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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


東京純情奮闘記


[ ACT:1 ] 悩める大阪少年 

 穏やかに晴れた冬の空は雲一つなく真っ青に澄み渡っていた。時折頬を撫でる冷たい風も、暖房の効き過ぎた部屋から出てきた体には心地よく感じる。
 が、しかし。
 そんな冬晴れの空とは裏腹に、門屋将紀の心はどんよりと曇っていた。
「……休んだらあかんやろか」
 眩しすぎるほどの光をこれでもかとばかりに地上一杯に降り注ぐ太陽に恨めしそうな視線を向けると、将紀は大きく溜息をついた。
 目の前にはこれから通う小学校の正門がある。
―――今日は転校初日の朝だった。 

* * *

 将紀は一週間ほど前に大阪から東京へ引っ越してきたばかりだった。
 両親の離婚が原因で急遽決まった引っ越しに、最初は猛反対した将紀だったが、
「お母さん、これまで以上に忙しくなると思うし、東京にいる叔父さんのところだったら心配ないから」
 寂しい思いさせるかもしれないけど、ゴメンねと申し訳なさそうに告げる母の顔を見てしまった後では、わがままを言う気にはなれなかった。
 これから女手一つで自分を育てていかなければならない母親の苦労は十分理解しているつもりだし、彼女の弟である叔父も嫌いではない。
 それでも急激に募る寂しさは誤魔化しきれるものではなかった。
 母に構ってもらえない寂しさ。友達との名残惜しい別れ。慣れ親しんだ大阪の地を離れる不安。
 そして一週間たっても好きになれない東京という街。
 大阪と同じようにごちゃごちゃとしていても、どこか温度を感じないこの街を、将紀は好きになれずにいた。
 そんな様々な思いが入り乱れ、将紀の足取りは自然と重くなるのであった。
 


[ ACT:2 ] 一目会ったその日から……

「はーい、みんな静かに!静かにしてー!」
 パンパンと両手を叩いて、担任の女性教師が騒がしい教室内を見回した。
 朝のホームルームを前に、今日入ってくるという転校生の話題でもちきりだった教室内は、すらりと背の高い女性教師の後ろについて俯き加減で入ってきた将紀を見て、一瞬で静かになる。
 担任教師は脇に抱えていた出席簿を教卓の上に置くと、黒板に大きく『門屋将紀』と書き、横に『かどやまさき』と振り仮名を振った。
「今日はみんなに新しいお友達を紹介します。仲良くするのよ」
 教室全体を見回しニッコリ笑うと、彼女は傍らの将紀に自己紹介を、と促した。
「……門屋将紀です。よろしゅうに……」
 ボソボソと呟くように自分の名前を告げて、将紀は申し訳程度に頭を下げた。
 途端、
「よろしゅうにって……大阪弁?」
「うわー、初めて生で聞いたよー」
「テレビで聞くのと同じだねー」
 ひそひそと、将紀を伺う話し声が教室中に響き始める。
(だから嫌やったんや……)
 将紀は俯き加減のまま、眉を顰めた。
 なぜ、大阪弁を喋るだけでこんなにも注目されるのか。
 きっと普段からボケツッコミ会話をすると思われているに違いない。いや、当たらずとも遠からずというか実際その通りなのだが、何となく決め付けられるのは癪だ。
しかも、関東と関西の人間はなぜかお互いを特別視し牽制しあう部分があるらしく、それはこの教室の子供たちも例外ではない。
 転校生というだけでも奇異な目で見られるというのに、そこに大阪弁が加わるともはや異星人と同じである。
 将紀は想像通りの反応にますます不機嫌に顔を歪めた。
「はいはい、騒がないの!……門屋くん、キミの席は廣瀬さんの隣よ」
 再度両手を鳴らして教室内を静めると、担任の女性教師は窓際から二列目の最後尾を指し示した。
 相変わらず好奇の目に晒されながらも面倒くさそうに顔を上げて自分の席を確認した将紀は、隣だという女の子とふと、目が合った。
「!!」
 背中の中ほどまでの綺麗な黒い髪。
 真っ赤なヘアバンド。
 くりくりとした大きな瞳。
 『廣瀬さん』と呼ばれたその子は、将紀と目が合うとニッコリと笑った。
(か……可愛い……)
 ドキン、と胸が高鳴った。
(な、なんや……この胸のトキメキは……)
 将紀はその子のほうを向いたまま、立ち尽くしていた。見れば見るほど、胸は高鳴り息苦しいくらいだった。
 半ば呆然と動かない将紀に、担任教師は、じゃあ席に座ってね、と声をかけ少し背中を押した。
 将紀はギクシャクと手足を動かし席に向かおうと教壇から降りた、が、その視線の先に誰かの足が放り出されているのが見えた。
 将紀の足をひっかっけて転ばそうというのが丸わかりである。
(古い手やなぁ……)
 呆れつつ将紀はその足をひょい、とまたぐと指定された席に向かった。誰かが小さく舌打ちするのが聞こえる。
(どこにでもいるんやなぁ、あーいうの)
 そう思いつつ席に座ると、
「あたし、廣瀬恵。よろしくね、門屋くん」
 将紀の顔を覗き込むようにして、恵はもう一度ニッコリと笑って見せた。
 ドキン。
 さっきと同じように将紀の心臓が跳ね上がる。
「あ、あの……よろしゅう……」
 なぜ、会ったばかりの子にこんなにドキドキするんだろう。
(これはもしかして……一目惚れっちゅーやつかいな)
 もうすでに黒板のほうに向き直っている恵の横顔を見つつ、将紀は二、三度瞬きを繰り返した。

