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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


贄(にえ)

------<オープニング>--------------------------------------
「何コレ?」
 少し離れた所から望遠で撮ったらしいその写真には、橋桁の下にうず高く積まれているモノをくっきりと写し出していた。
「投稿写真です。不思議な場所があると」
 見た目は薄汚れた、ゴミにしか見えないものだが、よく見ると普通むき出しで捨てないようなものばかりが写っている。
 更に。
「えーと、コレはぬいぐるみかな。こっちは…これって、ウェディングドレス?何でこんなものが…」
 林立している、マネキン『たち』。大人から子供まで、様々なポーズで色とりどりの服を身に付け。
「こっちは子供服みたい。食べ物の類は見当たらないわね」
「珍しいゴミ捨て場ですね」
「…ありえないわよ。空き缶も弁当の殻もないゴミ捨て場なんて。この山を見る限りじゃ、案外拾い物もあるかもしれないって言うのに山を崩した様子すらないのよ?」
 きっちりと、積まれたモノの山はある種の法則さえ感じさせる。その合間に立っているマネキン達も、意味ありげで。
 ――厭な、感じ。
 眉根が寄って行くのを止めることが出来ずにいる。写真の中で、橋桁を囲うように捧げられた――捧げられた、という言い方がしっくりするその山は、あるモノを連想させた。
 ――例えば、神…或いはその眷属に対する、貢ぎもののような。その割には食べ物の類が写真を見た限りでは見当たらないのが不思議だったが。

「どうします?」
「…何人か集めて調査を頼んでおいて。写真とレポートの提出は必須でね」
「わかりました」

「ふー…」
 ――ふと。
 違和感に気付いたのは、偶然だっただろうか。
 もう一度写真を見つめた時、麗香は――産毛が逆立つのを止められなかった。
 マネキン達は。
 望遠で撮っている筈の――この、カメラに向けて。
 全員が――顔を、向けていた。

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 編集部に集まったのは7人の男女。一見皆若々しく見えるが、それぞれ何らかの特殊能力を持つらしく説明を聞いていても不審気な顔をすることはなく。出された茶を手に、話に聞き入り、そして。
「これだけいるんですから、少し分散させても良いかもしれないですね?…現場には最後に行くとして」
 これからのことを考えているらしい皆に、雨柳凪砂が控えめに語りかけた。真っ先に反応したのは年齢的にも同じくらいの少女2人。写真を目にしてからずっと顔色が冴えず、写真は脇に追いやって賛成、と大きく頷き、
「投稿した方のことを知りたいのですが、名前や住所はわかりませんか?」
 柚木シリルが皆の前に立っている三下に訊ねる。そうですね、と手に持っている封筒から投稿時の封筒を取り出し、中を改めて皆に見せる。
「…このひとは匿名希望としか書いていませんね」
『面白いものがあります。望遠で何とか撮影したんですけれど…不思議な風景でしょう?使えませんか?』
 綺麗な、あまり癖の無い文字でメッセージと橋のある住所が書かれている。投稿者の名は匿名希望、とだけ。
「撮影場所は、近くに行けば判ると思いますが…投稿者はどうでしょうか」
 これだけじゃ難しいな、と一緒にそれを覗き込んでいた真柴尚道が呟き、梅田メイカもうーん、と困った顔をする。
「事前調査はあなたたちに任せるわ。…私は早いところ現場に行ってみたいわね」
 田中緋玻は初めからその予定だったらしく、手紙の中にある橋の住所を書きとめてメモをポケットに突っ込んでいた。他の心配するような視線にも綺麗な蒼い目を細めて笑う。
「…まずは幾手にか分かれた方が良いでしょうね。しかる後に落ち合う事にしましょう」
「俺はそれで構わねえよ。誰が組む?」
 神山隼人の言葉に、和田京太郎が肩を竦めつつ皆を見回した。

