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狂いし王の遺言 ＝廻＝
■羽柴・戒那編【オープニング】
その日鑑賞城に泊まりこんだ警察官は、佐藤と斉藤の２人だった。泊まったと言っても当然、寝たわけではない。佐藤は３階の階段上、斉藤は１階の階段下に、それぞれ張りこんでいた。
そして――夜が過ぎ、朝が来る。
何も起こらぬまま、時刻は”２人”の死亡推定時刻へと進入した。即ち、７時をまわったのだ。
２人は大階段を挟み時折目を合わせ、懸命に眠気を堪えていた。
（このまま何も起きなければいいのに）
そう思いながら、幾度となく目を擦る。
そして７時半になろうとしていた時だった。
――バタンッ！
３階の部屋の一室。ドアが突然勢いよく開いたのだ。そして――
「きゃぁぁぁぁああああ」
大きな悲鳴と共に、女性が部屋から飛び出してくる。それは先に亡くなった鳥栖(とりす)の妻で白鳥(しらとり)の母・石生(いそ)だった。
石生はそのまま吹き抜けを囲っている手すりに上がると……身を宙に投げ出した！
その時佐藤は、油断していたのだ。階段から落ちる人たちは皆、階段の始め――いちばん上から落ちるのだと思っていたから。
石生の部屋は階段の始まりとは逆側にあった。だから石生が階段から落ちるためには、自分の方へ来るしかないのだと思いこんでいたのだ。
しかし多分、佐藤が石生をとめようと動いていても、間に合わなかっただろう。それくらい石生の行動は俊敏だった。
階段を転げ落ちてくる石生を見ていた斉藤は、その途中で既に、彼女が生きていないことを悟ったという。
（――生きている、わけがない）
彼女らは最初から転がっていたわけではなかったのだ。転がる前にまず”ダイブ”していた。数メートルの高さから落下し、なおかつ角に頭(額)を強打していたのだ。
即死であったわけを、知った――。
■追加情報１【３階の間取り(一部です)】
━┳━━━┳━━━━━━┳━━━━━━┓
┃ ┃ ┃ ┃
┃鳥栖の┃強久の部屋 ┃白鳥の部屋 ┃
┃ 部屋┣━━━━━─┻─━┳━━━┫
┃ │ ┏━━━━━┓ ┃ ┃
━┻━━━┛ ┃ ----━┛ ┃ルート┃
廊下 ┃ 階段 │の部屋┃
━┳━━━┓ ┃ ----━┓ ┃ ┃
┃ │ ┗━━━━━┛ ┃ ┃
┃石生の┣━━━━━─┳─━┻━━━┫
┃ 部屋┃絵瑠咲の部屋┃自由都の部屋┃
┃ ┃ ┃ ┃
━┻━━━┻━━━━━━┻━━━━━━┛
■追加情報２【『鑑賞城』に関わる人々】
■三清・ルート(さんきょう・るーと)……元当主。享年80歳。投資家。10年前に死亡。
■三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……現当主。56歳。人気書評家。４日前に死亡。
■三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。今朝死体となった。
■三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。ＳＯＨＯでＯＬ。２日前に死亡。
■三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
■三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。放送大学生。人の心が読める。
■三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。放送大学生。。
■(三清・)奇里(さんきょう・きり)……年齢不詳。全盲のあんま師。ルートの養子。
■影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……60歳。家政夫。もとはルートに仕えていた。
■松浦・洋(まつうら・よう)……26歳。庭師。住み込みアルバイターの女性。
■水守・未散(みずもり・みちる)……56歳。フリーライター。鳥栖の友人。外見は20代。
■東・寅之進(あずま・とらのしん)……83歳。元一級建築士。三清家とは古い付き合い。
■清・城(せい・じょう)……35歳。弁護士。ルートと鳥栖の遺言を預かっていた。清城(きよしろ)と呼ばせる。
