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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


彷徨える夫


+オープニング+

 二日酔いの頭を抱えてふらふらと煙草を買いに出た草間が漸く興信所に辿り着いた時、扉の前に1人の女性が立っていた。
「失礼。うちに何か御用ですか?」
 息が酒臭くない事を祈りつつ、声を掛ける。
 と、女は忽然と消えてしまった。
「………………」
 今更、目の前で女の1人や2人消えたからと言って驚く草間ではない。
 伊達に怪奇探偵なんぞをやっている訳じゃないんだ……と内心思いつつ、草間は少し溜息を付いて扉を開く。
(――何だ、客じゃないのか)
 客であったならば精々ふんだくって暖房設備に金を回そう……と考えていたかどうか謎だが、草間はポケットから煙草を取り出しつつ室内に足を踏み入れる。
 その瞬間。
「わっ!」
 目の前の女にぶつかりそうになって、草間は慌てて足を止めた。
 そしてゆっくりと、ごく自然に、女の足元を見る。
 女は、確かについさっき扉の前に立っていた女だ。
 しかし、草間が見た限りでは間違いなく、扉は開かなかった。そして、目の前で消えてしまった。
 となれば、幽霊に違いない。
「……失礼ですが、」
 足がないのを確認して――丁度膝から下あたりが霞んで見えないのだが――、草間は口を開く。
「うちは幽霊の来る場所じゃないんです。出来ればお帰り頂きたい」
 今のところ、幽霊に恨まれる記憶がなければ自分の知らないところで死んだ女に慕われる記憶もない。
 極々普通の依頼にやって来た客に偶々霊能力があったりして、幽霊のいる興信所、などと噂を立てられるのも迷惑な話だからして、出来れば速やかにお引き取り頂きたい……のだが。
 少し困ったような顔の女幽霊は草間にゆっくりと頭を下げ、言った。
「実は、依頼に来たんです。幽霊の依頼は引き受けて頂けないのでしょうか?勿論、報酬は必ずお支払いするつもりですけれど」
 報酬の入る依頼とあれば相手が幽霊であろうが妖怪であろうがはたまた悪魔であろうが話は別だ。
 草間は少し浮腫んだ顔に笑みを浮かべた。
「これは失礼しました。ええと、どのようなご用件で……?あ、そこのソファにどうぞ?」
 幽霊相手に肺癌の心配もあるまい。遠慮なく煙草に火を付けて、話を促す。
 するとソファに腰掛けた女幽霊はどこからか2枚の写真を取り出して言った。
「実は、浮気調査をお願いしたいのです。私の夫と、同僚の女性の」
「――はい?」
 一瞬、意味が分からず草間はポカンと口を開ける。
 女幽霊は言った。
 自分の死後、夫が浮気をしているらしいので本当にしているかどうか、キッチリ調べて貰いたい、と。
 その内容によっては、夫の夢枕に立って恨み言の一つでも言ってやりたい。
「だって、ねぇ?愛する妻を失ってたった1年なんですよ?浮気をするには、少し早すぎると思いません?」
 永遠の愛を誓った夫婦なのに。
「そ、そうですか……」
 笑っては失礼なのかと煙草の煙を吐き出しつつ、草間は頷く。
「い、いいでしょう。引き受けましょう。うちは優秀な人材が沢山いますからね……」
 内容がどうであれ、これから来る冬に向けての大事な収入源である。
 草間はすっかり板についた営業スマイルを浮かべてみせた。