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「あ――ここですね」
 現地に程近い図書館を見つけ、シリルが指差す。こぢんまりとしてはいるが、比較的新しいらしく設備は整っているようだ。
「まずは、探してみましょう」
「はい」
 凪砂の言葉にシリルがこくっと頷いて、風俗・文化の棚へと移動し、2人で棚の中の本を眺めていった。目当てのものに近そうな題があれば引き出して内容をざっと調べ、駄目なら戻して次の文献へと移動する。その繰り返しで数冊見つけて閲覧室へと移動した。奥には2台程パソコンも見え、制限時間付きではありながらネットの探索も出来そうで。それを確認してから2人で頭を寄せ合い、見つけた本をぱらぱらとめくっていく。
「あら…まあ」
 元々凪砂はこういったモノにも興味があるらしく、古い文書の類に目を輝かせて見入っている。時々感心したような声を上げてみたり、どうやら自分の持つ知識と違うのか複雑な表情をしてみたり。
 シリルは大人しく、邪魔をしないよう自分の目の前の本を必死で探していた。
「――これは?」
 やがて、見つけ出したのは…地方の風土記の一部分。凪砂が自分の調べていた部分をカードで挟み、シリルの指差す部分を見つめる。顔を寄せられたシリルが一瞬おや?と言う顔をしたが、すぐに元に戻り、
「…何度も氾濫し、流される橋を作り直すために人柱を立てた…ってありますけど」
「川の神への捧げ物」
 ぽつり、と凪砂が呟く。
「――場所は…橋をかけた場所ですから、この川沿いにいくらでもありますけれど」
 昔の地図と現在の地図は位置も名称もずれている事が多い。はっきりと場所は特定できないが、と残念そうにシリルが続ける。
「けれど、ありましたね。…人柱、ですか」
 誰かの犠牲になること。
 それを美しいと言うものも居るが、この場合は…大抵、強制的に行われることが多い。
 例えば罪を犯したもの。其処に居ることを拒絶された者。
 ――元々、橋は切断された場と場を繋ぐものだ。其れは、『異なるもの』を通してしまう道を作ること。異文化…ある意味では、異界そのものと場を繋げてしまう楔になる。其処に埋められた者がいたとするなら。
「おかしなことが起こるのも…ある意味では当たり前ですか」
 シリルの言葉に、説明していた凪砂がゆっくりと頷いた。
 次に、ネットに向かう。此処は虚実取り混ぜた情報が交錯する、情報を集めるのには最適の場所。全て鵜呑みにすることも、全て否定する事も出来ない場所。
 カタカタ、と凪砂の静かなキーを打つ音だけが辺りに響く。
 ――そう言えば、と不思議なことに思い至るシリル。冬休みともなれば、受験シーズン。暖かな空調の効いた図書館、ざっと見た感じ資料や参考書の類の揃いは悪くない。にも関わらずこの静けさはなんなのだろう。まるで…。
「…気付いているのかもしれないですね」
 シリルの呟きに、画面から目を離さずにいた凪砂が後ろを向かずにふ、と小さく笑った。
「本当は、気付いている…あってもおかしくないですね?…ああ、これかしら。柚木さん」
「あ、はい」
 呼ばれ、肩越しに画面を覗く。
 『縁切り橋の噂』
 まず、毒々しい色のそのタイトルが目に付いた。
 続けて、文章を食い入るように読む。
 ――どこかにある橋の下に、別れたい相手との思いの篭った品を捧げること。願いが叶えば相手との縁を永遠に切ることが出来る――
「これって…」
「…その下の注釈も」
 ――熱心に探す者も居たらしいが、その後見つかったのか見つかっていないのか、連絡が途絶えている――
 2人で、静かに顔を見合す。
「…杞憂だと、いいんですけどね」
 そっと呟いた凪砂も、その言葉を聞いたシリルも、言いようのない不安感に顔をしかめていた。

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「――どうだった?」
 人が集まったところで、其々の見つけた手がかりらしきものを交換する。中でも、奇妙な噂と行方知れずになっている女性の話が皆の顔をあまり芳しくないものに変えていく。
「両方とも、『消息不明』なんですよね…」
 ぽつり。
 皆の考えを代表するようにシリルが呟いた。
 ――厭な、とても厭な予感がする。
「急ぐか。…今更…いや、ンなこと言ってられねえ」
「そうね」
 少しでも。
 焦りが――消えるなら。

