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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


願う、樹

+1+

「おや……」

そう言えば、とある人物はカレンダーを見る。
じきに年の瀬が来て年が変わる。
新しい年に変わろうとする日々も近づいているのだ。

「…今年は何人の子が、あの樹に願いをかけるんだろうね?」

友人、恋人、親子…様々な人たちが、あの樹に願いをかける。

窓の外に見える庭園の中でひときわ目立つ、樹。

あの樹に願い事をかければ、末永く願った人々は幸福で居られると言う。

「…まあ、その前に此処へ来れる人たちしか願いはかけられないけど。…どうなる、ことやら」

猫は呟きながら少女へと馨りの良い紅茶を持っていくべく部屋を後にした。



+2+

「願いを叶える樹? そんなのがあるの?」

鈴代・ゆゆは、大きな瞳をくるくる動かしながらも目の前の青年――猫へ、問い掛ける。
どうも先日、逢ってからというもの、ゆゆは猫に好かれてしまったのか時折、ふらりとやってきては色々と話をして帰る、と言う事が続いていた。

そんなある日。
新年が近いという事もあってなのか「神社、と言うわけでもないけれどね、庭園に一つ不思議な樹があるよ」と、猫がゆゆへと教えたのだ。

――つまりは、新年には遊びにおいでと言うことなのだろうか、とも考えてしまう。

けれど、猫はゆゆが色々考えているのを知ってか知らずか、にっこりと微笑み「勿論」と言い頷くばかり。

「もし、何か叶えて欲しい願いがあるのなら遊びにおいで? あの子も、逢いたがっていたから」
「うん。女の子には逢いたいし、凄い長生きの樹だとも思うから絶対、行かせて貰うね!」
「ああ、ではお待ちしているよ」

幻のように消えていく猫の姿を見送りながら、ゆゆは樹へと願う、「お願い」を考えることにした。

(…何のお願い事にしよう?)

願い事なら沢山ある。
大事な人たちが少しでも楽しくいられるように、笑ってくれるように。
いつでも、自分を含めてだけれど――花々が、美しく咲く土壌があるようにも思うし、美味しいものが食べれたら良いなあ、なんて言うのも考えたりもする。

――………けれど。

むぅ、とゆゆは唸る。

(何か、自分でも頑張れて、そして叶えて欲しいお願い事が良いよね)

もうじき、新しい年になるわけだし!
…今年の抱負、とかって、いつも家族の皆が毎年毎年言っているから、そう言うのも含めて♪

願い事は叶えられて当然とばかりに、「はい、さようなら」なんて、樹には言えないしね☆

(そうと決まれば…さて…いつ、猫さん達の庭園に遊びに行こうかな?)

ゆゆは、カレンダーを見つつ、いつ遊びに行くか真剣に思案しだした。
樹へと話し掛けられる時を、楽しみにしながら。


+3+

そして、一月一日――元旦。
ゆゆは家族の皆が神社へ参拝しに行くのを確認すると、こっそりと庭園へと出かけていった。
陽は高く、風は冷たさを孕んでこそ居るものの穏やかで、ゆゆはスカートを翻しながら、ゆっくり歩く。

年明けは全ての工場や様々なところが休んでいる所為だろうか、空気が澄んでいて東京である――と言うのも忘れてしまいそうな程、遠くが良く見え、ゆゆは口元を綻ばせながら庭園の門をくぐる。

すると、この時間に来ることが解っていたように立つ、猫の姿があった。
新年のおめでたい時であるにも関わらず彼は、黒尽くめのままだ。

少しばかり不思議に思ったが、ゆゆは此処に来た一番の目的をまず猫にたずねることにした。

「…ね、樹は何処にあるの?」
「案内しよう。…私のように、迷子にならないとも限らないから」
「まあ、失礼ね! 私は今まで迷子になったことが無いのが自慢なのに!」
「…それは凄い。本当に?」
「ええ、だって迷惑かけてしまうより良いもの♪」

そう、言いながらゆゆと猫は庭園の樹がある方向へと歩き出す。
入り組んだ道、と言うわけではないのだが同じ風景が続いていて特徴と言う特徴がつかめない。
何処か所々に特徴があると解り易いのに――と思いながら垣根を見る。
垣根は綺麗に整えられていて緑がとても鮮やかだ。
これも猫や少女が、いつもやっている事なのだろうか。

「…本当に迷子にならないとも限らないわね、これじゃあ」
「樹へと続く道は同じような垣根しか置いてないからね。ああ、見えてきた――あれが、件の樹だよ。此処から見て、どうだい?」
「……凄い」

