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贄(にえ)
------<オープニング>--------------------------------------
「何コレ?」
少し離れた所から望遠で撮ったらしいその写真には、橋桁の下にうず高く積まれているモノをくっきりと写し出していた。
「投稿写真です。不思議な場所があると」
見た目は薄汚れた、ゴミにしか見えないものだが、よく見ると普通むき出しで捨てないようなものばかりが写っている。
更に。
「えーと、コレはぬいぐるみかな。こっちは…これって、ウェディングドレス?何でこんなものが…」
林立している、マネキン『たち』。大人から子供まで、様々なポーズで色とりどりの服を身に付け。
「こっちは子供服みたい。食べ物の類は見当たらないわね」
「珍しいゴミ捨て場ですね」
「…ありえないわよ。空き缶も弁当の殻もないゴミ捨て場なんて。この山を見る限りじゃ、案外拾い物もあるかもしれないって言うのに山を崩した様子すらないのよ?」
きっちりと、積まれたモノの山はある種の法則さえ感じさせる。その合間に立っているマネキン達も、意味ありげで。
――厭な、感じ。
眉根が寄って行くのを止めることが出来ずにいる。写真の中で、橋桁を囲うように捧げられた――捧げられた、という言い方がしっくりするその山は、あるモノを連想させた。
――例えば、神…或いはその眷属に対する、貢ぎもののような。その割には食べ物の類が写真を見た限りでは見当たらないのが不思議だったが。
「どうします?」
「…何人か集めて調査を頼んでおいて。写真とレポートの提出は必須でね」
「わかりました」
「ふー…」
――ふと。
違和感に気付いたのは、偶然だっただろうか。
もう一度写真を見つめた時、麗香は――産毛が逆立つのを止められなかった。
マネキン達は。
望遠で撮っている筈の――この、カメラに向けて。
全員が――顔を、向けていた。
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「ん?」
森の奥深く、自分達が護る場――墓場に、また侵入者がひとり。
其れを感じてD・ギルバがちらっとその方向を眺める。いつでも相手になれるよう、入り口の近くにいたのが幸いしたか。だが、
「――なんだ。遊べねぇのか」
つまらなさそうに呟くとそのままくるりと踵を返した。
目的が遂げられないのなら、放置するのが一番と、侵入者に背を向け別の場所へ移動する。
どうせ、ザニーあたりが始末するだろうと思いながら。
その考えが間違っていたことを知らされたのは、侵入者の気配が去る前に名前を呼ばれた後だった。
「あぁん?」
面倒くさげに近寄ってみれば、未だ消されずにいるゆらゆら揺れているモノの前に、ザニーとカイスの姿。
「ザニーはアレを追いかけたいだが、付いてきてもらえないかね?」
「帰すことに異論はありませんが…付いていくことに、理由があるのですか?」
カイスの問いに、ザニーがゆるりと首を振る。
「だが…気になるとは思わないかい?」
青い瞳…カイスのアイ・センサーが、多方向から其れを見つめたのが分かった。この、どう見ていいのか分からない存在をどう扱っていいのか、一瞬迷ったらしくザニーの言葉にすぐには返答が無く。
「何でンなことしなきゃなんねぇんだよ。行くならてめぇらで行きゃいいじゃねえか、ええ?」
人間ならダルくて堪らないという顔でもしたのだろう。嫌そうな声でギルバが応じる。だが、ザニーは不思議そうな顔もせず、
「このところ暇なんじゃないのかい?…いいよ、行かなくても。万が一好敵手が現れたとしてもザニー達には関係ない事だしなぁ」
意地の悪い声でそらっとぼけるザニー。その声に笑みすら含みながらカイスを従え、ゆらめく塊の手?らしき部分を引きながら、来た跡を辿っていく。
