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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


妖精さんの蜂蜜〜それは勿論戻るまで


 ………………えーと。
 はい。
 …漸く落ち着きました。
 いえ、眠っている間にみそのお姉様に妖精にされてしまいまして。
 どういう事かと言うと、元を辿ればお母さんからの届け物の壷入りの蜂蜜で。
 それを塗ると何故か妖精化してしまうんですよね。
 前に妹と居た時にそれに気付いてから、その厄介な蜂蜜は封印しておいた筈なんですが…。
 何故かみそのお姉様がそれを持っていまして。
 …しかも、あたしの口からは到底言えないような塗り方で…昨夜、塗られてしまいまして…。
 果てしなく困りました…。
 それから、お姉様があたしと一緒に妖精化しているのもいったいどうしたら良いものやらと…。
 …まぁ、なってしまったものは仕方ありませんけどね。

 はぁ、と海原家の真ん中のお姉さんであるみなもは息を吐きます。
 平日なら困りも困るんでしたが――幸い、連休ですし。
 嬉しそうなお姉様を見ていると、付き合って遊んでいても良いかなと思えます。
 ………………いえ、昨晩お姉様がしたような“遊び”ではありませんってば。
 あれは恥ずかし過ぎますからっ。
 絶対違いますからねっ。
 誰にともなく言い訳をしたくなるくらい恥ずかしかったんですっ。
 と、みなもが心の中で叫んでいる頃。
 みそのお姉様はそんなみなもをじーっと見て、何やら思考している様子。
「…そうね、折角妖精になったのですもの」
 にこやかに微笑みつつ、みそのお姉様は何やら提案して来ます。
「ここは“妖精”らしい“萌え”る事をしましょう」
「…はぁ」
 …妖精らしい萌える?事ってなんだろう。
 と、そんな困惑しているみなもの前に、みそのお姉様が取り出したのは半透明の青い衣装。
「みなもですから、きっと水の妖精が似合いますわ」
 うきうきと言い、みそのお姉様はその衣装を差し出す。
 …って、いつの間にこんなものを用意していたんだろう。
 …いえ、そもそもどうして妖精サイズでOKな服を持っているんだろう、お姉様。
 と、確かに疑問は疑問ですが、ある意味いつもの事でもあるのでみなもは極力気にしない事にします。
 で、みそのお姉様の言う通り、水の妖精、を考えてみました。
「…うーん…羽根がこのままだと水の妖精にしてはあんまりらしく無いかも知れませんけど…」
「それは大丈夫ですわ」
「え?」
「きっとこれで、変わりますわよ?」
 と、背の羽根を羽ばたかせ――って実用可能だったんですかこの羽根――みそのお姉様は蜂蜜の壷の元まで飛んで行きました。そしてくるりと振り返りみなもを見ると、蜂蜜の壷を両手で抱え、よろよろと飛んで戻って来ます。
 そしてみそのお姉様は言った通りに、その壷から取った蜂蜜をみなもの背の羽根に塗り付けました。
 すると。
 すぅっ、と色と形が変わります。
 蜂蜜を塗りつけたところから、涼やかな薄い青色の蜻蛉のような羽根に変化していました。
「ほら、ね?」
 得意そうなお姉様。
 そしてみなもの羽根を変えると、今度はみそのお姉様は自分の羽根に蜂蜜を塗り始めます。
「えぇと…」
 が、背中なので少し塗り難い様子。
「あ、あたしがやります」
 途中でみなもが替わり、みそのお姉様の羽根にべたべた。
 と、今度は煌く燐粉を纏う黒い艶やかな蝶の羽根に変化する。
「…わたくしは闇の妖精が似合いますものね」
 変化させ終えると、みそのお姉様は御機嫌で優雅に羽根を一度羽ばたかせます。
 そして今度は何やらペンを一本持っていました。
 …ちなみにその正体は…いつの間にか脇に置いてある24色入りのカラフルなセットのペンの中の一本。
「では、それっぽい模様も書いてみましょう」
 折角“妖精”なのですもの。
 普段着けられないようなものを使う良い機会です。…着飾らなければ損ですわ☆
 嬉々としてみそのお姉様は、きゅっ、と手に持ったペンのキャップをひねる。
 …何処から持って来たんだろう妖精サイズで使えるペン…。