「良いわねぇ。すぐに彼女が出来はしないと思える程度には生前大事にされてたって事よね。良いなぁ夢も希望も持てる関係って……」
 何やら机でゴソゴソしていたシュライン・エマが立ち上がり、慣れた手つきで湯飲みを取り出し、盆に並べる。
 取り出した湯飲みの数は8つ。少し考えてからシュラインは最後の1個を盆に置いた。
 ……幽霊もお茶を飲むだろうかと迷ってしまったのだ。
 次に、長方形の和皿を取り出し、パックに入ったみたらし団子を移す。
 ついさっき、観巫和あげはが以前草間に犬探しを頼んだ際に見つけた子猫の貰い手がついた事と、1匹は自分が引き取る事にしたとの報告に、手土産を持ってやって来た。
 みたらし団子は彼女の経営する甘味処のメニューのひとつだ。
 お皿を2つに分けて合計20本。
 シュラインは思い盆を軽々と持って応接間に向かう。
 ソファに座っているのは6人。
 あげはと、草間が今回の以来を受けて貰おうと、思いついた順に電話で呼び出した矢塚朱羽、巽千霞、真名神慶悟、モーリス・ラジアル、そして、依頼人である微妙に半透明の女性。
 6人も入ると狭苦しい応接室は草間と慶悟の煙草の煙で少し曇っていた。
 数日前に「事務所内禁煙」の張り紙を貼ってみたが、サッパリ効果がない。
 シュラインは盆をあげはと千霞に頼み、換気の為に窓を開けた。
「依頼人は既に死人ですが、まぁ、永遠を誓った仲な訳ですが、死んでしまえば、旦那さんは守る必要は無いわけで。心情的には旦那さんの方に傾いておりますが……」
 湯飲みを受け取りながら口を開いたのはモーリス。
 口にこそ出さなかったが、『愛する妻』と自分で言う依頼人は少々思い込みが激しいのではないかと思っている。
「見た目だけでは判断しかねるからな。……一緒にいた現場的によっては決定的なものもあるだろうが、普通の状況と違うのは既に相方が死んでいるという事実だ。男の中では独り身になっている訳だからな。人の心は移ろい易い……等とは言うが、已む無い事情もある事だろう。突然相方を失ったというのであれば独り身も寂しかろう」
 モーリスの横で頷くのは慶悟。
 男視点だが、と断りを入れるが実際その通りで、依頼人はどう足掻いても既に死人。
 聞けば残された夫の方はまだ20代後半で、若く将来もあり、これからの人生も長い。心変わりするなと言う方が酷で、モーリスの言葉を借りるならば、
「死後まで干渉するのはどうかと……」
 となる。
「しかし、もう二度と会えなかろうが遠距離だろうが、たった一年で心変わりするのはいただけないな」
 テーブルに置かれたみたらし団子に手を伸ばして、朱羽。
 と、千霞がすぐに同意する。
「ええ、私も少し淋しいと思います……、亡くなって1年も過ぎていないのでは……」
「確かにこの世でお別れしてしまったとはいえ、すぐに違う女性と…というのはちょっと寂しいかもしれませんね……」
「本当ねぇ。折角永遠の愛を誓ったのに、亡くなって1年足らずで他の女性と愛を誓われたりしたら、辛いわねぇ……」
 少々、男性陣とは視点が違うらしいあげはとシュライン。
 依頼人は「そうでしょう!?」と女性陣に真剣な顔を向ける。
「ところで、何故浮気していると思ったんですか?」
「ああ、俺もその根拠が知りたいな……。憶測だけで人を疑うことも良くないからな」
 千霞が言うと、朱羽も頷いた。
 依頼人が持ってきた写真は2枚。それぞれ、夫である男と依頼人が浮気相手だと主張する女性が別々に写っている。
「お話して頂けるかしら?」
 シュラインが促すと、依頼人は極自然な仕草で湯飲みに手を伸ばして話し始めた。

 依頼人が夫の浮気を主張する根拠は以下の通りである。
 @夫の感情が伝わって来ない
 A夢枕に立ってもあまり反応しない
 Bこっそり憑いて会社に行った際に、浮気相手と思しき女性がやたら親し気に話しかけていた
 C元々はズボラな性格なのだが、最近やたら身綺麗になった
 D自分の記憶にないネクタイをしていた

