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<東京怪談ノベル(シングル)>


聖夜で夜露死苦

 静かな都会の夜更け、良い子はすっかり眠りについているだろう深夜のこの時間。静寂を破って、パラリラポラリラとお約束の騒音が響き渡リ、それは徐々にこちらへと近付いてくるようだ。
 「…何事ぢゃ、一体」
 安眠を疎外され、眠い目を擦りながら起き上がった嬉璃は、この上なく不機嫌だ。あからさまにむっとした顔をして布団の上で足を投げ出して座り、枕元に畳んであった半纏を取り、袖を通す。そのままの姿勢で、あやかし荘の外から聞こえるのであろう、とにかく喧しい音に神経を集中する。それはあやかし荘の周りをグルグル回っているようである。
 「さては、これが噂に聞く暴走族と言う輩か。傍迷惑な…今何時だと思ぅておるのぢゃ。良い子はぐっすり夢の中の………って、はて、何やら音がどんどん近付いて来ておるような……」
 「ぐっも―――にん!!」
 ばーん!と勢いよく嬉璃の寝ていた部屋の襖が左右に開け放たれる。そこに居たのは、人だった。小柄な体格の人、そんな曖昧な表現でしか言い表せないのは何故かと言うと、その、嬉璃の部屋の前で仁王立ちするその人物の背後から、眩いばかりのスポットライトが浴びせ掛けられているので、肝心な面は完全な濃い影になって、シルエットしか分からない状態になってしまっているからであった。が、嬉璃は、そんな状況に驚く事も怯える事もなく、いつもどおりの落ち着き払った声でこう言う。
 「…おんし、何の真似ぢゃ。十歳未満の良い子は寝ておる時間ぞえ。屋台の後片づけは終わったのか」
 「さすがじゃ、嬉璃殿」
 嬉璃の言葉に、その人物――言わずもがなの源――が、にやりと口端で笑ってみせる。やれやれ…と声を漏らして嬉璃が布団から起き上がり、源の方へと近付いていった。
 「で、何事ぢゃと問うておるのぢゃ。今時、その恰好は時代錯誤なのではないか?」
 そう言いながら嬉璃は、源の姿をまじまじと観察するように視線を上下させる。源はと言えば、真っ白の長ランに同じく白い学生ズボン、頭には白の鉢巻きを巻いて、その尾を長々と背中の方へと垂らしている。肩に担いでいるのは片手に持った木刀。やれやれ…とまた嬉璃が肩を竦める。良く良く見れば、源が背中に背負っていたスポットライトとは、バイクのヘッドライトであって、それを支えて源の方へと向けているのは、源の相棒、にゃんこ丸とにゃんこ太夫である。しかもこの二匹の猫、にゃんこ丸は源のと似た、黒の長ランに鉢巻き、にゃんこ太夫の方は踵まである長いスカートのセーラー服とぺったんこの学生鞄で、これはどこからどう見ても、在りし日のなめ猫なのではないだろうか…。
 「…何故におんしがこのネタを知っておる。おんし、実は年を誤魔化してはおらぬか?」
 「何を言う、わしは正真正銘、花の六歳児じゃ。…そんな事はどうでも良いのじゃ。嬉璃殿、行くぞ。決戦の時は近い。夜が明ける前に、わしらは決着を付けねばならぬのじゃ」
 「…順序立てて説明せい。おんしは、何と何の決着を付けるつもりなのぢゃ?」
 「決まっておる!この時期、この年の暮れも押し迫った二十四日、彼奴らの動きが尤も活発になる今日のこの日、彼奴らの野望を食い止めねばならぬ!それが、わしらに与えられた使命なのじゃ!」
 そう意気込んで拳を握り締める源、今日はその背後に白い波飛沫が弾ける代わりに、背後のなめ猫二匹がヘッドライトの光源を強くして、眩いばかりの光に源を包み込んだ。
 「…って、やめぬか!目が潰れるわ!!」
 源は背を向けていたので関係なかったが、真っ正面からその光を浴びた嬉璃が怒鳴りつける。その剣幕に圧されてか、ヘッドライトの光が少しだけ弱まった。そのお陰で、嬉璃は源の表情もしっかりと捉える事が出来るようになった。
 「で、最初から順序立てて説明せぬか。彼奴らとは誰だ?」
 そんな嬉璃の問い掛けに、源は大仰に頷いてみせる。木刀は脇に挟んで腕組みをし、顎をツンと尖らせた。
 「嬉璃殿も知らぬ訳ではあるまい。この季節、子供達を恐怖と絶望のズンドコに陥れる…彼奴らのチーム名は悪名高き『サタン苦露主』!世界中の子供達の敵じゃ!」
 「………」
 嬉璃は思わず言葉に詰まって唇を噤む。それは、どこをどうツッコんでいいのか、ツッコミどころ満載で選びあぐねていたからの沈黙だったのだが、それを源が違う意味に捉えた。
 「嬉璃殿も心当たりがあるようじゃな。わしは子供達のプレゼントを守る為、今夜、彼奴らを叩きに行く!この、我がチーム『オーディン』を引き連れてな!」
 「……『おでん』?」
 嬉璃がぼそりとツッコんだが、源はただ一つ大きく頷いただけだ。さて行くぞ、と徐に嬉璃の袖を掴んでバイクの方へと歩き出そうとした。思わず嬉璃は、その場で足を踏ん張って抵抗する。
 「待て!また巻き込むつもりか!?」
 「当たり前じゃ。わしと嬉璃殿の仲ではないか。…それにだ、わしには嬉璃殿の助けが、どうしても必要なのじゃ」
 ふと、源は真摯な表情になる。それに釣られて、嬉璃も興奮を鎮めて、源の黒い瞳を見詰めた。
 「…おんし、それ程までにわしの事を……」
 「うむ。何しろ、にゃんこ丸もにゃんこ太夫も、アレの運転ができぬのじゃ。肉球では、ハンドルは握れんらしい」
 「それだけの理由か―――!」
 嬉璃の叫びが、夜空に吸い込まれていった。


