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<東京怪談・PCゲームノベル>


蒼穹の羽 1
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もうだめだと思うこともあるし 誰も傍にはいないんだと思ったりもする
だけど、人生にはやり遂げなくてはいけない奇跡があるんだ
それは他のどこでもない、自分の心の中にある

それが何かさえわかれば、きっとそこまでたどり着ける
きっと叶うんだと信じていれば、それはきっと本当になる

きっと空も飛べる
あの青空を両手で抱きしめることもできる
朝も夜もそのことを考えているんだ
両手を広げて、どこかへ飛び立ってしまえたらいいと
開いたドアを飛び出して どこまでも飛べるさ


―――お前となら、空だって飛べると思ってたんだ。



現れた男は、くたびれたように街を歩くサラリーマンの波に、見事に同化していた。わずかばかりの違いといえば、その確りした歩き方だろうか。それすらもほんの些細な違いで、余程の注意力がない限り見逃してしまいそうだ。
「この国の人々は生気のない目をしている。こればかりは、努力しても似せられるものではない」
近づいてきた男はそう言って、冷たい光を湛えた黒い目でこちらを見つめた。東洋人のようだが、普通の日本人とはどこか漂わせる雰囲気が違う。
その理由は、すぐに知れた。名刺を出すこともなく、ありふれた喫茶店のテーブルの向こうから、男は太巻を見つめる。
「IO2調査官のチェンだ。君の噂はかねがね」
「いやそれほどでも」
謙遜を謙遜とも受け取らず、ふてぶてしい態度で太巻はタバコを咥える。
火をつけて、これみよがしに、煙を相手に向けて吐き出した。笑みが崩れないのが余計にいけ好かない。
「探して欲しいのはこの少女だ」
テーブルの上を、チェンが取り出した写真が滑った。
視線を落とす。制服を着ているところを見ると、どうやら十代らしい。サロンで焼いたらしい浅黒い肌。明るく脱色した髪。整った容貌をしているが、写真には面白くもなさそうな仏頂面でうつっている。
「最近のヤングな若者じゃねェの。ただの家出じゃねえか?」
面白くもなさそうにちらりと視線をやっただけで、太巻は相手に視線を戻す。こちらの反応を伺うように、顎を引いて上目遣いにチェンは視線を外さなかった。
「それが違うのだ。この少女を誘拐した犯人がいる。名前は榊リョウ(さかき・りょう)。現在、我々が要注意人物として目を付けている異能力者だよ」
「知ったこっちゃねぇな」
「君は、あらゆるジャンルの仕事の斡旋・紹介をしていると聞いた」
「客を選ぶんだよ」
椅子を蹴って、席を立とうとする太巻に、声が追った。
「君の奥様は長年、我々のデータの中に名前を見かけるよ」
「…………」
「無論、」
薄ら笑いを浮かべて、テーブルの上で肘をつき、チェンは指先を組み合わせた。
「現在はまだ、要注意人物に過ぎない。……だが、こちらの気分次第で、いつでも風向きが変わるんだということは、覚えておいたほうがいい」
「……おウチに帰って○#の@$#でもしゃぶってな、このク○X&*%野郎」
「下品だな」
口元を僅かに歪めてチェンは笑い、掬い上げるように太巻を見た。
「コトは、誘拐事件だよ。何も同類を殺してくれと頼んでいるわけではない。誘拐された少女を助けるのに協力してほしいだけだ」