「…………それで?」
 思わず口から出てしまった慶悟の言葉に、依頼人は頬を膨らませて見せた。
「これだけ根拠があれば十分だと思いませんか?」
 一瞬、全員が顔を見合わせて溜息を飲み込む。
「え、ええと……、あ、旦那様の感情が伝わって来ない、と言うのはどう言う意味なのでしょう?」
 慌ててあげはが質問をする。依頼人は淋しそうな顔でそれに答える。
 何でも、死ぬと生前自分を愛してくれていた人の感情が、聞こえてくるのだそうだ。
 失って淋しい、切ない、悲しい。もし生きていたら、もしもう一度人生をやり直せるのなら……。
 そんな感情が、毎日のように依頼人の耳に届く。
 愛する妻を失って、どうしようもなく悲しい夫の、強い感情。
 それが、最近少しずつ聞こえて来なくなったのだと言う。
 始めは、妻のいない生活に慣れてきた所為かとも思ったのだが、試しに夢枕に立ってみると、どうやら違う。
 死んで間もない頃に夢枕に立つと、まるで本当にそこにいるかの様に喜んでいた夫が、最近では少し淋しげな笑みを浮かべて黙って自分を見ているだけなのだ。
「何だか、私の方が夢枕に立たれたような気分になってしまいました」
 依頼人はいたく傷付いた様子で溜息を付く。
 またもや全員が顔を合わせて溜息を飲み込んだ。
 夫の夢枕に立ったり、こっそり憑いて会社に行ったり、夫のネクタイをチェックしたり……。
 こんな幽霊を今まで見たことも聞いた事もない。
 流石こんな興信所を尋ねる幽霊。少々……いや、かなり風変わりなようだ。
 こんな依頼は受けられないぞ、と言う視線を静かに送る一同。
 しかし、草間は軽くその視線を受け流した。
 興信所を温かく快適にしたいならば、働け。働けばそれなりの見返りがあるぞ、と言う意味だ。
 別段興信所が寒ければ、寒い間近寄らなければ良いだけの話しで、仕事も、探せば何かしらあるのだが。
「あ、そう言えば今、最近やたら身綺麗になったと言いましたね?」
 ふと、モーリスが口を開く。
「ええ。言いました。主人ときたら着る物にも食べる物にも、全てに置いて無頓着なのです。シワシワのワイシャツでも気にしない、ネクタイが歪んでいても気にしない、そんな人なのに、最近は自分で服にアイロンを掛けたりします」
「それが少し、気になりますね」
 頷きながらモーリスは言う。
「一年前の行動と比べて、不審な点がないか調査した方が良いかも知れませんよ。。一年の間に何か習慣が出来たとか、あるかも知れませんし。浮気ではなく、何かに取り憑かれているとかそう云う事はないか、そう云う方面も纏めて」
「……成る程、それは有り得るな……。霊視してみた方が良いかも知れない」
 慶悟が煙草を灰皿に押しつけながら頷く。
「引き受けて頂ける、と言う事でしょうか?」
 依頼人が確認する。
 シュラインが全員を見回すと、それぞれに頷いて見せた。
「それじゃ、早速調査にかかりましょ」
「この場合はやはり尾行、か……?浮気調査の王道だが……」
 言いながら意見を求める朱羽。
「そうだな。旦那が浮気相手と一緒の時では本心も語られまい。一人の時に本音が出るかもしれないから家で独りでいる時の言葉を拾おう。式神を放って部屋に置いておこう」
 と、早速依頼人から自宅の住所を聞き出し式神を放つ慶悟。
「今日は、旦那さんはお仕事ですか?23日ですから、祝日ですが……」
 千霞が依頼人に尋ねる。
 年末まで日曜以外休みはないようだと答える依頼人。
「では、お留守の間にご近所でお話を伺ってみましょうか……、」
 千霞の持つ能力では、相手の嘘や焦りはすぐに見破れる。
 直接夫に話しを聞きに行くのも手だと思いつつ、突然訪ねるのもどうかと思い止まりまずは聞き込みをしようと言う。
「それなら、3組くらいに分かれた方が良いわね。そうね……、自宅周辺での聞き込み組と、会社の同僚への聞き込み組み、あとは浮気相手らしい女性の身元調査組」
 シュラインが言うと、慶悟とモーリスが近所での聞き込み、朱羽と千霞が会社付近での聞き込みをすると名乗りを上げた。
「それでは、私とシュラインさんで女性の身元調査をしましょう」
 あげはが言う。
「そうね。もし女性と旦那さんが2人でいたら尾行して話しも聞いてみたいわ」
 クリスマスイブ前日。
 何が悲しくて浮気調査をしなくてはならないのだろうかと言う疑問は取り敢えず置いといて、6人は早速調査に取り掛かった。



