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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


死の宣告

□原宿の占い師
 華やかな原宿通りの路地を曲がった先に、まるでそこだけ空間を切り取ったような静かな佇まいが並んでいる。別名「占い通り」と呼ばれるそこは様々な占い師が店を開いていた。その大抵が喫茶店や雑貨屋などの店を経営傍らに行われているのだが、ちゃんと専門店として開いている店もある。
 占い通りの中央部にある中国茶屋に住む「原宿の母(オムニ)」と呼ばれる占い師は、その的確なまでの先見力とある噂でその名が通っていた。
 彼女が占いを拒否したものは1週間以内に死ぬ、という。
 
「……で。断られちゃったわけね」
 しょんぼりと机に伏す三下忠雄に向かって、碇麗香は冷たく言い放った。いつもと変わらないはずだが、その表情はどこか楽しそうにも見える。
「もしかして……こうなること分かって、あそこの取材に行かせたんですか……?」
「まさか。そんな先見の力が私にあると思って? それより残り少ない命なんでしょ。死ぬ前にさっさと原稿あげときなさい」
 終わったら残りの日を自由に使えるように申請しておくわよ、と言葉を添えて麗香はぽこりと頭を叩く。
「それに死にたくないなら、それなりに動きなさい。ここは何を取り扱ってる……編集部だったかしら?」
 さりげなく呟いた麗香の言葉に、忠雄ははっと顔をあげた。そうだ、ここは怪奇と霊を取り扱ってる編集部……何かしら回避手段があるだろう、多分。
 噂が本当かどうか保証は出来ないが、動かないでおびえているよりずっとましだ。
 そう心に決意し、忠雄はペンを走らせた。
 
■背後にいるもの
「で、できました……!」
 よれよれになりながら、忠雄は一枚のフロッピーディスクを麗香の机に提出した。
 丁度、取材の手伝いに来ていた柚木・シリル(ゆずき・ー)がそれに気付き、フロッピーを何気なく手に取った。
「あれ、この原稿もう出来たんですか? 確かこれって……2日前あたりの取材のですよね?」
「もう僕に時間はないんだ……いまやれるうちにしておかないと……」
 ぶつぶつと独り言のように忠雄は言葉を返す。
 その様子に怪訝に思い、シリルは麗香に事情を尋ねた。
「……え。余命4日?」
「占い師の話を信じれば、ね。でも全ての占いが当たるとは限らないし、あいつのことだから案外ずぶとく生きてるんじゃないかしら?」
 気楽そうにいってはいるものの、麗香の表情には怯えに似たような影がわずかに見えた。
 自分の身近にいる人間が死の宣告をされているのだ。それがたとえ、占いと言う不確定な要素であったとしても、心配してしまうのが人情というものだろう。
「そういえば……三下さんの背中に……黒くよどんだものがあるみたいですね」
 目を細めながらシリルは呟く。シリルの中に流れる人ならざる力が、冥府への使者の存在を感じ取っていたようだ。
「こんにちは……あら……」
 編集部の扉を開けたなり、忠雄と鉢合わせした海原・みその(うなばら・ー)が小さな驚きの声をあげる。忠雄の姿にびっくりしたというより、その背後にいた存在に驚いたようだ。
「三下様こんにちは。あの……そちらのお方は取材のお手伝いの方でしょうか?」
「えっ!?」
 忠雄は慌てて振り向くも、そこには誰もいない。ぎぎっ……と首だけ動かし、忠雄はおそるおそる、みそのに尋ねた。
「……あの……お方って誰が?」
「ええと、黒いフードをお召しになられた方ですわ。ずいぶんと大きな鎌を持っていらっしゃるようですが……何にお使いになられるのでしょう」
「えっ? えっ?」
 何度も振り返るが、確認し直したところで見えるものでもない。
 背中に走る寒気と嫌悪感に忠雄は突然、その場に座り込んだ。
 みそのの今の言葉と、いままで原稿をあげるという目標があったために忘れていた恐怖が、一気に襲いかかって来たのだ。
「大丈夫ですか?」
 心配げに忠雄を見つめるみその。そっとハンカチを差し出し、額の脂汗を手を伸ばすも、忠雄はそれを制してゆっくり顔を上げた。
「大丈夫で、す。ちょっとめまいがしただけです」
 みそのを心配させまいと、忠雄は穏やかな微笑みを投げかける。笑顔の裏に気付きつつも、みそのはそれにだまされることにした。
「黒いフードに大きな鎌……まるで死神のようですね」
 ぽつりとシリルは言葉をもらす。目を瞬かせてみそのはシリルに問いかけた。
「死神? この方は死神様ですか?」
 死神という単語に、一瞬フードの人物はほほ笑んだ、ような気がした。
 本物なのだと確証して良いだろう。
「あの……あなたが三下さんの命を持っていってしまう人なんですよね?」
 じっと睨みつけるようにシリルは影を見つめる。
 だが、シリルの言葉が通じていないのか、それとも答える気がないのか。影は揺らめいたまま沈黙を保ち、シリルの求める言葉を返そうとはしなかった。
 ようやく麗香から事情を説明してもらい、理解を得たみそのも影に声をかけた。
「今日、とても素晴らしいお茶っぱを頂きましたの。よろしければご一緒に頂きませんか?」
「死神と……お茶!?」
「はい、このような機会はめったにございませんもの。シリル様も如何でしょうか?」
 茶っぱの入った缶と、手みやげらしいあられのつまった袋を出しながら、みそのは穏やかに言った。
「お茶は大勢で楽しく飲んだ方が美味しく感じられますものね」
「それより、三下さんの延命作業は……?」
 自らの説得だけではあまり効果がないと薄々気付いていたシリル。不安げな表情で麗香に視線を送ると、意外にも麗香からは一緒に茶を飲もうと返事が返って来た。
「大丈夫、今頃ちゃんともうひとつの手が、本拠地に乗り込んでいってる頃よ」
「もうひとつの手……?」
「三下くんに死の宣告をした相手の説得よ」
 その結果が出るまではゆっくりしても大丈夫だろう、と麗香は言葉を添えて片目を閉じた。
 忠雄は怯えた様子できょろきょろと視線を送り、落ち着かない。
 それに気付いたシリルは思いきって自分の意見を提案した。
「あの……こういうのはどうでしょうか……?」

