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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Gate02〜ループ

□オープニング
「……おかしい。これって絶対変!」
 雫はパソコンの前で眉を潜めていた。
 画面に映し出されるのは彼女のサイトの掲示板。
 最初は三日前だった。

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タイトル:助けてください!  投稿者:高間広志 MAIL
 明日にならないんです!
 ずっと今日のままなんです!
 誰か助けてください!
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 日付がその記事だけ一昨日だった。一日だけなら妙な事もあるものだと思っていたかもしれない。悪戯だと思っていたかもしれない。
 しかしその書き込みは次の日にも行われていた。

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タイトル:助けてください!  投稿者:高間広志 MAIL
 明日にならないんです!
 ずっと今日のままなんです!
 誰か助けてください!
 もう四日も今日なんです!
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 やはり日付は同じ。タイムスタンプもほぼ一緒。流石に雫も気になってレスをつけた。

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タイトル:re:助けてください!  投稿者:雫 MAIL
 どうなってるの?
 詳しい事を教えてください。
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 次の日雫はドキドキしながら高間が書き込む時間を待った。
 やはり書き込みはきた。レスではなく新規で。

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タイトル:助けてください!  投稿者:高間広志 MAIL
 明日にならない……、どうしたらいいんだ?
 明日もきっと今日のままなんだ。ずっとこのままかもしれない
 誰か明日になる方法を教えてください。
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「どういう事? 書き込み見てないのかな……あ、そうか、私の書き込みは昨日で、この人が見てるのは5日前なんだ」
 その理論なら記事が見れる訳もない。
「一体どうしたら良いんだろう」

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タイトル:協力者を探しています  投稿者:涼蘭 MAIL
 こんばんは、涼蘭(Suzu-Ran)と言います。
 ループする時間の中に閉じ込められた高間さんを助けてくれる人
いませんか?
 高間さんのいる時間までお送りします。
 原因がきっとどこかにある筈です。それを取り除いてください。
 まずはメールで連絡を。詳細をお送りします。
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「この涼蘭って人に頼るしかないのかな?」
 雫は自分は何も出来ないけれど、知り合いにあたってみるとメールを出した。即座に返事がきた。

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 メールありがとうございます。涼蘭です。
 是非協力できる方を教えてください。
 えっと、高間さんについて詳しく言ったほうがいいんですよね?
 高間さんは港区の区立高校に通っています。高校二年生です。
 私が調べた高間さんの今日のスケジュールはこんな感じです。

 7:30 起床
 8:00 自転車で登校
      一時間目 現国
           お休み時間売店へ
      二時間目 数学
      三時間目 数学
           宿題をやってました。
      四時間目 化学 後片付け担当。薬品をこぼしてた。
      昼休み  ご飯の後、手紙を持ってうろうろ。
      五時間目 英語 予習やってなくて怒られる。
      六時間目 体育
      放課後  何かをなくして探してた。
      帰り道  自転車を盗まれる。慌てて帰り道途中の
           公園に行ってがっかり。
           階段で誰かに突き落とされる。足を捻挫。
18:00 帰宅
           友達と電話で大喧嘩。
23:00      ゴーストネットに書き込み。
23:30 就寝 