 大学を卒業してすぐに就職した夫の勤め先はエクステリア用品の製造・販売をしている。
 夫は販売部の営業で、平社員だが地道にコツコツ働くと言う点が上司には結構評価されている。
 会社の玄関付近の木の前に立って、朱羽と千霞は簡単にうち合わせをした。
「亡くなった妻の親戚、と言う事にしておこう。まだ若いのに再婚もせずに死んだ女に縛られているのは可哀想だ、お見合いの話しがあるんだが他に付き合っている女性がいないかと確かめに来た、と」
「分かりました。お話の方は矢塚さんにお任せします。私は、話しを聞いてそれが嘘ではないか確かめたいと思います」
 頷きあって、玄関を見る。
 ちょうど昼時だ。
 社内に食堂はないと言っていたから、昼食を摂るべく社員が出てくる筈だ。
 販売部は名札が薄い緑なのだと言う。その、薄い緑の名札を付けた社員を呼んで話しを聞くつもりでいる。
「ああ、出てきましたね」
 千霞が玄関を指差す。
 2、3人毎に連れだった社員がゾロゾロと玄関を出て来る。
 制服を着た事務員や色の違う名札の社員を数人見送った後、写真で見た夫が何人かの同僚らしい男達と一緒に出て来た。
 すれ違いざまに、うどんとかどんぶりとか言う言葉が聞き取れた。
 その数人後に、浮気相手だと依頼人が主張した女がこれまた同僚らしい女達と一緒に出てくる。
 数人の社員を見送って、朱羽と千霞は1人で出てきた男を手招きした。30代半ばの少し眠そうな顔をした男だ。
 夫の名を出し、知っているかどうかを確かめてから話しを切り出す。
 打ち合わせした通り、妻の親戚でお見合いを世話したいのだが……、と言うと、男は少し首を捻ってから答えた。
「あの時の彼の落ち込み様は見ていても可哀想な程だったよ。本当に仲の良い夫婦だったからねぇ」
 まだ若い妻の不幸に溜息を付いてから、男は言った。
「最近、親しくしている子がいるみたいだよ。彼はやもめだし、相手の子の方も未婚で、良いんじゃないかと僕は思うんだ。時々、一緒に食事したりしているみたいだね。相手の方から誘ったらしいけれど、彼の方もまんざらじゃないらしい。お見合いの話しは、少し待ってみた方が良いんじゃないかな」
 男の話に偽りがないか、朱羽は無言で千霞を見る。
 と、千霞は無言で頷いて見せた。
「そうか、まんざらでもないのか」
 同僚の女性にそれらしい想いを伝えられれば、イヤな気はしないだろうし、食事を共にし、プレゼントを交換する仲にもなるだろう。
 朱羽と千霞は男に礼を言い、2人が尋ねた事は呉々も内密にして貰えるよう頼んでから別れた。
「こういった話しがあっても、おかしくはありませんね。20代後半と言えば今から初婚と言う人だって沢山いますから。でも、どうかしら。やはり、先立った方としては、自分の事を忘れて欲しくないと思うものかしら」
 先立った事も、先立たれた事もない千霞にはサッパリ分からない心情だ。
「もし俺が自分の愛する者よりも先に逝ってしまったとしたら、俺のことは忘れて幸せになって欲しいと思う」
「でも、完全に忘れ去られてしまうのは、淋しくありませんか?」
「完全になんて、忘れられないだろう。本当に愛した人なら、さ。兎に角、依頼人に、いつまでも自分が死んだことを嘆き悲しむあまりに旦那の幸せな未来が閉ざされてしまったら悲しいだろうと諭してみようかと思う」
「そうですね。2人で過ごした日々よりも、これからの日々の方が長くなる訳ですし、未来を閉ざしてしまうなんて、良くありませんから……」
 2人して溜息を付き、一旦興信所に戻るべく踵を返した。