「――ち…クソ。何もなかったら、てめぇを代わりにぶっ飛ばす。それでいいな?」
「…そのときは、ね」
ザニーの言葉に含みを感じ取り、ザニー自身苛ついているらしいと気付き、ふぅん、と楽しげな声を洩らし、それなら良いかと目の前を行く連中よりやや後方上から付いて行くことにした。
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人気の無い場所を選び、3人…4人?が、移動していく。辿ってきた細い道はカイスの視線で捉え、辺りの人影については上空からのギルバの目が物を言った。ギルバ自身は不服そうで、ずっと愚痴をこぼし続けていたが。
そして――辿り付いた、場所。
「…なんだぁ、此処は?」
不審そのものの声で、ギルバが皆に問い掛ける。
その答えに返す返事は無い――ゆらゆらとしている其れはともかく、ザニーもカイスも言葉を失っていたからだ。
人の気配が次第に薄くなるのは、近づくにつれ分かっていた。それと同時に、この生霊?に対する感覚と同じ奇妙な違和感が逆に膨らんでくるのにも、だ。
空気はひたすら重く。
空は、暗い。
色とりどりの物品はきちんと折りたたまれ、或いは箱ごとに整理され積み上げられている…橋桁に向って、規則正しく。
その間に並んでいる、人の形をした、人ではないもの。
――そして。それ以上に、この場にひしめいている…墓場へやって来たモノと全く同じ、異質極まりない存在たち。
「…食事には、ならないのかな」
思わず呟いたザニーが手を伸ばしかけ、そしてやはり、躊躇うように手を止めてしまう。
悔しいのかぎりぎりと歯を噛み締めたザニーに、ギルバがざまぁみろ、とでも言うようにせせら笑った。
「妙ですね。…盾が反応しています」
カイスの魔力を跳ね返す力を持つ、片方の盾が微妙な振動を繰り返している。まるで、細かい攻撃を受け続けているかのように。
「敵か?」
ギルバが嬉しそうな声を上げかけ、だががっかりしたような声になって、
「――弱けりゃ、意味ねえか」
くそっ、と手近にあるぼろぼろのマネキン一体を、腕を振り上げて殴りつけた。がしゃん、とあっけない音を立ててマネキンの頭が砕け、河原に転がっていく。…途端。
―――――!!
「…何っ?」
次の瞬間、カイスとギルバの2人が、見えない手で殴られでもしたかのように川の方へと吹っ飛ばされた。ギルバは宙で体勢を整えなおしたものの、カイスは水辺ぎりぎりで止まりながら呆然としている。そうだろう、カイスの持つ盾は、魔力、物理、両方を弾き返す能力があるのだから。
「て――てめぇぇ!?何処だ、出てきやがれっ!!」
ギルバが怒鳴りながら、中心部――橋桁へ向って突進する。カイスの制止も、ザニーの言葉も聞かず――そして、
バキィィィィン!!!
激しい音と共に、光が、散った。
「な、にっ!?」
感じたのは、凄まじいまでの拒絶感。酷く固い其れは、魔力の塊である自分を跳ね返し、そして。
がし。
がしゃ、がしゃ、かつん。
槍衾のように両腕を掲げたマネキン達の腕が、ギルバの体の隙間に次々と刺さっていった。幸いなことなのか、先程の衝撃での破損箇所は殆ど無い。寧ろ、今擦れ合っている関節部とマネキン達の固い腕や指が、ごりごりと擦り傷を作っているのが気になるくらいで。
只、その衝撃のショックで反応が遅れた今は、大人しくこの無表情の連中に運ばれるしかなく、それは酷く屈辱的なことだった。
「は、離せ、離しやがれてめぇら!」
マネキン達はギルバを神輿のように担ぎ上げて…何も無い、石ころだらけの河原の上に、ぽいっ、と投げ捨てる。
カイスの直ぐ脇にがしゃんと転がらされたギルバが、カイスの手助けで起き上がり、再び宙へと浮いた。
「クソ、クソ、クソッッ!…魔砲弾と邪砲弾の許可をクレッ、あいつ等全部吹っ飛ばしてヤルッッッッ!!!!」