 このどれかが引っかかりになってループを発生させてると思うん
ですけど……どれかまで私には判りません。
 協力してくださる方は私が直接お迎えに上がります。
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■興信所にて
 シュライン・エマがゴーストネットを覗くのは最早習慣の一つかもしれない。目的はネタ探しだったり友人の書き込みを見る為だったりと様々だが、事件のきっかけに出会う事も決して少なくない。
 そして彼女は今日もそんな事件のきっかけを拾う事になる。
「あら、これ、涼蘭って……あの子ね」
 またあのゲームの話だろうか、そう思って記事を読み始めたエマの表情が曇る。同じ毎日のループ、それの解決依頼。メール欄をクリックするとエマは手伝いの名乗りをあげるべくメールを打ち込み始めた。メールを送信する前に背後を振り返って許可を得る事も忘れない。
「武彦さん、ちょっとここ空けても良いかしら?」
「ん。ああ。……締め切りはしばらくないんじゃなかったのか?」
「ええ。そっちじゃなくて。涼蘭さん絡みで」
 彼女の雇い主兼恋人は途端に身を起こした。以前の事件はまだ記憶に新しい。
「また夢か?」
 そう問い掛けてくる草間に首を振ると記事を読み上げる。妙な話だと眉を寄せた草間に頷きを返し、ついでにメールも送信してしまう。興味を持った草間が引き留めるとは考えにくい為だ。
「とりあえず詳細を待ってみましょう」
 その詳細が送られてきたのは二十分後の事だった。メールを読むのは二人。怪奇探偵とその恋人である。仲良く肩を並べて画面を見るという光景は微笑ましくも見える。
「どう思う?」
「うーん……原因かどうかは判らないケド、自転車がなくなった事、それによって待ち合わせた相手……かな? に会えなかったのが気になる所よね。ご丁寧に階段から突き落とされたりしてるし……」
「しかし、普通の学生の一日にしちゃあ色々ありすぎって感じもしなくもないな」
 まあ勿論そういう日もあるか路線だろうが、いくらなんでも日常的に階段から突き落とされているとは考えにくい。
「手紙も気になるのよね。渡したのか渡されたのか誰宛だったのかとか内容も……おそらくはこの手紙の内容、本人に聞ければ早いんだろうけれど……」
 無理かしらねと呟くエマに草間がそうでもないんじゃないかと肩を竦めた。
「え? でもいきなり知らない人に聞かれたって」
「SOSをかける高間がいる訳だろう? 少なくともその高間はある程度正気で助けを求めているんだから、そいつと話せばいい」
 草間の言葉に成程と頷いてエマは涼蘭に宛てるメールにこの件も入れておこうと思うのだった。