* * *

 その日一日、将紀は授業に集中できなかった。
 先生が教科書を読む声も、黒板に当たるチョークの高く短い音も耳に入らず、窓の外を見る振りをしては隣の恵のほうをちらちらと見てしまう。
 黒板とノートを代わる代わるに見るたびに揺れる黒髪や、先生の話に頬杖をついて聞き入る仕草や、振り返ってこっそり声をかける前の席の女子とひそひそ話してたまに笑う顔とか、何もかもが眩しく見えた。
 それは窓が南向きで真正面に丁度太陽が来ていたせいではもちろん、ない。
(これが『恋』っちゅうモンなんかいな……)
「転入早々、よそ見とはいい度胸ねー、門屋くん」
 ほけーっと恵に見惚れていた将紀は、苦笑混じりの声を聞いてはっと顔を向けた。いつの間に近くまで来ていたのか、先生が教科書片手に将紀を見下ろしている。
「じゃあ、次は門屋くんに読んでもらおうかな」
「あ、えっと……」
 慌てて教科書をめくる将紀に、
「二十ページの三行目からよ」
 隣からこっそりと恵が声をかけた。
「あ、おおきに……」
(情けないトコ見せてしもうたわぁ……でも、優しいなぁ)
 慣れない東京と孤独な教室で感じた優しさを、運命の恋に転換するのに時間はかからなそうだった。



[ ACT:3 ] ボクの女神

「うう……情けないトコ見せてしもうたわぁ……不覚や」
 昼休みが始まり、すっかり人気のなくなった教室で将紀は溜息をついた。
 先程の授業中の出来事を思い返し、将紀が自己嫌悪に陥りつつ机の上にがばっと突っ伏したそのとき、
「おい!」
 ふいに頭上から声が降ってきた。
 億劫そうに見上げると、男子が三人、将紀を見下ろしていた。
 真ん中で偉そうに腕を組んでいるのは、先程将紀を転ばそうとしていた奴だ。
「何か用なん?」
 ぶっきらぼうに答えた将紀に、三人組は律儀にも一人ずつ、凄んで見せた。
「お前、転校生のくせに生意気だぞ!」
「大阪弁が喋れるからって偉そうにすんなよな!」
「いい気になるなよ!」
 言いがかりもいいところである。どうやら足をかけようとしていた彼はこのクラスのリーダーを気取っているようで、転入早々注目を浴びた(といっても大阪弁と、よそ見して怒られただけなのだが)将紀が気に入らないらしい。
「生意気言われても、ボク何もしてへんで?偉そうにしてるつもりもないし」
(……アホくさ……つーか、ガキ大将って東京にもおるんやなぁ)
 大阪の学校でも変に仕切りたがる奴はおったなぁ、となぜか妙に感心をしつつも、付き合ってられないとばかりに言い捨てた将紀に、
「それが偉そうだって言ってんだ!」
 ガキ大将は将紀の胸倉を突き飛ばそうと手を伸ばした。
 が。
 パコン!パコン!パコン!
 なにやら小気味のいい音が響いたかと思うと、ガキ大将とその取り巻きたちは手を頭にやり、後ろを振り返った。
「何すんだ……げ!廣瀬……」
「げ、とは何よ、失礼ね」
 丸めた教科書を手に、呆れた顔で腕を組みつつ三人の後ろに立っていたのは恵だった。
「転校生いじめなんて今時流行らないわよ」
「お前に関係ないだろ!」
「あるわよ。あたし、先生から学校案内してあげてって頼まれてるんだから、邪魔しないでさっさと外、行きなさいよ」
 三人に囲まれてもまるで怯むことなく、まるで犬でも追い払うようにしっしっと手を振る恵に、ガキ大将以下三人組は悔しそうな顔で「覚えてろよ!」と三流の悪役のような捨て台詞を残して去っていった。
「まったく、子供っぽいことするんだから」
 妙に大人びた口調で三人を見送る恵に見惚れつつ、
「おおきに、廣瀬さん。でも、平気なん?」
 絡まれていたのを助けてもらったのは嬉しいが、今度は恵がちょっかいを出されるのではないかと不安に思った将紀は躊躇いがちに聞いた。
「大丈夫よ。あの子たち、あたしに勝ったことないもの」
 将紀の不安そうな顔に、恵は余裕の笑顔で答える。
(強くて優しくて可愛いなんて、最高やん。ああ、女神や、女神がおるわぁ……)
 もうどうにでもしてくれという感じではあるが、今の将紀には、恵のどんな仕草も素晴らしい女神の奇跡としか映らないようだ。すでに崇拝の域に達してしまいそうな勢いである。
「そうだ。昼休み、空いてる?学校の中案内してあげる」
 恵は思い出したように、将紀に手を差し出した。
 もちろん、断る理由などあるわけがなく、将紀はそっと恵の手を握った。
「それと、あたしのことは廣瀬さんじゃなくて恵でいいわよ」
「ボクも将紀でええよ」
「じゃ、行こっか、将紀くん」