■目撃された瞬間【マンション：自室】
ここ数日間、朝に来る電話にはろくなものがない。
そして今日も――
『戒那くん……』
開口一番のその声は、それだけで現在の水守・未散の状態を物語っていた。
「そんな情けない声出すな。警官が残っていたんだろう？」
水守からの電話――内容は、聞かなくてもわかった。
『うん。ばっちり目撃されていたよ。石生さんは２人の警官が見守る中、自分で部屋から飛び出してきて、自分で手すりに上がり、自分で落下したそうだよ』
（な……）
予想を超えた答えに、息を呑む。
「……決定的じゃないか」
『ところがそうでもないんだ』
「へ？」
『石生さんが悲鳴をあげていたらしい。しかも、落ちる時じゃない。部屋から飛び出して来る時に』
「それは――」
一瞬言葉をためらった俺だったが、濁したところでどうにもならない。
「正気だったのか？」
はっきり続けると、水守は小さく笑った。
『そこが争点になるみたいだけどね。警察は自殺の可能性が強いだろうって言ってるよ』
「無理に笑うな」
何度聞いても痛々しい声。
『じゃあ……怒ればいいのかな？』
「そうだ、怒りに行こう。何でこんな事件ばっかり起こすんだって、あの城を怒りに」
（とにかく行かなければ）
行けばなんとかなる。
そんなふうに考えた俺は、言葉の無茶を承知で誘った。対する水守は。
『――ダメだよ。怒られるとしたら私だ。戒那くん、何でもいいから私を叱ってくれ。そうじゃないと……私は耐えられない』
「?!」
理解不能な言葉を吐く。
（怒られるとしたら、自分だって？）
それはつまり――
「まさか犯人だと、言うんじゃないだろうな？」
『違うよ』
また笑った。
『でも多分近い位置には、いると思う』
「どういう意味だそれは！」
『私にもまだ、わからないよ。これは直感でしかない。きっと私だけが知っているから、私だけが気づくんだ。だから叱って？』
（わからない）
今水守が発するものを、理解できない。
ただやらなければいけないことだけは、はっきりとわかった。
「叱ってやるからさっさとここに来い！」
■仄めかされるきっかけ【マンション：リビング】
石生が死んだ――
（残るは４人……か）
つい、三清の数を数えた。
理由がなんであれ、対象が”三清”に絞られていることだけは確かなようだった。
（――にしても）
ずいぶんと身軽なもんだ。
そこまでして死に急ぐほどに、階段に命を捧げたいのだろうか。……いや、死に急ぐことを望んでいるのはきっと。
（犯人の方だ）
絵瑠咲の言うところの、ルートヴィヒ２世。この時代に現れた狂王。
それは一体、誰を指しているのだろうか。
★
水守は案の定、青ざめた顔をしてやってきた。
「お待たせ、戒那くん。さあ、はりきって叱っておくれ」
「叱ってやるから来い」と言ったものの、俺は反応に困る。
「あのなぁ、水守くん……」
「きっと戒那くんなら、いちばんにわかるはずだよ。私は生まれつき情緒不安定なわけじゃない。そうでしょう？」
確かに、水守を最初に俺の所へ連れてきた友人はそう言っていた。幼い頃の水守は他の子供となんら変わりのない、明るい子供だったのだと。それが変わり始めたのは、中学に入る頃だったと聞いている。
「きっかけは確かにあるんだよ。でもこのことは、鳥栖さんも知らなかった」
「――過去系？」
やっと言葉を挟んだ俺に、水守は酷く哀しげな目をした。
「懺悔はできないよ。知られたら恥ずかしくて、もう２度と会えないかもしれない」
会話がかみ合っていない。けれど少しずつ、核心に迫っているような気はしていた。
「……それで、会えなかったのか？」
（自分から）
チャットで会うようにしようと言ったのだと、水守は言っていた。
しかしそれには、ゆっくりと首を振る。
「それは本当に”水”のせいだよ。これはね、もしバレていても同じ結果になっただろうという話だ」
水守の話は遠回り過ぎて、俺にはわからなかった。
「―― 一体何を隠しているんだ」
真っ直ぐに目を見て問いかける俺の視線に、耐え切れず目をそらす水守。
「ごめん……事件に関係があるのかないのか、わからないから。関係がないのなら誰にも知られたくない。関係があるのなら――いずれは、バレるでしょう？」
それまで待ってくれと、唇が小さく動いた。
■見えなかった理由と逃亡【鑑賞城：大階段】
