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<東京怪談ノベル(シングル)>


『セレスティとなぞなぞ娘』
「えっと、ヒントをもらえませんかね?」
 セレスティは困りきった顔でそう言った。
 銀の髪に縁取られたその精緻な彫刻家のような美貌に浮かべられているのは彼には似合わない思案顔。
 世界中に知れ渡るリンスター財閥総帥セレスティ・カーニンガムと言えば数々のハイテク機器を使いこなし、そしてその高い知性を活かして数々の分野でその名を轟かせている。
 冗談ではなく、彼が別の分野・・・例えば医療関係に行けば多くの病を克服するであろうワクチンを作り上げたり、また工業関係に行けば技術革新は数年早く起こるかもしれない。それほどまでの知性を彼は持っている。
 また、これは彼のトップシークレットなのだが、実は彼は人間ではない。人魚だ。故に人外の知識だって豊富に持っている。
 つまり何が言いたいかというと、それは何度も言ってるようにセレスティはとんでもなく頭がいい。だけど・・・
「えっと、すみません。姫。わかりません」
 姫、天下のセレスティ・カーニンガムに自分の事をそう呼ばせる彼女はちっちっちと立てた人差し指を横にふった。
「ダメダメ。セレちゃん。そうやってすぐに人に答えを求めちゃ。ちゃんと最後まで自分で考えなさい。思考をやめてはダメよ。人は思考するための生き物なんだから」
 彼女はいつも母親に言われている事をあのセレスティに得意そうに言う。セレちゃん、などとかわいい声で呼ばれるセレスティはもうどんな表情を浮かべればいいのかわからない。
「しかしですね、姫、雪が溶けたらそれは水になるとしか思えないのですが・・・」
「だ〜か〜ら〜、そうじゃないと言ってるでしょう。さあ、セレちゃん、よく考えて」
「ふぅー、これは困りました、ね」
 思考するセレスティは髪を弄りながら肩をすくめた。