□作戦会議
 涼蘭が迎えに行った面々を引き合わせる為に選んだ場所は応接セットがぽつねんと置いてある部屋だった。壁にドアの絵が描いてあるのを見てエマと朧月桜夜(おぼろつき・さくや)はこの間の場所かと頷いた。
「落ち着いてんなよ」
 恨みがましく呟いたのは瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)だった。
「何で?」
 あっさりと問い返した朧月に少年は仏頂面になる。
「いきなり部屋からこんな場所に繋がったら普通慌てるだろうが」
「あ! そっちもなの? 私も突然繋がってた! 変よね、絶対変!」
 勢い込んで言ったのは村上涼(むらかみ・りょう)である。朧月とエマは軽く肩を竦めた。
「だってそれが涼蘭ちゃんだし」
「不思議と言えば不思議なんだけどねえ」
「まあ、夢の世界と鍵一つで繋げる人ですからね、彼女」
 九尾桐伯(きゅうび・とうはく)も細かい理屈を涼蘭に求める気はないらしかった。知り合いの言い様と夢の世界と言う言葉に眉を寄せた村上はあっさりと理解を放棄する事にした。
「まー、確かに五日前に連れてくとか言ってる時点で普通じゃないか」
「そういう事ね。細かい理屈を聞いてみたいのだけどねえ」
 涼蘭に理屈を問い掛けて判りやすく返事がくるかどうかは謎だとエマは思う。当人真面目でも方向性がしばしばずれている。
 さて、その当人はと言えば。最後の一人を迎えに行ってきますと壁の扉に入って以来とりあえず戻ってきていない。結果、何となくお茶会のような作戦会議のような事態が発生していた。
 しゃんっ。
 鈴の音が響く。絵のドアが立体となりドアが――より正確には壁だった場所が――開かれる。瀬水月と村上は思わず立ち上がった。二度目だが、何度見ても慣れないと2人は思う。しかし、九尾とエマは落ち着いたままお茶を飲んでいる。朧月は落ち着けと示すように瀬水月の上着の裾を引いた。
「帰ってきたみたいね」
 涼蘭が背の高い青年を伴って現れた。青年は一同に向かって軽く頭を下げる。
「俺が最後みたいですね。柚品孤月(ゆしな・こげつ)です」
 柚品を知っているエマが久しぶりと声をかけた。目礼で応じる柚品に涼蘭が苦情を言う。
「高間さんの近くにいなかったから探しちゃいましたよ」
「え? 高間に会ってきたのか?」
「ああ。時間があったので先にちょっと五日前を見てきたんだ」
 瀬水月の言葉に柚品が頷く。村上が質問とばかりに手を上げた。
「で、高間クンにくっつかずに誰を見てきたの?」
「手紙、ですよ」
「内容をですか? それとも」
「行方の方です」
 九尾の言葉に答える柚品にエマが訊ねる。
「誰が持って行ってたの?」
「彼の友達ですよ。涼蘭さんに確認したらどうも電話の口論相手らしいんだが、妙な事が」
「妙な事って?」
 朧月が興味深げに訊ねる。柚品は涼蘭を確かめるように見つめた。
「手紙を高間君が取り返してたんだが……涼蘭さんのスケジュールにはなかったんだ」
「ないです。放課後に高間さんはそのお友達に会ってません。それに柚品さん、高間さんがいない場所にいましたよ」
 だから探したんですと涼蘭が答える。瀬水月は眉を寄せた。
「ちょっと待て、矛盾してねーか?」
「矛盾していますね。これではまるで高間君が2人いるように聞こえます」
「涼蘭さん、調べ間違えてないー? あ、この時間ならもしかして突き落とされた現場確認してない? どんな状況だった?」
 九尾が頷き、村上が矢継ぎ早に質問を重ねる。涼蘭も柚品も首を振った。
「調べに間違いないです! だって2日間見てました! それに高間さんが公園に着いた時間に柚品さんはまだ学校にいたんです」
「それとね、俺、その手紙を受け取った高間君を見失ったんだ。ポケットの中から何か取り出して、手紙を一緒にゴミ箱に捨てた後に人ごみに紛れた後に唐突に消えてしまった」
「変ね、それ。手紙を捨てるんなら取り返す必要ないわよね」
「当人に聞いた方が早そうだな……高間と話せるか?」
「あ、それ、私も考えてたの。ゴーストネットに書き込んでる時間帯の高間くんなら話せないかしら?」
 朧月が考えるようにソファに沈み込み、瀬水月が提案した言葉にエマが同意の頷きを返す。
「成程。確かにその時間帯の高間君ならばループを悟っているでしょうから、詳しく聞けそうですね」
「いや、俺が言いたいのは現実の高間。ループを抜け出してる高間もいるんじゃね−のか?」
「あ、そっか。5日前に永遠に閉じ込められてない限りいつかは終わってる筈だし、行方不明になってるんじゃなきゃ現在の高間君いる筈よね?」
 九尾の頷きに瀬水月が反論を返して村上がそれに同意する。柚品が確かめるように涼蘭を見遣った。
「5日前の高間君と今日の高間君、両方の場所に連れて行く事出来るかな?」
 涼蘭が頷いた事で、6人は早速二手に別れる事にした。