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「IO2か」
話を聞き終えて、ケーナズ・ルクセンブルクは器用に片方の眉を上げた。IO2に紹介屋。なんとも信じられない組み合わせである。
「キミが関わりたがる連中とも思えないが……宗旨替えかね?」
「うるせえ」
普段どおりに紹介屋は憎まれ口を叩き返し、これまた普段どおり、ケーナズの不快な顔も気にせずにタバコを吹かした。問いかけは、返事を得られぬまま、暗い室内に吸い込まれていった。
普段は偉そうに踏ん反り返っている太巻大介は、満足のいくまで煙を吸い込んでから、ようやく身を乗り出して居並んだ一同を見回した。
「犯人は榊リョウ。誘拐されたのは山岸正美、ヤマンバ女子高生。榊リョウはIO2が数年前から目を付けている要注意人物だ。悪霊使いで、幻術使い。現在は坂崎ってェ名前の悪霊と行動を共にしている」
壊れかけの丸テーブルには、IO2から渡された薄っぺらな資料が乗っている。枚数にして3枚。表紙を入れなければ2枚にしかならない。資料に書かれていることは、太巻が説明した言葉だけで全て事足りた。
資料を読んだ面々の反応はまちまちである。「これだけ?」という顔をして太巻を見つめるのは、硝月・倉菜(しょうつき・くらな)と倉塚・将之(くらつか・まさゆき)だ。ケーナズは資料に二度、目を通してから、それを丁寧に折りたたんだ。シュライン・エマと御影・涼(みかげ・りょう)は、何度見たところで増えるはずのない資料を捲り、難しい顔をしていた。
「なんか、あるか?注意事項とか、言っとくこととか?」
「……そうだな。榊の幻を見せる能力は要注意だ。視覚に頼りすぎて見失うことがないよう、用心したほうがいいかもしれない」
太巻の言葉にちらりと視線を上げ、それだけ言ってケーナズは再び物思いに沈む。思い出したように折りたたんだ資料に視線を落とし、5分もあれば読み終えてしまう簡単な報告を再び読み直していた。
「太巻さん。もしかしてご存知ないかもしれないけど」
重みもなにもない三枚の紙をテーブルに置いて、倉菜が紹介屋を見た。チビたタバコを根元まで吸って、太巻は顎をしゃくる。
「あんだよ」
「私、普通の女子高生なんですけど?」
「それが?」
と、返ってきたのは味も素っ気もない返事である。まあ、言っても無駄だとは思っていた。太巻は、この店に足を踏み入れた者は都合のいい働き手だと思っており、彼の前に人が現れるのは、すべからく自分のためだと考えている。いくら倉菜が「偶々だったのよ」と言おうが、将之が「バイトがあるんだけど」と抗議しようが、それは彼には関係のないことである。
「ま、いいけど」
諦めて、倉菜は細い肩を竦めた。榊が連れている男が持った「妖刀」には興味もある。それに、誘拐されたのは彼女と同じ女子高生だ。放っておくわけにも行くまい。
「あ、そうだ。もう一人、この件を手伝ってくれそうな人がいるんだけど。連絡したらダメかしら」
「……誰だ?」
首を傾げて迷う様子を見せてから、太巻は尋ねた。倉菜はクールな顔にちらりと笑みを浮かべる。出て来たのは……某財閥の総帥の名前だった。


倉菜が日々を多忙かつ悠長に過ごしていく総帥に連絡を取るべく店を出ていってしまうと、涼は改めて資料から顔を上げ、太巻に視線を向けた。
考え深げなその表情には、僅かに懸念の色が伺える。
「妖刀って……また、なのかな」
黙って聞いていたシュラインとケーナズが、これには反応してちらりと顔を上げた。手渡された資料には、「剣豪・坂崎」という名前がタイピングされている。それを見て、数ヶ月前に体験した奇怪な「血の記憶」を思い出したのだろう。
坂崎というなの剣豪は、涼を含め、いまだ三人の記憶に新しい。彼らがとある事件をきっかけに「見た」記憶が正しいのならば、坂崎は、村を助けるために鬼を殺してその呪いを身体に受けた。その結果、鬼の呪いで気が狂い、やがて人の手によって焼き殺された悲劇の剣豪である。
以前、シュライン、ケーナズ、涼の三人は、共通の知り合いである渋谷透という青年の夢の中で、剣豪「坂崎」と思われる人物を目の当たりにしているのだ。奇妙な符号だと思わずにはいられない。
「……話の腰を折って悪ィんだけど」
深刻な顔をして口を噤んだ彼らを眺めて、ひょい、と将之は手を上げた。
彼は、ケーナズたちのように過去、坂崎という名前に関わったことはない。だから今ひとつ今の事情が飲み込めないのである。
「それ、なんか今回の誘拐事件に関係あるのか?」
「……あぁ、いや。榊が連れてるっていう妖刀使いに、ちょっと心当たりがあったもんでな」
不自然に落ちた沈黙を取り繕うように太巻が手を振る。
「心当たりって……、そいつそんなに有名な剣豪なのか?」
「歴史に名が残っているわけじゃねェよ。だが、強いことは強かったらしいな。鬼を倒したっつー噂もあるくらいだ」
ふぅん、と生返事をして、将之は口を噤んだ。彼も、刀をたしなむものとして、強い相手には興味があるのだろう。
「……ま、いいけどさ」
頭脳労働は、他の連中に任せればいい。自分は戦闘要員として、必要な時に控えていればいいのだ。そう決めて、将之は素直に引き下がった。
一方では誰もが、どこかにものが引っかかったような顔をしている。太巻が紹介するのには「らしくない」依頼主と、輪郭の掴めない依頼内容に戸惑っているのだ。
難しい顔をして考えていた涼が、ぽつりと零す。
「それと、気になるのはIO2のことだ。どうして犯人の正体まで分かっていて、彼らが直接手を出さないんだろう?」
「何故本部の人間が太巻さんに接触してきたのかも分からないわよね」
ようやく資料から視線を外して、シュラインはそれを丁寧に整えた。
「異能力者を相手にするなら、同じ能力者を使ったほうがイイからじゃないっすか?」
カウンターに肘をついていた将之が、髪の毛を引っ張りながら口を挟む。
「それは確かにそうだけど、IO2は能力者の存在を否定しているのよ」
ちらりと、テーブルに視線を落として椅子を鳴らしている太巻を眺めて、シュラインは腕を組んだ。
「それに太巻さんはアウトローだし、あんまり人の言うことを聞くタイプでもないし。人質を救出したいのなら、もっと協力的な能力者を探しても良さそうなものでしょう」
「……何か、裏がありそうだね」
「本部が動いているのも気になるし……ね。日本国内で起こっていることなら、日本支部の担当のはずでしょう」
四人の会話を、太巻は両手を頭の後ろに回して聞いている。
「ま、今そんな話をしたって、何がわかるわけでもねぇ」
ぱん、と膝頭を掌で叩いて、太巻は大儀そうに立ち上がった。吸殻で山盛りになった灰皿にさらに新しく吸いカスを追加して、歩き出す。
「新しい指示が出たら、また知らせる。それまでは今ある情報でよろしく頼むわ」