 今日は12月23日。クリスマスイヴイヴ。
 もちろん、セレスティも休日だ。しかし、今日、彼はここ技術開発センターにおいて調べ物があるために訪れていた。
 彼としてはどのセクションも休みの日にこっそりと訪れて、それを試してみたかったのだが、
「キミは誰かね?」
 あいにく先客がいた。
 その子はまだ小学校一年生ぐらいのおかっぱ頭の女の子であった。
 女の子はどんぐり眼にとても楽しそうな光を宿してにっと笑うと、セレスティに自己紹介をして、
「遊ぼう」
 と、誘ってきた。
「うーん、キミのような若く美人な方に誘っていただけるのは嬉しいのですが、何分私も・・・」
 などとすっかりとセレスティが困っていると、
「あ、ママぁー」
 女の子はセレスティの横を駆け抜けていった。よく子どもは風の子などと表現するが、まさしくその子は風のようだ。随分と悪戯っ子の。
 セレスティは苦笑いを浮かべながら、振り返った。
 天井も床も、壁すらも真っ白な開発センターの廊下に立つ白衣姿の女性に女の子は抱きついて、何やら母親に怒られている。しかし困った事にと言うか、微笑ましいと言うか、女の子はそんなのはへっちゃらで、母親に早く家に帰って遊ぼうとかなんとか言って母親を困らせていた。
 すっかりと最初は怒っていた母親も困り顔だ。セレスティは微苦笑を浮かべて、そちらに向かった。
「休日出勤ご苦労様」
 彼は優しくそう労う。
 その声に怪訝そうに両目を寄せていた母親に娘はコートのポケットに入れていた眼鏡を渡した。もちろん、その眼鏡をかけて、あらためてセレスティを見た彼女が悲鳴をあげて、その後にセレスティに頭を下げまくったのはお約束だ。
「あー、いいですからお気になさらずに」
 セレスティは手を軽くふり、そして彼女の白衣を両手で掴んで「早く帰って遊ぼう」と言っている女の子を眺める。
 その母娘の事はもちろん、セレスティは知っていた。彼はリンスター財閥が保有するすべての人材のデーターをその脳に記憶しているから。
 それに寄れば彼女はいわゆるシングルマザーという奴で、普段はこの開発センターの地下にある保育所に娘を預けて働いている。ちなみにリンスター財閥のどのセクションも実力至上主義だ。男も女も、結婚してようがしてなかろうが、学歴だって関係ない。本当に優秀で実力のある者を迎え入れている。また、彼女のような子どもを抱えて働く女性へのサポートというのもばっちりだ。すべてはリンスター財閥の繁栄のために。人材は宝と考えるセレスティの優秀さはそういうところでも発揮されているのだ。
 この彼女もシングルマザーなれど実に優秀な女性科学者で、セレスティは彼女に期待して、いち研究員だった彼女を開発チームのリーダーに抜擢し、仕事を与えた。そして彼女もそれに応えている。今日だって休日だというのにこうして一人出てきて、仕事をしているようだ。
「あと、もう少しで研究が完成しそうなんです。もしもこれが成功すれば、そしたら日本の医療はより前進するでしょう」
 彼女は感慨深そうに言った。
「そうですか。期待してますよ。しかし、私は研究をがんばるキミにも期待しますが、だが今日は帰ってはどうですか? 確かずっとキミはここ数週間、休みを取っていないはずだ。人材は大切な宝。あなたに倒れられたらリンスター財閥の損害はもちろんの事、尚且つ娘さんが悲しみますよ」
 セレスティが優しく諭すように言うと、彼女はちょっと悲しそうな顔をしたが、しかし、その次にものすごく魅力的な快活な微笑を浮かべて、首を横にふった。
「セレスティ様のお言葉はありがたく頂戴しておきます。しかしどうか今回だけはそれを聞かなかった事にしてください。実はうちの研究と同じ研究をライバルの医薬品社がやっています。シビアな話、これはビジネスです。ビジネスならばまずは利益を第一に考えなければなりません。また人道的に考えてもリンスター財閥はセレスティ様の指導の下に清き医療営業をしていますが、そのライバル社がその薬の特許権を先に取ってしまったら、そしたらそれは商売の道具とされ、その会社と一部の政治屋の懐を温めるだけの道具と成り下がります。それはどうしても許せないのです。大丈夫、娘もわかってくれていますから」
 そう言った母親の自分の頭を撫でる手の温もりや、凛とした気高い表情に幼いながらも何かを感じたのであろうか? 
「ママ、がんばれ」
 娘は真っ白な歯を見せてえへへへととても嬉しそうに笑って見せながら、彼女の白衣から手を放した。
 この母娘の絆はどうやら彼が想う以上に固そうだ。セレスティは小さく息を吐くと、
「わかりました。それではキミは研究を続けてください。そうですね、19時まで。それまでの間は私がお嬢さんの面倒を見ましょう。その後に三人でディナーに行きましょうか」
「し、しかしセレスティ様ぁ」
 面食らった彼女にしかしセレスティは小さく顔を横にふって微笑んだ。

 しかしセレスティは6歳児のパワーを甘く見すぎていた。
 彼女はとてもやんちゃで、さしものセレスティも困ってしまった。
 そこで彼はこんな提案をしたのだ。
「私と知恵比べをしましょう。私に問題を出してください。そしたらそれに私が答えますから。私がキミが出した問いに答えられたらそしたらキミは私の言う事を聞くように。その代わり私が答えられなかったら、そしたら私はキミの言う事を聞きましょう」
 と、その結果、セレスティは彼女の事を姫と呼ばなければいけなくなったし、携帯電話を取り上げられて、彼女の弟にもされた。近くの喫茶店から特大のフルーツパフェや、ホットケーキなんかも取り寄せなくってはいけなくなった。どうやらセレスティ・カーニンガム。彼はものすごく高い知性を持っているが駄洒落に近いなぞなぞを解く力と言うのは不足していたらしい。と、言うか725年間生きてきて初めてなぞなぞという物に触れたために少々戸惑った思考回路がエラーを起こしたらしい。
 よって、彼は先ほどから思考中だ。そのなぞなぞの答えを求めて。
「ねえ、セレちゃん、まだわかんないの?」
「んー、はい、ダメです。答えを教えてください。何でも言う事を聞きますから」
 そう言った瞬間に姫が浮かべた笑みにセレスティの肌にぞくっと鳥肌が浮かんだ。その訳は・・・
「じゃあ、今度の姫のお願い事はね、セレちゃん、姫のパパとなって」
 ・・・。
「すみません。絶対に解いてみせますから、もうちょっと待っていてください」
 姫はぷぅーっと頬を膨らませた。

