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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


人面猫の謎を追え!
「うううっ、人面猫を探せって言われたって……いったい、どうしたらいいんだろう」
 とりあえずは編集部の外に出たものの、三下はすっかり途方に暮れてしまっていた。
 そもそも、怪奇現象の類はすべて苦手な、臆病者の三下だ。人面猫だなんてそんな怖そうなもの、ひとりで探すなんてできっこない。
「……どうされましたか、そんなところで」
 そのとき、後ろから声がかかる。三下が振り返ると、年のころは四十前後、がっしりした体型の、どこか西洋人めいたくたびれた風貌の男が笑みを浮かべて立っていた。
「ああ……漁火先生。漁火先生こそ、どうしたんですか、こんなところで」
 男がよくカットを描いている漁火汀であることに気づき、三下は肩を落としたまま、力なく笑みを浮かべた。
「カット用の絵を納品に来たところですよ。また、なにかお困りなんですか?」
「実は、そうなんです」
「僕でよろしかったら協力しましょうか?」
「え、そ、そんな、先生にそんなこと……」
「困ったときにはお互いさま、ですよ。じゃあ、少し待っていてください。今、絵の方、渡してきますから」
 漁火は言いながら、ドアを開けて編集部へ入っていく。
「スミマセン、助かります!」
 三下はその背中に向かって、深く深く頭を下げた。

「……なるほど。人面猫ですか」
 アトラス編集部のあるビルのほど近くにある喫茶店で、三下から一通りの話を聞き終えた漁火は小さくうなずいた。
「そうなんです。なんだか、取材して来いって言われて……この地図、もらったんですけど」
「あはは、三下さんも大変ですねえ。でも三下さん、怖がっていたりしたら、動物の方だって警戒しますよ。相手が妖怪だって一緒です」
「それは! そう……なんですけど。ほら、なんていうか、その……蜘蛛が苦手、っていうのって、生理的なものじゃないですか。別に蜘蛛はなんにも悪さしないけど、なんとなく、怖いんですよね。それと一緒で……」
「おやおや。それでは、もしも僕が本当は妖怪だったりしたら……どうされるおつもりなんですか?」
 クス、と笑いながら漁火は訊ねてみる。
 漁火は今でこそ画家などをやってはいるが、その本性はギリシア生まれのハーピーハーフで、ひじのところには羽毛が生えていたりするのだ。
 三下の基準で行くと、見た目にはほとんど人間と変わりのない自分でも、正体を知ったら恐ろしく思えてしまう、ということになる。
「漁火先生は……漁火先生じゃないですか。まさか、僕のこと、頭からばりばり食べたりなんか……しませんよね?」
 あくまで仮定の話をしているに過ぎないというのに、三下は真っ青になってぶるりと身を震わせる。どうやら、心底、怪奇現象の類が苦手なようだ。
 漁火はなんだか愉快になって、口元を押さえて低く笑った。
「せ、先生ってば……!」
 三下が弱々しく抗議の声を上げる。
「ああ、すみません。なんだか、三下さんの反応があまりにも面白かったものですから……」
「ひどいですよぅ」
「まあ、いざとなったら僕がなんとかしますからね。大丈夫ですよ。人面ということでしたら、人語を解する可能性も高いですし……インタビューできれば、それを記事にできますよね。テレコは用意してありますか? 早く行かないと、日が暮れてしまいます」
「あ、はい、そういったものはちゃんと全部、かばんの中に入ってます。すみません、色々と……」
「いえいえ。かまいませんよ。さ、行きましょうか」
 言うと漁火は伝票を持って立ち上がった。それを見た三下が、あわてて漁火の手から伝票をもぎ取る。
 ワリカンで――と言おうとしたのだが、三下は伝票を抱え、必死の形相で首を振る。なんだかその様子があまりにもおかしくて、漁火は笑いを噛み殺しながらうなずいた。

