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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


サンタが街に出る

●柚葉のクリスマス
 その日の夜、柚葉ははしゃいでいた。
 それはそうだろう。今日はクリスマスイブなのだから‥‥
「今日はサンタさんから、プレゼントがもらえるんだよぉ!」
 妖怪にもその権利はあるのか? という疑問はおいておき‥‥ともかく、はしゃぎながらあやかし荘の廊下を跳ね回る柚葉。その騒ぎっぷりは、かなり近所迷惑。
 と‥‥
「そりゃ、ええ子(良い子)にはな。柚葉は、この一年、ちゃんとええ子にしとったんか?」
「え?」
 それは、自室から顔だけを覗かせた天王寺・綾。
 彼女は、騒がしい柚葉に少しお灸を据えようと、脅かし気味に言葉を続ける。
「サンタはな、ええ子にはプレゼントをくれるんやけど、悪い子にはお仕置きをするんやで」
 日本じゃあまり知られていないが、サンタが悪い子に鞭をプレゼントするのは本当。
 それを聞き、柚葉の顔がサッと青ざめた。
「‥‥ボ、ボク‥‥悪い子ぢゃないよ」
 そうは言うが、悪い子という言葉に思い当たる節は山程有る柚葉。そんな裏の見て取れる様子を内心で微笑ましく思いながら、天王寺は含みを持たせた口調で言った。
「でも、こんな遅くまで起きとる子は、悪い子かもしれんなぁ‥‥」
「も、もう寝るもん!」
 柚葉は慌てて声を上げると、一目散に自分の部屋へと駆け込んでいく。
 天王寺はそれを見送り、それから自室に戻ると、後で枕元にでも置いてやろうと思っていたプレゼントの箱に目をやった‥‥

●サンタが街に“出た”
 それは‥‥全身筋肉の塊の様な大男だった。
 一見、サンタクロースの様に見えない事もない。
 しかし、身にまとうのは鮮血に重く濡れたコートと帽子。プレゼントの代わりに、チェーンソーや斧、枝切り鋏などの剣呑な道具がいっぱいに詰まった袋を下げ‥‥顔には何故かホッケーマスクが張り付いていた。
 それは、くぐもった呼吸音の下から、重苦しい響きの言葉を吐き出す。
「悪ぃ子は‥‥いねがぁ‥‥‥‥」


「いやだぁっ!?」
 柚葉は布団をはねて飛び起きた。そして、いつも通りに散らかった自室を見回し、安堵の息を吐く。
「夢‥‥」
 夢だったのだ。あんな変なサンタなんて居ない‥‥
 柚葉は軽く身震いし、立ち上がった。
「おトイレ行こう‥‥」
 呟いて、歩き出す柚葉‥‥と、その時、柚葉は気配を感じて窓の方に振り返った。
 そして‥‥喉が裂ける様な悲鳴を上げる。
 そこには、鮮血に濡れたコートと帽子をまとい、顔をホッケーマスクに隠し、手に柚葉よりも大きな斧を持った大男が立っていた。
「悪ぃ子‥‥いだなぁ‥‥」
 直後、振り下ろされた斧が窓をたたき割る。
 そして‥‥殺戮の聖夜が幕を開いた。

●殺戮の聖夜
 廊下に飛び出た柚葉は、真っ先に天王寺・綾の部屋へと走り、そのドアを叩いた。
「助けて! 開けてぇ!」
 しかし、幾ら叩こうとも、ドアは閉められたきりで開く気配もない。その内に、背後でドアが打ち壊される音が響いた。
 見ると、一撃の内に破壊されたドアを踏み越え、あのサンタが柚葉の部屋からゆっくりとその巨体を出してくるところ‥‥
「あ‥‥やだぁ!」
 走り出す柚葉の後を、サンタはゆっくりと追っていく。急いではいない。まるで、逃げ場がないことを知っているかのように。
 一方で、柚葉の方はもう、これ以上はないという位の勢いで走り、サンタから逃げる。
「誰か! 誰か助けてよぉ!」
 走りながら上げる声。
