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<東京怪談ノベル(シングル)>


陽に願う



 二〇〇四年の幕開け――。
 あたしは家族と一緒に南の島にいた。有名な場所ではなく、父の所有している小さな無人島。
 家族で、といっても今一緒にいるかというと少し違う。妹は空で、姉はあの御方と、お母さんとお父さんは一緒に、家族別々に新年を迎えている。それぞれ違った景色を眺めているのと同じように、その心情もそれぞれ違っているだろう。

 あたしは、岩礁で海を眺めていた。ここは他よりも日が昇るのが早く、また綺麗に見える。
 明けていく夜の中の海――岩礁の周りの水面は深い藍色に染まり、遠くへ向かうにつれて、青は薄くなり所々に朱も見えた。波の揺れにそって、色が動くのである。右、左、右、左…………規則正しいようで、動きは乱れている。
 ――あ……濡れてる。
 岩礁に乗せていた手をそっとあげた。着物の袖の端から雫が垂れ落ちる。それは春雨のように、柔らかく岩を濡らしていった。薄暗い視界、淡いピンク色の花びらを濡らす海水が雨を受けた花々に見えた。あたしの家の小さな庭も、季節がくればこんな花が咲くのだろうか。
(庭のお手入れもかかしちゃ駄目かなぁ)
 風が吹いた。日本のそれよりもずっと多く水を含み、人肌程のあたたかさがある。風は一通り海と戯れると、あたしの身体に巻きついた。
(押されてしまいそう)
 あげていた手を再び岩礁に乗せて軽く掴む。海水があたしの水かきの上に乗り、眠りに付いたように動かない。
(小さな水溜りみたい――)
 水かきに溜まった海水の感触を弄びながら、時が来るのを待った。

 夜が萎む。
 朝が咲く。

 だんだんと藍色が薄くなっていき、代わりに橙色が海を占めていった。
 ――太陽が見えてくる。
 まるっきりの赤ではない、蜜柑よりもずっと濃い橙が入っている赤。それがゆっくりと海から上へ上へ移動を続けている。
 朝がくる。
(二〇〇四年)
 新しい年がくる。
 橙の光は、着物をうっすらと染め上げた。
(綺麗……)
 名も知らない無人島にいるという、細く絡まった糸のような孤独感も手伝って、陽の光が強く思えた。
 くる、のではない。もう、きた、のだ。
 今は二〇〇四年なのだ。

 新しい年を迎えることが、不安じゃないかっていったら嘘になる。
 実際、あたしは怖かった。それは勿論、少しずつ進む未来へ対しての――将来への不安や大人への不安もあるけど、それだけでもない。言葉では説明できない程、漠然としている。海を手で掴もうとするように曖昧なのだ。
 新年って、あたしたち中学生からみれば、通学路内で新しく出来た道を見つけるようなイメージだ。
 ――新しい道が増えている。でもそれは何処へ繋がっているのかわからない。進んだ先が元々の通学路へ繋がっているのかもしれないし、まるで違った先へ進むことになるのかもしれない。当然、いつもの通学路を選んでここを通らないことも出来る。どちらにしろ、どれかの道を選んで進まなければいけないことに変わりはない。
 ――何となく、初めて中学の制服に袖を通した日のことを思い出した。期待と不安を混ぜ合わせたような気持ち。
 …………テレビでは新年へ向けての希望だの抱負だの騒いでいるけど――。
(でも、どうなのかなぁ……)
 中学にあがるときと今とは違うけど、手放しで喜べないところは似てる気がする。
 世の中も、あんまり明るくないし――実際は明るい部分も多いのだろうけど、テレビを通してだと暗いニュースが目立ってる。
 それに経済面でも……あたしは経済のことはよくわからないけど、物価も高くなるみたいだし……。
(あんまり、中学生が心配することじゃないかな)
 まるで主婦みたい。何だかおかしい。
 ――陽が上っていく。海の色はますます橙色に染められている。
 幻想的で、陽の光の間からあたしを吸い込んでしまいそうだ。吸い込まれてみたい、と思う程に。
(この思い)
 ――現実逃避になるのだろうか。ちょっとでも逃げたいような気持ちに駆られているのだろうか。
 風に押されて、波が音を立てた。ザザ……、心を乱すように。
(今年はどんな年になるんだろう)
 小さな出来事をいくつか思い出す。今年はどんなことが起こるのか――楽しみや期待もある。小さな影を落として。
 陽はさっきよりも高くあがっていた。時間の経過が早く感じる。一分はこんなにも短かったかな――。
 海の匂いを近くに感じる。ずっと近くに。手を海水に浸からせるだけでは足りない。海に入りたい。今着ているのが着物じゃなかったなら、きっと海へ潜っていた。
(今日は駄目)
 帯を解いてしまったら、一人では直せないのだから……。今日は我慢しなくてはいけない。
 日の出を眺め、二回拍手を打って目を閉じた。
 今年一年を想って。


 終。