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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


温泉旅館の怪人
 今日も雫の管理するゴーストネットOFFには、たくさんの投稿が集まっている。
「んふふ、楽しみだわぁ」
 雫はワクワクしながらそれらをひとつひとつ確認していったが、どれも聞いたことのあるものや、いたずらのようなものばかり。
「今日は不作ねぇ……あ、これが最後か」
 くちびるを尖らせてぼやきながら、雫は最後の一件へのリンクを開いた。
「……温泉旅館の怪人? あー、ダメダメ、こんなのじゃつまんなーいっ」
 最初の部分を読んだだけで投げ出しかけた雫だったが、念のため、ということで最後まで目を通す。
 どうやら、これを投稿してきたのは温泉旅館の女将らしい。
 近頃、人間とは思えない怪人が旅館に出没するせいで、客足はすっかり遠のいてしまい、困り果てているのだそうだ。
 誰か解決してくれる人がいるなら、宿泊料無料で旅館に泊めてくれるという。添えられていたサイトURLへ飛んで見ると、いかにもなにか出そうな旅館だった。露天風呂もついていて、そこからの眺めは絶景だという。
「……んー、暇だし、誰かと一緒に行ってみてもいっかなー」
 雫はつぶやきながら、今週末、暇そうな知人を頭の中に思い浮かべるのだった。

 そんなわけで、雫たち一行はくだんの温泉旅館の前に来ていた。
 やんちゃそうな男子高校生、ちょっと怪しげな自称芸術家、20代半ばくらいの神秘的な美女、そしてゾンビ――いったいどんなグループなのか訊ねてみたくなるような組み合わせのせいか、寂れた温泉旅館の前であるというのに、なぜか野次馬が集まってきていたりする。
「いや〜、私たちが来たせいで、すっかり旅館もにぎわってますね〜」
 やや癖のある長い銀髪をターバンでぐるぐる巻きにした、国籍不明のゆったりとした衣装をまとった青年――八尾イナックがのほほんと言った。
「なに言ってるンだよ!」
 そんなイナックの頭を、眉間に皺の寄った詰襟姿の少年――和田京太郎が思い切りどつく。
「これで余計に人が来なくなったらどうする気だよ!?」
「い、いったいなぁ……。京太郎ったら、そんなに怒らなくったっていいじゃないかぁ」
「これが怒らずにいられるか! そもそもおまえ、いつの間に紛れ込んでたんだよ!」
「いやあ、ほら、温泉と言えば、こう、血が騒ぐじゃないですかぁ」
 んふ、と冗談めかしてしなを作って見せるイナックに、京太郎が蹴りを入れる。
「あなたたち、どうして漫才なんてやっているんですか。注目されていますよ」
 長い黒髪の美しい、神秘的な雰囲気をただよわせる美女――田中緋玻が静かに突っ込む。イナックは相変わらずふざけた態度を取っていたが、京太郎はばつが悪そうにイナックから離れる。
「それに、なんでここに……って言ったら、筆頭がほら、そこに」
 イナックはぼそぼそと京太郎にささやきながら、こっそりとおどろおどろしいゾンビ――G・ザニーを指した。
「私よりずっと、彼の方が不思議じゃあないですか。温泉ってイメージとは全然違うって言うか……」
「あ、でも、ザニーちゃんは強いんだよ〜」
 雫が慌ててフォローを入れる。確かに雫の言う通り、G・ザニーは強そうだ。……愛想、というものはかけらもないが。
「ま、とりあえず、女将さんの話を聞きに行きましょ」
 雫が4人をうながす。
 4人はそれぞれにうなずいて、寂れた雰囲気のある旅館の中へと入っていった。