 だが‥‥あやかし荘の廊下は何処までも何処までも終わりはなく、誰も居ないかのように音一つしない。声は虚しく吸い込まれていく。
「みんな‥‥この際、三下でも良いからぁ!」
 藁にもすがる‥‥というのはこの事だろう。こんな所に三下がいたって、ミジンコの尻尾ほども役に立つとは思わない。しかし、そんな事は言っていられない程に状況は逼迫していた。
 背後から追ってくるサンタの気配は、ゆっくりと‥‥確実に近づいてきている。
 それが、柚葉には見えるようだった。恐怖から来る妄想か‥‥それとも、真実なのかは、振り返ることもできない柚葉にはわからなかったが。
 と‥‥柚葉はいつの間にか玄関にまで来ていた気付いた。
 そこで足を止め、ガタガタと音を鳴らしている玄関のドアを見ている‥‥
 思わず、数歩後に下がったところで、ドアがガラリと開いた。
「きゃああああっ!?」
「な‥‥どうしたんです!?」
 ドアの向こう、学校帰りらしい格好の少女。海原みなもが驚きと戸惑いの表情を浮かべて立っていた。
「え‥‥サンタじゃない」
「サンタ?」
 逃げようとしていた柚葉は、安堵からか呆然とした様子で呟く。その言葉に小首を傾げながら、海原は玄関の中に入ってきた。
 そんな海原を、柚葉慌てて押し止める。
「ああっ、駄目だよ! この中に、サンタが居るの! 斧もって追いかけてくるのぉ! 逃げなきゃ‥‥」
「ええ‥‥知ってます。何か、悲鳴とかが聞こえてきたので、助けに来たんですよ」
 海原は柚葉を安心させるかのように微笑み、そして薄暗いあやかし荘の廊下を見透かすように見ながら柚葉に聞く。
「それで‥‥何が、起こっているんですか?」
「あのね‥‥」
 答えようとした柚葉は凍り付く。
 開け放たれた玄関のドア。その向こうに広がる見通せぬ闇‥‥その中から唐突に姿を現したサンタの姿に‥‥
「?‥‥!?」
 玄関の外を見て恐怖に固まった柚葉に、海原は不審げに振り返った。その目に、斧を振りかぶるサンタの姿が見える。
「‥‥行って!」
 再度振り返り、茫然自失の柚葉を押した海原。
 押されて後ろによろめく柚葉‥‥海原は彼女を心配させまいと微笑む。
「あ‥‥」
 直後、振り下ろされた斧が海原の肩を叩いた。
 衝撃に体を独楽のように回しながら廊下に倒れ込む海原から、腕が一本落ちる。溢れ出した鮮血が、廊下の壁に赤く線を描いた。
「ぎ‥‥いっ‥‥‥‥」
 苦痛に、失われた腕があった左肩を、残された右腕で押さえる海原。体が回った時に仰向けになったが為、海原には目の前に立つサンタの姿がよく見えた。
 無言で斧を振り上げるサンタ‥‥そして、再び振り下ろされた斧。今度、宙を舞ったのは、海原の右足。
「いっ‥‥あ‥‥‥‥!?」
 悲鳴を上げる間もなく、海原にもう一度、斧が落とされた。今度は左足が失われる。
「ぎゃうっ‥‥んん‥‥」
 失われた手足‥‥だが、海原の肉体は修復を始めている。肉芽が盛り上がり、失われた部分の再生を果たそうとしていた。
「だ‥‥だいじょ‥‥うぶだから‥‥‥‥行って‥‥」
 血にまみれた凄惨な姿で、首だけをねじ曲げて柚葉を見る海原。柚葉は、震えながら一部始終を見ている。そう‥‥全てを。
 柚葉は今、斧をとりあえず海原の残る右腕に叩き込み、それから背負った袋に手を突っ込むサンタを見ていた。
 サンタが袋から引きずり出したのは、G・ザニー。とは言え、それは首だけでしかない。
 その上、トナカイのつもりなのか、鼻の辺りが抉られてそこに赤い電球がねじ込まれ、頭の両側には一本ずつ、杭と言っても良い程に太く長い釘が深々と刺さっていた。
 しかし、それでもこの不死の骸は、歯を噛み鳴らしながら憎しみの呻きを上げ続けている。
 サンタはそれを、海原の上にかざし‥‥足を海原の腹に落とす。