 自然、早足になる。
 それなのに、なかなかたどり着かない感覚が、何故かもどかしい。
 そのうち――。
「……」
 ぴた、っと足を止める、何人か。
 橋は、もう――見えているのに。
「――なんだ…この感じ」
 遠目にしか見ていなかった尚道達が、眉を顰める。
「さっきより、強くなってないか?」
「――ですね」
 先程までこの辺りで聞き込みをしていた京太郎と隼人の2人も、不思議そうな顔をしている。
 感じられるのは、
 奇妙に強い、拒絶感。
 それと、もうひとつ――其れは、何なのか良く分からないが。
 何かしらの違和感。例えようのない其れは、強いて言えば――自分のものでない肌を、いつの間にか身に付けさせられているような。
 ざわざわ、と。
 首筋が、背中が、ざわめいている。
「――ふぅ…」
 凪砂が、小さく息を吐きながら額にそっと手を当てた。

 キィィィィ――――ン
「―――っ!?」
 激しい、軋みに似た、音。そして、橋桁付近から溢れ出す、まばゆいばかりの光。その場に居た皆がぎょっとした顔をし、顔を見合わせる。
「な、何?」
「行こう。何か――ヤバイ感じがする」
 行きたくない、というのがその場に居た者の本音だっただろうけど。
 それ以上に、自分達の抱えるわだかまりを何とかしたいという思いのほうが強かった。

「あの辺に、確か、光が…う、く…っ」
 メイカが指差しかけて、その手を口元に持っていく。
「――大丈夫?無理はしないほうがいいわ。この場は――普通じゃない」
 メイカを庇うように、緋玻が力の焦点を、橋のたもとを睨みつけた。他にも、軽く顔をしかめたり同じように口元に手をやる者もおり、この場の異様さを強調しているように見える。
「…誰か、いるぞ…何モンだありゃ」
 京太郎が呟いた。其れに気付いていた者もそうではない者も、急ぎ足で道路から河原へと降りていく。
 写真で見るよりも、遥かに不思議な景色。丁寧に積み上げられた品物と、その間に点在するマネキン達。遠目では動いているようにも見えたが、今は橋桁を取り囲むような位置に立ったままぴくりとも動かない。
 そして、そのマネキンの前に立つ、3つの影。
 近寄れば分かる、その…姿。
 3人のうち、1人は唯一人間に近い、が…それでも、ヒトに見えない。表情の読みにくい顔と、血の気の通っていないような肌。傍目にも分かる大薙刀を手に、近寄ってくる皆に顔を向けている。そして、その脇と上にいる、2人は。
 明らかに、ヒトではない。
 機械に見える体。意思は通じるのか、やはり此方を向いたまま、警戒しているのかしていないのか全く読めないその姿は、敵か味方かさえ判断が出来ず、戸惑う。
 ましてや、相手側も此方を観察しているとなれば、尚更。

「…お前達…何モンだ?」
 尚道が、眉を顰めながら口を開く。ずいと足を踏み出し、3人を牽制するかのように睨み。
目の前にいる、一番人間に近い男がふぅ、と見え見えのため息を付いて肩を竦めた。
「ヒトに訊ねを請う時は、まず自分から…そうじゃないのかな?」
「っ」
 尚道の顔が一瞬で赤くなる。あからさまな相手の挑発を受け流せず、拳と噛み締めた歯にぎりぎりと力を込め。
「こ、こらっ、先走るなっ!」
 京太郎の制止の声も耳に入らないようで、一気に相手に駆け寄っていく。狙いは、にやにや笑っている相手の顔面。
 尚道の拳の周りに、風が巻き起こり…そして。
 ――――。
 期待、或いは待ち構えていた衝撃の音は聞こえてこなかった。其処に有ったのは、大きな盾を構えた機械にあっさりと力を受け流されて呆然とその場に転がっている尚道の姿。
「よっしゃ、いただきっ」
 酷く嬉しそうな声でもう1人の機械めいた体の者が尚道のこめかみを狙うように腕を突きつける。高濃度の魔力が、其処に溜まっていくのが分かり。
「ギルバ、待て」
 だが。
 その行為は、中心人物らしい男の薙刀が、がつんとその者の前面に差し向けたことで止まった。
「何で止めンだよ!」
「まあまあ。――まだ、敵と決まった訳じゃないだろう?それに、戦力を削られた彼は強いわけじゃない。それがギルバのやる事…かな?」
「――けっ」
 言われながら、しぶしぶと腕を戻す。
「命拾いしましたね」
 もう1人は、酷く冷静な声で。薙刀を持っている男は、何故か楽しそうに。
 ――何かあれば一瞬で全力攻撃を叩き込むつもりで居た皆を、見た。