「わざわざご足労いただきまして、感謝しております。わたくしは当旅館の女将で夏野政子と申します」
 4人を部屋へと案内すると、政子は畳に額をすりつけんばかりに深々と頭を下げる。
「いえいえ。あたしたちも、温泉で骨休めもしたくって……」
「それでも、ありがたい限りでございます! 男性の方々はこちらの満月の間、女性の方々はお隣の半月の間をお使いください。温泉は24時間いつでもお好きな時間にお入りになれるように準備をしてございますので、いつでもご利用くださいませ」
「あぁ、じゃあ、早速……」
 温泉へ行こうとしたイナックの後頭部に、京太郎の拳がきれいにキマる。
「まずは話を聞くのが先だろ、話を聞くのが」
「はぁい……」
 イナックは叩かれたところを押さえながら涙目でうなずき、しぶしぶと女将の前に座りなおした。
「それで、怪人というのはどの辺りに出るのですか?」
 なにごともなかったかのように緋玻が訊ねる。
「はい、さようでございます。男湯にも女湯にも満遍なく出ますもので、ほとほと困り果てておりまして……」
「……なるほど」
 緋玻は顎に手をあてて考え込む。
「まあ、じゃあ、調査がてらみんなで温泉につかりに行くっていうのはどうかな?」
「お、いいなぁ、それ! 私は賛成です」
 雫の提案に、イナックは真っ先に反応する。その後頭部にまた、京太郎の拳が炸裂した。

「いやはや、いい湯ですねえ……」
 温泉に肩までつかりながら、のん気にイナックが口笛を鳴らした。
「まったく、おまえは本当になにしに来たんだよ」
 身体を洗いながら言うセリフではないのだが、京太郎が不機嫌そうにつぶやく。
 G・ザニーはといえば、温泉にはまるで興味がないのか、辺りをうろうろと警戒している。まったく共通点のなさそうな3人ではあるが、意外に、きちんと分業ができているとも言える。
「でも……怪人、か。どんなヤツなんだろうな」
「どんなヤツだろうと倒す。それだけ」
 地の底から響くような声でG・ザニーがつぶやく。京太郎は思わず身を震わせると、石鹸の泡を流して湯船の中へ飛び込んだ。

「……怪しい人間は見あたらないな」
 身体をタオルで隠し、辺りを警戒しながら緋玻が言った。
「うん、ほんとに……やっぱり、怪人とかいうからには夜にならないと出ないのかな?」
「だが、そういう口ぶりではなかったしな……」
「ま、温泉につかってたら、そのうち現れるかもしれないし」
「ああ、そうかもしれない」
 緋玻は頷き、湯船に入る前にと身体を洗いはじめる。雫がざぱーん、と湯船に飛び込む音が聞こえてきた。
 まったく、まだまだ子供なのだから……と緋玻が苦笑を浮かべたそのとき、
「きゃああああああっ!」
 と、雫の悲鳴が響きわたった。
「どうした!?」
 緋玻は慌てて振り返る。
 雫が湯船の中で身体を隠していて、その前では木彫りの仮面をつけた怪しい男が手を広げていた。
 男は緋玻の姿を見ると、すぐにその場から逃げ出そうとする。
「……あなたか。怪人というのは!」
 タオルがはだけるのもかまわずに、緋玻は男へ飛び掛った。
「ぐっ……」
 肩をつかまれ、男がうめく。
 緋玻は男をむりやり振り向かせてから、ばぁ、とわずかに鬼の本性をさらけ出してみせる。
 緋玻にとってはその程度、ほんの冗談程度のことにすぎなかったが、それでも怪人はじゅうぶん驚いてくれたようだった。声も上げず、くたりと崩れる。
「なにがあった!?」
「大丈夫ですかぁ〜?」
「なにがあった」
 ばん、と浴室の戸が開いて、腰にタオル1枚巻いただけの京太郎とイナック、そして全裸のG・ザニーが飛び込んでくる。
「……あ」
「おお、絶景」
 京太郎はそのまま入り口で真っ赤になり、イナックはぴう、と口笛を鳴らす。G・ザニーは動じた様子もなく、あたりをうかがう。
「……しばらくそこで待つように」
 元通り美女の姿に戻って怪人を片手につかみながら、緋玻は口もとに笑みを刻んだ。