■原宿の母
 予約の時刻ぴったりに店に到着したセレスティ・カーニンガムは、付き添いにと麗香から紹介されたラスイル・ライトウェイと共に扉を開けた。
 中国茶専門店特有の少しほこりっぽいようなお茶の香りが2人を迎え入れた。誰もいない客席の中央に、恰幅のよい中年の女性がお茶を飲んでいる。
「いらっしゃい。この時間のお客はあなた方だけよ」
 店員らしき男性に案内され、ラスイルはセレスティの座る車いすを押しながら、店内をぐるりと眺めた。
 結構簡素な作りの店だ。明かり取り程度の小さな窓には竹の格子がはめられ、天井から釣り下げられたライトは紙製のランプカバーがかけられている。そのためか店内は昼だと言うのにどことなく暗く、中国茶の香りも誘って、訪問者の心を落ち着かせた。
「お茶は何がよいかしら。少しだけど紅茶もここには置いてあるわよ」
 そうは言うものの、メニューらしきものは渡されなかったため、2人はそれぞれ思い付いた茶を注文した。店員は「かしこまりました」と小さく告げ、そのままカウンターの奥へと姿を消していく。
「一応確認いたしますが……原宿の母でいらっしゃいますか?」
「……この店にくる多くの子達が、私をそう呼ぶわね。でも私のことは美真(みじん)と呼んでちょうだい、それが私の名前なの」
「では美真。私の知人で……不幸の宣告をされた人物がいるのですが、何故人を導くという役割である占い師が人を不幸に導くのでしょうか?」
 セレルティはいつになく強い口調で美真に問いかける。
 ゆっくりとお茶を飲みほし、おかわりをそそぎながら彼女は言った。
「私は見た通り、思った通りのことしか言わないわ。それをどう受け止めるかは本人次第よ。私は人を導くなんて大それたものじゃない。ただ、私の元に来てくれたお礼として、ほんの先の未来を伝えてあげているの」
 自分は占い師でもないし、指導者でもないと否定する美真。だが結果的に彼女のしていることは占い師としての行動であり発言だ。
「先が見えるならそれを回避する方法も分かるんでしょう? 何故それを教えないんですか?」
 ラスイルはじっと美真を見つめながら言う。
 やれやれとひとつ息を吐き、美真はゆっくり茶をすすった。
「教えてもその子の力では回避出来ないのに? お友達がいなくなるかもしれないと心配されているようだけど……大丈夫よ。最悪の展開にはならないわ」
「と、申しますと?」
「あなた達が動いて、その子を助けようとしているもの。協力者がいれば乗り越えられる。でも……その子がむりやり手伝わせたのではだめ。自分から動いて手を差し伸べてくれたお友達でないと、上手くはいかなかったの。あなたが言っている子だけでなく、大抵のものがそう。だから私は何も言わない」
「それは何の解決にもならないではないですか……不安と恐怖を呼ぶ材料にしかなりませんよ」
 わき起こる怒りを押さえ、セレスティは厳しい表情のまま美真に言った。
「教えるだけが親切ではないわ、周りの噂に流されず、自分だけで考えるのも大切なことよ。運命を操れるあなたなら分かることでしょう?」
 美真の言葉にセレスティは目を瞬かせた。
「お待たせしました。セイロンのアップルティーとキャンディのオレンジペコーです」
 いつの間にか来ていた店員が、真っ白なカップとティーポットを2人の前にそれぞれ並べていく。ポットに入れられた紅茶をカップに注ぐと、林檎の爽やかな甘味とキャンディの鮮やかな紅色が机の上に花開く。
「さあ。冷めないうちに頂きましょう」
 時間はまだある、その間に話せば良いというそぶりの美真。
 簡単に交渉は出来ないだろうと予測していたセレスティだったが、ちらりとラスイルに視線を送る。
 小さく頷き、ラスイルはさりげなく申し出た。
「美真さん、ひとつお願いできませんでしょうか? 私の知人、三下忠雄という男の不幸を退ける、具体的な方法を教えて欲しいのです」