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 ザニー達に話を聞く側と此方で探索を続ける側へ別れ、シリルは探索へと向った。新たに現れた彼らに話を聞いてみたい気もしたが…。
「―――っ」
 くしゅ、と小さくくしゃみをする。近づいていく程に感じるのは、死臭のみで。…少なくとも、生きている者の臭いとは異なっていた。其れとは別に、なんとも形容し難い何かの気配も感じてはいたが。
 其れのお陰でどうにも鼻が効き辛い。
「大丈夫?」
 心配そうに声をかけてくれた緋玻にええ、と微笑を浮かべてこくこくと頷く。
「少し、臭いがきつくて…大丈夫です」
 臭い?と訝しげな顔になったものの、何か納得したのか緋玻が大人びた笑みを浮かべ、
「辛かったら言いなさいね?無理する必要はないわ。此処は…人が来る場所じゃなさそうだもの」
 ぽん、と軽く肩を叩いて別の方向へ歩いていく。
「はい」
 ありがとう、と言葉を続けながら、シリルも探索を再び開始した。
 ――それにしても、凄い量。
 きちんと積まれているのに腰くらいまでは優にある高さの品々を見ながら、その中身にも驚きを隠しきれない。ブランド物のバッグ、スーツ、それに宝石類まで。
「…捧げモノみたいって、本当ですね」
 全く誰にも手をつけられた様子がないそれらの品を見ながら、ん?と別の『匂い』にふと顔を上げた。
 マネキン達でバリケードを張られた、その奥。
 転がった姿のままのマネキンが、ちらちらと見えた。新しい匂いは其処から漂ってくる。
「ん―――」
 近くにある酷い匂いに顔を顰めながら、嗅覚を最大限に発揮させる。――気絶しそう。
 が。
「…生きてる…?」
 あまりの匂いに涙の滲んできた目をしばたたかせながら、鼻を押さえて呟く。奥にある数体のマネキンから漂ってくるのは、死臭ではなく、街で見かける本物のマネキンの匂いでもなく――生きている、人間の、女性のものだった。
「――カメラが見つかったって?何処だ?」
 その声の様子に見ると、緋玻と尚道が真剣な様子で言葉を交わしていた。ぱたぱたと近寄り、話を聞く。どうやら心当たりのある品物を緋玻が見つけたらしく、奥のマネキンを指さしているのが見えた。
「――それって、奥の新品に見えるあれですか?なんだか、生きてるようなんですけど…」
「何ですって?生きてる?」
 写真を撮っていた京太郎も近寄り、慌てて街の方へ手で連絡を送る。
 どうやらカメラを持っているマネキン達が生きているらしいとの話を纏めると、会話を続けているザニー達へ走り、事の次第を報告した。
 何故か楽しげに、彼らも手伝いを申し出て来たのがこの際ありがたかった。何が出るのか分からなかったから。