――無理だと、分かっていて、怒りを込めた怒声を上げるギルバ。其れを呆れた顔で見ながら、ザニーが肩を竦めた。その真後ろには、マネキン達がじっと壁を作って…表情のない顔で見つめて居る。
そこに。
「……、…に、……っ」
「…困りましたね。今度は…正真正銘、ヒトが…7体。どうしますか?」
遠くから聞こえた声にカイスが『目』を向ける。そこから導き出されるモノと問いに、ザニーはどうしたものかと考え込み、ギルバが関係ねぇとわめく。
「逃げるのは性に合わない。少なくとも、ギルバだけを残すよりは…ね?」
にやりと引きつった顔を浮かべてザニーが声の聞こえた方向を向いた。…此処に居るモノたちが、ざわ…っ、と一斉にざわめいた声が聞こえて来る。更に、新しい何かの『力』の存在も感じられる。
「面白いことになるかもしれない」
「…全て異能者ですね。その点では安心できます」
――多少、『事故』が起こっても、とカイスが小さく呟き、ギルバは――人間ならば血走った目になっていただろう。煮えたぎる激情のはけ口を求め、飢えた目で全てを見回した。
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「――っ」
建ち並ぶマネキン達は、何時の間にか位置を変え、橋桁を取り囲むようにぐるりと立っている。其処に新たに来た7人の男女のうち、何人かは口元を手で覆って居た。
――だろうな、とザニー達は冷静な頭で考える。
只の重い空気とは違う。自分達が何時も傍にある死の気配とも違う、完全な違和感。それは、全ての能力を狂わせる元にもなり兼ねない。…第一、体が受け付けない。今来たばかりの彼らは、その点では『正常』だと分かった。
しかも、迷い込んだ訳ではなさそうだ。
「…お前達…何モンだ?」
血気盛んな若者が1人、ずいと足を踏み出してザニー達3人を睨みつける。なるほど、どうやら異質極まりない彼ら3人をまず、不審に思ったらしい。ザニーがふぅ、と見え見えのため息を付いて肩を竦める。
「ヒトに訊ねを請う時は、まず自分から…そうじゃないのかな?」
この場の気に当てられているせいか、相手はあっさりと顔を赤くして飛び掛って来た。後ろで制止の声が聞こえるのは此方でも先程起こったこと。ザニーがにやりと笑う間に、カイスが物言わず盾を構え前を塞ぐ。予想外は、相手の速さだった。だが、それも――風を織り交ぜた攻撃も、弾いてしまえば…残りはあまり戦闘能力に秀でていないカイスでも流す事は出来る。
「よっしゃ、いただきっ」
嬉しそうにギルバが力を跳ね返されて目を見開いている相手の前に魔力の塊を内臓した腕を突きつける。ここから頭へ向けて放出すれば…終わる。
「ギルバ、待て」
其のチャンスを――ある意味、唯一優勢なまま倒せるチャンスを、ザニーが大薙刀をがつん、とギルバの前面にぶつけて止めた。
「何で止めンだよ!」
「まあまあ。――まだ、敵と決まった訳じゃないだろう?それに、戦力を削られた彼は強いわけじゃない。それがギルバのやる事…かな?」
「――けっ」
言われながら、しぶしぶと腕を戻す。それが正解と気付いたのは、その後。
「命拾いしましたね」
カイスの言葉にギルバが向こうを見ると。
来た者達の半数が、戦闘態勢を整え…更に、能力を全解放するために気を押さえつけているのが見えた。
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「――追いかけてきただけ、ですか」
ザニー達がこの場にいる理由を聞いて、凪砂が不思議そうな顔をする。一通り名乗りあった後でのこと。探索を繰り返している者達と、ザニー達の傍で質問をする者達へとりあえず分けたらしい。
「そう。気になったからね…只の霊体じゃない、そうだろう?」
其れは、此処に来た者達のほとんどが感じていたことだったようで、こくこくと頷く。