■シュライン・エマ
「太巻さん」
「……あぁ?」
他の人間を置いて、ぶらぶらと立ち去りかけていた太巻を、シュラインは小走りに近づいて呼び止めた。さっきタバコを吸い終わったはずなのに、もう新しいタバコが煙を揺らめかせている。
相変わらず周囲のペースなどどこ吹く風という態度だったが、シュラインが彼を呼び止めた時に見せた表情は、やや硬い。何だかんだと文句を言いつつ、シュラインに対しては好意的に接する太巻にしては珍しいことだ。
「あら、呼び止めたら悪かったかしら?」
「んなことはねえよ」
ばつの悪そうな顔をして、太巻は振り返った。ポケットに手を突っ込んで、細めた視線はシュラインの持つ資料へと落ちている。
「ここに書かれている榊の同行者のことだけど」
やっぱな、という顔をして、太巻は天井を仰ぐ。どうやら、ある程度その質問は予想していたようである。
「……太巻さん」
「ああ、ああ。わかってるよ。別に隠そうとしたわけじゃないぜ。聞かれなかったから話さなかっただけだ」
往生際悪く言い訳をしてから、太巻はタバコの先端を赤く光らせて煙を吸った。
「結論から言うと、その資料にある男が坂崎惣介である可能性は非常に高い。……都内のとある神社から、刀が盗み出されたのは知ってるか?ニュースにもなったんだが」
「……ああ。あったわね、そういえば。でもあれは夏の終わり……」
地方紙の片隅に、他の記事に埋もれるようにして、そんな記事があった気がする。あまりに小さな記事だったので、太巻に言われなかったら思い出すこともなかっただろう。
都内神社で、本尊として奉ってあった刀が盗まれたのだ。事件が起こったのは夜であり、周囲には人家も少なく、目撃者もいない……と。その後、続報を聞いた覚えもない。
「でも、まさかそれが……?」
「……盗まれた刀の名前は、落陽丸というんだそうだ。榊に同行している坂崎某は、その刀を持っているって話だよ」
「そう……なのかしら。以前の鬼の足跡から考えて、刀はどこか水辺にあるものとばかり思っていたのだけれど」
「…………沼」
「え?」
ぼそりと言った言葉が理解できずに聞き返すと、後ろ手に大きな手を振られた。
「なんでもねぇよ。とにかく、刀は神社にあったんだ。それが盗まれてから、あの家なし小僧の身の回りで妙な事が置き始めた」
わかったかよと言い捨てて、太巻はぶらりと歩き出した。
「太巻さん」
もう一度だけ、引き止める。背中を向けたまま、僅かに太巻が顔を上げた。煙の角度が変わる。
「……今度ァ何だ」
「IO2が何を考えているか、太巻さんは検討がついているんじゃないの?」
空気を低く震わせて、笑い声が届いた。
「知らねェな。おれはいつもどおり、仕事を斡旋してるだけだ。っちゅ――の」


「聞いてたんだろ?」
角を曲がり、シュラインの姿が視界から消えてから、太巻は立ち止まった。目を細めて、煙の向こうにある闇を見透かす。
「聞くつもりはなかったが、シュライン嬢と話していたようなので遠慮しただけだ」
闇の中で、細い金が僅かな光を反射して光る。伊達眼鏡をかけた研究員の姿を見て、太巻は口に咥えたタバコを上下に揺らした。
「どうせ用件は一緒だろう。坂崎の事が知りたいなら、シュラインに話してやったとおりだぜ」
蒼い色をした瞳を眇めて、闇の中からケーナズが太巻を見た。
「……では、やはりあれは透の……」
「情けなら掛けるなよ」
眉間に皺を寄せたケーナズの視線を捕らえて、太巻は薄く笑みを浮かべた。
「らしくねェだろう、旦那。情けも差別も……お互いに」
「……キミ自身、自分に言い聞かせなければならないことがあるらしいな」
ハッ、と鼻でせせら笑って、太巻は身を引いた。きついタバコの残り香も、同じように遠ざかっていく。深く肺に煙を吸い込んだ太巻の横顔は、表通りから僅かに差してくる光で光と影の凹凸を浮き上がらせる。
「太巻。何故、IO2などに協力している?」
「仕事だからさ。他になにがある」
わずかに声が低くなる。どうやら、用心されたらしい。
「……いや。脅迫でもされたのかと勘繰ってみただけだ。仕事だろうが、キミが気の向かない仕事を引き受けるような性格には思えなかったのでね」
「このおれを相手に脅迫か」
軽く笑って、太巻は首を傾けた。にやにやと笑っている。
「……おれは、誰の言いなりにもならねぇよ。脅迫なんてムダなことだ。……仕事だから言われたことをやってる、それだけだ」
と、大男は芝居がかった仕草で両手を広げて見せた。
「そうか」
肩を竦めて、ケーナズは太巻から視線を逸らす。太巻の瞳の中に見た強い光は、言葉とは微妙に違うことを語っていた。案の定、彼はIO2が……もしくは権力をかさに着たダイ・チェンという男が気に食わないのである。
だが、彼が話さないと決めたのなら、これ以上問いかけたところで無駄なことだ。
太巻がIO2の言いなりになる気がないということだけ、分かっていればいい。
立ち去りかけたケーナズの足を、太巻の声が止めた。
余計なことを聞いたケーナズへの仕返しだとでもいうように、その声はからかいを含んでいる。
「カミさんが言ってたぜ。お前らがみたあの記憶は、何世代も遡って再現されたにしては、鮮明すぎるってよ」
闇の中で、息を詰める気配だけが届いた。
「どういうことだ」
「言葉どおりの意味だ。お前が見た記憶は、遠い先祖の記憶なんかじゃない。あれはあのガキの――」



