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<東京怪談ノベル(シングル)>


夢庭

 ぐぅ〜。
 と、お腹の虫。
 時を同じくして、近隣学校のチャイムが鳴った。

 私は花室和生。故あって、ただいま玄関の掃除中。
「うーん、お腹すいたなぁ……もう、お昼にしちゃおうかな?」
 手にした箒を用具入れに収め、集めた砂ゴミを捨てた。手を掃うと、射し込んだ一条の光に埃がキラキラと輝いた。
「きれい…星みたい」
 掃除をしていてこんなことを思う人も珍しいのかもしれないけれど、元は埃とは言えやっぱり綺麗なものは綺麗なのだ。
 空を見上げた。
 太陽はすっかり正午の位置に歩いてきている。雲一つない小春日和。掃除にはもってこいの日だった。

                          +

「ええと…おばあちゃんのお見舞いどうしようかな……。うーん、気持ちいいから夕方からにしようっと」
 手際良くツナサンドを作り、庭にあるベンチに座った。人より行動はゆっくり目だけど、料理だけは別格。調理学校に通っている実力をこっそりと披露して、トレイにのせた紅茶を隣に置いた。
 
 ここは六花荘――本来ならば祖母が管理し、祖父と一緒に住んでいるアパート。
 しかし祖母は現在胸を患って入院し、炊事のできない祖父は両親と同居している。私はと言うと通っている学校が近いこともあり、大好きな「六花荘」の管理を祖母から仰せつかったのだ。
 ほんのりと桃色がかったクリーム色の壁面。四角い建物の中央は中庭になっている。私が座っているのもこの中庭にあるベンチ。
「美味しかった♪ ……今度はサーモンチーズに挑戦しよう」
 満足の吐息。
 暖かな太陽の恵みに、私は心がホコホコとしてくる。
 病に伏している祖母は心配だし、慣れないアパート管理と学業の両立は忙しい。けれど、幼い頃から帰りたくなくて泣いてしまうほど好きな「六花荘」に住み、手入れをしていけることは嬉しかった。

 見つめていた地面。ふと影が落ち、空を見上げる。いつもそこにある天使像が微笑んでいた。
「天使様……おばあちゃんを見守っていて下さいね」
 十字を切った。
 私の背中には羽がある。それは天使であった祖母からの遺伝。譲りうけた天使の力は祖母だけが承知していた。
 浮遊できたり、結界を張れたりと色々できる能力ではあるけれど、特別気にしたことはなかった。穏やかに過ぎていく日々に、力を使用する場面がない――というのが、気にしない理由なのかもしれない。
 雪のように白い肌の祖母。
 私の憧れ。
 天から舞い降り祖父と出会って、ついぞ帰ることのなかった祖母。
 優しく微笑む天使像を見るたびに、問ってしまう。でもそれは同じ答えで締めくくられる。

「もう…帰れないんだよね。おばあちゃんは後悔していないの?」
「そうね、帰りたいわね……でも、おじいちゃんを愛しているから。ずっとね、ずーと、傍にいたいのよ」

 柔らかく口元を緩ませた祖母は、本当に綺麗で幸せそうだった。
 だから、私はここを守りたい。
 祖母が愛したこの場所を。
 神のご加護があるのか、アパートには気持ちのいい人ばかりが住んでいる。
 空の青を切り抜いて、飛行機雲が長く縦断していく。
「私にも、ずっと傍にいたいって思う人ができるのかなぁ……」
 憧れた人はいたけれど、大好きな場所に帰れなくてもいいと思うくらい、強い気持ちになったことは今まで一度もない。
 けれど、きっと現われて欲しい。
 日だまりで笑う祖母と祖父の幻影。
 同じように、緑が満ちた庭でベンチに座り、いつまでも傍で語らっていたいとの思いが、私の胸をときめかせた。

 いつかこの「六花荘」を巣立つ時がきても、私は忘れない。
 大好きな人が残した愛の形を。

「……あ〜あ、もうこんな時間〜。お見舞い行かなくちゃ……」
 パタパタとお皿を仕舞って、鞄を手にカーディガンを羽織る。
「えーん…。マフィン買って行くつもりだったのに、売り切れちゃってるかも……」
 1階の自室から飛び出す。
 赤い自転車のペダルを踏み下ろした。


□END□

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 こんにちは、ライターの杜野天音です。諸事情により、納品がたいへん遅れてしまい申し訳ありませんでした。
 待って下さり本当に頭が下がっております。
 さて、和生ちゃんの一日は如何でしたでしょうか?
 やはりはんなりと普通の女の子は書きやすく、とても書いていて楽しかったですvv
 また彼女に出会えると嬉しいです。今回はありがとうございました!