 とりあえずはしっかりと服を着た状態で、イナック、京太郎、G・ザニー、怪人は畳の上に正座させられていた。
 雫はすっかり腹を立てているらしく、4人に背を向けてこちらを向こうともしないし、緋玻は緋玻で笑みを浮かべて4人をじっと見ている。どちらも恐ろしいが、緋玻の方が表面的には怒りを見せていないため、余計に恐ろしい……。京太郎は冷や汗が頬をすべり落ちていくのを感じながら、緋玻の様子をうかがった。
「……それで、こちらの3人の処遇は後ほど決めるとして。おまえは何者だ? 見たところ、人間ではないようだけれど……」
「ぼ、僕は……実は、タヌキなんです」
「……タヌキ?」
 緋玻に訊ねられ、怪人は大きくうなずいた。
「はい。僕はこの旅館の裏山に住む、古狸です。って言っても、化け狸にしては全然、若いんですけど……タヌ吉といいます」
「なるほど……それで、タヌ吉。おまえはどうして、こんなことをしたと言うの?」
「この旅館、古くなって、どんどん寂れてきちゃって……それで。僕、考えたんです。なにか話題があれば、また、お客さんが戻ってきてくれるんじゃないかって!」
「あぁ、つまり、タヌ吉は女将さんを喜ばせようと思った、ってことなんでしょうか〜?」
「そう、そうなんです!」
「……そういうことね」
 緋玻は盛大にため息をついた。
 つまり、なんの悪気もなく、「話題作り」のためにやっていた、ということなのだろうか。
「なんだ、おまえ、イイヤツじゃないか」
 京太郎がタヌ吉の肩をぽんぽんと叩く。
「でもお前、方法が間違ってると思うぞ? 同じ話題作りだったら、もっと別の方面もあると思うし」
「そうそう、そうですよぉ。普通に手伝うだけでもじゅうぶん嬉しいと思いますよぉ?」
「そうかな……?」
「あたしはそう思うけどね」
 緋玻も頷く。
 タヌ吉はぱっと顔を輝かせて立ち上がると、空中でくるりと一回転して狸の姿へと戻る。
 そうして、深々と頭を下げると、短い手足を一生懸命動かしながら、部屋から出て行った。
 狸なんだから四足で走っていけば早いんじゃないだろうか……と京太郎は内心思ったが、なんとなく、一生懸命な狸がかわいそうで黙っておいた。
「……さて。それで、おまえたちの処遇だけれど」
「……俺は無関係だ」
 言いながら逃げようとしたG・ザニーの肩を、緋玻ががっしりとつかむ。
「おまえも同罪に決まっているだろう? まずは、そこに座りなさい」
 緋玻はあくまで物腰やわらかに告げたが、その下には鬼の本性が隠れているせいか、随分と恐ろしい光景に思えた。
 G・ザニーはしぶしぶといった様子で京太郎の隣に座る。
 笑みを浮かべる緋玻を見ながら、京太郎は温泉でのんびりするつもりだったのに……と内心、ため息をついた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2430 / 八尾・イナック / 男性 / 19歳 / 芸術家(自称)】
【1837 / 和田・京太郎 / 男性 / 15歳 / 高校生】
【1974 / G・ザニ− / 男性 / 18歳 / 墓場をうろつくモノ・ゾンビ】
【2240 / 田中・緋玻 / 女性 / 900歳 / 翻訳家】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。ライターの浅葉里樹と申します。
 クール系美女! ということで、ドキドキしながら書かせていただきました。クール系美女、大好きなので、書いていて楽しかったです。どちらかというと、クール過ぎて口調が男の人っぽくなりすぎたかな? と思わないでもないのですが、いかがでしたでしょうか。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなど、いただけますと喜びます。今回はありがとうございました!