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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


お菓子作りは唐突に

「菓子を作るで!」
「はあ?」
「なに、急に?」
 唐突にそんなことを言い出した斎賀東雲に、ちょうど居合せた花房翠と来城圭織は目を丸くした。
 翠にしても佳織にしてもまったく料理ができないとまでは言わないが、御飯ならまだしもお菓子を作ろうなどとは滅多に思わない人種である。
 東雲にしても、普段からそう菓子なんてものを作るタイプの人間ではない。まあ、鉄腕アルバイターで培った経験から、料理も菓子作りもそれなりに上手ではあるが。
「だーかーらー。菓子を作って食うんやってば」
「だから、何で急にそんな話になったんだ」
 こめかみを抑えそうな勢いで――だがさすがにそれはやらずに、翠は呆れたような声をあげた。
「私も暇じゃないのよねえ」
 まったく困っていないような、嫌がってもいないような、内容と微妙にそぐわない口調で佳織が言う。
「ほら、行くで!」
 気の乗らない様子の二人の発言は綺麗さっぱり右の耳から左の耳へと素通りさせた東雲は、スタスタと二人を連れて自分の家へと向かうのだった。

「さー、やるでー」
 用意した材料はプリン、スイートポテト、フルーツ白玉の三種類。
 難易度にちょっとバラつきがあるような気もするが、とりあえず東雲が食べたい物で揃えてみた結果である。
「ちょうど三人おるから一人一品やな」
「……なんで俺が」
 ぶつぶつと文句を言う翠にニッと笑いかけた東雲は、何故だか一人でお菓子作りに燃えていた。いったいなんで急にそんなことを思い立ったんだか聞いてみたい衝動に駆られた二人であったが、
「自分で作って食う菓子はきっと上手いで〜」
 東雲のその一言に、翠は文句を言う気力すらも失ってがっくり溜息をつく。
「私は諦めたわ。まあ、料理は嫌いじゃないしね」
「うんうん。人間諦めが肝心や」
「なんでそこで諦めだっ!」
 おもいっきり突っ込んでくる翠の叫びを爽やかなまでに交わして。ここに、IN東雲宅・東雲流お菓子作り教室が開催されたのである。

「えーと。まず茹でるのよね、ジャガイモを」
 スイートポテトを担当するは今回紅一点の佳織。世間一般的に考えればお菓子教室の有望株――言葉の用法がちょっと違うかもしれないが、まあ料理の腕に関してはそれなりに期待しても良いのではないだろうか?
 と、そう思ったのは大きな間違いだった。
「ちょい待ちぃぃっ!」
「え、なあに?」
 佳織がちょっと余所見をしたその瞬間。
 うっかり……というレベルで済ませてよいものかちょっと悩むところだが、とにかく。
 佳織はうっかりジャガイモごとまな板までもを真っ二つに割ってしまった。
「あら、大変」
「大変っていうか……なんでジャガイモを切るんや?」
「小さい方が火が通りやすいかと思って」
 佳織のその考え方は間違ってはいないが……。
 それ以前の問題というか……もうちょっと、力加減を考えてほしいものである。
 真っ二つに割れたまな板を眺め、東雲は小さく溜息をついた。
 その頃。
「ったく、面倒だよなあ」
 フルーツ白玉の担当は一番やる気なしの翠だ。
 とりあえずこのお菓子は、そのまま食べられる材料が多い。白玉粉をこねて茹でたら缶詰のフルーツと混ぜるだけの簡単料理。
 白玉を湯に入れてしまうと、手持ち無沙汰になってしまう。
 ひょいと。
 開けたばかりの缶詰に翠の手が伸びた。
「おい、翠っ!」
「なんだよ」
「なにやっとるんや。それはフルーツ白玉用の缶詰やで」
「いいじゃないか。白玉なんてなくても美味しいし」
「そういう問題――」
 パカンっと、後ろの方で唐竹を割ったかのごとく潔い音が響いた。
 おそるおそる振り返れば、四分の一サイズになったまな板の姿。
「……あああああもうっ! 材料費と道具代が馬鹿にならんっ!」
「だったら誘うなよ、俺をっ!」
「道具代はまだしも材料費は完っ全に翠の不手際やないかっ!」
「どこがだ」
 開き直る翠。
「つまみ食いするなって言うとるんや!!」
「だってめちゃくちゃかったるいんだって。こんなの真面目にやってられるかよ!」
「せやから翠のは一番簡単な料理に――」
 くいくいと、東雲の袖が引かれた。
 引いているのは、言い合う二人の影で一人黙々と料理を続けていた佳織である。
「ねえ、いいの?」
「は?」
「あれ」
 佳織が指差した先を追って、東雲の視線が動く。
「ああああああああぁぁぁぁっ!」
 東雲担当、プリン――の、カラメルソースがすっかり焦げていた。
「あああ……作りなおしやな、これじゃあ」
 落ち込んだのも束の間。
「あっ、ヤベ」
 何か軽い翠の声に、まったく真剣味のない佳織の言葉が後ろに続く。
「カチカチねえ」
 ……湯の中に放り込まれたまま忘れ去られた白玉は、湯で過ぎですっかりカチカチになっていたのだ。
「材料、買いなおすぞ」
「ええ?」
「いい加減諦めろよ」
「ほら、行くで!」
 二人の忠告を無視し、やっぱり東雲は張りきって――いや、たんに意地になっているだけかもしれない――近場のスーパーへと向かった。