「ごふっ!?」
 内臓が破裂したのか血を吐いて呻く海原‥‥サンタは彼女の上着の襟首にその手をかけた。そして、一気に引き千切り、海原の上半身を露わにする。
「いや‥‥? 止めて‥‥」
 手足を失い、鮮血にまみれて蠢く少女の裸身。それにサンタは何の感情も示さず、手に持ったG・ザニーの首を海原の上に落とす。
 直後、G・ザニーは、鮮血にまみれた海原の白い肌に食らい付いた。
「い、いたぁっ!? あぐ!」
 悲鳴を上げて身を捩るが、手足の無い芋虫のような体では、G・ザニーを払い落とすことは出来ない。それは、傷口から新たな血を溢れさせ、またG・ザニーの食らい付いた傷を広げさせる事にしかならなかった。
「ぎ‥‥が‥‥た‥‥食べ‥‥ないで! ぎっ‥‥ああああっ!?」
 グチャグチャと肉を噛み砕きながら、G・ザニーの首はどんどん海原の腹の中に潜り込んでいく。
 一方で、食いちぎられた肉はG・ザニーの喉からただボロボロとこぼれだしていた。
 おさまる事の無い飢えと、首から下を失った苦痛を忘れるために、G・ザニーは海原を食い続ける。
 一方で、海原は生きたまま肉を噛み砕かれ、引きちぎられ、血を啜られ‥‥肉体再生はしているが、G・ザニーの食い進む速度は僅かばかりその再生速度よりも速かった。
「あっ‥‥ぐぅ‥‥や‥‥やべて‥‥」
 苦痛は、肉体再生力には関係ない。いや、意識を失わない事が、より苦しみを増している。
 腹の中をすっかり空っぽにしたG・ザニーが、海原の乳房の一つを一噛みに喰らい、ゆっくり咀嚼して呑み込んだ後にその下に覗く肋骨に牙を立てた。
 骨を噛み砕く音‥‥そして、牙が心臓に届いたのか、今までになく盛大に血が吹き出た。
「‥‥‥‥‥‥」
 ついに言葉を失う海原‥‥体だけは、まだ断末魔の痙攣を起こしていたが、それは意志あってのものではない。しかし、肉体再生能力は海原を生かし続けている‥‥どのような姿になろうとも。
 今はただ、グチャグチャと肉を貪るG・ザニーが蠢く音だけが、海原の元から聞こえていた。
 サンタはその様子を見ていたが、興味を失った様子で柚葉に目を向ける。
「あう‥‥」
 震えながら海原の断末魔を見ていた柚葉は、サンタのホッケーマスクに隠れた視線に震え‥‥そして慌てて走り出した。
 幸い、まだ足は動いてくれる。柚葉の背後、肉を噛み砕く音はどんどん遠くになっていった。
「ごめんなさい‥‥ごめんなさい! ボク、悪い子かもしれないけど、こんなのってないよぉ!」
 その謝罪の言葉は誰にも届かず、あやかし荘の暗い廊下の中に消えていく。それでも謝罪の言葉を止めず、走りつづける柚葉‥‥どれだけそうしていたのか、柚葉は足を止めた。
 暗いあやかし荘の中、もうサンタの気配はない。
 が‥‥柚葉は香ばしい匂いに気付いた。遠く、カチャカチャという小さな音と、楽しそうな笑い声も聞こえる。誰かが、夜食でも食べているのか‥‥そんな感じだ。
 柚葉は、その匂いと音の元、共同の台所へ向かって歩いた。誰か居れば助けてもらえるかも知れないし、そうでなくても逃げるように言わなければならない。
 そう考えながら足を進める柚葉。
 匂いははっきりと、肉を焼く匂いだとわかった‥‥だが、聞こえてくる声がおかしい。笑い声しか聞こえないのだ。
 不思議に思いながら、柚葉は台所に歩み寄り、ドアに手をかけると押し開いた‥‥
 そこにいたのはサンタだった。
 彼は肉切り包丁を手に流し台に向かって、そこにある何かから肉を切り出しては、傍らのコンロの上に置かれたフライパンに放り込んでいる。
 だが‥‥まな板代わりの板に釘で打ち付けられ、肉を切り刻まれているのは、中学生くらいの少年の様に見える‥‥城戸・永児だった。
