コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


クリスマスの魔法
 季節は冬、クリスマス真っ盛り。
 町はクリスマスの飾り付けやイルミネーションで彩られており、道行く人々の表情も明るい。
 そんな中、黒いローブを引きずって、浮かない顔で少年が歩いていた。
 銀色の髪に赤い瞳、細身で小柄でどこか頼りない感じのする、そんな少年だ。
「はぁ……」
 クリスマスだというのに、少年は幸せが全部どこかへ逃げていってしまいそうな、そんなため息を漏らした。
 せっかくのクリスマスなのに、師匠から、「氷の魔法の応用で、雪を作る魔法を覚えてくること」という課題をいただいてしまったのだ。
 ため息でもつかなければ、やっていられない。そんな気分だった。
「雪なんて……あんな、結晶の形の繊細なもの、僕にはまだムリですよぉ……」
 声に出して、ぼやいてみる。
 そう、彼――朝倉亮はまだ見習で、大した魔法は使えないのだ。
 むしろ、ほとんど魔法なんて使えない、と言ってもいい。
 成功することがないとは言わないが、それは「ないとは言わない」という程度レベルなのだ。
 それが、氷を扱う魔法の中でも難易度の高い、雪を扱う魔法を覚えてこい、だなんて!
「どうしろって言うんですよぅ……」
 ぐったりと亮はぼやいた。そうして、ぼやきながら、人々の間をふらふらと歩きつづけた。

 足の向くままに歩いていた亮がたどりついたのは、小さな児童公園だった。真ん中に、表面の凍りついた小さな噴水があり、いくつかベンチが置いてある。もっと暖かい日だったら、随分と居心地がよさそうな――そんな公園だった。
 クリスマスで、その上夕方のせいか、公園の中に人影はない。
 亮はふらふらと噴水に近寄っていって、縁に腰かけた。
 指先でそっと、張った氷をなでてみる。
 今年はさほど寒くないせいか、氷は薄く、強く押したらすぐに割れて、下の水が噴出してきそうだった。
「雪を……作る、魔法」
 つぶやきながら、亮は氷の上に魔法陣を描いてみる。
 構成は、わかっているのだ。雪の結晶はどんな形をしていて、どうやったら作ることができるのか。テキストの上での知識ならば、亮にだってある。
 けれども、どうやったら、それをこの世界の上で、自分の力を使って実現させることができるのか――それを考えはじめると、とたんにわからなくなる。
 魔法というのはとても感覚的なものだから、その、「どうやったら実現させることができるのか」という部分だけは誰にも教えることはできないのだ、と師匠は言っていた。
 だから、自分で考えなくてはいけないのだ……と、思う。
 でも、水を氷に変えるのはなんとなく身体でわかっていても、雪、となると勝手が違って……。
「考えていてもしょうがない、んですよね」
 むす、と頬を膨らませながら、亮は氷を水に変えていく。
 亮が手のひらを氷に当てて力をこめると、氷は途端に、ただの水へと変じていく。
「あなた……魔法使いなの?」
 そのとき、きょとんと誰かから声がかかった。亮が振り返ると、白いコート、手袋、マフラーで完全武装した黒髪の少女が、目を真っ赤にして亮を見つめていた。
「え……?」
 自分がなにか悪いことでもしてしまったのかと、亮はあわてて立ち上がる。
「あ、なんでもないの。あたしが勝手に泣いてただけ」
 それを悟ったのか、少女は顔の前で手を振りながらそう答えた。
「ねえ……それで、あなた、魔法使いなの?」
「え、あ、はい、見習ですけど」
 重ねて訊ねられ、亮はあわてて頷き返した。
 すると少女はぱっと顔を輝かせて、
「なら、魔法、使えるの!?」
 と言った。
「えっと……少しですけど」
「なら、好きな人を振り向かせる魔法――っていうのは」
「それはできません」
 亮は即答した。
「……なんで?」
 少女は憮然としてくちびるを尖らせる。
「人の心を魔法で操って、それで自分の方を向かせたって……いいことなんか、ないです。絶対」
 それに、亮にはそんな高度な魔法は使えない。けれどもその部分は省いて、亮は言った。
「……じゃあ、やっぱり、ダメなんだ」
 少女は噴水の縁にかけてため息をつく。
「なにか、あったんですか?」
 その隣にかけ、亮は訊ねた。
「うん……。あのね、あたし、今日、フラれちゃったんだ。せっかくのクリスマスなのに……あたし、ひとりぼっちなんだよね」
 寂しげに、けれども明るく、少女が笑い声をたてる。
「そう……なんですか」
 亮は眉を寄せて、ぽつりとつぶやく。
 なんだかんだで面倒見のいい亮は、こういった話に弱いのだ。
 そのまま黙り込んでしまった少女を元気付ける方法はないものかと、亮はあごに手を当てて考え込んだ。
 ふと、先ほど自分が水に変えた、噴水の水が目に入った。
「……そうだ」
 今日は、クリスマス。
 今ここで、雪を降らせて見せたとしたら――少しは、喜んでもらえるのではないだろうか?
 女の子はホワイトクリスマスを喜ぶと、どこかで聞いたことがる。
 雪を作る魔法なんて、どうしたらいいのか全然わからなかったけれど、どうせやらなくてはいけないことでもあるのだし――チャレンジしてみる価値はある。
 亮は少女に気づかれないように、そっと、水に指を触れさせた。先ほどまで氷だった水は冷たくて、すぐに指先がじんじんしてくる。
 水を氷に変えるのよりも、もっと繊細で……こまやかな、力の送り方をしてみよう。うんと小さい、目に見えないほどの氷の結晶が集まってできているのが雪なのだ。氷が作れるなら、きっと、応用できるはず……!
 亮が力を送り込むと、水面が揺れて、きらりと光った。
 そうしてその光はふわりと舞い上がって、雪となり、ひらりひらりと舞い落ちてくる。
「あ……雪?」
 それに気づいて少女が顔を上げ、笑みを浮かべながら手のひらを上へ向ける。
「あら、でも、他のところでは全然降ってない」
 そうして、きょろきょろとしながら少女が首を傾げる。
「僕からのクリスマスプレゼントです」
 雪を作る魔法に成功したことよりも、なによりも、少女が笑ってくれたことが嬉しくて、亮は満面の笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
 少女は涙ぐみながら、けれども、満面の笑みを浮かべる。
 それを見て亮は、魔法使い(見習いだけど)でよかったな――と思ったのだった。