬前までいた場所に鉄格子が落ちてきたからだ。
「冗談じゃない」
 彼は一目散に笑うイヴから逃げ出し、そして幸運にもエレベーターを見つけることができた。
「うわぁぁぁぁっぁぁあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー」
 彼は声にならない声で悲鳴をあげながらエレベーターのボタンを押し捲る。笑うイヴがこちらに向かって歩いてきているのだ。
 あと数歩。
 のろのろと閉まる扉。
「!!!!」
 彼の顔に浮かんだのは絶望の表情だ。ほんの一秒遅かった。彼女の指がドアが閉まる寸前にその隙間に突っ込まれている。その次の瞬間には扉の安全装置が働いて、扉が開いてしまうはずだ。
「うぉぉぉおおおおおおおおお」
 しかし、彼は自称民衆の知的好奇心の代弁者。危険な目に遭ったのは数え切れぬほど。その度に彼は生き延びてきた。それが彼の矜持であり、自信で、そしてそれが絶望のどん底に落ちていた彼を救い上げた。
 彼は持っていたカメラでイヴの指を殴りつけたのだ。
 ぐしゃりと骨が折れたグロテスクな感触が彼のカメラを持つ手に伝わり、そして扉が閉まる。閉まった瞬間にこちら側に落ちた血塗れの細い物体のいくつかは見えないふりをした。
 彼はゲージの壁にもたれかかり、汗でべったりと額にくっつく前髪を掻きあげながら、重いため息を吐いた。今は何も考えられない。とにかく家に帰ったら熱いシャワーを浴びて、そしてビールを飲んで、そのまま夢も見ぬほどに深い眠りについてしまいたかった。

 ちーん。

 間の抜けた音と共に一階に到着したゲージの扉が開き・・・そしてその開いた扉の向こうにある光景ってのは・・・・・・・・
「なんだ、ありゃあ・・・」
 到底理屈では考えられぬほどの・・・そしてどんなに言葉を使っても言い表せぬほどの知らない世界の光景であった。
「そう、ここがわたしの生まれ故郷の魔界よ」
「・・・」
 彼の目は無意識に床に転がる物体に行った。その物体は寄り集まって一つになると、ぶくぶくと膨れ上がって、ねちゃねちゃと変形して、分裂して、およそ人間が数ヶ月かけて母親の中で辿る生命の神秘をほんの一瞬で経て、一糸も纏わぬ格好のイヴとなった。
 その美は彼がついさっきまでいた世界で見ていた彼女の美よりも何十倍も上がっているようで、そしてそこからここが彼女の生まれ故郷なのだということが信じられて・・・それで彼は・・・
「俺は魔界の住民を敵に回して・・・」
 そして彼は疲れて絶望しきった声でそう呟いて気絶した。

「はい、ゲームオーバー。残念だったわね。このわたしのスキャンダルを狙おうなんざ百万年は早いのよ」
 イヴは彼を背負うと、ゲージに乗って、そして異世界通路を辿って帰っていった。
 彼女の顔を見るからに久方ぶりのトリックマンションの餌食となった彼は充分に彼女を楽しませてくれたようだった。
 さて、一連のすべてを夢だと思い込ませた彼を道端に捨てたら、そうしたら熱いシャワーを浴びて、恋人に電話をして呼び出そう。当分はまたこれで何の気兼ねも無くこのマンションで恋人との密会も楽しめるはずだから♪ 
 イヴはとても上機嫌だった。