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<東京怪談ノベル(シングル)>


『嘉神先生の憂鬱なる忘年会 ― 幻のケーキに負けた夜 ― 』
「・・・・・・・・・俺は一体何をしているんだ?」
 鏡の中に映る妹の顔を見ながらそんな言葉を一体もう何度心の中で呟いただろう? しかし、俺は呟かざるおえない。だって・・・・・・・・
「嘉神センセ、お化粧のりいいわ〜♪」
「ほんと。肌なんてこんなにつやつやして」
「ねえねえ、口紅はどれにする?」
「なんか・・・楽しそっスね?」
「「「それはもちろん、楽しいですよ〜♪」」」
「はぁーーー」
「あ、コラ。嘉神センセ。まだ化粧の途中なんですから、顔を手で覆っちゃダメですよ」
「ため息も厳禁」
「涙なんてもってのほか! こんなにも綺麗なんですから。ほら、鏡見てください」
 鏡の中には妹の顔・・・・・・否、・・・・・・・女装した俺の顔・・・。

 なにやってんだ、俺!!!

「「「ほんと、嘉神センセ、綺麗」」」
 だから、嬉しくないんだって・・・。
 俺は鏡から顔を逸らした。
 一体どうしてこうなったんだろうか?
 もう何十年も前かのようなわずか数時間前の事を俺は思い出す。そう、こうなったのもあの甘い誘惑の言葉に負けたからだ・・・。

「嘉神センセ♪ ちょっと、いいですか?」
 がらりと家庭科室のドアをちょっと開けて、顔を覗かせたのは音楽、美術、体育の女教師ズだ。あの教頭をも悩ます最強最凶問題教師ども。
 ちょっと、俺は身構えてしまう。
「あら、嘉神センセ、今日も美味しそうな昼食お食べになってますね」
「ほんと。小娘ズが嘉神センセをお嫁さんにもらいたいって言ってるのがわかりますわ」
「これ、もらってもいいですか? うわ、すごく美味しい♪」
 許可した覚えは無いのに、俺のからあげは彼女の口の中に消えた。
「あ、ずるいわ。じゃあ、私も」
「んじゃ、私はこれを」
 ああ、俺の卵焼きと、肉団子が消えていく。
 だが、まあいい。食うもの食ったら、さっさと消えてくれ。・・・・・って、あいつらみたいに餌付けされたとかって毎日来るようになるんじゃないだろうな?
 そんな嫌な予感にきりと痛んだ胃を触ってると、
「あら、嘉神センセ。どうかなされました? 胃なんか押さえて」
「え、あ、いや」
「じゃあ、せっかく作ったのに、このお料理食べられませんね」
「それはもったいないわ」
「って、事で、あたしらが食べますから安心してくださいまし」
 ・・・なんでそうなる。
 俺は顔を片手で覆って、ため息を吐いた。
 そして俺が精魂込めて作った料理は、わずか10分で彼女らの口の中に消えた。ったく、生徒よりも性質が悪い。
「それで用があったようですが、なんすか?」
「ああ、そうそう。すっかり美味しい料理に用件を忘れてしまっていたわ」
 音楽教師がぱちんとすらりとした手を打ち合わせる。
 その彼女の肩に手を乗せて体育教師が何やら悪戯めいた笑みを浮かべた顔を覗かせ、そして美術教師が口の周りをハンカチで拭きながら、何やら意味ありげに微笑む。
「今日、忘年会ですわよね」
「ええ、そうですね」
 そういやこの人たちが幹事だったけ。
「私たち、今日の忘年会って、幹事なんですよね」
「はあ、そうですね」
「それで、お願いなんですけど、その余興に一役かってもらえません♪」
 きた・・・。
 俺は苦笑いを浮かべる。
「それで、その余興という奴がですね・・・」
 ・・・それは到底、嫌がらせとしか想えないような提案だった。俺はこめかみにぴくぴくと血管が浮いているのを感じながら、勤めて平静な声を出す。
「なんの嫌がらせですか、それは?」
 音楽教師はお嬢様らしいたおやかな微笑が浮かんだ顔をちょこんと傾げさせ、
「嫌がらせ? なんですか、それは。そんなつもりなんかぜんぜんないですよ」
 体育教師もその健康美溢れた美貌に快活な笑みを浮かべて、
「なに言ってんですか。私たちはほんのちょっとでも忘年会を楽しく盛り上げようと思ってるだけですよ。ほら、これが私たちの幹事デビューですから」
「そうそう。あの禿げ教頭、私たちみたいなのには任せられないって、去年の忘年会も今年の新年会の幹事もせっかく立候補してんのにやらせてくれなくってね〜」
 ・・・初めて教頭と気があった。俺だって、不安でしょうがいなんだから、この3人に幹事をやらせるのは。
「現にこんなとんでもない事言い出してるしな」
「なにか、言いました?」
「いいえ」
 組んだ指の上に顎を乗せて、両の目の端を垂れさせた美術教師・・・女教師ズのリーダーだ・・・に俺は苦笑いが浮かんだ顔を横に振る。
「それで了承してもらえるのかしら? 私たちの考えた余興に」
「あー、絶対ヤです! 何で俺が女装なんかっ!」
 懸命に冷静でいようとするが、この女教師ズはどうしても俺に妹を思い出させる。だもんだから、俺はついムキになってしまった。
 そして女教師ズは俺にまるで反抗期の息子に接する余裕のある母親のような微笑を浮かべて、言った・・・・・・・・・・・・・きっとイヴに知恵の実を食べるようにそそのかしたヘビの声はそんな風だったに違いないと確信させるほどの甘い響きを込めた声で。
「ルノートルのガレット、食べたくないです?」

