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<東京怪談ノベル(シングル)>


『名探偵は迷探偵じゃ!!!』
「どうもこんにちはじゃ。本郷源じゃ。えー、おぬしはこの世に完全犯罪というものがあると思うじゃろうか? 答えはNOじゃ。この世に完全犯罪などないのじゃ。そう、どんなに有能な犯人でも思わぬ事でその足をすくわれて、その犯行が明らかになってしまうのじゃ。この話はそんな有能なる者がちょっとしたミスで、犯行が明らかになってしまった物語じゃ。それではどうぞじゃ」

「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーぁッ」
 あるうららかな春の日、色気もクソもないその女性の悲鳴はあやかし荘の管理人室であがった。
 なんだ? なんだ? 泥棒でも入ったのか、それともまた何か心霊現象でも起こったのだろうか? 集まってきた住人たちを掻き分けて、
「どうしたんですかぁ、嬉璃さん?」
 管理人室に飛び込んできたのはあやかし荘の管理人で彼女のルームメイトだ。外でその悲鳴を聞きつけたのだろう、手にほうきを持ったまま肩を大きく揺らしてぜいぜいと荒い息をついている彼女に嬉璃は、半泣きの顔で抱きついて訴えた。
「無いんぢゃ!!!」
「無い?」
 いきなり無いと言われても困ってしまう。要領の得ない嬉璃の訴えにちょこんと小首を傾げる彼女。
 嬉璃は癇癪を起こした子どものようにぶんぶんと壊れた玩具のように両手を振って、さらに声を荒げて訴える。
「無いんぢゃよ。わしが大事にとっておいた笹屋の豆大福と苺大福が!!!」
「笹屋の豆大福と苺大福?」
 と、小首を傾げていた彼女は、ああ、と納得した。そういえば昨日、学校の帰りにおやつにと買ってきた奴を嬉璃さんにもお裾分けしたっけ。
「え、あ、えっ〜と、嬉璃さんが食べたのではなく?」
 もちろん、嬉璃はぽかんと彼女の頭を叩いて、ぷんぷんと怒る。
「わしが郵便屋から郵便物を取りに玄関に行ってる間に取られたんぢゃ。それまではこのちゃぶ台の上に乗せた皿に確かにあったんぢゃよ。豆大福と苺大福がぁ!!!」
 小さな手で指し示されたちゃぶ台の上に置かれた皿の上にはなるほど、豆大福と苺大福のなごりが残っていた。
 と、掃除に関してはプロである彼女が、なんとなくちゃぶ台に妙な感じを感じて、だけどまだなんとなくその形を成さない感覚に戸惑いながらも、ちゃぶ台に近寄ろうとした彼女のスカートをしかし、ぐいっと誰かが掴んだ。
「きゃぁ」
 思わず短い悲鳴を上げてしまったのはスカートを引っ張られたので、バランスを崩して、転びそうになったからだ。そのまま彼女はよろけて、ちょうどすぐ側にいた男性住人に抱きついてしまう。
「うわぁ。あ、ごめんなさい」
 と、年頃の少女というだけでない焦りと照れをたっぷりに含んだアルトを上げたのは、16年間恋人無しというためか。
 そんな美少女の部類に充分に入る管理人に耳まで真っ赤にして照れた声を出された日には、やっぱりどんな男でも照れてかちんこちんになってしまうだろう。
 すっかりと先ほどまで思考を満たしていた疑問も忘れてお互いに顔を見合わせて、その瞬間に耳まで真っ赤な顔を下げてしまう・・・そんなその二人の間だけ漂う空気はシリアスな探偵物の空気ではなく、青春ラブストーリーの空気だ。
「ラブコメまでは許しとらーん!!!」
 嬉璃はどこかから取り出したハリセンで初々しいまでのラブラブ空気を出していた二人の頭をはたいた。
「はぁー。わしの豆大福と苺大福」
 嬉璃はハリセンを放り捨てて、ため息を吐く。しかし、その時、
「もなみぃ、嘆くな。わしが来たからには、事件はまるっとすりっとごりっとお見通しなのじゃ!!!」
 と、まるで全世界に対して宣戦布告でもするかのような元気いっぱいの声がした。
 皆の視線が集まった場所にいるのは本郷源だ。
「おお、おんしはわしの豆大福と苺大福を取った奴を見つけ出してくれるのか?」
「もちろんのろんじゃ。じっちゃんの名に賭けて、このわし、本郷源がこの難事件を解決してみせおうぞ。もなみぃにはわしの助手を頼む。有能なる名探偵には助手がつきものじゃからな」
 源はえへんと胸を偉そうに逸らすと、請け負って見せた。と、言っても彼女のタイミングは少々まずかったのではなかろうか? だって掃除のプロが何やらちゃぶ台に犯人の痕跡かもしれぬ物を見つけかけていたかもしれないのに、それを結果的に彼女は邪魔してしまったのだから。
 ぽりぽりとおかっぱ頭を掻きながら彼女は部屋の奥まで歩いていくと、和服の裾をひらりと翻らせて振り返り、そこに立つ皆や、彼女がもなみぃと呼ぶ嬉璃とを平等に眺めた後に、
「あー、事件は管理人室で起こってるのじゃ!!!! じゃから現状確保は捜査の基本原則なのじゃから、皆動くではないぞ」
「そうぢゃ。動いた奴はわしが皆殺しぢゃ」
 嬉璃は涙が浮かんだ赤い目で、皆を睨めつけて、怖い事を言った。とてもじゃないがそれは冗談だと思えない。
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」
 まるで【だるまさん転んだ】だ。皆は嬉璃に言われた瞬間に固まった。
 そして嬉璃の目が集まっていた皆に。皆の目が嬉璃に行ったその瞬間に、源はわずかに皆から逸らしたおかっぱ頭の下にあるまだ幼さを残す顔にしかし悪人のしてやったりというような笑みを浮かべた。
 ・・・?
 そして源は縁側を背にして座ると、
「あー、まずはもなみぃ、事件の概要と、その時の状況を詳しく説明してくれるかのう?」
 頬杖ついた源に嬉璃はこくっと頷いて、語り出した。
 午後3時ごろ。彼女はTVショッピングを見ながらほくほく顔で大事に取っておいた豆大福と苺大福を食そうと、きゅうすにポットの熱いお湯を注いでいたそうだ。しかし、ちょうどさあ、豆大福を手にとって食べようとしたところで、玄関の方から郵便屋の声がして、判子を持って、その荷物を取りに行って、帰ってきたら・・・
「無かったということじゃな?」
 嬉璃は「くぅー」と悔しそうに頬を一筋伝った涙を拳で拭いながら頷いた。