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 再び、橋桁方面へと向かって行く。今度は、全方向から――人数が増えただけ、護り手、マネキン達も数をばらけて配置しなければならない。あれだけ建ち並んでいたマネキン達も、1人に対しては数体が精一杯。ただし、其れに取り付き、覆い、動かしているモノは空気が凝る程多く…マネキンが1体破壊される度に別のマネキンへと纏わり付く為、数が少なくなればなる程其の気は悪意を帯びて激しくなっていく。
 しなやかな動きで蹴りを何度も繰り出しながら、シリルはいつの間にか呟き続けていた――ごめんね、と何度も。
 目の前でぎくしゃくと操り人形のように動いているそれらが元はなんだったのかを考えるたびに、胸が痛む。
 蹴りを受けたマネキンがへしゃげる度に、まるで自分が攻撃を受けているかのような気が、した。
 ――――!?
 不意に、なにかの力が弾けて、周りの人間全てが其処を見た。懸念されたのは、『敵』からの攻撃。だが、其処に居たのは皆から凝視されて困ったように照れて俯く凪砂の姿で。何が起こったのかは分からなかったが、足元に転がるマネキンの残骸を見て、何らかの力が爆発したのだろうと思う。――そう考える前に浮かんだ畏怖の感情に戸惑いながら。
「――疲れたなら、下がっていいんだぜ?」
 何体のマネキンを破壊したのか、考える頭も麻痺しかかってきた頃、脇から来た1体を避けきれずに身を丸めて衝撃を待つ。――が、いつまでも其れは訪れず…楽しげな尚道の声に目を開いた。その手には、たった今破壊されたばかりのマネキンの首がある。
 はい、と答えてシリルも後ろへ下がる事にする。
 見ると、攻撃組と見学組に別れ始めているようで、見学している者達はこれまた熱心にカメラを構え、中央から周りまでを念入りに撮影し続けていた。
 ――尤も、ギルバだけは未だに飛び回りながら攻撃を繰り返していたが。

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 ようやく、数体の全く動かないマネキンを除いて全て排除した皆が、中央にゆっくりと近寄っていく。全てのマネキンから弾かれ、次第次第に中央へ――橋桁へ寄せ集まり、空気をゼリーのように凝らせた其れは、しきりに地面のある箇所へ潜り込もうとし、果たせないで身を揉んでいる。
 その間に凪砂に頼まれ新品同様のマネキン数体を、隼人とメイカに手伝ってもらいながらなるべく遠くへ…川際へと運んでいた。確かに、今までのマネキンと違う。――手の中で、微妙に暖かさが伝わってくる。その中には、カメラを胸に下げた者もあり、先程言っていたカメラがどうとか言うのは此れのことかと首を傾げながら。
 向こうでは何か見つけたのか、尚道が屈み込んで何かを始めていた。
「…でも…このままでは…生きている、とは言えませんよね」
 メイカの言葉にこくっと頷いたシリルが、衣装を着たままのマネキンのすべすべした顔に触れる。
「こんなに、暖かいのに…あら、どうかしたんですか?」
 丁寧にマネキンを並べ直した後で立って周りを見回していた隼人が、ん?と眉を寄せながら橋桁を見つめている。どうしたのかとその声に向こうを向いた2人の耳にも、どよめきが聞こえてきた。そしてそれと同時に。
「――」
 ぞくり、と。
 肌が、酷くざわめいた。
 メイカが立ち上がり、ぱたぱたと皆のいる方向へ駆けて行く。
「――雨柳さんは?」
「あたしはここで…この方達に何かあったら、大変でしょう?」
 せっかく…『生きて』いるのに。
 そうですね、とシリルが呟いて、にこりと笑いかけてくる。
 隼人も動かずにいたが、特に何をするでなく。ただ向こうでざわめいている皆を静かに見ているだけ。まるで静観しているようだ、と凪砂達は言葉にせず、目で語り合った。