大通りに面した喫茶店からは、窓越しに通りをそぞろ歩く人々が見渡せる。都心に近いこの辺りを歩く者たちは様々だ。営業周りのサラリーマンから、学生、フリーター気取りの若者たち。人種も年齢も一定しない。
「コーヒーを」
愛想はないが雰囲気のある店主が、ケーナズの声にこたえて、丁寧な手つきでコーヒーを淹れ始める。
店には、まばらに客がいる。窓際の席にカップルらしい男女が一組。奥のボックスに、競馬新聞を広げているのが一人。カウンタの端で新聞を読んでいるのが一人。
「一体何に首を突っ込んでいるんだ」
声だけがかかった。声をかけたカウンタの男は、新聞に視線を落としたまま、顔を上げもしない。
「大したことではない。少し、気になることがあってな」
「俺たちには関わるなと、いつも言っているだろう」
そこでようやく、男は冷めきったコーヒーに手を伸ばすふりをしてケーナズを見た。IO2に所属するこの男とは、持ちつ持たれつで数年来の付き合いである。
ケーナズの裏の顔を知る数少ない人物の一人であり、IO2と異能力者という枠を超えて、信用の置ける男でもある。
ケーナズが薄く笑んで何も答えないのを見ると、彼は呆れたようにため息をついた。
「お前が言っていた榊という男な。たしかに、IO2の要注意人物のリストに載っている」
唇を動かさずに喋り、男は再び視線を新聞に落とした。間もなくコーヒーが運ばれてきて、飲みたくもないそれにケーナズは口をつける。
立場上、お互いに交流があることを知られてはまずいのだ。かたや特殊能力を利用して仕事をこなす諜報員であり、かたやその能力者を規制する立場にあるIO2職員である。
「……どういう男だ」
「わからない」
短い答えに、思わず視線が隣の男に向かう。それを目で制して、彼は新聞を持ち直した。
「サカキは、確かに要注意人物として名前は記載されているが、その理由は不明だ」
「そんなことがあるのか」
「ないこともない」
そして、説明が必要と思ったのか、唇の下から説明を付け足す。
「能力を持っているだけで危険だと判断された場合なんかは、その対象だな。過去に何かをやらかしていなくても、要注意人物になる」
幻術や悪霊を操る能力が、それに該当するとも思えない。ケーナズの沈黙をどう受け取ったのか、男は先を続けた。
「後は、われわれ(IO2)に、そいつをテロリストと断定するだけの確信がある場合だ。……恨みを買っているとか、な」
ちらりと隣を見ると、男は新聞を畳んで立ち上がるところだった。
「チェンという名の捜査官については、もう少し時間をくれ。分かり次第、FAXでも流すよ」
「すまないな」
ケーナズの脇をまるで他人のようにすり抜けて、男は出て行った。
ぬるくなったコーヒーを啜りながら、ケーナズはきれいに磨かれたカウンターを見るでもなく眺めた。
まだ、男の言葉が頭の中を反芻している。
――われわれ(IO2)に、そいつをテロリストと断定するだけの確信がある場合だ。……恨みを買っているとか。


■――interval
「やれやれ……」
IO2に関する依頼を受けて店を出ていった時雨をようやく正しい方向へ導いて、太巻は無人の店の椅子に腰を落とした。
誰もいないのは、気配を探るまでもなく承知している。だらしなく椅子にもたれたままポケットを探り、彼は携帯を取り出した。
メモリーセットしていない電話番号をそらで押し、通話ボタンを押して耳に当てる。
相手が出るまでの数コールの間に、タバコを咥えて火をつけた。
『もしもし……』
相手が出た途端に、太巻は喋りだしている。
「おれだ。参加者がもう一人増えたぜ――」
ややあって、電話の向こうで空気が震えた。
ヤツが、笑ったらしかった。