●対談
「お茶うけがあられだけでは寂しいわね。何か買ってくるわ」
 タイミングの悪いことに、丁度外来用の菓子を切らしていたため、麗香は外へ買いだしに出ていった。
 麗香を見送った後、みそのは「流れを変化させる力」で一時的に死神の対象をみその自身に移し、みそのは面談のような形で死神と対話を始めた。死神を見ることが出来ない人物からしてみれば、何も無いところに呟いているちょっと不思議な人に見えるかもしれない。
「何か物は食べられますか?」
 そう言いながらみそのは香り高いお茶を死神の前に差しだした。
 死神は碗に顔を近付けたが、飲むようなそぶりはみせない。殆ど実体化していないため、飲食は出来ないようだ。
「あら、残念ですわ……せっかく美味しいお茶をみつけましたのに……」
 がっくりと肩をおろし、みそのは静かに煎茶を口に含んだ。じっと見つめる視線に気付き、みそのはにこりとほほ笑む。
「よろしければ何かお話して頂けますか? 三下様のどのあたりがお気にめしたとか……」
 しばらく沈黙が続く。
 やがてフードの奥の闇から声が聞こえて来た。それは、言葉を聞いているだけで体中に針が刺されたような、痛みが感じられる冷たい響きだった。
「……あれほど不幸ばかりを背負ってる人間も少ない。彼がその苦しみから逃れられるのは未来永劫としてありえないだろう……」
「あら、そうでもありませんわ。三下様は皆様に愛されていますし、とても幸せだとおっしゃっていました」
 みそのはふんわりとした笑顔でほほ笑みかける。
 途端、死神は苦しそうに体を屈めてうめき声をあげた。
「くるしい……そんな顔を私に……むけるなっ!」
 パチンと何か強い力が弾け、みそのはソファに叩き付けられた。
「きゃっ!」
 そこで一瞬みそのの意識は途絶えた。
  
