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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


カウントハッピー

 約束、したもんね。ちゃんと指きり、したもんね。だから絶対帰ってくるの。だって、約束したんだもん。……ちゃんとちゃんと、したもんね?

「……だあ!」
 枯葉の山の中からがばっと起き上がり、守崎・北斗(もりさき ほくと)は叫んだ。枯葉の山は、茶色の髪にまで容赦なく枯葉をくっつけている。それをばたばたと振り落とし、北斗はあたりをきょろきょろとする。
「どうした?北斗」
 北斗と同じく茶色の髪の(と言ってもこちらは頭には枯葉一枚つける事なく)守崎・啓斗(もりさき けいと)が、北斗の目の前に立った。北斗は至極真面目な顔をし、青の目でじっと啓斗を見つめながら口を開く。
「今、何時?」
 啓斗は小さく溜息をつき、時計も見ずに「夜中の2時」と小さく告げる。
「何だよ、兄貴。時計も見ずに正確な時間が分かる訳ねーじゃん」
 不満そうな北斗に、啓斗は冷ややかな緑の目を向ける。
「あのな、ついさっき聞かれてからまだ一分も経ってないんだぞ?そんなにすぐに時間が経つ訳が無いだろう」
「でもさー……」
 北斗はそう言って、体についた枯葉をぱんぱんと払った。啓斗は再び小さく溜息をつき、そっと腰に挟んである小太刀を握り締める。
「今、夜中の2時だと言っただろう?……敵の活動時間だ」
「あー畜生!またあいつとご対面かよー」
 啓斗の言葉に、北斗は勢いづけて立ち上がる。ポケットに忍ばせてある煙玉をそっと握り締める。
「文句言うな。……行くぞ」
 ざり、と地を踏みしめながら啓斗が声をかける。
「ちっ……今日こそ速攻だからな」
 ギリ、と煙玉同士が擦り付けられる音をさせながら北斗が応えた。目の前にある木の向こうで、大きな影が動く。啓斗は姿勢を低くし、勢いをつけて地を蹴った。それをサポートする為、北斗も地を蹴り上へと飛び上がる。
「うおおお!」
 現れた相手は腹に響くような唸り声と共に、向かってきた啓斗を払い飛ばそうとする。それを北斗の煙玉が阻止し、また煙によって集中力を欠いた相手に向かって啓斗が小太刀を振りかざした。
「おおおおおお!」
 相手が今一度、大きく吼えた。

 啓斗が「家計を助ける為にどうしても必要だった」と真顔で取ってきた依頼は、富士山の登山客を襲うという未知の生命体だった。普段は富士樹海に生息し、時々登山客を襲うらしい。普段ならば、結構な人数を使って回りから順に固めていくという手段を取る依頼である。それなのに、その依頼に直面するのは啓斗と北斗の二人きりだった。
「そうすれば、報酬は丸儲けだ」
……と真顔で啓斗が言ったが、それが全ての理由ではない。理由はただ一つ。この依頼が来たのが、一大イベントの一週間前だったからだ。街中がネオンでキラキラし、大きな木があちらこちらに立てられ、またそれも綺麗にデコレーションされ、赤い洋服を来た人たちが溢れかえっている。街行く人は皆、手にケーキやチキンやプレゼントを持って楽しそうに歩いている。……そう、クリスマスである。
「クリスマスの何処が良いのか、未だに分からない」
……と溜息交じりに啓斗が言ったが、だからと言って北斗にまでクリスマスが関係無いと言う事は全くもってなかった。寧ろ、逆。世間に漏れず、北斗には大事な約束をしてしまっていたのだ。幼馴染から一歩ずつ互いに歩み寄った関係となった、石和・夏菜(いさわかな)と。
「なに、簡単だ。約束までに終わらせればいいだけだ」
……とにっこりと笑い、啓斗は北斗の主張を跳ね除けた。しかし、やはり何かを言おうとする北斗に、啓斗はにこりとも笑わず、至極真面目な顔で北斗に言ったのだ。『家計が火の車なのは、一体誰が食いつぶしているからなのか?』と。
 そうして赴いた依頼であったが、北斗の中では話を聞いた時には『楽勝』と呟いた。話の分かる相手ならば諭せばよいし、分からない相手ならば力でねじ伏せる。至極簡単だと、確信していた……が。

