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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『雪想〜そして僕は歩き出す〜』
「あ、まきちゃんだー」
「お、ほんとやん。どしたの? 珍しいやん。まきちゃんが学食なんて」
 まきちゃん、そう呼ばれている彼は苦虫をまとめて5,6匹噛み潰したかのような表情を浮かべて、
「まきちゃんじゃない。嘉神大先生様と呼べ。もしくは激カッコよくって素敵な真輝先生様とかな」
 無論、その後に大爆笑が起こったのは言うまでもない。
 彼は不満そうに前髪をくしゃっと掻きあげながら、ため息を吐いた。
「ったく。それと俺を見下ろすな。俺を」
 この背の高い生徒たちに囲まれている身長161cmの男はどこからどう見てもやはり同じように生徒にしか見えないのだが、しかし彼自身が言うように実は本当に彼はこの神聖都学園の家庭科教師だったりする。
 しかしこの低い背と童顔、飾らない性格とが生徒に受けて、彼はこの高校で一番の人気のある教師であった。そしてこれは彼自身も自覚の無いことだが、彼は天地万霊に守護されており、周囲の負の感情を浄化したりもする。当然、それが周りの者の心を癒すから、だからそれもあって彼の周りには人が集まってくるのだろう。まあ、自覚の無い本人とってはそれらが及ぼす一部の事がはなはだ迷惑であったりすることもあるのだが。そう、彼はなぜか男にモテる。
「うわぁ、まきちゃん。俺に会いにきてくれたの♪」
 言ってるそばからそう言って後ろから抱き付いてきたのは彼が顧問をする空手部のごつい男子部員だ。
「だー、だから俺の後ろに立つな」
「んもう、まきちゃんのいけずー」
 殴られた頭を両手で押さえて唇を尖らせる生徒はもうほかっといて、真輝は空いてる席を探す。
「まきちゃーん、こっちこっち。ここ空いてるよ」
「まきちゃん。こっちにいっらしゃいよぉー♪」
「ま、まきちゃん先生。ぼ、僕と一緒に教師とは何かにつ、ついて語り合いましょう」
 数歩後ずさった真輝は、視界の端で自分を見てくすくすと笑っている生徒を見つけた。その彼と目を合わせた真輝は苦笑いを浮かべて、手を軽くあげる。
 生徒もそれに応えるように軽く手をあげた。
 なんとなくその二人の間にある空気は教師と生徒、という間にある普通の空気よりももう少し親密そうに思えた。
 そう、その生徒、奉丈遮那とは、教師と生徒としてこの神聖都学園で出会う前に出会っていたのだ。
 真輝は肩をすくめると、食券8枚をカウンターの向こうのおばちゃんに出して、頬を赤らめたおばちゃんが出来たら席まで運んでくれると言うので、彼は手ぶらで、料理を持って席に向かう生徒たちをよけて、遮那のいる席に向かった。
「珍しいね。まきちゃんが学食に来るの。いつもは教材研究って屁理屈で家庭科室で昼食を作って食べてるのに」
 遮那は自分の前に座った真輝にからかうように言った。これに真輝がぶすっとした顔で答えたのは、そんな彼の言いようが気に入らなかったのではなく、
「教頭に怒られたんだよ。ったく、あの禿げおやじ」
 まるで悪戯が教師に見つかって怒られた事が不服なガキ大将のような教師に遮那は腹を押さえながらけたけたと笑った。
 そして彼は目じりの端に浮かんだ涙を拳で拭きながら、どこかまるで数年ぶりにばったりと道で出会った友人に話し掛けるように言う。
「本当にかわらないね、まきちゃんは。ちっとも教師らしくない」
 そう。本当に真輝は教師らしくないと想う。だから自分は歩き出せた。あのずっと座り込んでいた暗闇から。
 ふっと、微笑んだ遮那は何気なく視線を窓に向けた。そしてぱぁーっと顔を綻ばせる。
「あ、まきちゃん雪ですよ♪ そう言えば初めて会ったのって、雪が降ってる時期でしたよね」
「え、ああ、そうだな」
 真輝はタバコの代わりに爪楊枝を口にくわえて、彼も窓の向こうで降り出した小さな白い雪に視線を向けた。