 バイクだと思っていた『アレ』は、良く良く見れば補助輪付きの子供用自転車だった。考えて見れば、源の身長ではバイクには乗れないであろう。(の前に免許が取れません)白い長ランの源と、紫の長ラン(勿論、源提供)の嬉璃は、縦に並んでキコキコと自転車のペダルを踏んでいた。クリスマスイヴの今宵、夜更かしを許された子供達も多いのだろうが、さすがにこの寒空に、外出しようと思うような輩はいないらしい。人っ子一人居ない静かな道を、二人は二匹のなめ猫を従えて闊歩していた。
 「…で、どこぞにそいつらが現われるのか、目星は付いておるのかえ」
 妙に協力的になっている嬉璃だが、恐らく真相はとっとと終わらせて帰りたい一心であるようで。それを見透かしたのかそうでないのか、にやりと不敵な笑みを浮べた源が、後ろの嬉璃を振り返る。
 「勿論じゃ。彼奴らの好物を知っておるか?鶏じゃ。鶏の丸焼き、モモの照焼き、そんなものを良く食しておるようじゃ。あとはケーキも好物らしいが、まずは鶏じゃな。…さて、そろそろ餌を撒くかの」
 んしょ、と自転車から降りると、源は前籠に手を突っ込む。そこから取り出したのは、某ファーストフード店の、フライドチキンの入った赤と白のカラーリングの箱だった。
 「…おんし、それが餌か」
 嬉璃の言葉に、源が頷く。箱を開けると、チキンのドラム部分を取り出す。それを、えいと通りの向こうへと投げた。それは無理だ、とツッコもうとした嬉璃だったが、弧を描いて飛んだチキンの落下地点を見て思わずあんぐりと顎が落ちる。何故ならドラムチキンは、地面に落ちる直前に口から飛び込んで来た一人の白髭の中年男、彼のスライディングによって、見事にチャッチされたからである。
 「……何ぢゃ、あれは」
 「出たな、サタン苦露主!ここで会ったが三年目、覚悟じゃ!」
 そう叫ぶと、源は木刀を構えて男へと切り掛かる。白髭の中年男――恰幅が良く、白髭に黒縁眼鏡の人の良さそうな男で、確かにオーソドックスなサンタの衣装を着ていた――は、その体躯に似合わぬ身軽さで、ひらりと源の攻撃を避けた。
 「危険な事をするんじゃない、お嬢ちゃん。それより、食べ物を粗末にしてはいけないではないか」
 紳士は、体勢を整えた後、静かな声でそう言う。勿論、口でくわえてキャッチしたチキンを、もぐもぐと咀嚼してからである。綺麗に食べ終えた後の骨をぽいっと肩越し、背後に投げ捨てると、まるで狙い澄ましたかのよう、背後にあったゴミ箱へと骨は吸い込まれて行く。それを見た嬉璃が、そちらの方を指差した。
 「あっ、そのゴミ箱は燃えるゴミ専用ぢゃ。生ゴミは不燃物として処理を…」
 「今はそんな事を言っている場合ではない、嬉璃殿。…と言うか、何故に座敷童の嬉璃殿が、そんな小市民的な」
 源の訝しげな視線に、嬉璃はただ、さぁ?ととぼけるだけだった。気を取り直した源が、木刀の切っ先をびしっとサンタ?の方へ向ける、すると男は、髭についたチキンの油を指で拭いながら呆れるような顔をした。
 「大体、どうして儂がお嬢ちゃんに斬られなくてはならないのかね…」
 「問答無用じゃ。子供達から奪ったプレゼント、返して貰うぞ」
 「何の事だかさっぱり分からんな。儂はただ、お嬢ちゃんが勿体無い事をするから…」
 「ええい!埒が開かんわ!」
 業を煮やした源が、木刀を下段に構えて男へと突進する。身軽さ故の素早い攻撃は、今度は男の額へと命中したようだ。何故か、がぃんと堅い音をさせてサンタ?の額が割れ、男は後ろへと倒れ込む。その巨体が地響き立てて道路に叩き付けられるその瞬間、シュゥッと蒸気が立つような音がして、サンタ?の姿は跡形もなく消えてしまったのだ。
 「…あやつ、一体」
 「ちッ、不甲斐ない。あれでチームを率いていると豪語するとは片腹痛いわ。わざわざ、わしらが出張る事もなかったようじゃの」
 源は満足げに胸を張って自信たっぷりな笑みを浮べる。やれやれ…と今日何度目かの溜め息をついて、嬉璃が肩を竦めた。

 その次の日、某ファーストフード店の店先では、ちょっとした騒動が起きていた。店の前にいつも立って客を出迎えていた、そのチェーン店の創設者の等身大人形、白い髭と黒縁眼鏡のおじさん人形が、何故か見事な太刀筋で額をぱっかり割られていたのであった…。


☆ライターより
いつも有り難うございます!ライターの碧川桜です。相変わらずですが遅くなって申し訳ありません。今回は特に、せめて25日には間に合わせようと思いつつこの体たらく…(涙)
ほっとくとどこまでもお笑いに走りたくなる性質のライターですので、ちびっこコンビのノベルはいつも楽しく書かさせて頂いております。が、少々調子に乗り過ぎているのでは…と内心不安にもなっております(笑) これまでは楽しんで頂けているようで何よりですが、こんな路線でなどのご要望等ありましたら遠慮無く仰ってくださいね。
ではでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ…。