■『今日』の高間
 午後11時を待って高間の部屋を訪れたのは九尾とエマ、朧月だった。
「だ、誰だ!? と、突然どうやって!?」
「騒いでもとりあえず声聞こえないわよ。えっと、そこのサイトから来たンだケドな?」
 なんだか悪人のような台詞を言った後、朧月はディスプレイを指し示した。
 少女が陰陽道で結界でも敷いたのだろうとあたりをつけてエマが口を開く。
「ここからじゃ今までの他の発言は見えないのね。今、六日目かしら?」
「おそらくはここからでは涼蘭さんの発言は見えないでしょうから驚くのは無理もありませんね。貴方の発言を見て来たんですよ」
「……! 助けてくれるんですか?」
 しばしの間を起き少年が漸く理解した様子で三人を見つめる。頷きを返されて呟くように良かった無駄じゃなかったと言ったのが印象的だった。
「幾つか確かめたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「はい」
「突き落とした相手の顔は見た? 男だったとか女だったとか特定の誰って判らなくても構わないんだけど」
「見てません。ちょうど駅前で人が多かったから……ただ、すごく強い力でした」
「どの辺りから押されたの?」
「一番上からだったけど、人が多かったからぶつかってそこまで落ちずにすみました」
「一番上から? それ悪質ね。打ち所悪ければヤバいわよ?」
 黙って鋭い目で辺りを観察していた朧月が聞きとがめて口を出す。エマも深く頷いた。
「そうね。……あと、公園で待ち合わせをしていたのよね? どのくらい遅れたの?」
「一時間です。自転車でなら間に合ったかもしれないけど……歩きじゃどうにもならなかった」
「自転車でなら間に合ったかも知れない訳ですね……ところで、これがその鍵ですか?」
「あ、いえ、それはスペアキーで、本物の鍵はどっかにいっちゃいました。朝から鍵かけ忘れたのかな」
 最後は独り言のように高間は呟く。九尾は鍵を手にとった。
「お借りしても良いですか?」
 高間がこくりと頷いた。