携帯電話が、胸ポケットの中で鳴った。プライベートナンバーからなので、電話番号は表示されない。緑色に光る携帯を一瞬見つめて、ケーナズはそれを耳に当てた。
「もしもし?」
『カズヤ?』
相手の確認もせずに、気安い様子で声が届く。即座に、ケーナズは否定した。
「間違い電話ですよ」
性急に詫びを言って、通話が切れる。
再び携帯を胸のポケットに落として、ケーナズはファックスに向かった。こういった連絡手段は、諜報員仲間でたまに使われる。盗聴されているとも思わなかったが、お互いにそういうクセが沁み込んでしまっているのだ。
丁度、ファクシミリが微かな音を立てて、紙を吐き出しているところだった。
おそらく、どこかのコンビニから送られてくるのだろう。ファクシミリが資料を全て吐き出すのを待つうちに、送りつけられた数枚を取り上げて、目を通した。
資料は、喫茶店であったIO2の知り合いから送られてきたものである。
今度こそ、きちんと淹れたコーヒーを片手に、ケーナズは資料を読んでいった。
ダイ・チェン捜査官……彼は、確かにIO2の捜査官として籍を置いているらしい。ワシントンDCにあるIO2本部の出身だ。一時期、西海岸カリフォルニア州に身を置いていたが、数年後には再び本部へと戻されている。
「社会に影響を及ぼす異能力者は排除すべき」という理念を掲げる、IO2の中の強硬派である。そのやり方は時として強引で情け容赦がなく、反発する者も多い。それでもチェンが本部に留まっていられるのは、IO2捜査官のうちの半数が、チェンと同じような思想を持っているからだとされている。
筆跡を残すことを恐れたのか、資料には注釈もなにもない。ただ、貴重な資料が微かな音を立てて次々と送られてくるのみである。
「……これは」
黙々と資料を読み進んでいったケーナズは、とある文章にひっかかって、ページを繰り掛けていた手を戻した。
まるで行間に真実が隠されているとでもいうように、眉間に皺を寄せて目を眇める。
文面は、以下のように始まっていた……。

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Fire Starter Case in Onyx, California

1991年、カリフォルニア州オニックスで、異能力者の暴発が起こり、家屋が全焼した。
事件を起こしたのは、ファイアスターター(発火能力者)としてIO2に保護管理されていたジェフリー・ラドクリフ。この事件でジェフリーは家屋に閉じ込められたまま焼死した。
これによって、同じく保護観察下に置かれていたR.S.による悪影響が心配されるが、本人は至って従順であり、現在のところ、反乱分子になる可能性は低い。しかし、用心のため、本部はR.S.をチェン捜査官の下から、ワシントンDCへ輸送することを決定した――。

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そして、もう一枚の紙には、たった数行しか文章が書かれていない。


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Oct. 13, 1998: R.S. went missing from laboratory in Washington D.C..

(1998年10月13日:R.S.がワシントン州の研究室より失踪)

Oct. 25, 1998: Issued search instructions to all IO2 members.
The nature of a crime: Possible terrorist activity.

(同年10月25日、IO2メンバーにR.S.の指名手配が発表される。
罪状は、IO2に対するテロ活動容疑)

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「R.S.……か」
ケーナズたちが追っている榊・リョウも、イニシャルを取ればR.S.だ。
それに、資料に出てくる「チェン捜査官」。
「偶然と呼ぶには、出来すぎているんじゃないか」
未だに信じられない思いのまま、ケーナズは一度は懐に閉まった携帯電話を取り出した。メモリーでセレスティの名前を呼び出して、通話ボタンを押す。
数度のコールの後で、セレスティの穏やかな声がいらえた。
『何か、わかりましたか』
問い返してくる声は、相変わらず落ち着いている。
もう一度手にした資料を見直して、ケーナズは信じられない思いで頭を振った。
「六年前にアメリカのカリフォルニア州で起こった、ファイアスターター事件と呼ばれる出来事に、榊らしき人物の名前が出てきています」
『ファイアスターター事件で……』
セレスティが電話の向こうで絶句した。
彼も独自の情報網を使って、その事件のことは耳にしていたのかもしれない。だが、どうやら榊・リョウとの関わりまでは知らなかったようだ。
「実は……」
再び資料を見直しながら、ケーナズはその内容を説明しはじめた。
電話の向こうで、「えっ」と声が上がったのは、FS事件についての説明をした時である。
「ジェフリー……」と呟いたきり、電話の向こうは沈黙している。
「その青年に関して、何か知っているのか?」
ケーナズは倉菜と将之に向けたつもりだったが、絶句している彼らに代わって質問に答えたのは、セレスティだった。
「榊氏が日本への入国に使った偽造パスポートに記載されている名前も、ジェフリーなのですよ」
と。