「気持ちは良くないのですよね。けれど、どうにもその正体が掴めなくて」
悔しいのか、それとも他の何かの理由があるのか、凪砂が時々ごく僅かに顔を顰める。それは、よく気を付けて見ないと分からない程度のものだったが、その度に一瞬だけ目の前の女性の気が膨れ上がるのが感じられて、ザニーが面白いな、と口の中で呟いた。
「…カメラが――」
なにやら、ざわっと向こうが騒がしくなった。カメラ?と首を傾げるザニー達に、凪砂も良く分からないのかさあ、と後ろを振り返る。
「雨柳さん、やっぱり此処に居るモノたちの殆どは――死んでいるみたいです。けれど、どうにも…確証が」
シリルが顔を顰めながら早足でやって来た。気分でも悪いのか、鼻をしきりに擦りつつ、ため息を付く。
「――殆ど?それでは…まだ、生きている可能性のある方も?」
「ええ。…多分、橋桁すぐ近くにあるマネキン数体が…アレだけは、凄く新しくて、綺麗ですから」
それに、臭いも、と言いつつシリルが再び嫌な顔になる。
「大変。それでは、解放して差し上げないと可哀想だわ」
こくっ、とお互いに頷きあって探索を続けている方向へ向いかける凪砂達へ、
「手伝おうか?」
ザニーが、のんびりと声をかけた。くるりと振り返った凪砂達が不思議そうな顔をする。
「え、でも…」
「――生きている者は帰さなければならない、そうでしょう?」
其れだけははっきり理解出来るカイスが言葉を続け、
「そうそう。で、邪魔する奴ぁぶっ飛ばせばいいんだ」
ごきごきと機械の身体を鳴らしつつ、ギルバが嬉しそうに――ある意味、酷く無邪気に言い放つ。
「敵対するのは本意じゃないからね。ザニー達は雨柳達の目的の邪魔はしない。それだけは約束するよ」
かしゃん、と。
大薙刀の石突を河原に打ち付けて、ザニーが表情の読みにくい顔でにやり、と――微笑んだ。
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再び、橋桁方面へと向かって行く。今度は、全方向から――人数が増えただけ、護り手、マネキン達も数をばらけて配置しなければならない。あれだけ建ち並んでいたマネキン達も、1人に対しては数体が精一杯。ただし、其れに取り付き、覆い、動かしているモノは空気が凝る程多い。
――上等。
目の前に来たマネキン達を『攻撃可能な敵』と認識するや、ギルバは嬉しそうにくくっと笑い声を上げてふわりと浮き上がった。皆よりも僅かに高い位置から、2本の腕を振り上げ、勢いをつけて高みから降り降ろす。
ぐしゃっ、とあっけない音を立てて崩れ落ちるマネキン。細かい欠片がぱらぱらと体にかかるがそんなことを気にするギルバではない。
…只、自分の、単なる腕の力だけでぐずぐずに崩れてしまうその張り合いの無さに何かやりきれないものを感じてはいたが。
――?
ふと。
目の前で崩れ落ちたマネキンから抜け出た何かが、隣でぎくしゃくしているマネキンの体へ潜り込んだ途端、その動きがスムーズになったように感じた。
気のせいか?
そう思いながらもかかってくる別の1体を、頭のてっぺんから胴体に沈み込むように肘をめり込ませて足元に落とす。その途端、脇から思いがけない速さで手刀が飛んできた。
「!?」
がつ。
頼りない音ながら、その狙いは的確。脇の関節部を狙ったものなのだろう、だが、その程度のスピードと固さではギルバに傷一つ付けることは出来ない。…とは言え、やや戸惑いがちに技を繰り出してきた方向に頭を向ける。
――どう見ても、先程のマネキン達と同じモノが、其処に立っていた。
違いを上げるとすれば、肌艶…とでも言えばいいのだろうか。それが、最初相手にしたモノに比べ格段に良い。
そして。
戦っていると言うより寄りかかってくる、という言い方が正しい今までの攻撃と違い、今度のものは明らかに、ギルバ達を『敵』と認識した動きになっていた。
――――!?