 そう、雪。この真っ白な雪のように純粋無垢な心根の持ち主だったこいつは、だからこの雪のように冷たい無慈悲な現実にぶつかって、苦しんでいた・・・

 真輝はわぁーっと生徒たちがその年の頃よりももう少し下かのような嬉しそうな声を出しながら、雪を眺めている中で、ただ彼だけは雪を懐かしそうに見つめる遮那の横顔を見つめた。脳内で昔の彼を思い浮かべながら。

 ノックも無しに部屋のドアを開ける。
 別にプライバシー侵害だとかそんなのは想わない。突然にドアを開けられるのが嫌なら、ドアの鍵をかけておけばいいのだから。それに・・・
「また、電気も点けずに固まっているのか?」
 真輝は火のついていないタバコをくわえながら器用にしゃべると、カーテンを開けた。窓から夕方の明度を落とした光が入り込んできて、暗かった部屋が少しは明るくなる。
 そして彼は部屋の電気を点けると、部屋の隅で両手で抱え込んだ膝に顔を埋めたまま動かない遮那を無視して、ベッドに足を組んで座ると、鞄から取り出した今日のレシピという名の雑誌を読み出した。
 この男はいつもそうなのだ。家庭教師として、遮那の親に雇われたのに、今日まで家庭教師らしく遮那に勉強を無理強いしたことはなかった。ずっと彼はこんな感じで遮那を放置して、自分の時間をここで過ごしている。
 そして先生をあの変な奴にむざむざ殺させてしまった事に深い罪悪感を持ち、心を閉ざしてしまった遮那はしかし、この変な家庭教師に少しずつ興味を惹かれていった。無論、これは彼の家庭教師らしくない行為のせいでもあるが、また彼の能力の影響でもあったのだろう。
 登校拒否を始めて4ヶ月。1月末。この日も真輝は遮那のベッドに足を組んで座り、今月のお弁当とかいう月刊誌を読みながら自分の時間を過ごしていた。
 部屋の片隅で抱えた膝に埋めていた顔をわずかにあげて、長すぎる前髪の奥から真輝を眺めながら、
「どうして何も言わないんですか?」
 と、言ってみた。
 それは初めて遮那が発した声であったが、真輝は別段何の感慨も見せずにただ、
「なんか言って欲しかった?」
 と、雑誌に目を落としながら、あっさりとした声で言った。
 そして遮那は彼自身もこの感覚にひどく戸惑うのだが、それをちょっと寂しいな、と感じた。彼自身がこの4ヵ月間人との接触を嫌い、触れられたくない心を閉ざしてきたのにだ。

 僕が心を閉ざしたのは誰も僕の苦しみをわかってくれなかったから。下手にその苦しみを理解しようとして、見当外れの慰めの言葉なんてかけてもらいたくなかったから。だから僕は・・・

 そんな心の苦しみを抱いていたから、腫れ物に触るように訳知り顔で慰めてきたり、又は逆に土足で人の心の中に入り込んできて説教をしてくる大人が嫌だった。だけどこの人は何も言わずにただ側にいてくれた。そう、遮那は人を拒絶しながらも、しかしどうしようもなく人を必要としていたのだ。だから真輝の言葉が少しショックだった。この人は僕をわかってくれているかもしれないと心のどこかで想っていたから。
 ・・・。
 遮那はどこか責めるように言った。そんな自分の心に戸惑いながら。
「家庭教師に来ているんでしょう? だったら今までの先生みたいに先生ぶってそんなんじゃいけないとかって説教するのが役目なんじゃないんですか。お金だってもらってるんでしょう」
 真輝は雑誌のページを捲りながら、
「楽出来たらそれが一番いいだろう」
 ・・・。
 遮那は言葉を失い、そしてなんか真輝の相手をするのが馬鹿馬鹿しくなって、また顔を膝に埋めた。
「・・・・・・変な、奴・・・」
 それからも真輝は雑誌を読み続け、そして遮那はただ固まっていた。
 携帯電話のアラーム。
 真輝は鞄から取り出した携帯電話のアラームを止めると、ベッドから立ち上がって、うーんと両手を伸ばして伸びをした。
 そして彼は「んじゃ、また明日」と部屋を出て行った。

 一人部屋に残された遮那は立ち上がると、机の前にある窓から帰っていく真輝の後ろの姿を見つめた。
「また明日、か」
 また明日、確かに23時59分59秒の次は00時00分00秒で、それは時の概念から言えば明日なのだろう。
 しかし果たして自分に明日などというものがあるのだろうか?
 遮那はそう考える。
 だって、彼の時間はあの日から止まったままだから・・・。