5階建てのビルの三階に位置する喫茶店は、窓が嵌め殺しになっているため、通りを歩く人々の姿がよく見えた。シュラインからの連絡で、榊と思われる人物が、駅前の喫茶店によく出入りしている……との情報が入ったのは、少し前のことである。
すぐに現場に急行したケーナズは、駅前の様子を見渡せるこの喫茶店に目をつけた。ここならば、周囲の様子も窺える。
今、ケーナズは喫茶店の入り口を眺められる席につき、外の様子を眺めていた。立ち並ぶビルに負けないほどに空は暗灰色に淀み、今にも泣き出しそうである。
足早に通り過ぎる人の合間に、コートの襟を立て、手持ち無沙汰に立ち並ぶ人影をいくつか捉えた。
ある者はコーヒーを片手に言葉を交わし、またある者は通りに広げられた出店に足を止めている。
何気ない風を装った男たちは、榊が現れるはずの喫茶店をまばらに取り囲んでいた。
時間を持て余しているようにみせて、彼らには隙がない。
(IO2か……)
空模様を気にする風を装いながら外を眺めていたケーナズは、心中で眉を顰めた。自分たちのうちの誰かが、榊の居場所を彼らに知らせたのだろうか。
それとも…・・・
入り口の自動ドアが開き、店に新たに客が現れた。ケーナズは更に眉を寄せる。
案内係と一言、二言話した男は、ロングコートを小脇に抱え、ケーナズの隣の席に着いた。
「榊を捕まえる予定の男が、こんなところで茶ァシバいてていいのか?」
隣の男は、緩く足を組んでメニューを広げながら低く笑う。唇を動かさず、ケーナズは低く問いかけた。
「ここで何をしている」
「真面目に仕事をしてるか、確かめにきてやったんだよ」
からかうような口調だったが、その声は冷たい。低い声をさらに低めて、太巻は脅しつけるような声を出した。
「IO2を探れと、頼んだ覚えはないぜ」
どこから聞きつけたのか、と考えてから、すぐに否定した。誰かから報告が行ったのだろう。情報の詳しさを考慮すれば、太巻でなくとも、ケーナズのことには思い当たる。
「調べられてはまずいことでもあるのか」
「おれの言うとおりに動かないのが気に入らねえ」
本音かどうか、判じがたい台詞だった。少なくともまるきりの嘘ではないらしい。
返事はせずに、ケーナズは再び窓の外を眺めた。
IO2に所属している男には、チェンに関する更なる調査を依頼してある。彼の弱みを握ることで、特殊能力を制限されるハンデを取り除ければよいと思っていたのだ。IO2に気づかれないように、念には念を入れたつもりだったが、太巻のことは考慮に入れていなかった。
むしろ、人に使われるのが嫌いなこの男は、ケーナズの行動を黙認するだろうと予測していたのだ。
「キミが奴らに追随するとは思わなかったな」
棘のある台詞の中に驚きを滲ませて言うと、太巻は声を上げて笑った。静かな音楽に掻き消されて声は遠くまでは届かなかっただろうが、それでも喫茶店にいる捜査員に聞かれはしないかとひやりとする。
「やつら(IO2)とまともに張り合おうなんて、思うんじゃねえよ」
「……キミの台詞とも思えないな」
「コーヒー」
近づいてきたウェイトレスにメニューを返すと、太巻は懐を探ってタバコを銜えた。空調で流れる空気に、きつい香りが流れる。
「余計なことはするな。って、忠告してやってんだろう?」
「それこそ余計なお世話というやつだな」
フーッ、と空気にさらに紫煙を追加し、太巻は椅子の背に身体を預けた。
ケーナズがIO2について探っていることがバレれば、IO2がこちらに目を向けてくるのは必至だ。だが、IO2に協力的な太巻の姿は、あまりに普段のイメージから離れすぎていた。
「報告するかね?キミのご主人様に」
「皮肉のつもりかよ」
笑い飛ばして、太巻はそこでようやく窓の向こうに視線を向けた。
喫茶店から出てきた二人の男が、通りに出てきたところだった。
中背の青年の後ろに、体格の良い男が付き従っているという様子だ。
「あれが、榊と坂崎だ」
タバコの煙を吐き出しながら、太巻が囁いた。
遠目では、顔の造作までは窺えない。だが、背の高い男の容貌には、確かに見覚えがあった。
以前、渋谷透の夢の中で過去をさかのぼった時にみた、あの顔だ。
精悍な顔立ちは、見慣れた顔とは中々結びつかないが、目元や眉の造作まで、驚くほどによく似ている。
角を曲がった二人を追って、視界の隅で人影が動き出す。セレスティが座っている車椅子を押しているのは倉菜と将之だ。
彼らが角を曲がると、何気ない風を装って様子を見守っていた男たちも一斉に動き出す。
「だからな」
満足げに、太巻はタバコを燻らせた。
「言っただろう。特殊能力は使わねェほうがいいってよ」
太巻の声を最後まで聞くことはなく、ケーナズは立ち上がった。ぬけぬけと恩着せがましいことを口にする男に一言言ってやりたかったが、その暇すらない。去り際に鋭い一瞥をくれて、ケーナズは出口に向かった。
「焦らずに行こうぜ。まだ始まったばかりなんだ――」
太巻の台詞は、閉まりつつある自動ドアに跳ね返されて、皆まで彼には届かなかった。