「ふむ。では、犯人はもなみぃが判子を持って、郵便物を取りに行ったその短い隙にまんまと豆大福と苺大福を食って、逃げたのじゃな。なんて奴じゃ」
 と、どっかの漫画の祖父という設定にされた探偵の真似なのかちゃぶ台に頬杖ついた源は何やら難しい顔をしながらおかっぱ頭を掻いて、その後にちゃぶ台を手で拭いた。確かその探偵は風呂嫌いで、頭を掻くとふけが零れて、皆に嫌な顔をされるという設定であったから、やっぱり源が真似しているのはあの探偵なのだろう。しかしこれまたそれはタイミングが悪いと言うか、なんと言うか・・・
「あっ」
 今までちゃぶ台に感じていた違和感を忘れてしまっていた管理人は、源がその痛恨の失敗をしてしまってからそれを思い出した。しかし覆水盆に返らずだ。
「どうかしたのか?」
 この失敗続きの名探偵というか迷探偵に近い源に管理人は愛想笑いを浮かべながら顔を横に振った。そして小さくふぅーとため息を吐く。今更言ってももう遅い。
 そんな管理人の妙な態度に嬉璃は赤い目を細めて訝しんだが、源はなにやらしめしめといった感じの笑みを浮かべるばかりで、何やら重大な事を隠しているのは明白な管理人を追求しようとはしなかった。ひょっとしたらここは彼女の部屋でもあるから、彼女ならではの視点で犯人に迫れるかもしれないのに・・・。
 しかし、自ら探偵役をかって出た源はそれをしなかった。だって・・・
(やぶ蛇になったら冗談じゃないからな)
 いっひっひっひとほくそ笑む源。そう、そうなのだ。この名探偵 本郷源こそが犯人なのだ。
 先ほどのちゃぶ台を手で拭いたのもそこに残った彼女のかすかな手形を消すためであった。
(しかし、さすがは掃除だけはプロ級の管理人殿じゃ。あやうくわしが犯人だとバレてしまうところじゃった。しかし、さてさて、この後はどうするかのう? 適当に誰かに濡れ衣を着せて、犯人にしてやろうか? いやいや、わしは勧善懲悪を好む者。ここは一つ、道化を装い迷宮入りにしてしまうか)
 などと、勧善懲悪を好む者ならば盗み食いするな、とか、自首しろというような誰かの突っ込みは無視して、そう出した結論にひとりうんうんと頷いていた源であったが、次の瞬間に嬉璃がぱちんと手を叩いて言った言葉に慌ててしまう。
「おお、そうぢゃ。そういえば前に通販で指紋採取の道具を買ったんぢゃった。それを使えば犯人がわかるかもしれん」
 おおー、というギャラリーの声と共に立ち上がった嬉璃。
「おお、確かにそれを使えば犯人がわかるやもしれんの」
 どうやら意識して浮かべてみせた探偵ぶった不敵な微笑と言う奴は成功したようだ。嬉璃はこくりと頷く。
 しかし、もちろん、心臓ばくばく。源の脳内では二頭身の源がパニックダンスを踊りまくっている。
(やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。どうする? どうすればいい? どうすればいいんじゃーーーーーーーーーぁ???????????????)
 と、頭を抱えてじたばたと足を動かしたいのを懸命に我慢して、源は灰色の脳細胞をフルで活動させた。
 源は思い出す。確かに自分が皿に触っていたことに。ここで指紋採取なんぞされたら、自分が犯人であることがばれてしまう。いや、待て・・・
(そうじゃ。つまり、今、皆が見てる前で堂々と皿に触れればいいんじゃ。わしの指紋が皿にあっても不思議じゃない状況を作ってしまえば)
「おお、あったぞ」
 押入れに入り込んで、中のものを漁っていた嬉璃が声をあげた。
 チャンスだ。
(さりげなくじゃ。さりげなくじゃぞ、わし)
「おお、あったか。では、今そちらに皿を持っていくぞ、もなみぃ」
 源はさりげなくという感じで皿を両手で掴んだ。
「あ、ダメですよ、源さん。素手でお皿を触っちゃ。犯人の指紋がわからなくなっちゃう」
「ん? おお、そうか。そうじゃった。わしとした事がうっかりミスをしてまったわい」
 源は痛恨の失敗を悔やむ表情を浮かべて頭を抱えた。
 しかし、内心では内なる源は、
(おっしゃぁーーーーーーーーーー! さわったぞぉーーーーーーーーー!!!!)
 ガッツポーズをとって、叫んでいた。これで皿から指紋が採取されても怪しくはない。
 しかしそうとは知らずにその彼女の顔に嬉璃は胸が痛んだのか、悪戯が見つかって親の前に出された子どもかのようにしゅんとしてみせるという主演女優賞物の演技をしている源ににこりと優しい慈母が如く微笑んだ。
「あー、わしも大人気なかったよ。いや、もういい。もういいよ。うんうん。豆大福も苺大福もまた食ろう機会もあろうてからに」
 待ってました、その言葉。優しく嬉璃に掴まれた手に、源も力を込めて握り締める。
「もなみぃ。そうじゃ。そうじゃよ。犯人にもきっと止むに止まれぬ事情もあったんじゃろうて。罪を憎んで人を憎まずじゃ」
 手と手を取り合ってまるでこの世の善なる物すべてを寄せ集めたかのようなとても素晴らしい事を言う源と嬉璃にあやかし荘の管理人はじめ住人一同は目から溢れる涙をハンカチで拭いた。
「もなみぃ。飲もう。飲んで、飲んで、飲みまくって笑おうぞ。わしのとっておきの酒も振舞うぞ」
「うむ。しかしせっかくじゃから、桜を見ながら飲もうぞ」
「よいのぉー。じゃったら、もなみぃは先に行っててくれなのじゃ。わしは酒を取ってくるゆえ」
「わかったのぢゃ」
 源は2匹の仔猫を引き連れて、【薔薇の間】へと走っていった。
「花見酒じゃ。花見酒じゃ」
 と、【薔薇の間】のドアを開けたご機嫌の源はしかし固まった。なんとちゃぶ台の上に置かれた湯飲みにはびっしりとアリがたかっているのだ。それが指し示している物は源が犯人だということだ。なぜならそれは豆大福と苺大福を食べたままの餡子がついた手で湯飲みを触ったために、湯飲みに餡子がついてしまっているということだから。もしもこれが見られていたら、一発で自分が犯人だとバレてしまっていただろう。
「ふぅいー。わしひとりで取りに来て正解じゃったな」
 源は大きく安堵の息を吐いた。しかし、
「ほぉー。これはまた随分と湯飲みにアリがたかっとるのぉー」
 