「ひっ‥‥ひ‥‥死ぬのも、悪くないな」
 グチャグチャにへし折られた腕と足を虫の標本の様に釘で止められ、城戸は狂ったような笑顔を浮かべながら、肉を包丁で削ぎ取られる度に一際大きな笑い声を上げていた。
「ひゃ! それって‥‥スペアリブ!? あはは‥‥」
 胸を開かれ、肋骨が切り出されたのを見て、城戸はサンタに問いかける。だが、サンタは寡黙な料理人であるかのごとく、無言で手を動かしていた。そして、新たにもう一片、肉片が切り取られ、城戸が笑い声を上げる。
「ひゃひひひいい‥‥知ってる‥‥凌遅‥‥中国や朝鮮で‥‥ひゃはぁっ!? 見‥‥たぞ‥‥奴らも‥‥‥‥食ってた」
 見た目以上の年月を生きている城戸が、笑い混じりの叫声の合間に何やら呟いていた。
 それは、何処まで行っても斬首や銃殺止まりの日本人には出来ない芸当の話だが、そんな事は柚葉の知ったことではない。
 柚葉は、目の前の異常な光景にただ呆然と見入るだけだった。
「ははははははは‥‥意外と‥‥死ぬって‥‥ぎ!? ぎっ! ぎひひひ‥‥楽しい‥‥もんだな」
 肋が切り出される度に言葉を止めながらも、城戸は狂った笑いを止める事はない。
「苦労して‥‥ぎゃう! おお‥‥80年も‥‥生きないでさっさと死んで‥‥ごふ!?」
 すっかり肋骨を失った胸から、サンタが力ずくで引きちぎるようにして抜き出した臓器は肺。
 それを失っては喋る事などかなわない。沈黙と同時に、窒息の苦しみに身をよじり始める城戸。
 サンタは、その手の包丁を城戸の首に押し当てた。そして、軽く力を入れる。と、城戸の首はゴロリと転がり、床に落ちた。
「‥‥‥‥‥‥」
 まだ、苦悶と歓喜の表情を浮かべながら蠢いている城戸の首。それをサンタは拾うと、傍らの電子レンジの中に入れ、タイマーを無造作に回した。
 回転テーブルの上でクルクルと回りながら、城戸の首が苦痛と歓喜の混じる表情で蠢いているのが、ドアのガラス部分越しに見える。
 その肌が急速に水気を失い、ひび割れていく。眼球が破裂して中身を飛び散らかせる。
 最後に城戸の首は、濁った炸裂音を発して電子レンジの中に鮮血を撒き散らした。
 それで興味を無くしたのか、サンタは電子レンジから視線を動かす。柚葉の方へ。
「ひっ‥‥」
 柚葉は我に返り、後ろに後ずさった。だが、廊下の壁がその退路を塞ぐ。
 横に逃げればいいのだが、視線は張り付いたかのようにサンタから動かず‥‥また、足は一歩も動けない程に震えていた。
 サンタは、これ見よがしに肉切り包丁を振って血の飛沫を落としながら、柚葉の元へと歩み寄ってくる。
 遮るものなど何も無いし、それほど距離もあるわけで無し。柚葉に肉切り包丁が振り下ろされるのも、そう遠くはない‥‥だが、次の瞬間、耳を破らんばかりの銃の連射音と同時に窓ガラス‥‥そして、台所内にあった様々な物が砕けた。無論、サンタもまたその突然の攻撃に体を傾ける。
 そしてその直後、窓ガラスを蹴り割って誰かが部屋に飛び込んできた。
 ガスマスクで顔を隠した小柄な姿‥‥ササキビ・クミノ。彼女は、手に持った7.62mmアサルトライフルのマガジンの排出と装填を素早く行い、そのままサンタに向けて再び引き金を引く。
 吐き出される数十発の銃弾が、サンタの体を穿った。サンタは、傷口から血を噴き出させながらその場にくずおれた。
「‥‥‥‥」
 ササキビは、サンタに背を向けて、柚葉の方へと足を進める。状況がつかめていない様子でそれを見ていた柚葉‥‥だが、柚葉はその時、ササキビの背後を指して叫んだ。
「う、後ろ!」
 振り返るササキビ‥‥目の前、立ち上がったサンタが、ササキビに斬りかかってきていた。
 とっさに抜いたコンバットナイフが、肉切り包丁を受け止める‥‥が、膂力の差かササキビは酷く押し込まれ、片膝をつく。