 否、それだけではおさまらず、みなもはちょっとした既視感にふと首を傾げます。
 って、ちょっと待ってそのペンって…ウチにある油性ペンじゃっ!
「…ちょっと待ってお姉様っ」
「まぁまぁ。大丈夫ですって。ね?」
 ね、じゃなくて…。
 困惑気味ながらもみそのお姉様には逆らえないみなも。
 さらさらさらとその油性ペンで腕やら胸やらにうにゃうにゃと書かれてしまいました。
 …適当な割には妙に呪術的な模様にも見えるのは気のせいでしょうか。
 お姉様の手は妙ーに澱み無く動いていましたし…。
「気にしなくとも大丈夫ですわよ、みなも」
 心中を察したか、みそのお姉様はそうあたしに言いつつも…楽しそうです。
 そして模様を書き終えると、みそのお姉様はまた違う物を持っていました。
 精緻な細工が施された冠やら小さな鈴の付いた腕輪やら、幻想的なショールのようなものやら、様々な種類が、幾つもあります。
 …何でこんな物を持っているんだろう、お姉様。
 じゃなく、今何処からこんな物が出て来たんだろう…。
 みなもが思う間にもみそのお姉様はあれやこれやとみなもに合わせて見ていました。
「これ…は少し水の妖精と言うには不向きでしょうか…。銀製と金製、どちらが肌に映えるかしら…ああ、これはきっとみなもには似合いますわね」
 何やら深い青色の貴石があしらってある額飾りを着けられる。
 そんなお姉様も、いつの間にやら黒と赤を基調とした何処か妖艶な衣装に身を包んでいます。
 際どい露出が多い衣装に。
 …あたしでも目のやり場に困るんですけど。むしろただ裸で居るよりも。
 しみじみお姉様はプロポーションが良いです…。
「これで“こーでぃねいと”は完璧ですわ☆」
 うん。と心底満足げに頷くとみそのお姉様は、ぽむ、とみなもの両肩を叩きます。
 その時のあたしは水の妖精の衣装だけでは無く、衣装と同色の布を何枚も流すように纏った上で、お姉様の見立てた装飾品をたくさん着けていました。額飾りはじめ耳飾りやら首飾りやら何やら…。
 …このまま動いて大丈夫なんだろうかとちょっと心配なくらいです。
 写真、撮りましょうね?
 にっこりと微笑んで言われ、みなもは素直に頷きます。
 が。
「…このままでは少々趣に欠けますね」
 と、みそのお姉様は考え込みます。
「水の妖精と言えば潤いが必須と思われますわね…そう、湖なんかが欲しいですわ…水棲の花があっても綺麗かしら」
 見えるなら、湖のほとりに緑が溢れている事は最低条件でしょうか。
 とりとめもなく続けるみそのお姉様。
 と、みそのお姉様の言ったその通りの場所がいつの間にかその場に出来ている事に気が付きました。
 みなもは目を瞬かせます。
 が、みそのお姉様は気にしません。
「…わたくしの場合は逆でしょうか…闇の妖精は、葉が落ち、枯れた冬の木々が浮かび上がる霧の中、なんて言ったら雰囲気出るかしら? いえ、部屋の中でも良いかもしれませんわね…洋風の朽ちた屋敷なんてどうかしら?」
 ふたりで一緒に居るにはどんなところが良いかしら。
 みそのお姉様はあれやこれやと考えます。
 で、結局、思い付いたどのシチュエーションも捨て難く、それらすべてを使う事にしました。
「では、撮りましょうね」
 にこにこ。
 微笑みながらみそのお姉様はこれまた何処から取り出したのか、少し離れたところにカメラをセットして再び戻って来ます。
 そろそろ毎度の事ですが、こうなるとまるで撮影会です。
 …面白いので構いませんけど。
 セルフタイマーでセットしてあるので、小さなソファに並んで座り、手早く姿勢を整えます。

 じー。
 かちり。

 シャッターが切られました。
 みそのお姉様は再び満足げに頷くと、置いてある調度類を動かし、また別の写真を撮る為、位置関係を変えてみます。
 それを見つつ、みなもは、うーん、と考え込んでいました。
 …ところでいつまでこんな事をやってるんでしょうか。あたしたち。
「それは勿論、“戻るまで”ですわ」
 …くすくす。
 みそのお姉様は楽しそうに微笑んでいます。

 ………………って、なんで口に出してない筈の素朴な疑問の答えが当然のように出るんですか、お姉様。


【了】