■流れ流れて
「これで許してもらえますか?」
 シリルは数枚束になった書類を死神に見せた。といっても、シリルには闇の固まりにしか見えない。闇は原稿にとりまくように渦巻き、ゆっくりと再び忠雄の周りを漂いはじめる。
「……これでは充分、ではありませんか……?」
 しょんぼりとシリルは目を伏せた。
 自分なりに最高の方法だと思っていただけに、失敗と知り目頭が熱くなってきたのを感じた。
 不意に冷たい風が編集部内に流れた。
「ん……」
 寒さに体を震わせ、眠っていたみそのがようやく起き上がった。
「川……?」
 肌を流れる風と聞こえないはずのせせらぎに、みそのは静かに目をふせる。瞳を閉じると、本当に自分が水の流れに漂っているように感じられた。シリルもそれを感じているのか、目を細めて見えない水の流れの正体を知ろうと全神経を集中させた。
 数分間、水のせせらぎは続いていた。そして、一瞬にしてそれはかき消された。
 はっと気付き、2人は忠雄を見つめる。いつのまにか忠雄の周りにいた闇は消えていた。
「もしかして、今の川に流されていったのかしら?」
「いえ……あれはここへ何かを運んで来たもののようです。おそらく三下様のかわりになる魂か、それに同等するもの……」
「でも、これで三下さんは助かったんですね」
 安堵の表情を浮かべ、シリルは改めて手に持っていた原稿に視線を移した。
「あら……」
 プリントアウトしたはずの原稿はすべて白紙に戻っていた。
「ずいぶんどん欲な死神さんでしたわね」
「ええ、そうみたいです」
 真っ白になった紙を見つめながら、みそのとシリルは互いに苦笑いを浮かべた。
 
■水を司るものと魂を分け与えたもの
 ゆっくりと瞳をあけ、ラスイルは横たわっていた長椅子から身を起こした。
「無事に届けられたようです……」
「それはよかった。これで一安心ですね」
 セレスティは水鏡に入れていたコインを取り、手持ちのハンカチで丁寧に拭いた。
「でも一部とはいえ、魂を差し上げてしまってよろしかったんですか?」
「ええ、死神に与えた魂は私の中にあるもうひとつの魂ですから。でも、あの程度では……少し満足してないかもしれませんね」
「大丈夫、満足して帰っていったみたいよ。向こうにいる子達も頑張ったみたいね」
 にっこりと美真はほほ笑む。
「さて、次のお客まで時間あるし、お茶のおかわりでも如何かしら?」
「そうですね、では遠慮なく頂いていくとしましょうか」
 
 おわり
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/     PC名    /性別/ 年齢/ 職業】
 1388/  海原 ・  みその /女性/ 13/深淵の巫女
 1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師
                         ・水霊使い
 2070/ ラスイル・ライトウェイ/男性/ 34/放浪人 
 2409/  柚木 ・  シリル /女性/ 15/高校生
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■         ライター通信          ■
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 新年明けましておめでとうございます。
 昨年、私の作品にご参加頂いたかたも、今回が初めてのかたも。
 いろいろお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 さて、新しい年になって初めてのアトラス納品物「死の宣告」をお送りいたします。
 久しぶりのちょっとシリアスです。
 オープニングの雰囲気ではダークな雰囲気をちょっぴり残していたはずなんですが、やっぱりいつの間にか消えてしまいましたね(苦笑)
 
海原様:ご参加有り難うございました。妹さんが遊んでくれませんか(涙)……もしかしてそろそろ中学受験とか……? そうなるとますます大変ですね……。それはともかく。死神さんはちょっぴりシャイなお方のようで、会話はあまり成立しなかったもようです。残念。

 今年ももそもそと東京怪談を中心に窓を開いていこうとおもいます。
 もし興味を持たれましたら、是非ともご参加ください。
 また別の物語でお会いできるのを楽しみにしております。