 それぞれの調査が終わり、全員が興信所に戻ったのは夜の8時を過ぎてからだった。
 依頼人の方は、全員が揃った頃に再度来ると言い残して何処かへ消え、肝心の所長は行方不明。
「全くもう、いつもこうやって依頼は人に押しつけて、本人は何をしてるかって言ったら、どうせまた何処かで飲んでるか油を売ってるか……」
 盛大な溜息を付いて、シュラインが全員に温かいコーヒーを振る舞う。
「いやしかし、ここで草間が普通に仕事をしている方がどこか不健康な気さえするぞ……」
 ぼそりと言う朱羽。
「不健康、と言うか不気味だな。そうなると。次は何を企んでいるんだか……と疑いたくなる」
 横で頷くのは慶悟。
 人間普段と違う事はしない方が良い、と言うことだ。
「まぁ、取り敢えず相変わらずな草間さんの事は置いておいて、皆さんの調査の方はどうだったのです?全員揃った事ですし、そろそろ依頼人も顔を出すのではないかと思うのですが……」
 モーリスがシュラインからコーヒーを受け取ろうと顔を上げる、その先に、依頼人の姿があった。
「おや、もういらっしゃってましたね」
 にこりと笑いかけるモーリスに、依頼人は挨拶をしてからソファの空いたスペースに腰を下ろした。
「では、早速報告を……」
 千霞が全員を見回して促す。
 シュラインとあげはが調査した女性の身元と、尾行して聞き出した2人の会話、朱羽と千霞が社員に聞き出した2人の様子、慶悟とモーリスが同じマンションの住人から聞いた夫の様子……などの結果から、夫は浮気をしていると判断して良い。
 何かに憑かれていると言う可能性も皆無。
「でも、『浮気』と言って良いかどうか、疑問に思います」
 表情を曇らせる依頼人にあげはは言った。
「同感ですね。最初に言った通り、死後までも、干渉するのはどうかと思います」
 相槌を打つモーリス。そこで慶悟が口を開いた。
「しかし、気持があんたじゃなく別の女に向いたからと言って、旦那はあんたの事を忘れてしまった訳じゃないぞ」
 慶悟が式神に調査させた2人の住まいには、妻が生きていた時のままの様子が残されていた。
 そして、仏壇には新しい花が生けてあり、妻が好きだったらしい食べ物の類が処狭しと並べられている。
 妻の笑顔ばかりの写真があちこちに飾られて、まるでそこに妻が生きているかのようだった。
「でも、ねぇ。本当の気持ちなんて、直接聞いてみないと分からないものよ。周囲の人がどんなに新しい女の人と親しくしているらしいと言っても、それはもしかしたら見せ掛けかも知れない」
 シュラインの言葉に千霞が頷く。
「私、旦那さんに直接会って話しを聞いてみましょうか……。嘘偽りのない気持が分かるかも知れません」
「あら、それよりも、こうして私達の前に姿を現せる訳ですから、直接お話されてはいかがですか?貴女の様な性格の方と一緒にいたのなら、さぞ楽しかったでしょうから……」
「実際の所は自身の目で見、自身の声で語り、自身の事を顧み、判断するのが一番いい。逢う事で、呪い事ですら旦那は喜んで聞くかもしれない」
 あげはの言葉を引き継ぐ慶悟。その後に「しかし、」と付け加えた。
「成仏しろとは言わない。一緒でも構わん。あんたが幽霊であるという事実も踏まえた上で、だ」
「貴方がどうしても、愛する夫と共に過ごしたいと言うのなら、それを私達に止める権利はありません。でも、忘れないで頂きたいのは、貴方が既にこの世にないと言う事です」
突然亡くなって、愛する人と離れなくてはならなかった貴方には同情しますが、と言ってモーリスは言葉を切る。
「分かりました」
 呟くように答えた依頼人の目には、涙が浮かんでいた。
 こんな筈じゃなかったと、思っているのかも知れない。
 愛する人と結婚をして、子供を育て、2人で白髪になるまで喧嘩をしたり仲直りしたり、平凡な生活を送る予定だった。
 貯金をして、マイホームを手に入れて、庭に花を植え、子供の為に服を作り、日曜日にはドライブに出掛け、何処にでもある家庭を築く予定だった。
 それが、思いもよらぬ事故で駄目になってしまった。
 愛する人を残して先立たなければならなくなった。
 自分の死後、誓った愛はどうなってしまうのだろう。永遠の愛を誓った夫は、この世にいない妻を愛してくれるのだろうか。
 そんな事を、考えているのかも知れない。
「分かりました」
 もう一度繰り返して、依頼人は立ち上がった。
「早速今夜にでも、夫の夢枕に立ってみようと思います。……明日で、丁度一年ですからね」
 夢枕に立ったこの依頼人が、夫にどんな恨み言を言うのか、6人には想像もつかない。
 どろん、とばかりに消えた依頼人がいた場所を、ただ無言で見つめた。