言葉で説明された時には、まったく意識しなかった。
（石生夫人は、自分の部屋のすぐ前の手すりから落ちたのか……）
だからこそ、俺が階段のいちばん上をサイコメトリーした時、何も映らなかったのだ。そこから落ちたわけではないから。
「戒那くん、また何かを見るの？」
後ろから階段をのぼってきた水守がそう問いかけた時、俺の手は既に手すりの先へとついていた。
「あれ、そこ前にも見なかったっけ？」
（そう、見た）
しかし今俺が確認したいのは、昨夜から今朝にかけてここで見張っていた人物の顔なので、問題ない。
（さあ、数時間前の記憶だろう？）
それを俺に教えてくれ――
その人物は、佐藤と呼ばれていた。
脳裏にインプットされた顔は、比較的すぐに城内で見つかった。
（――それもそうか）
現場で話を聞くのが最もわかりやすいのだから。
「すみません、佐藤さん。ちょっとお話を聞かせていただけませんか？」
ちょうど石生の部屋から出てきた佐藤を捕まえると、俺は声をかけた。
「今朝のことですか?! いいですよ?!」
佐藤は訊かれることが嬉しいらしく、警察官らしからぬ口調で答える。
「あ、でも、あなたたちどなたですか？ マスコミにはまだ言うなと言われているのですが……」
そして彼は、なんとも正直だった。
俺と水守は顔を見合わせ。
「――私たちは鳥栖さんの友人です」
そこでとどめておくことにする。
「おお、そうでしたか！ それはそれは、奥さんが亡くなったら気になりますよね。いいでしょう、何でも訊いて下さいっ」
（扱いやすい人でよかった）
俺はそんなことを考えながらも、スッと手を差し出した。
「その前に自己紹介させて下さい。私は羽柴といいます」
「これはこれはご丁寧に。私は佐藤です」
（だから知ってるって）
心の中で苦笑しながらも、俺は手の平に神経を集中させていった。
（記憶を読ませてもらう）
証言に、嘘がないかどうか。
残っていた２人の警察官が石生を殺したという結末も、100％ないわけではない。
指が触れ、そして手が握られる。
流れ込んでくる、その記憶は――
（嘘じゃ、ない）
脳裏に再現されたものは、彼の証言と完璧に一致していた。彼らの証言と。
（事実だ）
念のためできる限り遡ってみたが、それでも不審な記憶は見当たらなかった。２人は完全に”白”のようだ。
「……？ どうしました、羽柴さん」
「あ、すみません」
手を握ったまま離さない俺を、佐藤が不思議そうな顔をして呼んだ。それを取り繕うように、水守がすぐに手を出す。
「水守といいます」
「私は佐藤です」
（…………）
２人の握手を、眺めていた。
「それで？ 訊きたいこととはなんでしょうか？」
実はもう読んでしまったので必要ないのだが、訊かないわけにはいかないので適当に問いを選ぶ。
「そちらでは、やはり自殺だとお考えですか？」
そちらというのはもちろん、警察のことである。
佐藤は意味ありげに頷くと。
「そうですねぇ。何しろ自分から落ちた所をばっちり見ちゃいましたし」
「部屋から出てくる時にあげていたという悲鳴はどう説明しますか？」
「それは、気合入れでしょう」
自信満々に、佐藤は答えた。
「き、気合入れですか？」
口を挟んだ水守の方を見て、大きく頷く。
「自殺なんてどんなに覚悟をしていても怖いものですからね。悲鳴をあげることで気合を入れ、勢いをつけたのでしょう！ これで間違いありませんっ」
どうやらかなり本気のようだ。
「気合は大事ですよ！ そのあるなしで人生が大きく違いますし――」
気合について語り始めた佐藤をおいて、俺たちは階段を下っていった。
★
１階に到達すると、そこには影山・中世が立っていた。どうやら俺たちを待ち構えていたようだ。
俺を真っ直ぐに見据え――いや、見つめられているのは水守だ。
「やはりお前は未散……なのか？」
「！」
この外見ではどうせバレるはずがないと思っていた。だからこそ、影山の前で水守の名を呼ばないようにしようなどと気をつけはしなかった。
水守の視線が、泳いで俺を捉える。かなり動揺しているようだ。
「未散、どうして、お前は……」
詰め寄ろうとする影山の、行く手を塞ぐ。
「どうしてお前は、戻ってこれたんだ?!」
（え――？）
俺に妨害されて、叫ぶ影山の問いは俺の予想とは違っていた。
（どうしてそんな姿なんだ？）