一定方向に流れる人を掻き分けて、ケーナズが通りに出た時には、榊の姿も坂崎の姿も見当たらない。それどころか、後を追っていた仲間たちも消えていた。
彼らがどの路地へ消えたのかは確認してあるのだが、IO2の目があると思うと迂闊に近寄ることは出来ない。
「……くそっ」
目立たないように、再び人の流れに身を任せながら、ケーナズは一瞬考え、すぐに足を信号が変わりかけている横断歩道へと向けた。
歩道を早足で渡り切った後も路地の方へは向かわず、そのまま真直ぐに歩く。
次の曲がり角で左に折れて、一通り当たりに注意を向けてIO2の目がないと判断すると、足を速めた。運がよければ、反対側から路地に入った榊たちと接触できるだろう。
逸る気持ちを抑え、極力人の波から浮かないように気をつけながら歩く。やがて、数十メートル先に、目指す路地が見えた。
丁度、長身の男が路地を出て、何事もなかったかのように歩き出したところである。
「おい……!」
誰かが見ていないことを祈るしかない。心の隅に浮かんだ懸念を振り捨てて、ケーナズは男を追った。
呼びかけられて、男はケーナズを振り返る。
黒い瞳が彼を捉え、ゆっくりとその眉が上がった。
透の記憶の中で見たときとは髪型が違う。だが、確かにそれはかつてケーナズが見たのと同じ人物だった。纏っている雰囲気のせいか、以前よりも精悍に見える。
(やはり、似ている――)
覚えず背筋に寒気が走る。見慣れた友人の姿が脳裏にちらついて、眉間に皺が寄った。
最近、ヤツは就職活動だとか言って、髪を黒く染めた。そうすると余計に、彼の顔は目の前の男のそれと重なる。その酷似こそ、何よりも雄弁に透と坂崎惣介という男の関係を語っていた。
「……そうか。お前もか」
呼び止めたきり、続ける言葉を見失って黙り込んだケーナズに、やがて坂崎は納得したように頷いた。
「……何がだ」
問いかけには答えずに、坂崎は平然とケーナズの脇をすり抜けた。ケーナズに敵意がないと悟ったのか、単に無頓着なだけなのかは判別がつかない。
「都は狭いな。過去とはよもや関わることもあるまいと思っていたが」
通り過ぎた拍子には、生暖かい風に吹かれたような感覚が肌を走る。言葉だけが寒風に乗せられて、ケーナズの耳に届いた。

■榊・坂崎
するりと温い風が吹いて、榊は坂崎が追いついてきたのを知る。
12月も半ばの街では、立ち並ぶ店から、耳慣れたクリスマスソングが路上にあふれ出している。一方で若者たちは漂うように街を通り過ぎるばかりで、明るい曲はどこか場違いだ。
「……二人。人の中に一人、今、店から歩き出した男がもう一人」
低く、坂崎が呟いた。彼の人並み外れた感覚は、的確に二人を追うIO2の人数を言い当てる。わかったと言うように頷いて、榊は背後に意識を集中した。
現実と幻との境を感じさせず、彼らに幻影を見せる。しばらくまっすぐ歩いてから、二人は歩道橋を上った。半分まで上り切った位置にある踊り場で足を止めて、背後を振り返る。
それぞれらくだ色とグレーのコートを纏った男が、足早に歩道橋の脇をすり抜けていった。先ほど、坂崎が捕らえたIO2の捜査員である。彼らはいるはずのない坂崎と榊の後姿を追って、足早に雑踏に紛れて消えていく。
彼らが完全に見えなくなったのを確かめて、榊は再び階段を上った。ひっきりなしに車が潜る歩道橋を渡り、通路の向こうへとゆっくりした足取りで歩いていく。
ズボンのポケットに手を入れ、マフラーを首に巻きなおして、榊は空を見上げた。
ビルの切れ間に覗く黒に近い色をした雲は重く、人の気分を憂鬱とさせる。
「……なんていうのかな」
「どうした」
「こういう天気のことを」
海外暮らしが長い榊は、こんな空をなんと表現していいのか知らない。同じように空を見上げた坂崎は、あぁ、と吐息のような声を漏らした。
「今にも泣き出しそうだ、と言えばいい」
目を細めて、榊は笑う。
「日本語はきれいだな」
そして空から落ちてきた最初の一滴を頬に受けて、「あ、泣いた」と呟いた。
見上げた空を、小さな鳥が一羽、横切っていく。
「……あれは」
その鳥影を見送って、ぽつりと坂崎が声を漏らした。
「いいんだ、あれは」
空よりも暗い色をした足元に視線を落として、榊はゆっくりと歩き出した。
彼らが歩いた跡を、ぱらぱらと降り出した雨が、黒い染みへと変えていく。