 ジャガイモと、白玉粉と、みかん缶と……。
 東雲が地道に材料を買いなおすその横で。
 ぽんぽんとカゴに余計なものが放り込まれて行く。
 肉とかタラとか白菜とかきのことか春菊とかトウフとかとか。
「何を食う気や?」
「鍋」
「冬はやっぱり鍋よねえ」
「違う違う違うっ! 俺らは鍋の材料やのうて菓子の材料を買いに来たんやっ!」
 しかし。
 東雲の必死の主張にも関わらず、カゴの中には鍋の材料ばかりが積み重なっていった。
 そして結局。
「五千六百円になります〜」
 菓子の材料の数倍の金額にて、鍋の材料が揃えられたのだった。

「さ、鍋だ鍋だ」
 勝手知ったる他人の家とばかりに翠が台所を漁って、鍋を取り出す。
「包丁借りるわよ」
「もうまな板は切るんやないで。これ以上小さくされたら使いにくうてかなわん」
 一応、東雲はまだ最後の抵抗を続けていた。
 着々と鍋の準備が進む台所の片隅で、菓子の準備を進めていたのだ。
 だが。
「いい加減諦めろ」
 鍋を火にかけ終えたらしい。翠が、ぽんっと東雲の肩に手を置いた。
「・…………」
 こうして。
 IN東雲宅・東雲流お菓子作り教室は終わりを迎えた。
 しかし騒ぎはまだ終わってはいない。
 テーブルの上には冬の名物、鍋がでんっと鎮座して。卓を囲むは東雲、翠、佳織の三人。
「だからさー、最初っから俺に菓子作りなんて無謀だったんだって」
「そうやな。よーくわかったわ」
 つまみ食いしたことにまったく反省のない翠の言葉に、東雲は苦笑を浮かべる。
 ふいと思い出して、東雲は佳織のほうへと視線を向けた。
「そういや、佳織は普段の飯とかどうしてるんや?」
 見事なまでに割れまくったまな板の残骸を思い出しての台詞である。
「作る時もあるし、買う時もあるし」
 ゆったりとマイペースに鍋をつつきながら答える佳織に、翠と東雲は顔を見合わせた。……佳織の家でのまな板費が気になるところだ。
「あら」
 ふいに、佳織が声をあげた。
「どうした?」
「お肉がないわ」
「あ、ほんとだ」
 いつの間にやら鍋の横に置いた大皿の中の肉もすっからかんになっていた。
「お願いね、東雲」
「え゙?」
「あ、ついでに野菜も切ってこいよ。そろそろなくなりそうだ」
「俺?」
「ええ」
「もちろん」
 じーっと、二人の視線が一箇所に――東雲に集中する。
「……わかった。行ってくる」
 結局視線に負けて、東雲は台所へ向かうべく立ち上がった。
 当初の予定はどこへ消えたのか。
 何故だかいつのまにやら二人にこき使われている東雲であった。