* * *

「ここが図書室。隣が放送室。で、あっちが音楽室ね」
 将紀の手を引きながら、恵はてきぱきと学校内を案内してゆく。その手の温もりにドキドキして、将紀は恵の説明など頭に入ってなかった。
(こんなことってあるもんなんやなぁ)
 朝会ったばかりの女の子の事を、こんなにも気にしてしまうなんて。
 大阪にいた頃も可愛い子はクラスメートにいたが、ここまで気にした女の子はいなかった。
(これが恋なんやな……東京も捨てたもんやないな)
 このくらいのことで好きだ嫌いだと言われるとは天下の大都市・東京も堕ちたものだが、恋する少年・将紀にはそんなことはどうでもいいのであった。



[ ACT:4 ] 出前と決意は迅速に

「ただいまぁ〜」
 手の平の余韻に浸りつつ家に帰り着くと、この家の主である叔父が書類を片手に奥の部屋から出てくるところだった。
「おう、おかえり。どうよ、学校は。もう友達出来たか?先生は美人か?」
「んー……ぼちぼちやね。先生はまあまあ美人やったで」
「ぼちぼちねぇ……クラスに可愛い子はいたか?」
 『可愛い子』という言葉に、思わず顔を赤くしてしまった将紀に、
「なんだ、好みの子でもいたのか。良かったじゃねぇの」
 叔父は脇に書類を挟むと腕を組み、ニヤニヤと楽しそうに将紀の顔を覗き込んだ。
「か、関係ないやろ!そんなことより相談所の宣伝ちゃんとしてるんか?!今日もどうせ閑古鳥鳴いとったんやろ?なさけないわ、ほんまに」
「なっ……!お前なぁ……真実をつかれると人間ってなぁ傷つくもんなんだぞ!?」
「今更分かりきったことやん、叔父さんトコが貧乏やなんて」
 照れ隠しとばかりに少々きつい台詞を着流し姿の叔父に浴びせると、将紀はそそくさと自分の部屋へと入っていった。

* * *

 深夜になっても将紀の目はぱっちりと冴えたままだった。
 暗い部屋の中、何とはなしに天井を見上げると、昼間の恵の笑顔と手の温もりがよみがえり、落ち着いたはずの心臓がまた再びドキドキと騒ぎ出した。
「恵ちゃん……」
 ぽつりと呟くと、将紀は恵と繋いだ右手を顔の前にかざし、感触を思い出してみる。柔らかくて暖かくて……なんだか切ない気持ちで胸が一杯になる。
「……よし決めた!明日、恵ちゃんに告白する!」
 昨日の今日でいきなりかい!?という、天の声のツッコミなど露知らず、将紀はがばっと体を起こすと、窓から見える丸い月に向かって拳を突き上げ、決意を固めるのであった。



