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<東京怪談ノベル(シングル)>


名迷探偵:本郷・源の事件簿〜伝説の卵編〜

〜本郷・源殿〜
○月×日おや時でん分が秒、地球が♪回まわった日。
ウミチョウザメの卵をいただきに参上仕る。
つきましては痛まないようにしっかりと保存しておくように。
=怪盗:リッキー・タンクJr=

事件は唐突にあやかし荘で起こった。
源が伝説のおでんを手にするべく、決死の覚悟で手に入れたウミチョウザメ。
そのウミチョウザメの卵を怪盗リッキーなる者がどこからか情報を聞きつけご丁寧に盗みの予告状まで送りつけてきたのだ。
「おのれ…このわしを誰だと思っておるのじゃ…いまどき小学生でも使わぬような時間指定をしおって!」
「まあ良いではないか源どの。わしは受けて立つのも面白いとおもうがの?」
「嬉璃殿!良いのか?!せっかく手に入れたウミチョウザメの卵じゃぞ?!」
「おんし程の者なら…どこの馬の骨ともわからぬ怪盗リッキーとやらから守りきれると思うがの?」
「――嬉璃殿…」
お茶を啜りながら微笑んだ嬉璃のその言葉に、源は沸々と心の中から込み上げてくるものを感じて立ち上がった。
「そうじゃ…わしにかかればウミチョウザメを守る事なぞ容易いことじゃ!
探偵があきらめたら事件は迷宮入りなのじゃ!この本郷源に任せるのじゃ!!」
「頼りになるのぅ…」
腕を突き上げて気合い充分な源を、嬉璃は目を細めて微笑みながら見つめていたのだった。


じゃりりりりりん!じゃりりりりりん!黒電話がけたたましい音をたてる。
源はシッ!と指先を口元にあてて、周囲にいる人間…と言っても嬉璃以外はいないが…に静かにするよう命じた。
「わしじゃ」
『警備万端整いました』
「うむ。ご苦労じゃ…ぬかるでないぞ?」
『了解しました!源様もお気をつけて』
「源ではない!”工藤ちゃん”と呼ぶのじゃ!」
『は、はい!工藤ちゃん!』
源はウミチョウザメの卵の護衛を命じてある本郷コンツェルン警備部隊の警備隊長からの電話を切ると、
いつもの服の上からホームズさながらのインバネスを羽織って立ち上がった。お茶をすすっていた嬉璃が顔を上げる。
「おんしもウミチョウザメの警備に向かうのか?」
「わしはここで待機じゃ」
「よいのか?怪盗リッキーとやらから自らの手で守らずとも?」
「んっふっふっ…わしとてただの探偵ではない…”名”探偵じゃ…安心してよいぞ嬉璃殿!」
源は自信満々にそう答えると、どこから用意してきたのか…室内だと言うのにレトロな自転車にまたがった。
いつの間にかBGMまでレコードから流れてきている。誰が用意したのか、あの有名な『探偵物語』のテーマソングだった。