「ここは……あやかし荘、ですか」
 人面猫の出没ポイントとして一番マークの多かったあたり――ということで探索場所を選んだのだったが、地図だけではわからなかったが、人面猫はあやかし荘の近くに出没することが多いらしい。
「こ、ここ、こんな身近なところにそんな怖そうなものがいたなんて……!」
 自分の下宿の近くに人面猫がいた、ということに、三下はすっかり震え上がってしまっている。
「大丈夫ですよ、噂を耳にしたこともないというのは、つまり、それほど危険なものではない、ということでしょうから……」
「そ、そうなんでしょうか。だったら、いいんですけど……」
 漁火の言葉に三下はなんとか笑みを浮かべようとしているようだったが、その試みはかなり失敗に終わってしまっている。
「ええ。大丈夫です。たかが猫じゃありませんか、どんなに大きくたって、せいぜい、人が抱えられるくらいの大きさでしょう? 襲いかかられたって大したことはありませんよ」
「お、襲いかかられる! ああ、あの鋭い爪でばりっと……!」
「三下さん……」
 なにやら勝手に恐ろしいことを想像して震えている三下の肩を叩きながら、漁火は別の意味で身を震わせる。随分長く生きてはきたが、ここまで面白い相手というのはなかなかいない。
「あ、ほら、あんなところに黒猫が……あれが人面猫かもしれませんよ」
 面白くなって、漁火は目についた黒猫を指差してみる。塀の上を悠々と歩いていく小さな猫は、どう見てもただの猫にしか見えない。
「え、ええっ! あれですか!?」
 三下はあせったような声を上げ、ひしっと漁火にしがみついてくる。
「三下さん、……」
 冗談ですよ、と言いかけたそのとき、その猫がくるりとこちらを向いた。
「……!」
 三下が声にならない悲鳴を上げて、いっそう、強く抱きついてくる。
 その黒猫は、形こそ猫であったが、顔はどこか人間のそれによく似ていた。
 黒猫がにたありと、大きく裂けた唇を笑みの形に歪める。
「まさか、いきなり本物に当たるとは……三下さん、ちゃんとついてきてください」
 漁火は小さく三下に言うと、黒猫を追いかけて走り出した。
 黒猫はなにかを察したのか、踵を返して走り出す。
 本来ならば猫と人間では猫の方が圧倒的に速いのだが、漁火もただの人間ではない。黒猫に追いつくこともないが、かといって引き離されることもない。三下だけが、息を切らせ、どんどんと遅れていく。
 そうして追いかけているうちに、曲がり角へと突き当たる。
 猫は身を翻して塀から飛び降りると、そのまま走って行ってしまう。
 置いて行かれるかと、漁火が風を操って猫を足止めしようとしたそのとき、
「あれ、どうしたんですか?」
 と能天気な声が響いた。
 立ち止まって見ると、前方に、黒いだぼっとしたローブ姿の少年が立っている。少年の腕の中には先ほどの黒猫が我が物顔でおさまっていた。
「その猫を追いかけてきたんですよ」
 呼吸を整えながら漁火は答える。
「……あ、浅野くんじゃないですか」
 あとから追いついてきた三下が、漁火の隣に並び、息を切らせながらつぶやく。
「お知り合いですか?」
「はい。えっと、同じあやかし荘に住んでいる、浅野時人くんです。魔法使いなんだそうで……」
「魔法使い……それはそれは。最近では、めっきり見かけなくなりましたが」
「時代遅れですからね。流行らないんですよ、ローブとか。でも、三下さん、どうしたんですか? この猫を追いかけてきたって……」
「仕事です。その、人面猫が出るって聞いて……インタビューでもできればと」
「人面猫? ああ……この子」
 時人が黒猫の頭をなでながら、ばつが悪そうに笑う。
「実はこの間、ちょっと、実験に失敗しちゃって……。本当は猫を鼠に変えるはずだったのに、なぜか、こんな顔になっちゃったんですよね。多分、すぐに元に戻るんじゃないかなとは思うんですけど……でも顔だけだから、インタビューとかは無理なんじゃないかなあ」
「そ、そんなぁ……!」
 三下が漁火にすがって、がっくりとうなだれる。
「……元気を出してくださいよ」
 漁火はくすくすと笑いながら、三下をなぐさめてやる。
「ほら、猫そのものにインタビューはできませんでしたけど……製作者へのインタビューはできるじゃないですか。彼なら一応は人間なわけですし、怖くはありませんでしょう?」
「……あ! そ、そうですよね!」
「ええ。なんでしたら、カットも描きましょうか?」
「いいんですか!? 助かります……!」
 がしり、と漁火の手をつかんでくる三下に、漁火はこっそり苦笑を漏らした。
「え〜っと……よくわからないんですけど。僕、なにしたらいいんでしょう?」
 ひとり蚊帳の外に置かれた時人が、猫を抱いたままで首を傾げる。その腕の中で、人面猫がにゃあ、と可愛らしい鳴き声をたてた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1998 / 漁火汀 / 男性 / 285歳 / 画家、風使い、武芸者】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。発注、ありがとうございます。今回、「人面猫の謎を追え!」の執筆を担当させていただきました、浅葉里樹と申します。
 40代のおじさま、ということで、なかなか書く機会のないキャラクターだったので、少々上手く書けているか不安です。いかがでしょうか? お楽しみいただけていれば幸いなのですが……。
 なのはともあれ、今回はありがとうございました。珍しいタイプのキャラクターで、書いていて楽しかったです。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどいただけますと喜びます。ありがとうございました。