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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


クリスマスプレゼント 

「……今年も終わり、か」
 自分の事務所の一室で、双鏡・鏡次はため息をついた。
 思えば今年もいろいろあった。何よりも大変だったのが、猫探しな辺りがどうにも納得いかないが。
「でもな、まさか下水道の奥のゴミ詰まってるとこの中にいるとは思わないしな……」
 やれやれ、といった感じで首を振る。その時、
「鏡次〜、いるか〜?」
 そう言って事務所に入って来たのは、中峠・成穂。見た目二十代半ばだろうか。その手には綺麗にラッピングされた何かが包まれている。
「いる。鍵が開いているのにいないわけがないだろう」
「わからないだろ。鏡次案外鍵閉めるのとか忘れそうだし」
「オレは……まぁ、いい。何の用だ」  
 言い合ってても仕方がないので、聞く。と、成穂はその手に持っているものを鏡次に渡す。
「……? これは?」
「メリークリスマス! というわけで、プレゼントだ」
 なるほど。言われてみれば、確かに今日は12月24日。いわゆるクリスマス・イヴ。恋人達が無駄に賑わう日。
「クリスマス、か……別にオレには、関係ないな。仕事あるしな」
 プレゼントを脇に置き、鏡次は傍に置いてあった書類を取り出す。
「仕事なんて後でいいだろ? それよりどこか行かないか?」
「ふぅ……オレはお前と違って金がないんだ。どこかに出かける余裕も、時間もない」
 誘ってみるが、鏡次はにべもない返事を返すだけだ。
「……じゃあさ、とりあえずさっきの服着てみてくれないか? あれ、私と――」
「だから。仕事だ、仕事。用がないなら帰れ」
 鏡次は書類に目を通しながら、どうでもいい、とでも言うように答える。
 それを見て、成穂はしばらくポカンとしていたが、
「馬鹿!」
 いきなり、テーブルの上にあった湯のみを投げつける。
 ゴギン、といい音がして、それは見事に鏡次の顎に当たった。
「な、ああくそ! 書類濡れ――何すんだ!」
「人が……人が折角……」
 言う成穂の目から、涙が一滴。
「あのな……オレ達は別に恋人でも夫婦でもない。ただの友人だ。わざわざ今日出かけなくても――おい! どこ行くんだ!」
 皆まで聞く前に、成穂は事務所を飛び出していく。
「ち、胸糞悪い」
 鏡次は書類を見直し――
「……本当に、胸糞悪い」
 それを適当に放り出し、外へと出て行くのだった。

 町は、恋人達で溢れていた。
 当たり前だ。今日はそういう日なのだから。
(私は……何をしているのだろう)
 辺りを見回すと、皆幸せいっぱいの笑みを浮かべ、あるいは恋人と、あるいは家族と、談笑しているのが目に入る。
 一人でいるのは、成穂くらいだった。勿論、そんなわけはないのだが、少なくとも辺りには一人で歩いているような人はいない。
(鏡次は、いつもそうだ……)
 何かをしよう、と言っても、仕事、とか、用事がある、とかで大抵は断られる。
 何かを持っていっても、ありがとう、の一つもなく、受け取るだけ。
(私、どうとも思われてないのかなぁ……)
 普段は考えない――もしくは、考えようとしないことが、頭に浮かんでくる。
 別に、鏡次は誰にでも態度を変えないし、特別どう扱われている、というわけではないのだが――それはそれで、こちらの思いが全く通じていないということになる。
(どうしたら、いいんだろう……)
 ぼ〜っと歩きながら、結局何をどうこうしよう、という案は思い浮かばない。いや。
(あきらめたら……楽、かな)
 それは、何故だか考えてはいけないような事だと思った。
 だが、そうすれば楽になるのだ。別に相手は鏡次でなければいけない必要などない。
 探せば、いくらでもいい男がいるだろう。
 そんな事を思い、ふと見上げると、目の前に特大のツリーがあった。優に4メートル程はあるだろうか。
 時計を見ると、午後7時。今日が終わるまで、後5時間。
「ここで、待ってみようかな……」
 ぽつりと呟く。ここで待ってみて、もし来なければ、その時は――