本人はいたってその気なのだが、はっきり言ってなりきっている探偵はバラバラである。
じゃりりりん!再び、黒電話が鳴る。慌てて源は自転車から下りると、電話を取った。
「わしじゃ!」
『そろそろ予告時間ですが、現在は異常ありません』
「うむ。ご苦労じゃ…くれぐれも気をつけるのじゃぞ?」
『了解しました!工藤ちゃんも気をつけて!』
「誰が工藤ちゃんじゃ!わしは明智じゃ!明智と呼ばぬか小林君!!」
『は、はいっ!失礼しましたッ!!』
電話ごしだと言うのに、警備隊長が腰を九十度に折って頭を下げている姿が見えるようだった。
「のう源殿」
「なんじゃ嬉璃殿」
「つかぬ事を聞くが、ウミチョウザメの卵は本当に見つかったのか?」
嬉璃の言葉に、源は一瞬ドキリとする。しかし平静を装い、心の中を悟られないように必死で落ち着かせる。
「なにを言うのじゃ嬉璃殿!見つかったから怪盗も予告してきたのじゃ!」
「しかし何度も言うようじゃがチョウザメは海には…」
「だからじゃ!ウミチョウザメは貴重中の貴重!怪盗が狙う理由もそこにあるのじゃ!!」
「本当かのぉ?」
どこか疑わしげな視線を向ける嬉璃に、源は表情を強張らせたまま必死で笑みを作った。
これ以上ここにいては真実を悟られてしまう。
源は思ったが早いか、先ほどの自転車にまたがり…嬉璃に警備に行くと告げそのまま部屋を飛び出した。
ウミチョウザメの卵は…あやかし荘の一角にある部屋に隠してある。
警備隊に守らせているのは、それとはまた別の部屋。
そう。厳戒態勢の部屋にウミチョウザメの卵があると見せかけておいて…実は別の部屋に…という源の考えた作戦である。
源は周囲の様子を窺いながら、本物の隠してある部屋へと向かった。
「やばいのじゃ…!あやうくバレるところじゃった…」
部屋に静かに入り戸を閉める。
そしてその中に不自然なまでにぽつんと置いてある冷蔵庫を開く。その中には、丁寧に梱包された缶詰が置いてあった。
「確かにこれはキャビアには違いないのじゃ…しかし、しかしじゃ!これはどこにでもある普通のキャビア…!
なんとか上手く調理してウミチョウザメと偽って嬉璃殿に食してもらうつもりじゃったが…」
いっそ、怪盗に盗まれてしまった方が証拠隠滅できていのかもしれないという考えが源の脳裏に過る。
そうすれば…実はウミチョウザメを見つけていない事が誰にもバレなくて済む。
怪盗に盗まれてしまったと言うのは探偵として心苦しいものがあるのだが、背に腹は変えられない。
「い、いかん…!何を考えているのじゃ!仮にも身体は子供、頭脳はオトナな名探偵ミナトじゃ…
お子様の人気者の名探偵ミナトがそのような悪に手を染めるなど…」
源は必死で自分にそう言い聞かせると、キャビアを冷蔵庫に戻し立ち上がる。
そして自転車にまたがると…再びあやかし荘の中を駆け抜けていった。