[ ACT:5 ] 明日があるさ

 翌日。
「つ、ついに呼び出してしもうた……」
 校庭の隅にある、大きな銀杏の木の下で将紀はぐっと拳を握り締めた。
 今日の朝、登校するや「放課後、付きおうてくれへん?」と恵とここで待ち合わせを決めたのだ。
 人生初めての告白に、もうすでに心臓ははきちれそうなくらい高鳴り、緊張は最高潮に達していた。しかし、恋の虜となった将紀はこの気持ちを伝える以外にもう手はないと、深呼吸を繰り返した。
 なぜそんなに早急に告白せねばならないのか、どうしてそれほど追い詰められているのか、いまいちよく分からないが、恋とはそういうものなのだろう。雪だるま式・恋の方程式。ロマンティックは止まらないのである。
「将紀くん」
 深呼吸しつつ、手のひらに『人』という字を何度も書いては飲み込んでいた将紀の背後から、いつの間に来ていたのか恵が声をかけた。
 飛び上がらんばかりに驚いた将紀だったが、なるべくびっくりしたのを悟られぬように、しゅぱっと片手を上げると、
「や、やあ、恵ちゃん。こんにちは」
「さっきまで一緒だったじゃない」
「あ、いや……そうやね」
 妙な言葉遣いの将紀に冷静にツッコミを入れつつ、恵は首を傾げた。
「それで、何か用?」
「あの、あのな……」
 将紀はごくりとつばを飲み込んで、一度ぎゅっと目を瞑り、口の中で小さく「よし!」と気合を入れてから目を開けた。
 そして、今まで恵に見せたこともないような(といっても会ってから二日しか経っていないのだが)真剣な顔で思いの丈を打ち明けた。
「ボク、恵ちゃんのこと好きやねん!」
「……え?」
 一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした恵だったが、すぐに言葉の意味に気が付いてちょっと目を見開いた。
「え、将紀くん、あたしのこと好きなの?」
「そうや。最初に見たときから『この子や!』ってビビっときたんや。ボク、恵ちゃんが好きや」
「……そっかぁ」
 恵は、顔を真っ赤にして告白する将紀を見てちょっと小首を傾げると、顎に人差し指を当て考え込むように視線を上に投げた。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……まだ会ったばかりでしょ?将紀くんがどんな人か分からないしなぁ」
「それはそうやけど」
「それに、ちょっとねえ……」
「ちょっと……なに?」
「なんていうか、子供っぽくて」
「…………へ?」
 同じ歳の恵にいきなり『子供っぽい』と言われて、思わず将紀は間抜けな声を上げてしまった。
「気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと物足りないのよねえ……子供っぽくって。ゴメンね。まずは友達からってことで」
 そう言うと、友達が待ってるからと恵はくるりと踵を返した。
「あ、あの……恵ちゃん?!」
「じゃ、また明日ねー!ばいばーい!」
 振り返り、肩越しに無邪気な笑顔で手を振る恵を、将紀はただ呆然と見送るしかなかった。
 将紀は知らなかったのだ。恵の好みが『年上の大人の男』だということを。
 恵はいわゆる父子家庭である。忙しい父親の代わりに、父の知り合いの大人たちに世話をしてもらいながら育った恵は、知らず考え方も大人びていた。
 しかも恵の父親は元ホストだ。今は自らホストクラブを経営している。つまり、恵の周りの大人といえばイコールホストと言っても過言ではない。
 例え子供相手であっても、身についた営業スマイルでスマートに優しく会話をする大人の、しかも大抵が標準を上回る容姿を持った男達に囲まれていれば、同年代の男の子が子供っぽく映るのは仕方のないことかもしれない。
 そんな恵の嗜好など、昨日会ったばかりの将紀には知る由もなかった。
「そ、そんな……子供っぽいって、同じ歳やん」
 将紀は傍らの銀杏の木に手をついて、がっくりと肩を落とした。
 ひらひらと、銀杏の葉が傷心の将紀に降りかかる。
 大都会・東京で夢破れた大阪少年、ここにあり。
 しかし。
「ま、負けへんで。こんな冷たい東京の仕打ちなんかにボクは負けへん!」
 冷たいのは東京ではなく恵の仕打ちなのだが、そんなことはこの際どうでもよく、将紀は涙をこらえるように天を仰いだ。
「絶対、恵ちゃん好みのええ男になる!んで、恵ちゃんを振り向かせる!あの大阪方面の夕日に誓って!!」
 将紀は地平線に浮かぶ大きな夕日に向かって小さな拳を振りかざし、新たな決意を胸に秘めるのだった。

 将紀の想いが報われる日が何時来るのかは……お天道様にも分からないのである。



[ 東京純情奮闘記/終 ]