ではなく。
『どうして戻ってこれたのか』
（一体どういう意味だ？）
俺も視線を送る。と、耐えられなくなったように水守が突然走り出した。
「！ おい、水守くんっ」
影山をおいて追いかける。
振り返ってみると――影山はしばらくそこに立ち尽くしていた。
■隠していたものは【鑑賞城：応接間】
昨日水守は、あのまま１人で帰ってしまった。そこで翌日、落ち着いた水守を連れて仕切りなおしをするために、再び鑑賞城へと赴いたのだった。
応接間にはシュライン・エマに海原・みなも、セレスティ・カーニンガムに奇里がいて、今まさに会話が始まろうとしていた。
「――あの遺言のことについて、ですか？」
まず口を開いたのは奇里。
（遺言――）
Ｈｏｒｔが欲しければ Ｎｉｂｅｌｕｎｇｅｎを倒せ
俺はこのＮｉｂｅｌｕｎｇｅｎ――小人族が、そのまま子供を表しているのではないかと少し思っていたが……
（だとしたら、絵瑠咲くん？）
さいわい俺は子供ではないので、倒される心配はない。
（19の時に）
とまっているのだ、俺は。
「そこまで知りたいのでしたら、答えましょう。これ以上三清がルート様の遺産目当てで殺し合っているなどと思われることは、心外ですから」
強い口調で続けた奇里の言葉は、昨日までとどこか違っている。
皆奇里の告白を聞き逃すまいと、呼吸の音さえ潜めていた。
「”Ｈｏｒｔ”とは、遺産ではなくこの城そのもののこと。”Ｎｉｂｅｌｕｎｇｅｎ”とは、それを守ろうとする三清のことなのです」
「どういうことだ？」
すぐに俺が問うと、奇里は視線を移して答える。
「言葉どおりの意味ですよ。つまりこれは、三清に向けての言葉ではないのです。三清以外の人々に向けて、この城が欲しければ三清を倒せと言っているのです」
「待って……ワケがわからないわ。どうしてそんなことを言うの？ 自分が好きで建てたお城を、欲しいなら子供たちを倒せなんて」
シュラインの言葉に、奇里は大きく頷いた。
「そう。ですからこの言葉は、ルート様の本意ではありません」
「え？」
（また廻る）
解釈はめぐる。
「これは戒めなのですよ。いつかこの城を奪おうとする者が現れるかもしれない。何しろ外見だけでも価値は高いですから」
「いつでもその時のことを考えて、注意しておけってことですか？」
「その通りです」
みなもの問いに、奇里は穏やかな表情で答える。
「そんなことなら、どうしてその意味について訊かれた時、隠したのですか？」
「それは……っ」
「大方私たちをかばったのだろうさ」
「！」
言いながら応接間に入ってきたのは影山だった。その後ろから、松浦・洋がついてくる。
「奇里ちゃん……」
心配そうな顔をした松浦が呟いた。
（なるほどな）
”城が欲しいなら三清を倒せ”
それが三清にだけ伝えられた遺言。
つまりこのフレーズが警告している人物とは、この城内においては影山と松浦の２人しかいないのだ。
「つまりルート氏は、影山くんを信頼していなかったということか？」
他の三清に、”気をつけろ”と忠告するほど。
「それは違うだろうな」
しかし本人が否定する。
「ルート様は思いもよらなかったのさ。まさかこの城がこんなふうに閉鎖的になってしまうことなど」
「あ……！ そうですよね。ルートさんの時代のままこのお城が賑わっていたら、三清以外がたったお２人になんて限定されませんよね」
みなもの納得に、影山は頷いて。
「それが正解だろう」
■暴かれる時【鑑賞城：大階段】
別れてひとり絵瑠咲と会っていた瀬川・蓮が、３階のルートの部屋の前に立っていた。――そう、階段をのぼりきった場所に。
「蓮くん！ 絵瑠咲さんどうだった？」
名を呼び近づこうとするシュラインに。
「来ないで！」
鋭い声が飛ぶ。
「蓮、くん……？」
（どうした？）
何やら様子が変だ。
まだ１階にいる俺たちは、遠く高い場所にいる蓮を見上げていた。
ゆっくりと、口が動く。
「ボクは嘘つきも見栄っ張りもキライだよ？ 隠しているのは誰？」
その言葉に、何故かピクリと反応したのは水守だ。
蓮は続ける。
「絵瑠咲サンはすべてを話してくれたよ。だからもう、事故は起こらない。それでもまだ、隠し続けるの？」
最初に誰と問っておきながらも、蓮のその言葉はただひとりに向けられているように思えた。