 そうして俺は今こうして鏡の前に座っている。
「さてと、それでは美術教師のプライドってのをかけて、最高のメイクをして差し上げますわ。嘉神センセ」
 もう、どうでもいいから、好きにしてくれ。
 俺はもう半分、自棄になっていた。
 だってしょうがないじゃないか。ルノートルのガレットと言えば一日わずか数個しか生産されない激レアなケーキだ。しかも甘い物には目が無い俺はしかし低血圧で朝が苦手。とてもじゃないが店が始まる数時間も前に並ばねば買えぬそのケーキをゲットするのなんてまったくもってぜんぜん無理なのだ。だから俺は・・・
「はい、メイク完了♪」
「じゃあ、あとはこのロングヘアのかつらを、と」
 そこに昨日、会った妹がいた。
「まあ、すごい。どこからどう見ても、可憐な美少女だわ」
「でも、なんか腹立つわね」
「ええ、綺麗すぎ」
 ・・・なんて身勝手な。
 きっと、今の俺は次の獲物を探している連続殺人鬼そっくりの笑みを浮かべているに違いない。
「それにしてもこれだけの美人さんなら、道を歩けばいったい何人にナンパされるのかしらね?」
「ああ、面白い。それも賭けてみましょうか?」
 ・・・ん?
「あの、今なんかすんげー不穏当な発言しませんでしたか?」
 目が半目になるのは否めない。自己嫌悪の局地だったから彼女らの会話をぼんやりとしか聞いていなかった。それでもなんかすんげー嫌な事を聞いたような気が・・・
 しかし・・・
「どうかしましたか、嘉神センセ?」
「え、あ、だから・・・今ぁ・・・」
「「「ん?」」」
 3人はそっくりの仔猫のような笑みが浮かんだ顔を同時に傾げた。悟らずにはおれない。何を言っても無駄だと。
「ほんと、妹にそっくりだ」
 俺はため息を吐いて、立ち上がった。
「ルノートルのガレット、絶対くださいよ」
「ええ、もちろん約束は守りますわ」
 そして俺は3人に連れられて、会場に行く。
「さあ、それじゃあ、嘉神センセ、お願いしますわよ。給仕役」
「甲斐甲斐しく先生方に尽くして下さいね」
「誰かにバレたらそこで、余興終わりです。ただし、自分からバレるような事は厳禁ですからね」
 誰がここまで玩具にされて、そんな今までの涙涙のいやがらせに耐えた苦労をふいにするものかよ。
「ええ、わかってますよ」
 俺は最大限のイイ笑みを浮かべて、頷いた。

「うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー」
 俺は悲鳴と共に跳ね起きた。
 嫌な悪夢にかいた寝汗で額に張り付く前髪を掻きあげながら、俺はどっと荒い息を吐いた。
 あの思い出したくも無い忘年会での出来事は、記憶の奥深くに封印されている。しかし、あの忘年会での思い出したくも無い出来事は確実に俺の心を蝕み、トラウマとなって今も尚俺を苦しめているのだ・・・・・・。
「くそぉ」
 俺は吐き捨てると、寝汗で濡れた髪を掻きながらバスルームに向かった。そして熱いシャワーを浴びる。
 そのシャワーの湯が俺の汗を洗い落とすように、俺の心を蝕むその記憶も洗い落とせたらいいのに。
 そんならしくない想いに苛まれながらも、俺は曇った鏡を拭いて、そこに映る自分にイイ笑みを浮かべてみせる。
「そうだ。今日は待ちに待った約束の日。とうとうルノートルのガレットが食べれるんだ!」
 きっと、口に入れた瞬間にその甘さが口の中に広がりとろけるように、そのケーキが俺の傷ついた心を癒してくれるに違いない。
 俺はスキップを踏みたくなるのを堪えて、学校に向かった。
 そして約束の一時間前に学校についた俺はいつもの校舎裏の秘密の喫煙所で、夢にまで見たルノートルのガレットの味や食感を想像しながらタバコをふかしていた。
 と、そんな俺の耳朶に・・・
「あー、それにしても忘年会は面白かったわね」
「そうそう。嘉神センセ、ほんと綺麗だったわよね」
「って、言うかあれは本人もなんだかんだ言って、絶対にノリノリだったわよ」
「そして私たちはガッポガッポってね」
「嘉神センセったら夢にも想ってないでしょうね。自分が賭けの対象にされていたなんて」
「だけどあなたも悪よね。女装した嘉神センセがいつまでセクハラに耐えれるかを忘年会の余興として賭けるか、なんてさ」
「ふふん。賭けの種としては最高の一品でしょう。誰もがあの短気な彼が最後まで我慢できるとは思えない。当然、皆は開始一時間以内に彼がキレるほうに賭ける」
「だけど私たちはルノートルのガレット欲しさに彼が最後まで耐えるのはわかってた」
「賭けは親の私たちの勝ち。そういう展開は子に恨まれるもんなんだけど、しかし・・・」
「皆は嘉神センセの女装姿にほくほくで、私たちへの恨みも抱かない♪」
「「「悪よの〜ぅ」」」
 彼女らは知るまい。俺が壁を挟んだ向こうでしっかりとそれを聞いていた事を。
 無論、俺はその後ずっと再起不能で、そして気がついたら自宅でルノートルのガレットを食べていた。それは想像してたよりもずっと涙の味がした。

 ― 合掌 ―