 問題は、雪が溶けたら何になるでしょう? だ。
「水、ですよね?」
 と、言ったら即行で、
「ぶぅー」
 と、言われた。
「泥?」
「ぶぶぅー」
「雪だるまの成れの果て?」
「ぶぶぶぅー」
 セレスティはため息を吐いた。わからない。円周率を解明されている分すべて記憶している脳も、チェスの世界チャンピョンに勝った機械を負かした脳も、数当てだって百戦連勝なのに、なのにどうしても彼女のなぞなぞの答えがわからない。
 思考中・・・。
 ずっと思考中だ・・・。
「まさか、この私が6歳児の作った問題が解けないとは・・・」
 セレスティは両手で顔を覆って、重いため息を吐いた。彼はどうやら思考の泥沼にはまってしまったようだ。
「んじゃ、セレちゃん、気晴らしに他のに答えてみる?」
 やってみようか。ひょっとすればそれで思考の詰まりが解消できるかもしれない。
「ええ」
「んじゃーねー、【だるま】にはあるけど【こけし】には無い物なーんだ」
「?????」
 姫は思わずセレスティの固まった顔を見て笑ってしまった。
「じゃあ、もう一個ヒントね。【だるま】と【ぼたん】にはあるけど、【こけし】と【ファスナー】には無い物なーんだ」
 セレスティは頭を両手で覆って机に突っ伏した。完全に彼は6歳児に敗北した。
「すみません。わかりません」
「じゃあ、姫のパパになって♪」
「・・・」
 いっそ、この疑問符の海から抜け出るためにだったら彼女のパパになってしまおうか? セレスティは本気でそう考えた。

 空が暗い。そういえば天気予報では今夜は雪だといっていた。
 セレスティは思考の合間に窓から鉛筆色の空を眺める。
「ゆ、き、ですか・・・ゆき・・・」
 と、その時に彼の目が大きく見開かれた。そして彼はその銀色の髪に縁取られた精緻な美貌を崩して、彼にしてみれば珍しくけたけたと笑う。
「ああ、雪ですね」
 そして彼は後ろを振り返って、
 しかしそこにいるはずの姫の姿を見つけられなくって小首を傾げる。
 まるでそのタイミングを見計らっていたかのようにその時、セレスティのもう一台の携帯電話が鳴り出した。姫がかけてきたのだろうか? そのはずだ。彼女に携帯電話を渡す際にこの携帯電話の番号以外はメモリーを消したから。
「今度は隠れん坊かな?」
 しかし携帯電話の向こうから聞こえてきたのは・・・
『あんた、父親かい? 娘の命が欲しかったら、一千万持って、やって来い。場所は・・・』
 犯人は警察に通報したら娘の命は無いと思えと言う決まり文句を言って電話をきった。
「やれやれ。本当にタイミングのいい犯人ですね。ずっと思考してばかりいたからちょうど体を動かしたかったんですよね♪」
 セレスティはものすごくイイ笑みを浮かべて、杖を片手に部屋を出た。
 時刻は17時32分。ちょうどいい暇潰しにもなる。