不意に、なにかの力が弾けて、ギルバ達を含む周りの人間全てが其処を見た。懸念されたのは、『敵』からの攻撃。だが、其処に居たのは皆から凝視されて困ったように照れて俯く凪砂の姿で。何が起こったのかは分からなかったが、足元に転がるマネキンの残骸を見て何か納得した顔になる。…其れは、先程感じた『力』だった。
「うらぁっ!」
敵が次第に遊び相手として適していることに嬉々として、自分の目の前どころか他の者の前にわさわさと近寄ってくるマネキンにまで攻撃を仕掛けるギルバ。吹っ飛んだマネキンが空中分解し、ばらばらと様々な品物の上に散らばっていく。
飛び蹴りの衝撃で後ろに吹っ飛びかけたギルバが、高笑いしながら魔力の砲弾を打ち込み始めた頃には、気付けば半数以上が後ろに離れ見学に回っていた。遠目に、何体かのマネキンを抱え河原に並べている者も見え、何をやるつもりか?と一瞬だけ不思議に思う。が。
「――これで…最後だっっ!」
言葉と共に脇から飛んできた頭を上から押し潰す。ゆっくりと上から周りを見回すと、あれだけ整然と並べられていた品々の殆どが山を崩され、まさに『ゴミ』と化していた。
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ようやく、数体の全く動かないマネキンを除いて全て排除した皆が、中央にゆっくりと近寄っていく。全てのマネキンから弾かれ、次第次第に中央へ――橋桁へ寄せ集まり、空気をゼリーのように凝らせた其れは、しきりに地面のある箇所へ潜り込もうとし、果たせないで身を揉んでいる。
「そこ、か」
尚道が嫌そうな顔をしながら、その澱みの中へ手を突っ込み、その下…地面を、素手でざくざくと掘って行く。周りが息を詰め、いつでも飛び出せるように見守っている中。
「――なんだ…これ…」
ややあって、何か黒い布のようなものが現れ、手を入れかけてびくっ、と手を布から離した。信じられないという顔で周りを見、誰に言うでもなく口を開き。
「…何か、いる」
覚悟を決めたのか口をきっ、と結んで布ごとずぼりと地面から引っこ抜き、静かに、布をめくり上げた。
「――う――っ!?」
期せずして、尚道から――周りから上がる、声。
それは、朽ちた古着。開けばぼろぼろ布片が零れ落ちる、その中に。
――――赤ん坊が、ひとり。
透けそうに柔らかな肌、産毛、そして愛くるしいその顔…だが。
「……っ」
ゆっくりと開いた瞳…その色は、邪。
赤い唇から洩れるのは、呪詛。
小さな指を開き、幸せを掴む筈だったその手を突き出して、威嚇する。
――出て行け、と。
完全に生まれ落ちるまで、邪魔をするな、と。
誰からも見捨てられた場で。
存在してはならない場で。
存在を『断ち切られた』者達の生を、精を、糧にして。
小さな、口を開く。
こぉ、と…小さな声は、産声を立てることも許されなかった怒りを、全てに篭めて。
吸い尽くす。
何もかもを。
――思わず、数人が顔を覆う。
指先から力が抜けて行く感覚が、とても気持ち悪くて手に、体中に力を込める。これだけで、耐え切れるだろうか?
相手は、この場を支配しているというのに。
目で見て、分かる。
赤ん坊が、どんどん大きくなって行くのが。
「…成長じゃ、ないんだな」
大きくなればなるほど、空気が、否、皆の精気が吸われ、喰われて行く。…すぐ近くで転がっていたマネキンの指先がぼろぼろと壊れ、細かな欠片になって地面へ散らばっていく。
が。
膨れ上がったその姿は…次第に、歪んで、行った。吸い込む力そのものが衰えることはないが、『正常に』大きくなるには、吸い込む者達の『気』の大きさが障害となるのか…その姿は、痛ましさすら催させる程、いびつで、哀れな…塊へと、変化していく。もう…止めることも、元に戻すことも出来ず。
「――――」
メイカが何か呟いて、懐から携帯電話を取り出し、何処かへ手元を激しく動かしてデータを送信した。その動きが契機となったのか、尚道が、ギルバが、京太郎が別方向から一斉に飛び出して行く。
不思議な光景だった。
光り輝く翼を出現させたメイカが、ぱんぱんに膨れ上がった其れを取り囲むように、きらきらと輝く粉を撒き散らす。それはその体にぴたりと張り付いて、僅かの間…更に膨れるまでの間吸引を弱め。
「其処だッッ、喰らいやがれっ」
ひとつ、ふたつ、みっつ――
宙を舞うギルバが中心に向って腕を向け、周りを飛び回りながら何度も何度も魔力の塊を打ち込んでいき――その僅かに開いた穴に、京太郎が巨大な雷光を叩き込む。
「――オォォォッッ!」
身体をくねらせて痛がるその巨大な塊に、尚道が――何度も攻撃され、穴だらけになったその裂け目へ、叫び声を上げつつ思い切り念を込めた力を、送り込む。
それはまるで、巨大な手のような力。
捻じ込み、内側から裂く為に――地面に爪を立て、髪をうねらせながら、何度も、吠える。額から湧き出した汗が、顎から滴り落ち――そして。
――――――――オ…ァアァァアアアア!!!!!!
