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<東京怪談ノベル(シングル)>


トラップは肉の味!?

 その瞬間は、意外にもすぐにやってきた。



「いらっしゃいませ、お2人とも」
 私がにこやかな表情で玄関に迎え入れると、奥さんは恥ずかしそうな――しかしとても嬉しそうな顔をして頭を下げる。
「今日はお招きありがとうございます。うちの娘ったらすっかりセレスティ様を気に入ってしまったようで……」
「こんちゃー! せれすちゃん。今日もお元気ですか〜?」
 奥さんに手を繋がれたまま元気に挨拶をしてくれる少女に、私は手を伸ばし頭を撫でた。
 ――誰の奥さんであり誰の娘であるのか?
(それはもちろん)
 私の後ろに立ち何故か緊張に顔を強張らせている運転手の、である。
『セ、セレスティ様〜〜〜っ』
「では庭の方へ行きましょうか」
 小声で話し掛けてくる運転手を無視して、私は2人を促す。
「うんっ」
「よろしくお願い致しますね」
 車椅子をくるりと回転させて、案内しようとした私の前に。
「? よけてくれないと通れませんよ」
 通せんぼをした運転手は、必死に首を振った。
「こ、こっちはダメです! セレスティ様、お庭には外からの方が近いと思いますがっ」
「何を言っているのあなた。どこから行こうがセレスティ様の勝手じゃない」
「そーだそーだっ」
「お前こそ何を言う。近い方がいいに決まってるじゃないか!」
 運転手は必死のようだ。
 私も笑いを堪えるのに必死だ。
「まああなた、ご主人様に逆らう気なの?! リストラなんかされても養ってあげないわよ!」
「そーよっ。あたしだって無視しちゃうんだから」
「そんなぁ……」
「――あのー、バーベキューの準備が整いましたよ?」
 不意に割り込んできた声に、言い争いがピタリととまった。声の主は……外からやってきたおっちょこちょいで有名な使用人だ。
「……キミ。キミも焼かれるつもりですか?」
「へ?」
 思わず問いかけた私に、彼女は可愛らしく首を傾げる。――が、その頭の上には。
「お肉が載っていますよ」
「あー……さっき転びそうになって、お皿に持っていたお肉が宙を舞ったんです! きっとその時に……」
 相変わらずおっちょこちょいのようだ。
 途端に和んだ空気を利用して、私は今度こそ皆を庭へと促す。
「この娘にお肉を減らされないうちに、庭へ行きましょう」
 ピクリと反応する運転手に向かって、笑顔で。
「――外を回って」



「うっわ〜〜〜っ、これ全部食べていいの?!」
「よ、よろしいんですか?」
「セレスティ様……やりすぎでしょうこれは……」
 三者三様の声をあげる3人に、私は深く頷いた。
「お2人に食べていただくために用意させたのです。ですがお肉だけではあれですから、バランスよく食べて下さいね」
 目の前には、大量のお肉。そしてそれにひけをとらぬほど大量の野菜が並んでいる。自由に選んで串に刺し、焼いてもらう寸法だ。
「わーいっv」
「ありがとうございますぅ〜」
 素直に喜ぶ2人とは裏腹に、運転手は複雑そうな顔をしていた。もしかしたら、2人が肥えるのを心配しているのかもしれない。
(――さて)
 私は私の、仕事をしてきましょうか。
「? セレスティ様……どこへ行かれるのです?」
 屋敷の中へ戻ろうとした私に気づいて、運転手が声をかけてきた。2人は既に食べ始めている。
「バーベキューですからね。やはりもう少しラフな格好をしてきますよ。キミもほら、食べていなさい」
「は、はい」
 適当に言い訳をして、私は3人に背を向けた。
 ――罠を、仕掛けるために。