地に根を張り、何処までも何処までも優美な腕のように枝を伸ばす大樹。
梢を揺らす風に踊るように謳うように、葉を散らせながらも――尚、枯れる事がないような……。
ゆゆが見てきた中で、なによりも一番に大きな樹だった。

(あれこそ、長く永く生きてきた植物が辿る姿なんだ……)

だからこそ、願いを叶える樹なのだと呼ばれたに違いないほどに。
こんな、少しだけしか見える場所ではなくて。
早く、あの樹と話がしたい――ゆゆの感情は、素直にゆゆの身体を動かした。
樹を目指して、ただ走る。

…願い事は、――私が、時折優しい人たちの中に居て、願い思ってしまうこと……。

本当は、いちばん簡単で、一番大事なこと。


+4+

「初めまして♪ ねえ、質問してもいい? 名前は? それから…どのくらい――生きてきたの?」

息を切らせることも無く樹の近くへと辿り着くと、ゆゆは樹へ問い掛ける。
樹は、梢を揺らすことでゆゆのその問いへと答えを出した。

ゆっくり返答させて欲しいから、ちょっと待ってと囁くように。

名前は特には無いけれど、此処の人たちは「犀」と呼ぶ。
どのくらい、生きてたのかは――あまりにも長い時間だったので忘れてしまった。
けれど、色々な人に逢って来たことは覚えているのだと、樹はぽつりぽつりと、喋ってくれた。
老人でもなければ青年でもない、穏やかな女性のような声がゆゆの中に、心地よく染み込んで行く。

「あのね…私はあなたに比べたら10年しか生きてないから…願いを叶える事ができるなんて、すごいよね。私もあなたくらいになったら、できるかな?」

――できると思いますよ? だってね。

「? なあに?」

――色々な人に元気を分け与えることが出来る方なのだと、聞いていますから」

「…猫ちゃんから、聞いたの?」

――ええ。

「本当かどうか、解らないよ?」

――こうして逢えたのに解らないって事はないと思います、解りますよ?

枝が、揺れる。
さわさわ、さわさわ、音を立てながら。

ゆゆは息を一つ、大きく吸い込んだ。
…綺麗な空気に励ましの力を貰うように。

「私は人じゃないけど…お願いしてもいい?」

――勿論。

「この世の中には排気ガスとか、道路工事とか…色んな事情で、苦しいけど頑張って咲いてる花や樹がたくさんあるでしょう?その花や樹が、新しい年にまた、花を咲かせて、実を付けられるように」

少しだけ、綺麗な土と水を。
咲きたいのに、咲けないのは花として辛いから。

樹が、一瞬――表情も見えないのに微笑んだ気がして、ゆゆは目を細めた。
けれど見上げても、ただ偉大な樹はそこに立つばかり。

「世の中が変わっていこうとする事…何が良くて何が悪いのかは花の私には解らないけれど…それが私の願い」

――良い、お願いですね。

「ホント? あ、でもね私も出来る限り、あちこち回って頑張るよ!」

何が出来るかは、その時にならないと解らないけれど。
樹は、まだ微笑んでいるように見える。
優しく穏やかに。

その瞬間。
地面が光った――ような気がして、ゆゆはホンの僅かな時間、瞳を閉じた。

(上手く行くかどうかは解らないけれど)

樹の、呟きが頭に直接響くように聞こえる。

(それでも地面に少しでも様々な物が満ちて根付いてゆく様に)

ゆっくりだとは思うけれど、叶うように頑張ります――。

ゆゆは、その言葉を聞いて閉じていた瞳を漸く開けると、微笑む。

願いは、叶えられる。
ゆっくりでも、小さな一歩だとしても忘れずに、歩いていけば。
そう――何時でも、自分の心の思うがままに願いを叶えようとする思いがある限りは。




―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0428 / 鈴代・ゆゆ / 女 / 10 / 鈴蘭の精】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの秋月 奏です。
今回はこちらの依頼に、ご参加くださり誠にありがとうございました!
鈴代さんは、前回の猫探索のときにも本当にお世話になりまして……
猫関連、と言いますか遊びに来ていただけて本当に嬉しかったです!
プレイングもそうですが、凄く鈴代さんらしいお願いに
私自身本当に楽しく書かせて頂きました。
少しでも、楽しんでいただけて、お気に召していただけたら幸いです(^^)

それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。