「……何の嫌がらせなんだろーな」
 ぽつりと北斗は呟いた。最初に聞いた時、楽勝だと思っていた自分は何処へ行ったのかとふと考える。話の通じない相手だったから、力でねじ伏せればいいと思った。だが、意外にも強かった。否、予想をはるかに越えて強すぎた。腕を一振りして、樹齢何百年という木を軽々と切り倒すなど、反則だ。更に、それで動きが鈍ければまだ良かったが、妙に動きは素早い。あと少しで追い詰めても、逃げられる。富士樹海という場所もよくなかった。隠れる所が満載なのだ。コンパスも使えぬこの場所は、下手すると自分ですら迷いそうな錯覚に陥る。
「口を動かさず、手を動かしたらどうだ?」
 相変わらず相手と格闘しながら、啓斗は北斗に向かって言った。小太刀でのダメージは案外少なく、相手を致命傷にまで追い込むには難儀であった。北斗は腰に挿してある小太刀を持って応戦しようとし……止める。
「どうして……どうしてなんだろーなぁ?なぁ?」
 ぷつん。北斗の中で、何かが弾けた。ポケットに入っているだけの爆薬を全て取り出し、一斉に火をつける。
「馬鹿、北斗!山火事にする気か?」
「いい加減にしやがれー!」
 啓斗の制止も聞かず、北斗は力いっぱい爆薬を投げつけた。途端に広がる、火花。啓斗は慌ててその場を離れ、あたりの木に飛び火しないように見守った。相手は「うおおおお」とただただ叫び、熱さと衝撃に悶える。そうしてだんだん、静かになっていった。
「……よし」
 ぐっと握りこぶしを作りながら言う北斗の後頭部に、啓斗はぱしんと叩く。
「よし、じゃない。飛び火しなかったから良かったものの、もししていたら大火事だぞ?」
「しねーと思ったからさ」
「俺がちゃんと避けなかったら、心中する所だったんだぞ?」
「いやー、兄貴なら大丈夫だと思ったし」
 啓斗は何も言わず、再び北斗の後頭部をぺしんと叩いた。先程よりも強く。
「まあいい。無事に終わったから帰るぞ」
 溜息を一つつき、相手が全く動かないのを確認してから啓斗は口を開いた。北斗は暫く叩かれた所を摩っていたが、啓斗のその言葉にはっとして啓斗を見つめる。
「あ、兄貴!」
「……何だ?」
「今、何時?」
 時計は午前4時を指していた。啓斗は溜息を大きくつき、北斗に教えてやった。妙に疲れを感じながら。

 富士樹海に迷いつつも何とか駅につくことが出来たのは、日が暮れてしまってからだった。富士樹海は二度と踏み入れたくない、と啓斗も北斗も痛感した。うっかり奥の方にまで行ってしまった為、方向がともかく分からない。全体的に薄暗いので感覚も掴めない。そこら中に散らばっている浮遊霊達が、面倒くさい。新幹線に乗る頃には、ぐったりしてしまっていた。
「これで、一段落だな。……ほら北斗、弁当食べるか?」
 車内販売が回ってきていた。北斗はそれをちらりと見てから、首を振る。
「……兄貴……何時?」
「7時だな」
「7時……」
 がっくりと北斗は肩を落とす。思いのほか失ってしまった時間を悔やむように。北斗のお腹がぐう、と鳴る。それでも車内販売に手を付ける事は無かった。

 一方、夏菜は目の前の机に並べられた料理やケーキたちとにらめっこをしていた。
「ケーキ、甘くなく出来たの……」
 ぽつりと夏菜は呟いた。緑の目はじっと机の上を見つめている。
「啓ちゃんも、食べられる……かな?」
 生クリームが口に出来ない啓斗を思い、夏菜は小さく笑った。そして、机にそっと頭をつける。はらりとポニーテールされた黒髪が揺れる。
「……北ちゃん」
 ぽつり、と夏菜は呟いた。カチカチと、時計の音だけが部屋中に鳴り響いていた。時々長針がカチリと鳴り響く。少しずつ、確実に時間が過ぎていっているのだと告げるかのように。夏菜は目を閉じた。潤んでくる目を、隠すかのように。