■太巻・チェン
「見失っただと?」
冷えたなかに苛立たしさの混じったチェンの声を、太巻は右から左へと聞き流した。どうせ、彼が話しているのは、坂崎と榊の後を追いかけていた捜査官である。
チェンが太巻を呼び出す少し前、シュラインからは携帯に連絡があった。時雨が機転を利かせて、小鳥に後を付けさせたのだという。
彼らは都内のマンションへ入っていった、とシュラインは苦々しい口調でそう言った。首尾に不満があるわけではないだろう。だが、思うところはあるに違いない。
今度ゆっくり話を聞かせてもらいたいと、彼女の台詞の端々が言外に語っていた。
顰めたチェンの声を後ろに聞きながら、太巻はゆっくりした仕草でタバコを抜き出し、口に咥える。
ジッポでその先端に火をつけたところで、チェンが通話を終えて大股に歩み寄ってきた。
「サカキの居場所は分かったのか?」
それが相手の神経を逆撫でするのを承知で、太巻は眉を上げ、ことさらゆっくりした仕草でチェンを見た。口元に笑みを浮かべる。
「オタクの捜査員が、追ってたんじゃなかったのか?」
「くだらん嫌味はやめてもらおうか。君も聞いていただろう」
叩きつけるように返事が返る。
指先でタバコを摘んで、太巻はソファに身体を沈めた。
「お前が使っている者たちは、サカキの居場所を掴んだのか、と聞いている」
タバコを吸って、煙を吐き出すまでの間、チェンを待たせてから太巻は鼻を鳴らした。
「路地で撒かれた、ってよ。大方、あんたらの捜査員と同じ手で目を眩まされたんだろう」
太巻の台詞に目を細め、チェンは座ったままの男に、僅かに腰を屈めて顔を近づけた。
「……もう少し協力的になってもらいたいものだな。君の立場を、忘れられては困る」
形式上、日本に詳しいこの男に協力を仰いだことになっているが、所詮立場はIO2の方が強いのだ。いつでも好きな時に、IO2は彼の妻を要注意人物に仕立てて「狩る」ことが出来る。
「サカキは、能力者だ。同じ能力者ならば今回の件に有利に働くと思ったからこそ、この件に彼らの介入を許したのだ」
そして、まだ発見されていない能力者を見つけだし、リストに加算する。
一石二鳥だな、と心中で嘲笑いながら、太巻は肩を竦めて見せた。
「デキのいいヤツの考えることは、ムズカシすぎてわかんねェよ」
一時間ほど前から降り出した雨は、サァサァと耳に心地よい音を立てて、乾いた大地に降り注いでいる。


■サカキ
雨が降っている。細かな水滴が優しく窓を叩き、そっと窓を開くと風とともに雨が落ちる音まで室内に吹き込んだ。
雨は嫌いじゃない。
しみったれた路地が色とりどりの傘に彩られるのが好きだったし、雨が降る音も好きだった。
雨の音に混ざって、小さな鼻歌が聞こえる。
英語どころか国語だって「ワケわかんねーよ状態」な彼女には、ちんぷんかんぷんの曲だ。
ただ、彼が歌うと哀しげに聞こえる。することもないので、彼女は聞いた。
「なに、それ」
静かな部屋に彼女の低い声が響くと、鼻歌が止む。勿体無いことをした。
「……何って?」
「今、歌ってたじゃん。なんて歌?」
「……I believe I can fly」
「どーゆー意味?」
少し考えてから、彼は手を伸ばして窓を閉めた。細く開いた窓の隙間から、雨が降り込んでいた。
「『きっと空も飛べる』」




空だって飛べる。
そう信じて僕たちは…………


雨の音が、思い出も記憶も掻き消してゆく。
晴ればかり続く青い空の下でみた夢は、手を伸ばしてもまだ届かず、今にも見失いそうなほどに遠のいてしまったのかもしれなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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・1481:ケーナズ・ルクセンブルク
・0086:シュライン・エマ
・1883:セレスティ・カーニンガム
・2194:硝月・倉菜
・1555:倉塚・将之
・1831:御影・涼
・1564:五降臨・時雨

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NPC
・太巻大介:相変わらずろくでなし。
・榊・リョウ:悪霊使いで幻術使い。
・坂崎惣介:数百年前に非業の死を遂げた剣豪。渋谷透の父親。

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■         ライター通信          ■
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こんにちは!
そしていつの間にかクリスマスですね…!何故だか未だにクリスマス気分がやってきません。何がいけないのか……。
明日になれば思い切りクリスマスを満喫してやろうと思っています。
さて、蒼穹の羽第一部、お付き合いいただいてありがとうございました。
今回はほぼ完全に個別仕様になってしまいました……「他のヤツと話せないの!?」とか思っていらっしゃったらすいません……(ホントにな)。
色々なところで色々な形でいつもお世話になっています。
これからも、どこかで見かけたらよろしく遊んでやってください。


在原飛鳥