 どぉっきぃーん

 ・・・・・・・・・・・・・・源、心臓が止まる。
 そして次の瞬間、どきどきと早鐘のように脈打つ心臓を懸命に宥めながら、ぎこちない動きで振り返った源は、大人ヴァージョンの嬉璃の顔を愛想笑いを浮かべながら見上げて、
「や、やぁー、もなみぃー。大人ヴァージョンはほんに色っぽくって綺麗じゃのぅー」
 小首を傾げた嬉璃はさらりと揺れた銀の髪の下にある顔ににこりと笑みを浮かべて、
「ありがとう。ほんとの事でも嬉しいよ。それよりもわしの豆大福と苺大福を食ろうた犯人はおんしの部屋でも図々しくお茶を飲んだようぢゃねー。これはやっぱり許せんわー」
 この真綿で首を絞めるようなぴりぴりとした空気。源は悟らずにはおれない。
(いかん。もなみぃにバレとる)
 それはバレるさ。
 しかし、この期に及んで源はぴぃっと伸ばした人差し指の先を嬉璃の顔の前に突きつけて、こう言った。
「わかったぞ、もなみぃ。犯人はあの渋いお茶が入った湯飲みじゃ! 甘い物を食いすぎて渋いお茶が飲みたくなったんじゃよぉ!!!」
 嬉璃はさも得意げに自分の顔の前に突きつけていた指で湯飲みを指して、どこぞのとんち小僧が張子の虎に対して文句を言っていたように、湯飲みに文句を言い出した源に苦笑が浮かんだ顔を片手で覆って、ため息を吐いた。

 その晩、嬉璃さんはたーんと源の隠していたお酒など等をご馳走してもらったそうな。