「く‥‥‥‥」
 このままでは潰される事は明か‥‥ササキビは、コンバットナイフの刃を斜めにし、サンタの肉切り包丁からくわえられる力を流す事で、僅かに時間を稼いだ。
 その僅かな時間に、胸のベストにピンで留められていた手榴弾を抜き出し、それをサンタの背後に投げる。そうして置いてから、ササキビはぐっと身を縮めた。サンタの体を盾として利用するために。
 直後、炸裂する手榴弾。それはサンタを背から襲う。そして、何処かで漏れていたガスに引火したのだろう。炎と衝撃‥‥黒煙が更にその場を荒れ狂う。
 爆発は台所の内から溢れ、一瞬は柚葉をも包み込んだ。
 思わず目を閉じ‥‥そして、目を開けたとき、台所には黒煙が満ちて見通せない状態だった。
 と‥‥その中から歩み出てくる影。身構える柚葉の前に姿を現したのは、サンタではなくササキビの方だった。
 それでも‥‥ガスマスクに怯える柚葉。それに気付くと、ササキビはガスマスクをはぎ、そして倒れ込むように片膝をつくと、柚葉の頬に軽くキスをした。
「あ‥‥えと‥‥何?」
「おまじないだ‥‥」
 戸惑う柚葉に、ササキビは言う。そして、続けて呟いた。
「ごめん」
「? 何が‥‥」
 柚葉の戸惑いは疑問へと変わる。ササキビの様子が変だ。
 そう考えたその時、ササキビは柚葉の上に覆い被さるように倒れ込んだ。
「えっ?! ちょっと‥‥」
「ごめん、間違い。逆、だっ、た」
 何が‥‥聞こうとして、ササキビの身体を立たせようと押した柚葉の手に、生暖かい液体が触れる。
 初めて見えたササキビの背‥‥そこには、植木鋏が深々と突き立てられていた。
「ひっ! ‥‥これ‥‥」
 柚葉の顔が強張る‥‥まるでその時を待っていたかのように、黒煙の満ちる台所からサンタがその姿を現す。
 サンタは、植木鋏の握り手を掴んだ。そして、その腕に力を込める。
「あぐっ!?」
 ササキビが苦痛に反応したのも僅かな間の事‥‥バチンと音がして植木鋏の刃が閉じ、ササキビの背骨が断ち切られた。同時に、力を失った身体が、重たく柚葉にのしかかる。
 その背後、サンタはササキビの体から植木鋏を力任せに抜き、力一杯振り下ろしてはササキビの体に突き立てていた。その度に飛び散る血飛沫が、ササキビの下で恐怖に喘ぐ柚葉を汚していく。
「や‥‥止めてよ‥‥死んじゃう‥‥死んじゃうよ‥‥」
 柚葉が呟く言葉はササキビを気遣ってのもの。だが、ササキビが既に死んでいるのは誰の目にも明らかだった。
 何度も何度も刺されたササキビの身体は既に穴だらけで、特に胴の辺りは両断されかけている。それでも‥‥柚葉はササキビの流した血でどろどろになってはいたが、まだ傷一つおってはいなかった。
 多分‥‥いや確実に、サンタの力をもってすれば、ササキビの細い身体と一緒に柚葉をも貫く事が可能だったろう。しかし、それはしない。
 恐怖のみ心を塗りつぶされた柚葉が見上げるサンタの顔‥‥ホッケーマスクの向こうには、ただ虚無的な‥‥死人のように澱んだ目が覗く。
 サンタはササキビの身体に手をかけ、それを持ち上げた。
 全身が引き上げられるかと思ったが、切り刻まれたササキビの身体は自身の重量に耐えられずに千切れ、上半身だけがサンタの手に残る。下半身は赤黒い断面を見せながら柚葉の胸の上を転がった。その下半身と上半身をつなぐ紐のような物は、血に濡れた腸か‥‥
 サンタの右手の中、血を落とすササキビの死体。その顔だけはまだ傷一つ無く綺麗で、アンバランスな美しささえ感じさせた。
「い‥‥いやぁ。もう、嫌だよぉ‥‥」
 全身を朱に染め、震える柚葉‥‥その前で、サンタはササキビの身体を放り捨てると、袋に手をやった。そうして、その中から大きなチェーンソーを引きずり出す。