子供のモノでは決して無い、恐ろしい程の呪詛を込めた悲鳴と共に、其れは内側から弾け飛んだ。
「…っ」
厭なモノを見てしまうことを恐れたのか、数人が口を閉じて目を逸らす。
だが、其処にあったものは――。
「…只の…赤ん坊の…」
地面に――恐らく、産着だったのだろう、ぼろぼろになった布の中に、初めからいたかのように。
――小さな骨が。
否。
それすらも、
溶けて、消えた。
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昼尚暗い、森の奥。
「………」
腕を組みながら、ふわふわと――入り口近くに陣取っている造られし存在がひとつ。
あれから何日経ったか、数えるのも馬鹿らしいのでそういったことはやっていないが、あれから密かに期待しているのは自分で分かっていた。
久々に暴れられたあの瞬間は、ギルバにとって何物にも変え難いもの。
――だが、そうそうああ言ったモノが――騒動がやって来ることはないだろうと、分かっている。分かってはいるが――。
ため息を付きたいところだが、じろりとその辺りの空を、足元を、周りを睨みつける。どうせ、何時もの如くカイスが隅々まで目を見張らせているのだろうから、その視線の中で自分のこういった格好を見られるのは宜しくない。
先程この場に来るまでに上空から見たところ、ザニーもやる事が無い為か暇そうで、墓石を丁度良い椅子代わりにしていたし。まあ尤も、ザニーの場合は満腹で動けないのかもしれないが、と思いながらふ、と笑い、ふわりと宙に浮く。暇つぶしに入り口近辺を軽く見回りに行こうと考えたためで。
「――」
それでも、期待感は止まない。寧ろ、侵入者が来てくれた方が個人的には有り難い。ザニーがコレを聞いたらとんでもないことだと怒りかねない、いや確実に怒る。
一度、空腹の時に怒らせてみたいものだ。どういう反応を起こすのか…楽しみになる。
思い切り戦わせてくれるなら言う事無しだが…。
「…くく」
まだ未練があるのか、時折入り口や墓地と森の境目に目をやりながら、それでも口元からは楽しげな笑いが小さく響いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1837/和田・京太郎 /男性/15 歳/高校生 】
【1847/雨柳・凪砂 /女性/24 歳/好事家 】
【1974/G・ザニ− /男性/18 歳/墓場をうろつくモノ・ゾンビ 】
【2158/真柴・尚道 /男性/21 歳/フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【2165/梅田・メイカ /女性/15 歳/高校生 】
【2240/田中・緋玻 /女性/900歳/翻訳家 】
【2263/神山・隼人 /男性/999歳/便利屋 】
【2319/F・カイス /男性/4 歳/墓場をうろつくモノ・機械人形 】
【2355/D・ギルバ /男性/4 歳/墓場をうろつくモノ・破壊神の模造人形 】
【2409/柚木・シリル /女性/15 歳/高校生 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。「贄」を、お送りします。
お正月休みと言う事もあり、少し大きめの物語を作ろうかと計画していたのですが、どうだったでしょうか。個人的には年末年始にこんな物語を書いて良い物かと疑問に思ったこともありましたが。
この話が皆様のお年玉になることを願っています。
さて、今回のお話は、大きく分けて二つのグループから成っています。ひとつはアトラス側からの参加者、もうひとつは別の場から誘い出されてきた参加者に。もし興味があれば、別視点からの物語も御覧下さい。
麗香さんは満足だったかもしれない今回の結果、ですが問題はまだ残っています。…実際、ゴミは散乱&山積みのままです。どうなるのでしょうね。三下さんが泣きながら掃除でもするんでしょうか。
それはまた、別の話になりそうですが。
それでは、また機会があれば別の物語にてお会いしましょう。
今回の参加、有難うございました。
間垣久実
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