 クリスマス。
 厚い雲が空を覆い、小雪の舞い散る寒い日。
 それでも街にはクリスマスソングが流れ、恋人達がこれ見よがしにいちゃつく今日、特に予定のないシュラインとあげは、慶悟、朱羽、千霞とモーリスは興信所でクリスマスケーキを食べていた。
 今日も肝心の所長の姿はない。
「大方どこかの飲み屋のおねえちゃんと仲良くしてるんでしょ」
 シュラインは冷たく言い放ちつつも草間の分のケーキを切り分けるのを忘れなかった。
「コーヒーのおかわり如何ですか?」
 と、あげはがポットを持って5人を見回した時、誰かがドアをノックした。
「どうぞー」
 応える慶悟。
 失礼します、と顔を覗かせたのは、あの依頼人の夫だった。
「え、ええと、草間興信所と言うのは、こちらで合っていますでしょうか……?」
 戸惑いを含む言葉に、全員が頷いて応える。
「あ、どうぞ。……と言っても私はここの責任者ではありませんが……」
 キョロキョロと中を見回す男に、モーリスが慌てて促す。
 頭を下げて中に入った男に、シュラインがコーヒーを差し出す。
「良かったらケーキもどうぞ」
 残ったケーキを差し出して、千霞。
 随分サービスの良い興信所だと思ったに違いない。
「あ、あのぉ……、こんな事、信じて貰えないかも知れませんが……」
 言って、男は懐から白い封筒を取り出した。
「実はその、妻が夢枕に立って、この封筒をここへ持ってくるようにと……」
「失礼しますね」
 シュラインが断って、封筒を受け取り中を確かめる。
 そこに入っていたのは、お金だった。
 一瞬顔を合わせる一同。
「奥さんが夢枕に立たったと言うのは……?」
 何も知らないフリをして朱羽が尋ねる。
 と、男はコーヒーを飲んでから話し始めた。
 男は1年前の昨日、愛する妻を事故で失ったのだそうだ。
 妻のいない毎日は時間が止まってしまったようで、陰鬱で退屈でどうしようもなかった。
 人生には絶望しかないのかと思えるほどの寂しさを、毎日毎日噛み締めながら生きてきた。
 ところが、妻の死後1年近くなった頃になって、社内で親しくする女性が出来た。
 よく気の付く感じの良い女性で、相手の方は結婚を望んでいるらしい。
 自分だって男であり、女性に思われて悪い気はしない。
 女性には好感を持っている。もし結婚したとしても、上手くやっていけるだろうと思う。
 可愛らしく、愛しいと思える存在でもある。
 しかし、亡くなった妻を思えばなかなか踏み出せなかったのだと言う。
「それが昨日、妻が夢枕に立って恨みがましそうな顔で言うんですよ……、約束を守ってくれと」
「約束と言うと?」
 尋ねる朱羽に男は続けた。
 結婚前の約束。
 それは、もし結婚後どちらかが先立つ事があれば、お互い死んだ相手に遠慮する事なく、自分の幸せの為に生きていこうと言うものだった。
 再婚が可能な年齢であれば喪に関係なく再婚し、新しい人生を歩いて行こう。お互いに縛られるような生き方だけはしないでおこう、と。
「多分、僕が妻を思って迷っていると分かったんでしょうね。夢の中で、彼女は怒って言いました。『浮気をするのは最低だけど、だからって据え膳を喰わないのはもっと最低!待たされてる女と、あなたを信じて約束した私の気持ちにもなって頂戴。このままじゃ、私は安心して成仏出来ないわ』って」
 「それで、再婚なさるんですか?」
 あげはが問うと、男は頷いた。
 昨日で妻の喪も明けた。気持の整理もついたところで、相手の女性に結婚を申し込むつもりだ、と。
「それで、これは妻が夢の中で言うには、『生前に預かっていたものをお返しします』だそうで、家の額縁の裏に隠してありました」
 まさか幽霊になって依頼をしたとは言えない。
 自分のへそくりを『預かり物』として渡すように言ったらしい。
「多分、所長のものだと思います……、使えておきます」
 千霞が言うと男は頷き、挨拶をしてから扉の向こうに消えた。
「……浮気調査と言うのは、嘘か。旦那に本当に愛する人が出来たかどうか、調べさせたかったんだな」
 閉まった扉を見て呟く慶悟。
「相手の女性、旦那さんを任せられる人だと良いわね……」
 窓から曇り空を見上げて、シュライン。
 その言葉があの依頼人に届くかどうかは分からないが、夫が約束を守ろうとしている今、彼女は漸く成仏出来たに違いない。


end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2058 / 矢塚・朱羽    / 男 / 17 / 高校生 焔法師
2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
2086 / 巽・千霞     / 女 / 21 / 大学生
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 / 陰陽師
2318 / モーリス・ラジアル/ 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者

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■         ライター通信          ■
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遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します、と言う訳でこの度はご利用頂き有り難う御座いました。
ノロノロ書いた所為で納品が今頃になってしまいましたが、お話の内容は昨年12月の
クリスマスあたりですので、何卒ご了承下さいませ。
イエ、別にわざわざクリスマスに限定する事もなかったのですけど……(汗)

さて、そんなこんなで(?)今年もノロノロお世話になりたいと思っております。
また、何処かでご利用頂ければ幸いです。
皆様にとって素晴らしい一年になりますように。