 北斗は走っていた。それはもうそれはもう、走っていた。風の如く、風すらも羨むかのように素早く。
 新幹線が着くと、啓斗と北斗は同時に走り出した。だが、その途中で啓斗はびしっと分かれ道で指をさしながら叫んだのだ。
「北斗、お前は先に夏菜のところにいけ!草間さんのところには俺が行くから!」
 それに返事する暇も無く、北斗は走った。啓斗の指し示した方の道を真っ直ぐに、時々転んだりして、しかも鼻をすりむいたりして、走った。痛いなどと言っている暇すら惜しい。血が出ようが知った事ではない。ともかく今は、走ることが一番大事であるかのように。
「あ!」
 声と共に、北斗は一旦停止した。クリスマスといえばプレゼントだ。北斗はアクセサリーの店にもの凄い勢いで入り、恥を感じる間もなく商品を見回し、そして一つのペンダントに吸いつけられるように見つめた。小さな王冠のついた、ペンダント。
(夏菜に、似合いそう……)
 それをつける夏菜を少し想像して顔を赤らめ、それから自分が目立っている事に気付いて慌てて会計を済ませた。逃げるようにしてその店を出て、再び走り始めた。
 速く走るためには、手を大きく振るのがいい。だが、プレゼントを手に持ったままでは落とす可能性がある。ポケットも然り。ならば、何処にプレゼントを持つべきか。……そうして行き着いたのは、口であった。北斗はなりふり構わず口にリボンをくわえて走った。とにかく走った。再び転びそうになり、口にくわえたプレゼントを死守する為に体を横にしたりしてガードした。
「……ふひた……」
 着いた、と北斗が呟いた時、北斗は肩で……というよりも全身で息をしていた。北斗は息を軽く整えてから、夏菜の家の応接間に向かった。途中、プレゼントを口から手に移動させて。ガラスの向こうでは、夏菜が机を枕にして眠ってしまっていた。机の上にはケーキと料理。
(夏菜……)
 北斗は苦笑してから、ばんばんとガラスを叩いた。大きな音に、夏菜はそっと目を開き、驚いた顔をして慌ててガラス窓を開いた。
「北ちゃん、どうしたの?」
「ごめんな、遅くなって」
「そうじゃなくて!……ぼろぼろなの」
 北斗は顔が擦り傷だらけで、全身の至る所に依頼による小さな傷ができている事に漸く気付く。気付くと、痛くなってくるから不思議だ。
「北ちゃん……大丈夫なの?」
 泣きそうになる夏菜に、北斗は優しくぽんぽんと頭を叩いた。
「大丈夫だって。俺、頑丈だから」
 北斗は「それよりも」と言って、そっと夏菜の掌にプレゼントを握らせる。夏菜はただでさえ大きな目を一層大きくし、プレゼントをじっと見たあと、北斗を見つめる。北斗は思わず顔を真っ赤にして顔を逸らした。
「有難うなの、北ちゃん」
 顔を赤くして逸らしたまま、北斗はちらりと夏菜を見る。夏菜はじっと北斗を見つめ、にっこりと笑っていた。顔を赤らめ、大事そうにプレゼントを握り締め、今にも泣きそうな顔をして。
「メリークリスマスなの、北ちゃん」
 顔を逸らしたままの北斗に、きゅっと夏菜は後ろから抱きついた。北斗は顔を逸らしたまま、だが抱きついてきた夏菜を振りほどく事もせずにぽつりと呟いた。何処を見たら良いのか分からず、とりあえず近くにあった木を見つめながら。
「メリークリスマス……」
 北斗は知らない。近くにあったその木がもみの木であり、3メートル程もあろうかというその木に翌朝、飾り付けをさせられる羽目になるという事を。ただただ今は、そのような事も知らずに噛み締めているのだ。一緒にいる、相手の事を。

「……ご苦労だったな」
 報告を受けた草間は、そう言ってにやりと笑った。
「まさか、クリスマスイブに間に合うとは思わなかったな」
「約束したんだそうだ」
「じゃあ今、約束を守りに行った訳か」
 くつくつと草間は笑い、煙草に火をつけた。シュボ、という音をさせて付けられた火は、煙草の先でオレンジに光る。
(光……火……)
 啓斗は胸の奥に広がる感情を押さえつけるかのように頭を振り、草間興信所のドアに手をかけた。
「良い夜を」
 背中から草間が声をかけてきた。啓斗は振り返って苦笑し、ぱたん、という音と共に興信所のドアを閉めた。
(依頼……終わったな)
 啓斗は足の赴くまま、屋上に向かった。屋上は風が強く、容赦なく冷気を啓斗に突きつけてきた。
(心地いい)
 まるで、火のようだった。研ぎ澄まされた神経、一歩間違えば死という局面、何処を狙えば確実にしとめられるかと言う意識。全てが、過去の自分を思い返す事となってしまっていた。暗殺者、という暗い影を。
(この火照りは、一時的だ……)
 暗殺者時代を思い起こす高揚感を、啓斗は何とか押さえつけた。今回の依頼のせいかもしれない。ともかく、胸の奥が熱かった。
(一時的……一時的。もう、大丈夫)
 収まってきた感情に、啓斗はほっと息をつく。フェンスに手をかけ、そっと街を見下ろした。どうでも良いと思っていたネオンの光も、前に見た時ほど嫌ではなかった。ただ単に、綺麗だと思える。街行く人が幸せそうなのも、良い事だと思えた。
「……あ」
 頬に何か冷たいものが触れ、啓斗は空を見上げた。雪だった。白い小さな粉雪が、ゆっくりと、ふわりと街に降り注いでいるのだ。
(幸せ……)
 笑顔の人々、光る町並み。この世界の全てが、暖かな光に包まれているようだ。
(……うん、幸せ)
 啓斗はフェンスにもたれかけ、そっと目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、出会った人々の笑顔。笑顔しか思い浮かばないのが不思議だったが、何故か皆笑顔だった。
(皆、幸せであればいい)
 思い出すのがずっと笑顔であるように、その笑顔が偽りではないように。
(俺が祈るのは、何だか変な気もするが……)
 それでも祈らずにはいられない気持ちだった。あの高揚感が嘘のように消え、ただただ啓斗の胸を支配するのは静かな祈りだった。
 雪が静かに皆に降り注ぐが如く、幸せが皆に降り注がれるように。

<幸せへの思いは降り注がれ・了>