 机の上で埃をかぶった死神のタロットカード

 真輝は想う。別に興味が無い訳じゃない。困っているなら、苦しんでいるなら助けてやりたいとも想う。だけど彼の背中を押しても、彼が前に歩き出す気が無いのなら、それは彼を今よりも暗い奈落の底に突き落とすだけの行為だ。それは善意という名の悪意だと。
 だから真輝は何も言わずにただ遮那の隣にいた。彼が自分に何かを言ってくるまで。そしてどうやら・・・
「頑なだったつぼみが綻び始めた、か」
 だけどどんなにこちらが水や肥料をやっても、花自身に咲く気がなければ、せっかくほころび始めたつぼみも開かぬままに枯れてしまうだけだし、それに花が咲くスピードはその花それぞれだ。
 真輝は自分の背中に感じる視線に応えるようにただ右手を軽くあげた。
 それからも真輝は相変わらずだった。遮那も相変わらずだったけど、だけどこちらはぽつりぽつりと色んな事を語るようになってきた。
 先生が死んだ時の状況、
 次の日のクラスメイトたちの自分に対する態度、
 彼女が殺された時に感じた恐怖、
 忘れられぬ彼女の最後の唇の動き、
 どんどん冷たくなっていく体温、
 心がどうにかなってしまいそうなそんな心の痛みに麻痺して、茫洋になっていってしまう心。
 遮那は想う。人の運命を軽々しく口にし、そして見た運命を変える事もできずに生きている自分は何なんだろう? 
 こんなにも色んな痛みに麻痺して茫洋になってしまった心の持ち主である自分は果たして本当に存在しているのであろうか?
 しているのであれ、こんな茫洋な心しかない自分に存在意義があるのだろうか?
 それらをただお菓子のレシピ百選という題名の雑誌を読んでいる真輝に半ば独り言を言うように言っていた遮那はなんだか怒れてきた。怒れてきて、それで自分が怒ってる事を自覚するとまた一段と怒れてきて、そして彼はどうして自分が怒っているのかわからない自分にまた怒った。
 真輝は読んでいた雑誌をベッドに置くと、立ち上がって、窓のカーテンを開けた。
 窓の向こうではただ雪がしんしんと降っている。その雪を見つめながら真輝はタバコを口にくわえたまま、
「間違った場所に落ちる雪の欠片などない・・・イタリアのことわざだ。別に俺はどーでもいい事だが、おまえの存在はちゃんと意味があるんだと思えよ。そう、何かに対してまだ怒れるだけの力があるなら、おまえはまた前に向かって歩けるよ。弱さは別に罪じゃない。むしろ、強いだけの人間よりも弱さを知ってる人間のほうが強い。弱さゆえの向上心ってな。まあ、地道に一歩一歩行こうや。おまえはおまえなんだからさ。俺もおまえのスピードで歩いてやるから」
 振り返った真輝は自分を泣きながら見つめる遮那ににっと微笑んだ。

 自分以外誰もいない部屋。
 4ヶ月間で随分と伸びた髪を無造作に掻きあげながら立ち上がった遮那は、机の上の死神のタロットカードを手に取ると、それを真ん中から破った。破ったそれを2枚重ね合わせると、また真ん中で破って、また破って、最後は紙ふぶきのように細かく破ると、それを開けた窓から外に放り捨てた。
 それはしんしんと降る雪の中で、ただ色を持っていた。雪の白に塗り潰されること無く。そう、自分は逃げようとしていた。悲しみから。後悔から。現実から。だって、自分はこんなにも弱いから。弱い自分は無慈悲な世界ではこの心のように茫洋な存在でしかいられないと思った。だけど・・・

 ― 間違った場所に落ちる雪の欠片などない ―

 そう。自分は確かにここにいて、そしてそれには意味があると彼が教えてくれた。それでいいと思う。自分は何者でもなく自分なのだから。
「床屋、行こうかな」
 遮那は窓を閉めると、部屋から出た。

 そして二人は、ここ神聖都学園で教師と生徒として再会した。
「僕が元気になれたのはまきちゃんのおかげです♪」
 遮那は運ばれてきたカレーライスやらラーメンやらに舌鼓しながらMy箸とスプーンを取り出す真輝に微笑む。
 真輝はそんな彼に苦笑いを浮かべながら、お決まりの台詞を言った。
「元気になったのはいいが、まきちゃん言うな」