     ★

「あ、せれすちゃんおかえんなさーい。どこ行ってたの?」
 私が一仕事終えて庭へ戻ると、既に用意した食料の3分の1が消えていた。
 私は少女の耳元に口を近づけ。
「ちょっと、いい情報を仕入れてきたのですよ。聞きたいですか?」
 小声で伝える。すると少女も心得たもので、小声で返してきた。
「知りたい知りたい」
「向こうにね、ここにある物よりも美味しそうなお肉が落ちていたんです」
「え?! ……でも、落ちてたら汚くて食べれないよ……」
 落胆の色を見せる少女に、私は笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。落ちていたのは”お皿に載ったお肉”ですから」
「ホント?! 行ってくるっ♪」
 何故ご丁寧にお皿に載ったお肉が落ちているのか――そんな疑問など微塵も感じなかったようで、少女は嬉しそうに私が指し示した方向へと走っていった。
 それを見た2人が、不思議そうにこちらを見る。私はその視線に対し。
「お花を摘みに」
 短く答えると、奥さんは理解したようでとめていた手をまた動かし始めた。
(も行くかもしれませんねぇ)
 続けた私の心のうちなど、当然知らない。
 一方運転手は、これまでの経験から警戒しているのか、疑いの眼差しで私を見ていた。
「……そういえばセレスティ様。何を着替えてきたのですか?」
「え? あ……」
 運転手に答えた手前、本当に着替えてこようと思っていたのだが、先の予想があまりにも楽しすぎてすっかり忘れてしまっていた。
 その私の反応から、よくないものを感じ取ったのだろう。
「まさか……」
 呟くと、運転手は娘の消えた方向へと走っていった。
「あなた! そんなもの我慢するんじゃありませんっ」
 勘違いして叫んだ奥さんの声は届いただろうか。



 私が駆けつけた時には既に、少女は壁を見上げ呆然としていた。――ただしくは、見上げているのは壁ではなく、一枚の写真だ。
「わーっ、見るな、こら!」
 運転手は必死に娘の目を塞ごうとするがもう遅い。
(――そう)
 私はお肉を使って、少女をここまで誘導したのだ。古典的な方法ではあるが、単純な子供には多大な効果を発揮する。
 あられもない(?)写真を奥さんどころか娘に見られ、あたふたする運転手をよそに。少女はそれを見つめたまま少しも動かない。
(……?)
 さすがに、少しおかしい。
「どうしたの?」
 私は少女に近づき、その肩に手を置いた。
(刺激が強すぎたでしょうか)
 奥さんに見せるよりも娘に見せた方が面白いのではないかと、単純に思っただけだったのだが。
 少女はゆっくりと視線を下げてゆく。最後には自分のつま先を見つめ、両手のこぶしをプルプルと震わせていた。
(悪いことを、しましたか……)
 そう思った私は、しかし次の瞬間裏切られることとなる。
「――おとーさん……こんなおとーさんでも人気あるんだねぇ?!」
「……は?!」
「だってこの人、おとーさんに押し倒されて嬉しそうだよ!」
 実際は嬉しそうなのではなく、楽しそうなのだ。そしてもちろん、押し倒されているのではない。
「あっ、今度からおとーさんじゃなくてパパって呼ぼうか。その方が”らしい”よね♪」
 続けた少女の言葉に、運転手は喰らいつく。
「おい待て、何の”パパ”だ」
「はぁ〜いいなぁこの写真v 何だかろまんちっく! せれすちゃん、あたしに焼き増しして〜」
「ええ、構いませんよ」
 予想外の好評ぶりに、私はとても満足で頷いた。
「やめて下さいセレスティ様っ」
「だぁいじょうぶよ! おかーさんには見・せ・な・い・か・らv」
「そういう問題じゃ……っ」
「それにこの相手の人、さっきのお手伝いさんだよねー? 運転手とお手伝いさんの禁断の恋……いやーんっ」
「いやーんじゃない!」
 こうして1枚のあられもない――いや、運転手にとって恥ずかしい写真の前で、父娘は長いこと言い合いをしていた。
(……それにしても)
 こんな大声では、そのうち奥さんにも気づかれてしまいますよ……?
 そうなった方が面白そうだと思ったので口にしないまま、私は2人の様子を楽しんでいた。
(どちらが勝つでしょうね)
 しかしどちらが勝っても、焼き増しされた写真は既に、私の手の中にあるのだった――。





(終)