■ループ脱出
 自転車置き場にエマは一人佇んでいた。その目線が動いた。近付いてくる羽ばたきの音を耳に捉えた為だ。
 白い鳥がこちらに向けて飛び込んでくる。それはただの鳥ではなく式神だ。茶色の髪の陰陽師の放った式は嘴に手紙を咥えていた。取り戻したと言う事だろう。
 エマは宙に腕を差し伸べた。白い鳥は細い腕にひらりと舞い降り、手紙を渡すと姿を失う。白紙に戻った鳥型を拾い上げるとエマは手紙を改めて見直した。
「高間広志さま、か。こんな大事なものなくしちゃ駄目よね」
 くすりと小さな笑みがエマの唇からもれる。腕時計を確かめればそろそろ柚品の戻る時間だった。実際程なく柚品は現れた。自転車を押しながら。
「エマさん、手紙は?」
「ええ。取り戻せたみたい。後は高間君ね」
 柚品は駐輪場の目印を付けておいた場所に自転車を入れる。自転車の前輪には高間広志と書かれている。――つまり、自転車を移動しておいた訳だ。自転車を盗もうにも、その自転車がなければ盗む事は不可能だ。盗まれない為に自転車を朝からこっそりと移動しておいた訳である。自転車の鍵は九尾が深夜の高間から借り受けたものだった。
「さて、何時に来るかな。いっそ探しますか? 向こうで引き伸ばしを担当してる九尾さんも気の毒ですし……」
 スケジュール通りならば、どちらにせよ時間に遅れてからの出発だった。相手がいつ帰ったか確認が取れなかった為、帰らないようにと九尾が待ち合わせの公園で待機している。
「そうね。でもここを離れるのも危険よね、自転車泥棒がいつ現れるか正確には判ってない訳だし」
「俺が行きますよ」
 柚品はそう言って踵を返す。予め自転車に触れている間に確認は取っておいた。高間がどちら側から来るのかは判っていたのでそちらの方に向かって駆け出す。靴置き場で高間の名を見つけて更にそれの未来を読む。そうやって遡って行けばいずれ高間に行き当たる筈だった。実際五分と待たず高間を見つける事が出来た。
「高間君」
「誰ですか?」
 不審そうにした後、高間は不思議そうに柚品を見つめた。
「あれ? どこかで会った事が」
「あるよ。君の探し物は見つけてあるから、今は早く待ち合わせ場所に向かうんだ」
 少年ははっとして時計を見る。約束の時間が過ぎていた。少年は慌てて駆け出す。柚品もその後を追った。
 エマが焦れ始めた頃柚品が高間を連れて走ってきた。エマは手紙と自転車の鍵を差し出す。
「これ……合鍵。なんで」
「疑問は多分夜になったら判るわ。今は急いで」
 良いわねと目を覗き込むエマに高間は頷いて自転車に乗る、走り出した背中を見送りながらエマはポケットから小さな鈴を取り出した――それは以前涼蘭から貰った鈴だ。
 りり、と澄んだ音を鈴は立てる。正面に突然ドアが現れ、そして開かれる。柚品は少なからず驚いた。
「……心臓に悪い登場の仕方だな」
「私のドアが必要ですか? シュラインさん」
「ええ。高間君を待ち合わせの公園に。いい?」
「はい!」
 笑顔で頷いた涼蘭は杓を振る。柚品の目には輝く光が高間を包んだように思えた。そして光とともに高間の姿が消える。公園に着いたのだろうとエマは思った。実際それは正しかった。
 高間が向かった公園にいたのは一人の少女と九尾だった。少女はベンチに座った九尾に注意を払う事なく大きな時計の下で小さな包みを大事そうに抱えていた。
(30分ですか……向こうはどうなっているのか)
 自転車小屋で待機しているであろう親友を、自転車を守ったり手紙を取り返すべく動いている仲間達を信頼はしているが時間の過ぎ方が早い気がした。今にも泣きそうになっている少女の心情を思いやればこそだろうか。諦めたのか少女が小さくため息をついた。
「来ない、のかな」
 九尾は立ち上がるとその少女に近寄る。
「貴方も相手が遅れているのですか?」
「え?」
 警戒した少女を怯えさせないように九尾は笑顔を浮かべる。優しげなその表情に少女は少しだけ警戒を解き小さく頷いた。そして悲しげに目を伏せる。
「でも来ないのかもしれません」
「この付近で事故があったとかで交通規制がかかってるそうですよ。貴方の待ち人も回り道をしているのかもしれませんね」
 少女の声が聞こえなかったように九尾はのんびりと喋る。勿論事故は嘘だ。が、この場合は嘘も方便と言うものだろう。実際少女は希望を取り戻したようだった。
「事故……じゃあ少しぐらい遅れても仕方ないですよね」
「ええ。……おや、誰か来たようですよ」
 少女が目を瞠る。高間くんと呟く言葉に良かったですねと声をかけると九尾は少女から離れる。会話を盗み聞くのは野暮と言うものだろう。


□開かれかけた扉
 全員があの壁の扉の部屋に戻ったのは夕方の事だった。ホッとして体を伸ばすもの、考え深げにするもの、そして早速ネットに繋げるもの。様々だった。
「何やってんのよ、隼」
「ああ。あ、やっぱり」
 瀬水月は朧月の方へディスプレイの向きを変えた。高間の発言が表示されている。