 そこは潰れたボーリング場だった。
 何本ものレーンの真ん中で姫はロープでぐるぐるに巻かれて、転がされていた。
 犯人は二人で、二人とも拳銃を持っている。
「金は? 金は持って来たんだろうなァ」
 セレスティは財布を懐から取り出すと、プラチナカードを投げて寄越した。
 犯人たちは二人とも呆気に取られたような顔をしている。
「ご覧の通りに足が悪くって一千万現金で持ってくるのは少々面倒なので、ご自分たちでそれでお金を下ろしてください」
「ば、馬鹿野郎かァ、てめえはァ!!! ふざけるのもたいがいにしやがれ」
「いえ、本気ですよ。ええ、私はいつも真面目です。だからついこの私としたことがあんなにも簡単ななぞなぞを解くのに手間取ってしまいました」
 セレスティは目を合わせた姫にウインクする。
 そしてまずは二人のうち、右の男を指差して、
「キミ、【だるま】と【ぼたん】にはあるのに、【こけし】と【ファスナー】には無い物はわかりますか?」
「ああ、知るかよ、んな物はァ」
 セレスティは三流の喜劇俳優のように大仰な動きで額を手で覆って天井を振り仰ぐ(もちろん、彼がやれば完全な最高級の美しき姿だ)。
「では、あなたは罰ゲームです」
 ぱちんと指を鳴らした瞬間に、彼は突然に胸を掻き毟りながら苦しみもがいて、その場に倒れて、口から泡を吐いた。
 それに驚いたのが、もう片方の男だ。
 彼は完全に恐慌しまくった動きでセレスティに銃口を向ける。
「て、てめえ、何をしやがったぁ?」
 だが、その銃口というのは彼自身の体ががくがくと震えているので、定まらない。おそらくはその状態でトリガーを引いても、銃弾はまったく関係無い場所を穿つだけだろう。まあ、彼がベストの精神状態だとしてもセレスティならば銃弾を避けるなど造作も無いことだが。
「次はキミに質問だ」
 セレスティにそう言われた男は死神に死を宣告されたかのような表情を浮かべて、トリガーを引くこともせずに逃げ出そうとした。だがしかし、その意に反して、彼の足は動いてはくれない。そんな事って?!
「ああ、無理ですよ。キミの動きは血流操作によって封じさせてもらいました。さあ、キミへのなぞなぞです。これに答えられたらお金はキミのものだし、そして生きて帰れますよ」
 そう、答えられたら・・・
「雪が溶けると何になりますか?」
「み、水だぁ」
 彼は顔にものすごくイイ笑みを浮かべて答えた。しかしそれ以上にセレスティはイイ笑みを浮かべて、
「残念ですね。外れです」
 にこりと笑った瞬間に、男は勝手に気絶をした。
 セレスティは肩をすくめて、姫の下に行き、ロープを水の刃で切って、彼女を解放する。
「大丈夫ですか?」
 そう優しく微笑むセレスティに彼女は泣き叫びながら抱きついた。
「セレちゃぁーーーーん。うわぁぁぁぁぁん」
「よしよし。泣かないで。泣かないでいてくれたら、そしたら今日だけは私が姫のパパになってあげますから」
 姫はもちろん、一発で泣き止んで、そしてそれに一瞬驚いたように目を見開いたセレスティはその後にくすくすと笑ってしまった。

 ディナーからの帰り道。姫は母親の膝枕でぐっすりと眠っていた。
「セレスティ様。今日は本当にすみませんでした」
「いいえ。なかなかに楽しい一日でしたよ」
 そう、父親という役もできたし。そしてふと、セレスティは悪戯心が芽生えた。
「そうそう、キミはこれはわかりますか? 【だるま】と【ぼたん】にはあるけど、【こけし】と【ファスナー】に無い物」
「はぁ? さぁ・・・」
「答えはね、雪ですよ。雪。【雪だるま】に【ぼたん雪】って言うでしょう」
「ああ」
 ぱちんと嬉しそうに手を叩いた彼女にセレスティは微笑みながら、
「それではその雪が溶けたら何になりますか?」
「水、ですか?」
 セレスティはくすりと笑って、
「違います。答えは、春、ですよ」