 エンジン音をけたたましく上げたそれは、サンタの手の中でその刃を回転させた。
「‥‥‥‥」
 サンタはそれをゆっくりと柚葉に近づけていく。背後を廊下の壁に塞がれた柚葉に下がる場所はない。恐怖に震える柚葉‥‥その首を狙って、ゆっくりと、ゆっくりと‥‥
 その回転する刃が柚葉に触れる‥‥その間際だった。
 横合いから飛び出した男が、柚葉の身体を抱きかかえてスライディングし、柚葉をチェーンソーから引き離す。
「もう大丈夫だよ」
 笑いかけたのは葉月・政人。彼は、柚葉の肩に手を置いて安心させるように言ってから、サンタに向き直るように立ち上がった。そして、
「変身! FZ−01!!」
 掛け声。掲げた右手と、脇を締めて腰で構えた左拳。直後、閃光が葉月を包んだ。
 光の中で特殊強化服が実体化し、葉月をFZ−01に変えていく。その様を、サンタは興味もなさげに見ていた‥‥と、我に返ったかのように、邪魔者であるFZ−01に、チェーンソーで襲いかかった。
 だが、FZ−01のその手に現れた高周波単結晶ソードが、サンタのチェーンソーを切り捨てる。
「トオッ!」
 直後、跳躍するFZ−01。天井に足をつけて反転、そのまま急降下をする勢いを乗せてサンタを蹴ると、その反動を利用して再度ジャンプ。空中反転してもう一度蹴りを放った。
「FZブーメランキーック!!!」
 その一撃に爆発炎上するサンタ。
 FZ−01は、その炎に背を向け柚葉に歩み寄り声を掛ける。
「もう大丈夫だからね」
「ダメ‥‥」
 柚葉はもうわかっていた。それを止める事は出来ない‥‥
 炎の中から何もなかったかのように出てきたサンタが、その手に光る斧を振り上げる。
 FZ−01の背後‥‥振られた斧。直後、ヘルメットが落ちる。
 とっさに受け止めてしまった柚葉‥‥その重さに落としそうになった次の瞬間、葉月の首だけがヘルメットから抜け落ちた。
 そして、その場に頽れるFZ−01の身体‥‥それは断面を覗かせた首から、赤い血を吐き出し続ける。
「いやあ! もういやああああああっ! 何で? どうしてぇ!」
 耐えきれず、悲鳴混じりに詰問する柚葉。
 何故‥‥どうして、そんなに人を殺すのか?
「‥‥‥‥」
 だが、サンタは答えなかった。ただ、無言で斧を振り上げる。
「待てよ!」
 制止の声‥‥サンタはそっちに顔を向けた。
 そこに立つのは道明寺。しかし、本来は二重人格で身体は共有している筈の道明寺が、何故か二人いた。
 眼鏡をかけていないユーヤと眼鏡をかけた裕哉。
 声をかけたのはユーヤの方。その間に裕哉は、柚葉に駆け寄ってその身体を抱き起こしていた。
「大丈夫? もう、安心だからね?」
「おい、和んでるんじゃねえ。さっさと安全な所に逃げろ!」
 その場で柚葉を宥め始めた裕哉に、ユーヤは一喝して逃げるよう促す。
「あ、うん。わかったよ。ユーヤ君も気を付けてね」
 裕哉は、慌てて柚葉を手の中から降ろして立たせ、二人一緒に走り出す。
 ユーヤは溜息をつきながらその背中を見送り‥‥そして、それからサンタに目をやった。
「さて、来いよ。ぶちのめしてやる」
 誘いの言葉‥‥それに乗って走り出すサンタ。
 ユーヤは、サンタが自分に迫るタイミングを掴んで、軽く後ろに飛んだ。そして振り下ろされる斧を待って、今度は前に跳躍。振り下ろされた斧を踏み越え、その身体はまっすぐにサンタに向かう。
 ユーヤが振り抜いたその足が、サンタの顔面を砕いた‥‥
 そのまま音を立てて倒れるサンタ。その顔から、ホッケーマスクが落ちる。
 ユーヤは、そんな事は全く気にせず、一撃で倒したものと考えて裕哉と柚葉が逃げた方を見た。
「大した事ねぇな、サツ呼ぶか」