待機場所にしてある”ローズ探偵事務所(薔薇の間)”に源が戻ると、
いつの間にやら嬉璃の姿が見えなくなっていた。まあいなくとも不思議ではないのだが…。
じゃりりりりりん!じゃりりりりりりん!!
室内の椅子に腰を下ろし、一息つこうとした源は、突如鳴り響いた電話に驚く。
まるで源が戻るのを見計らっていたかのようなタイミングだ。
脱げた帽子を手にしたままで電話に出ると…
電話の相手は黙ったままで、警備隊隊長からでは無く明らかに違う相手である事が推測できた。
「おぬし…怪盗リッキーじゃな?」
静かな口調で源が問う。
『いかにも。私が怪盗リッキーだ』
電話の相手は何か機械でも通して話しているらしく、誰の声であるかは識別できなかった。
「おのれ!ぬけぬけと電話などかけてきおって!!逆探知してくれる!」
『ほぅ…出来るのなら望むところだ』
源のハッタリをまるで見抜いているかのように、静かな口調で怪盗リッキーは答えた。
一筋縄ではいかぬ相手のようじゃ…と、源は一呼吸置いて。
「わしの大事なウミチョウザメの卵を盗もうなどと…百億年はやいわ!」
『ほぉ?百億年と?』
怪盗リッキーは小さく笑うと、一つ咳払いをして。
『一つ良い事を教えてやろう…ウミチョウザメの卵はすでにいただいた』
「――なんじゃと!?」
はっきりと言ったその言葉に、源は大声を張り上げた。
警備隊からの連絡は入っていない…と言うことは、怪盗リッキーは源の作戦を読んで…本物の部屋に行ったに違いない。
それにしても、ついさっきまで源はその部屋にいたのだ。
一体いつの間にこのあやかし荘の、しかもあの部屋の中に入り込んだと言うのか―――
『それじゃあな、とっつぁん』
電話の向こうで怪盗リッキーはそれだけ言うと、一方的に電話を切った。
「おのれ…」
源は電話の受話器を叩きつけるように置くと、急いで警備隊の元へ向かった。
警備隊に守らせている部屋の前では、屈強な男達がズラリと並んでいる。
誰もがその道のエキスパートで、その中でも選りすぐりの者達を選んで派遣させたと言うのに…
「おぬしら!なにをしておるのじゃ!怪盗リッキーはすでにウミチョウザメの卵を手に入れたと言っておるぞ!?」
源の言葉に、全員が顔を見合わせて部屋の中を確かめ始める。
そしてすぐに警備隊長が部屋の中から、黒い粒々の入った瓶を手にして…青い顔をしてやってきた。
「やられました古畑さん…中身は全て黒豆にすり替えられています!」
「なんじゃと!?古畑は警部補じゃ!探偵ではないぞ!」
源は大袈裟に驚いてみたものの…実はその黒豆、元々源がダミーとして用意しておいたものである。
警備隊長はそれを知らずに真っ青な顔をして部下に周辺の捜索命令を下している。
しかし…源の用意しておいた黒豆がそのままあると言う事は…電話の怪盗はやはりあっちのキャビアを…。
「ご苦労だな皆の者」
源が考えごとをしていた時、どこからともなく声が聞こえてくる。
警備隊長をはじめ、その場にいる全ての視線が声のする方へと向けられた。そこには…
「嬉璃殿?!」
赤い裏地の黒いマントをひるがえし、シルクハットに仮面をつけて薔薇を胸元に挿しているものの…
見まごう事のない嬉璃が立っていた。嬉璃はゆっくりとマスクを取る。
「怪盗リッキー…ただいま参上ぢゃ」
「嬉璃殿!これは一体どういう事なのじゃ!何故おぬしが…」
「のう源殿。もう一度聞く。おんし、本当にウミチョウザメの卵を発見したのか?」
ギクリ…と、源は表情を強張らせる。まさかこんなところで本当の事を言うわけにもいかない。
そんな事よりも、怪盗リッキーの正体が嬉璃であった事の方が…。
「どういう事なのじゃ嬉璃殿!おぬしはわしの味方ではなかったのか?!」
「源殿。おんし、以前わしの好物を勝手に食べておいてシラをきり通した事があったのう…
よく言うではないか?食べ物の恨みは七代先まで呪われるほど恐ろしいものなのぢゃと…」
思い当たることがあり、源は言い返せずに口をつぐんだ。もしやその時の報復だったと言うのか。
「しかし源殿!それだけでは飽きたらず今度は”ウミチョウザメ”の卵と偽ってこの安物のキャビアを食べさせようとした!
反省しているかと思いきや、再び悪に手を染めようとしたおんしのその罪は重いのぢゃ!」
叫ぶと同時に、嬉璃はマントの中から源が隠していたあのキャビアの瓶を取り出した。
「そ、それは―――っ…」
「源殿…おんしのやった事は全部すべてまるっとどこまでもはてしな〜くお見通しぢゃ!」
嬉璃はそう言うと、手に持っていた”普通のキャビア”を源に投げて返した。
そしてくるりと身体を翻し…どこかへ去って行く。
「き、嬉璃殿?!」
源の呼びかけに、嬉璃は一度だけ振り返り…意味ありげな笑みを浮かべるとマントをばさりとひるがえして姿を消す。
「結局、怪盗リッキーは何も盗らなかったという事ですね」
その後姿を見つめながら…警備隊長は小さく呟いた。
「いや…」
源はふっと口元で笑みを浮かべる。いつの間にか暮れはじめていた夕陽が彼女の頬を照らす。
「怪盗…嬉璃殿は確かに盗んでいったのじゃ…」
「は?何も盗られておりませんが?」
「――わしの中にある悪の心をじゃよ…」
そう言って笑みを浮かべる源の表情は、どこか満足げで誇らしげであったのだった。



=本郷源の事件簿:完=