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タイトル:ありがとうございました  投稿者:高間広志 MAIL
 おかげで助かりました。
 皆さん本当にありがとうございます。
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「これ高間クンの!」
 言葉少なな謝辞であったがそれはあの同じ時間の中にいる高間からのものではなかった。その証拠に日付が違う。
「じゃあ、ループは何とかなったんだ。良かったわねー」
「ええ。本当に。どうもぎりぎりだったみたいだしね」
「まあ、それでも間に合いましたからね」
 手を叩いて喜ぶ村上に頷きあうエマと九尾。柚品は一人難しい顔になった。
「しかし、あのもう一人の高間君は一体……」
「あ、それ。偽物だったけど変なコト言ってたのよね」
「涼蘭、アレ、お前の仲間じゃないのか? ドア開いてどっかに移動しちまったみたいに見えた」
「ドアを開いて……確かにそれは涼蘭さんのやっている事と同じですね」
 朧月と瀬水月の言葉に九尾が確かめるように涼蘭を見た。
「……私以外の扉との契約者かもしれません。ドアーズとの契約者は私だけですケド、でも、ドアーズ以外にも力を持つ扉が現れたんだと思います」
「そのドアーズとかって何? あ、似たような事言ってなかった? もう少しで開ききるとかなんとか」
「ちょっと待って、それって前の時にも……」
 村上の言葉にエマが眉を寄せた。涼蘭が以前草間興信所に持ち込んだ事件でもやはり扉を開けるというフレーズがあったような気がする。
「誰かが人為的に涼蘭さんの言う『扉』を開け放したりなんだりしようとしてるって事?」
「涼蘭さん、貴方の言う所の扉というのはどういう事です? これまでの貴方の開いてきた扉はいずれも普通に私達が考える扉ではなかった」
 エマが顎を指先に当てて瞑目する。そして九尾はもう一度涼蘭に問い掛ける。
「私達が契約する扉は、扉の精霊みたいなものだと思ってください。扉は新しい場所に続く場所ですよね。例えばそれが家の扉なら家の中にしか出入り出来ないけれど、それが別のどこかに続いている可能性、それが私の言う扉です」
「そういえば、ナルニア国とかって箪笥を開いたら別の世界に続いてるわよね、そんな感じ?」
 あとどっかの猫型ロボットのアレとかと村上が指折り数えて例示する。柚品が納得したように頷いた。
「夏への扉とかそう言うのもあるよな。そういうイメージなのか……、で、別口が現れていると」
「厄介ねぇ、で、多分その力を増強しようとして色々やらかしてる、と。そしたらどうなっちゃうのかしら」
「ドア開いたら思った場所と違う場所でしたなんて事が有り得る世の中になったりしてな。……ヤな世界だ」
 やや投げやりに言った朧月の言葉に何を想像したのか瀬水月が眉を顰めて渋面になった。
「あながち間違いじゃないかもしれません。その想像。とにかく見つけたら正常に戻して行くしかないんですよね」
 協力してくれますか、そう問い掛けた涼蘭は思い出したようにお礼だと言って小さな鍵を取り出した。
「一度だけですけど、どんな鍵がかかっていても開けられます。使ってください」
「……ありがとう。でも」
「え?」
「これ使ったら、扉に力がどうこうとか、ないわよね?」
 エマの言葉に涼蘭がきょとんと見上げてから大きく頭を振った。大丈夫ですよーという大きな声とリアクションに思わず笑い出した一同だった。


fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0072/瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)/男性/15/高校生(裏でデジタルジャンク屋)
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
 0381/村上・涼(むらかみ・りょう)/女性/22/学生
 0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
 1582/柚品・孤月(ゆしな・こげつ)/男性/22/大学生

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 ループは、いかがでしたでしょうか?
 この話は小夜曲の異界シリーズ第2話となります。
 ループというと一昔前に流行ったリングの続編みたいですね(笑)
 永遠に同じ日が巡るのに自分一人がそれが違う日だと認識しているというのはなんだか気が狂いそうな状況ですよね。
 そんな狂った時間の扉が正常に閉じきれなかった異界〜Gateはどうなっていくのでしょうか?
 お楽しみいただけましたら、幸いでございます。
 また、今回涼蘭の手から渡しました鍵は小夜曲の依頼に限りお使い頂いて構いませんので思いついたら使ってみてくださいませ

 エマさま、十二度目のご参加ありがとうございます。
 突き落とした相手については残念ながら作中では出ませんでしたが自転車泥棒と同一人物と言う点では正解でございます。
 あと早速鈴を使ってくださってありがとうございます。使い方も非常にビンゴでした。でも小夜曲的にはそう使うんだ! と一本取られた気分でございます(笑)
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後のエマさまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。