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 ―――ざわざわ。
 ざわめきは、次第に大きくなっていく。此れは――人の声とは違う、別の…。
 きゅ、と凪砂が自らの腕を軽く、爪を立てるように掴んだ。
 ぞくっ、と、シリルがその動きにどういうわけか背筋を凍らせる。そして、其処から目を背けてマネキンを見た途端、先程までなかった部分にひびが入っているのが見えて――同時に、自分の体から力が抜けて行くのを感じて、唇を噛みながら手の平に爪を立てた。傷口からつぅ、と溢れてくる血を躊躇いなくマネキンの肌の上に乗せる。
「雨柳さん!」
 じわりと浮き上がった血は瞬く間にマネキンの肌の中へ吸い込まれて行った。切羽詰った声に凪砂が振り向いたのを感じたが、それ以上言葉が続かずに次々と浮き上がってくるひびに傷口を走らせるのが精一杯になってしまっていて。
「また…っ」
 シリルが僅かに顔をしかめつつ、今度は顔部分に手を当てる。少しして手を離した其処には、ひびはもう無く…只、表面が少しばかり、赤く染まっていた。
「…少し、手伝いましょう」
 それまで黙って皆の様子をどこか楽しそうに見守っていた隼人が、手をす、と広げて口の中で何か呟き始める。
「――あ…」
 不意に。
 奇妙な脱力感にあった凪砂とシリルが同時に声を上げ、隼人を見た。隼人は薄く笑みを浮かべ、何かを押し留めるような格好で2人に微笑んで見せた。
 そして、余裕が出来たシリルが元凶とも言える橋の側を見て小さく喉を鳴らし。
「な…何なんですか、あれは」
 震える声で奥を指差す。
 其処にいたのは。

 ありえない程の大きさの、赤ん坊。
 次第に大きくなって来たのだろう、宙に浮いて。まるで、胎内にいるかのように身を時々捩りながら。そして、更に成長しようとでも言うのか、手を、伸ばして。
 大きくなればなるほど、空気が、否、皆の精気が吸われ、喰われて行く。…すぐ近くで転がっていたマネキンの指先がぼろぼろと壊れ、細かな欠片になって地面へ散らばっていく。

 が。
 膨れ上がったその姿は…次第に、歪んで、行った。吸い込む力そのものが衰えることはないが、『正常に』大きくなるには、吸い込む者達の『気』の大きさが障害となるのか…その姿は、痛ましさすら催させる程、いびつで、哀れな…塊へと、変化していく。もう…止めることも、元に戻すことも出来ず。

 遠目から見ていると何が起こったのかは正確にはわからなかったが、その時、何かがきっかけとなって数人が飛び出していったのは分かった。
 ――不思議な光景だった。
 光り輝く翼が宙に出現している。きらきらと輝く粉を撒き散らしたそれはその体にぴたりと張り付いて、僅かの間…更に膨れるまでの間吸引を弱め。
 宙を舞うギルバが中心に向って腕を向け、周りを飛び回りながら何度も何度も魔力の塊を打ち込んでいき――その僅かに開いた穴に、京太郎が巨大な雷光を叩き込む。
「――オォォォッッ!」
 身体をくねらせて痛がるその巨大な塊に、尚道が――何度も攻撃され、穴だらけになったその裂け目へ、叫び声を上げつつ思い切り念を込めた力を、送り込む。
 それはまるで、巨大な手のような力。
 地面にしがみ付くような格好の尚道が、更に背中をぐん、と丸めた。見事な黒髪が一瞬宙に浮き、そして。
 ――――――――オ…ァアァァアアアア!!!!!!
 子供のモノでは決して無い、恐ろしい程の呪詛を込めた悲鳴と共に、其れは内側から弾け飛んだ。