 町は、人ごみで溢れていた。当たり前だ。今日はそういう日なのだから。
(……どいつもこいつも……もうちょっと他にやる事はないもんかね)
 辺りを見回すと、皆幸せいっぱいの笑みを浮かべ、あるいは恋人と、あるいは家族と、談笑しているのが目に入る。
 もっとも、それ以外にも、寒そうに一人で身を震わせている人や、ケンカしているカップル等もたくさん目に入るが。
(世の中そういうもんだろうな。全員が幸せなはずがない。いや、それも違うか。誰も幸せなヤツなんざいないだろうな)
 今日が幸せでも、明日がそうとは限らない。言ってしまえば、一夜なり、一日なりのマヤカシに過ぎない。
 別にそれを否定する気はない。人間、そんなことを考え始めたら、幸せに生きていけないだろう。
(つまり、今のオレみたいに、だ)
 数年前は、本当にどうしようもなかった。救いもなく、希望もなく、ただ、生きるために、裏ストリートで生きてきた。
(あいつに会って……変わった……か)
 それまで生きるために生きていたのが、あいつと会うために生きる、になった。
 それ以上を望む気はない。ただ、会えれば、それで満足なのだから。
「そういうことを、言ってやりゃよかったのかもしれないが……」
 言えない。別に言って嫌われるのが嫌だとか、そういうのではなく――つまりは、ただの性分だった。
 そんな恥ずかしいこと、面と向かって言えるなら、こんな苦労をしていない。
(でも、今夜はクリスマス・イヴだ)
 今日くらいは……多少恥ずかしさも消えてくれるかもしれない。
(なんだかんだ言いつつ、結局オレも影響は受けてるわけか)
 そんな事を思い、鏡次は軽く苦笑した。

 零時を回った。
「来ない……か」
 期待していた。もうちょっと待っていれば来るのではないか――そんな風にも思う。
 だが、来なければ、それこそ立ち直れない。ついでに言うなら、辺りはほぼ真っ暗。人の影すらない。
「……いた」
 座っていたベンチから腰をあげようとした瞬間。そこに、待ち人が来た。
「……遅いぞ」
 不機嫌そうに、呟く。
「悪いな。一応、いろいろ探してて、な」
 言いながら、取り出したそれは、指輪だった。
「……これは?」
「今日は、クリスマスイヴなんだろ? 恋人同士がプレゼントを交換するのは別に珍しい事じゃない」
 それはつまり――
「……本気にするぞ?」
「ああ。構わない」
 涙が、出てきそうだった。それを隠そうと下を向くが、体の震えが止まらない。
「ん……寒いのか? と、出来すぎだな、こりゃ」
 鏡次が上を向いたようなので、つられて上を向く。
 目に映ったのは、シンシンと降り注ぐ雪だった。
「本当、出来すぎだな」
 微笑みながら、答える。多分、涙の跡が残っているだろうが、鏡次はそれについては何も言わなかった。
「さて、帰るか。ほら」
 手を、差し伸べられる。成穂はその手を取り、次の瞬間強引に鏡次の方に引き寄せられる。
「うわ、何――」
 言う前に、唇を塞がれる。勿論、相手の唇で。
「お前凄い手冷えてるな。手袋くらい持ってくりゃよかったか」
 鏡次はまるで何でもない、とでも言うように歩き出す。
「う〜……馬鹿馬鹿!」
 赤面しつつ、ポカポカと相手を殴る。
「あ〜ほらほら、暴れるなって。しょうがないな」
 何か、危険を感じた時には、また、唇を塞がれる。しかも、
「し、舌を入れるな〜!」
 思わず立ち止まり、叫ぶ成穂に、鏡次は肩をすくめてみせたのだった。

END