 歩き出したユーヤの後ろで、サンタは立ち上がる。ユーヤは気付かない。斧が振り上げられ‥‥
「!?」
 背中に振り下ろされた斧は、ユーヤの脇腹に深く突き立った。
 そのまま勢いよく跳ね飛ばされたユーヤは、壁に叩きつけられて血を吐く。脇腹の傷からは、血と内臓があふれ出してきていた。
「ちっ‥‥くしょう!」
 血と共に恨みの言葉を吐くユーヤはサンタを睨む。
 サンタの手にあったのは斧‥‥血の滴る斧から視線を動かし、ユーヤはサンタの全身を見上げていった。
 斧を握る右手。そして、左手には、今、顔につけられようとしているホッケーマスク。そして‥‥


「ユーヤ君もやられちゃったみたいだ‥‥」
 何となくわかるのか、裕哉は呟く。
 そして裕哉は、柚葉の手を引きながら、先に立って走り出した。
「逃げよう‥‥こっちへ」
 裕哉が向かう先は、あやかし荘の玄関口。ともかく、出口はそっちしかない。
 走る二人‥‥柚葉はこの先で死んでいるだろう海原の事を思い出した。
 あの時も‥‥サンタは待っていた。と‥‥音が聞こえる。
「ぁ‥‥ぁぁ‥‥」
 曲がり角‥‥その向こうは玄関。
 その曲がり角に柚葉は、転がる首を見た。
 G・ザニー。その咀嚼に蠢く口の中、こちらを見る青い瞳のついた肉片が見える。それも、すぐにG・ザニーの顎に噛み砕かれ、口端から青色の長い髪が覗くのみとなる‥‥
 と、それが見えた次の瞬間、G・ザニーの首を赤いブーツが踏み砕いた。
「あ‥‥」
 柚葉は足を止める。だが、裕哉は気付いていなかったらしく、足を止めた柚葉に顔を向けて不思議そうに聞いた。
「どうしたの? 早く‥‥」
「ダメ!」
 柚葉は裕哉の腕をひいて逃げようとする。しかし、感じたのは思ったよりも軽い感触‥‥
 柚葉は見る。自分の腕に抱えられている、裕哉の右腕を。
「ひっ‥‥」
「あれ‥‥なんで‥‥‥‥」
 肩口から無くなった自分の右腕を呆然と見‥‥それから裕哉は、ゆっくりと振り返った。
 そこに立つ、鉈を持ったサンタ。サンタは、斧を投げ捨てると、その手で裕哉の首をつかまえて吊り上げた。
「ぐ‥‥が‥‥‥‥」
 喉を握りつぶされ、裕哉の上げる苦悶の呻き。
 と‥‥サンタは残された手で、裕哉の残る左腕を掴んだ。
 みしり‥‥と、小さな音がし、裕哉の苦しげな表情に激しい苦痛の色が添えられる。
「ぎ‥‥ぎぃ‥‥」
 裕哉の声にならない苦痛の絶叫。
 そして、ブチブチと何かが千切れる音が響いた。
 その直後に、裕哉の肩の所の皮膚が裂け、そこから覗く筋繊維が次々に千切れ、靱帯が弾け切れ、骨が外れ‥‥左腕が裕哉の身体から引き千切られた。
 苦痛にか、裕哉の身体が足を振り乱して暴れる。
 それを気にもせずサンタは、裕哉の腹に手を当て、次にはゆっくりと埋没させていく。
 皮膚を指で破り、脂肪と筋膜を引き裂きながら腹の中に手を埋め込むと、存分にかき回して手に臓物をからめて手を抜き出す。裕哉の臓物と共に。
 そしてサンタは、引きずり出した腸を裕哉の首にかけた。
 それから、サンタは裕哉を放り出す。廊下に転がる裕哉‥‥サンタは手に持った裕哉の腸を、今度は両手で左右に引いた。裕哉は再び浮き上がる。自分の腸に首をくくられて‥‥
 裕哉が動いていたのは僅かな時間だった。
 サンタの手から腸が放される。落ちた裕哉は、苦痛にゆがむ表情で天井を‥‥そして、恐怖に身をすくめる柚葉を見上げていた。
「ひっ、あ‥‥」
 柚葉は、ゆっくりと後ずさる。でも、もう逃げ場はない。
 サンタは柚葉に歩み寄ってくる。もう逃げ場はない‥‥
 壁に向かってしゃがみ込み、耳と目を閉ざす柚葉‥‥その尻尾を、ゾッとするほど冷たい手が、引き千切らんばかりに強く掴んだ‥‥‥‥