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「……」
 デジカメに映るのは、只の…乱雑な、品々と…不気味に転がる体の一部だけ。
「終わったんですね」
 呟いた凪砂が、深呼吸を繰り返す。
 あの赤ん坊が何か良く分からないが、アレが消えた瞬間から空気が一気に軽くなった。
 シリル達は見てはいないが、骨もあったという。其れを写す間も無く消えてしまったのだと少しばかり悔しげに言われ、何と返して良いか分からずに苦笑を浮かべ。
 そして、あの後同時にぽろぽろと――殻が剥れるように数人の体から白い膜が落ち続けていた。その下からは、げっそりとやつれてはいるものの正常な呼吸を繰り返す女性達の姿があり、それだけは――それだけは、今回の事の救いとなった。
「病院に運んだ方がいいでしょうね。…衰弱しているようですし」
 良かった、と呟きながらもシリルが痛ましげに後ろを見やる。その意味は、皆も良く分かっていた。恐らく、自分達が壊したあの数だけ…。
「それでも、これ以上増えるよりは良かったと思いません?…助かった人もいるんだし、それに」
 メイカがにっこりと笑って、
「投稿してくれた人がこの人なら――この人のお陰で、他の人も、この場も助けることが出来たんですから」
「そうね。――そろそろ、救急車が着く頃だわ。何人かは離れていた方がいいわね。巻き込まれるわよ」
 見た目がきちんと大人になっている3人を除き――いや、それ以上にヒトとは異なる姿をしている者もおり。緋玻は其方にちら、と涼しい目を送りながらにっこりと笑いかけた。

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 その後の事は、事後調査を行った三下達からの報告で多少は明らかになった。
 発見された数人の女性のうち、カメラを持っていた女性はまさしく行方不明になる直前にアトラスへ写真を送りつけた者で――麗香自らのお見舞いにやたらと感激していたと言う。
 他の数人は、噂を聞いてあの場所を探していたらしい。どうやって探り当てたのかは記憶が曖昧になってしまっていて良く分からなかったそうだが。
 更に。例の場所に違和感を感じなくなった途端、失踪リストがぞろぞろと見つかったのだ。まるで、今まではその存在すら世界から切り離されていたように。
 そして、もうひとつ。

「――此れが、原因かどうかは分からないけれど」
 そう言いながら麗香が差し出したのは、数年前の小さな新聞記事。
 其れは、生まれたばかりの子供を邪魔がって殺し、産着ごと橋の下に埋めた母親が捕まった、との事件を報じたモノだった。
 その遺体が見つかった場所が…あの、不可解な空間を作り出していた橋の、下。
「只ね」
 皆の報告書と何人かが撮影したかなりの量の写真を満足げに見た後で麗香が呟く。
「産着があったって言ったわよね。…事件だから、当然押収されていた筈なのよ」
 写真にも残っている、最早元の色など全く分からないモノ。これは消えずに残っていたのだが。
「もしあの産着がそうだったとしたら…埋めなおしたのは…誰かしらね」
 ――最後に呟いたその言葉は、皆の耳に静かに残っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1837/和田・京太郎 /男性/15 歳/高校生                】
【1847/雨柳・凪砂  /女性/24 歳/好事家                】
【1974/G・ザニ−  /男性/18 歳/墓場をうろつくモノ・ゾンビ      】
【2158/真柴・尚道  /男性/21 歳/フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【2165/梅田・メイカ /女性/15 歳/高校生                】
【2240/田中・緋玻  /女性/900歳/翻訳家                】
【2263/神山・隼人  /男性/999歳/便利屋                】
【2319/F・カイス  /男性/4 歳/墓場をうろつくモノ・機械人形     】
【2355/D・ギルバ  /男性/4 歳/墓場をうろつくモノ・破壊神の模造人形 】
【2409/柚木・シリル /女性/15 歳/高校生                】


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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「贄」を、お送りします。
お正月休みと言う事もあり、少し大きめの物語を作ろうかと計画していたのですが、どうだったでしょうか。個人的には年末年始にこんな物語を書いて良い物かと疑問に思ったこともありましたが。
この話が皆様のお年玉になることを願っています。

さて、今回のお話は、大きく分けて二つのグループから成っています。ひとつはアトラス側からの参加者、もうひとつは別の場から誘い出されてきた参加者に。もし興味があれば、別視点からの物語も御覧下さい。

麗香さんは満足だったかもしれない今回の結果、ですが問題はまだ残っています。…実際、ゴミは散乱&山積みのままです。どうなるのでしょうね。三下さんが泣きながら掃除でもするんでしょうか。
それはまた、別の話になりそうですが。

それでは、また機会があれば別の物語にてお会いしましょう。
今回の参加、有難うございました。

間垣久実