「心が痛いって叫んでるよ？ 隠し続けたら、傷は広がる一方だもの」
ガクンと、膝が落ちた。水守をとっさに支える。
「あなたもまだ、”子供”なんだね」
それが蓮の、最後の言葉だった。
思考が、大急ぎで回転を始める。
昨日の不可思議な、水守の言動を思い出す。
（精神が、狂い始めたきっかけは）
鳥栖ですら知らなかった――けれど多分、影山は知っていた真実は――
「まさかキミ……ルート氏に性的な虐待をされていたのか……？」
「?!」
息を呑んだのはみなもとセレス。水守自身は、もう何の反応も示さなかった。
■大したことじゃない【未散の家：リビング】
「しっかりしろ水守くん。家に着いたぞ」
今日はもうダメだと思ったので、俺は水守を自宅まで送ってきたのだが……そう告げても、水守は自分で歩く気配がない。
仕方なく俺は、水守を引きずって勝手に家の中へと入りこんだ（鍵は鞄から失敬した）。
ソファの上へと、水守を転がす。
「そんなに恥ずかしいのか？」
「当たり前だよ！」
クッションで顔を隠した水守は、初めて言葉を返した。俺は内心にやりと笑って、続ける。
「大したことじゃない」
「どこが?!」
「俺を誰だと思っているんだ」
「心理学者様でしょう?!」
「可哀相なんて、思わないさ」
「え…っ？」
（――そうだ）
多分俺はその事実を知った瞬間に、気づいていた。
「キミは――嬉しかったんだろう？ だから本当は、虐待じゃない」
顔からクッションを離し、ぐちゃぐちゃになったそれをこちらに向ける。
「戒那くん……？」
「心のバランスが崩れたのは、それ自体が問題なのではないんだ」
蓮の言葉は、まさしく的を射ていた。
『心が痛いって叫んでるよ？ 隠し続けたら、傷は広がる一方だもの』
１つの傷を隠そうとすればするほど、別の傷口が広がってゆく。
「仕方がなかったのさ。だってキミはまだ、”子供”だったんだから。自分では自分の感情を、どうにもできなかったんだろう？」
「戒那くん」
「それが今も、こうして続いている。キミが変わっていない。ただそれだけのことなんだ」
信じられない。水守がそんな顔をした。
俺は笑顔で。
「な？ 大したことじゃないだろう？」
「――そう、だね」
少しは落ち着いてくれたのか、水守は体勢を正すとソファに座り直した。できたスペースに、俺も座る。
それからしばらくは、２人とも無言だった。
時計と心臓だけが、音を刻む。
「何も、訊かないの？」
それに紛れて、やがて水守が音を投げた。
「キミが話したいことだけ、話せばいい」
（傷口をなぞるのは、趣味じゃない）
答えた俺に、苦笑をひとつ。
「ルートヴィヒ２世の恋人は、生涯に１人じゃないよ？」
「！」
「けれど……自らが死してなお、世界を見届けることを託されたのは――」
視線は、もう俺を見ていない。
「たった１人なんだ」
■終【狂いし王の遺言 ＝廻＝】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧：先着順】
番号｜Ｐ Ｃ 名
◆◆｜性別｜年齢｜職業
1252｜海原・みなも
◆◆｜女性｜１３｜中学生
1883｜セレスティ・カーニンガム
◆◆｜男性｜725 ｜財閥総帥・占い師・水霊使い
0086｜シュライン・エマ
◆◆｜女性｜２６｜翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
0121｜羽柴・戒那
◆◆｜女性｜３５｜大学助教授
1790｜瀬川・蓮
◆◆｜男性｜１３｜ストリートキッド(デビルサモナー)
※ＮＰＣ：水守・未散（フリーライター。実は超絶若作り(？)の56歳）
■ライター通信【伊塚和水より】
この度は≪狂いし王の遺言 ＝廻＝≫へのご参加ありがとうございました。
おかげさまでとうとうラスト１回までこぎつけることができました。本当にありがとうございます＾＾ 自分も想像つかないような方向へ転がっていって、かなり楽しく書かせて頂いております。最後も気合入れて書きたいと思いますので、よろしくお願い致します_(_^_)_。
今回の調査でそれぞれのＰＣ様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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