●夢の目覚め
「んん〜、そろそろやな」
 ベッドに転がって雑誌をめくりながら深夜ラジオを聴いていた天王寺・綾は、深夜2時の時報を聞くと、ベッドから立ち上がった。
 そして、机の上から綺麗なリボンがかけられたプレゼントを手に取り、部屋を出る。行き先は、柚葉の部屋だった。
 天王寺は柚葉の部屋のドアを開け‥‥そこにあった光景に眉をひそめる。
 布団やら何やらを全部けっ飛ばして、へそまで見せた格好で寝ている柚葉。まあ、これは特に変わった光景でもない。
 しかし、そんな柚葉に覆い被さる男の影があるとなれば話は別だった。
「な、な、な、な、何しとるんや自分!」
 思わず声を上げる天王寺。その声に驚いて、うなされる柚葉を心配そうに見ていた道明寺・裕哉が顔を上げる。同時に、柚葉もその目をぱっちりと開けた。
 そうしてから柚葉は周りを素早く見回して、あのサンタが居ないのを確認し‥‥直後、緊張が解けたのか、いきなりその目に涙を浮かべた。
「う‥‥うわぁ〜ん!」
 布団から跳ね出るや天王寺の胸に飛び込んで、大きな泣き声を上げる柚葉。抱き留めて、慰めるようにその背を軽く撫でてから、天王寺は裕哉をキッと睨み付けた。そして、
「誰か、警察や! 警察呼んでーな、警察! 痴漢が出よったぁ!」
 ドアの外へ大声で報せる。流石にその声で、他の部屋に明かりが灯り始めた。
「ち‥‥違いますよ!」
「じゃあ、何で、柚葉の部屋におんねん!」
「えと‥‥あれ? 記憶がない。どうしてなんだろ」
 必死で否定する裕哉だが、どうしてこの部屋の中にいるのか説明できないのではしょうがない。
 気がつけば柚葉の部屋の中で、何かうなされてるから側で心配していただけなのだが‥‥
「しらばっくれるんやない! 痴漢!」
 天王寺が声を上げる。もう、痴漢は確定な様だった。
「ご、誤解です!」
「あやかし荘に五階は無いわボケェ!」
 騒ぎの中、柚葉は手で擦って涙を拭きながら、ゆっくりとその顔を上げた。もう悪夢は終わった‥‥もう、安全なのだ。
「あのね‥‥」
 ただ、悪い夢を見ただけなんだと‥‥天王寺にそう言おうとしたその時、視界の端を窓が掠める。
 柚葉は気付かなかった。
 しかし、それはそこにいる。
 血に濡れた真紅のコートを着、ホッケーマスクを被ったサンタが、窓の外に‥‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】

1974/G・ザニ− (じー・ざにー)/18歳/男性/墓場をうろつくモノ・ゾンビ
1252/海原・みなも (うなばら・みなも)/13歳/女性/中学生
1855/葉月・政人 (はづき・まさと)/25歳/男性/警視庁対超常現象特殊強化服装着員
0646/道明寺・裕哉 (どうみょうじ・ゆうや)/18歳/男性/アルバイター
0587/城戸・永児 (きど・えいじ)/89歳/男性/中学生
1166/ササキビ・クミノ (ささきび・くみの)/13歳/女性/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

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■         ライター通信          ■
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 一応。これはあくまでも柚葉の夢ですので、キャラクターの死亡がどうこうといった事はありません。
 自分の可愛いPCがぐちゃぐちゃになる様を楽しんで頂けたなら、この様なシナリオを作った甲斐があったというものです。
 またの機会のご参加、お待ち申し上げております。