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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


遥かなる再会
 竹の中でも孟宗竹という種類は特に強く、先を切って用いれば堅い盾をも貫き通すという。しかしその竹を削り、鏃をつければ盾を貫くだけではない。そんな教訓がある。すなわち優れた人間を磨き上げ、武器を持たせてやれば敵はないのである。
 伍宮春華は遠い昔に愛用していた刀を失っていた。平安の世、封印された際、何れかの手に渡り行方知れずになっていた。現在の春華は他人から拝借した刀を振り回しているのだが、どうもしっくりこない。やはり自分で選んだ、自分の刀でなければ。前々から考えていたことを実行に移すため、春華は近頃通うようになっていた骨董店「桜月堂」を訪れた。
 桜月堂は不思議な店だった。寂れているように見えるのに一年中いつだって、朝だろうが夜だろうが必ず数人の客がいる。ただし彼らはなにを買うわけでもなく、ただ店にいるだけである。ひょっとすると、客ではないなにかなのかもしれない。
「こんにちは」
「あら伍宮様。いらっしゃいませ」
店番をしている草壁さくらはいつも丁寧な言葉遣いで、礼儀正しく微笑んでくれる。笑うと緑色の目が弓を引くように柔らかくなる。優しい光を注がれながら伍宮さまと呼ばれる、慣れない響きは春華にとってなにやら照れくさくもある。だから、さくらの前ではついつい春華も使い慣れない穏やかな喋りかたになってしまう。
「あの、刀を探してるんだけど」
「そうですか。では、いくつかご覧になりますか」
春華は店の奥へと案内され、畳へ上げられる。茶をすすめて、少しお待ちくださいとさくらは厳重に鍵をかけられている長持の中から刀を一振り選び出した。
「河内守国助ですわ」
国助は江戸時代に打たれ愛用された刀で、反りが浅く切っ先が細いという新刀の特徴を兼ね備えていた。だがしかし、長さが二尺三寸(六十九センチ)と春華には短すぎる。
「別のはないかな」
一応抜いてはみたけれどやっぱり好みではない。春華は国助を黒塗りの鞘へ収めさくらに返す。それでは、と次に差し出されたのは二尺八寸(八十四センチ)の会津兼定。これもまた江戸時代の新刀であるが、地肌の美しさに目をひかれる。これもやはり春華の探しているものとは違っていた。
「悪いけど、これでもないみたいだ」
「ではどんな刀をお探しなのでしょう?」
「長くて、そして素早く振れるものがいいんだ」
かつて使っていた刀は無銘ではあったが丈夫で、そしてよく斬れた。刀身は細く深い反り。細直刃の刃文は、手入れをすればするほど切れ味が増した。
 注文に適う刀はあったかしらとさくらは店の品物が全て記載してある台帳をめくりかけ、ふとした疑問に顔を上げる。
「ところで、この刀はどなたが購入されるのですか?」
「え?俺だけど……」
当然だと言わんばかりの春華。しかしさくらはなにやら難しそうな、言いたい事を言えないで苦笑いを浮かべている。なにかおかしなところがあっただろうか、春華は苦笑いの理由を尋ねようとしてふと結論に思い至る。
「もしかして、刀って高いのか?」
肯定の代わりにさくらは今紹介した二刀の値段をそれぞれ教えてくれた。河内守国助は七、八百万。会津兼定はもう少し安いもののそれでも四百万を越えていた。
 現代の金銭感覚に疎い春華は今の今まで自分の貯金で刀の一振りや二振り、軽いと思っていた。しかし実際は桁が一桁、いや二桁も違っていて月々貰っている小遣いを足しても到底買える筈はない。
「仕方ない……な」
諦めるしかない、男は諦めが肝心だと自分を納得させようにも春華はやはり諦めきれない。その残念そうな声にさくらの心も揺れる。この桜月堂は店主の趣味みたいなもので儲ける意識は薄い、だから。
「伍宮さま、なにか刀の代わりになるものをお持ちではないですか?お金を払う代わりに骨董品同士を交換することは、この業界ではよくあることですのよ」
「刀の代わりになるもの……?俺はそんなもの、持ってないよ」
そう答えつつも念の為、春華は身の回りを探ってみる。と、袂の底から昔手に入れた物が転がり出てきた。封印されるより前になんとなく、気に入って手に入れたのだ。
「どうだろう、これは金になるかな?」
葉書より少し小さいくらいのそれを見せるとさくらはわずかに瞳を大きくして、それから深いため息をついた。
「……まあ……これは伽羅ですわね。それも、随分古い……。素晴らしい価値を持つ品ですわ」
「じゃあもしかして、刀と交換できるのか?」
「どうぞ、お好きなものをお選びください」
さくらの許可が下りたため、春華は歓喜を飲み込むようにしながら長持ににじり寄りその中に納められている刀を覗き込む。
 刀はさっき紹介された二刀を除くと、あと三刀保管されていた。三刀はどれも河内守国助や会津兼定より古そうだったが、古い刀のほうが反りが深い、その中で一目見た途端強烈に春華を揺さぶったものはただ一刀のみだった。いや、その一刀のためだけに、春華は刀を捜し求めてきたと言っても過言ではなかった。
「これは」
紙垂によって柄から鞘からがんじがらめにされている、見るからに曰くつきの刀。他のどの刀よりもすらりと長く、長すぎて斜めにしなければ長持に収まりきらない。切っ先の辺りには焼け焦げた跡が見られる。
「その刀は昔、悪事をはたらいていた何者かが使っていた妖刀と言われております。そうやって封をされてはいるのですが、実際は錆びついて抜けないんですの」
さくらの声はもう殆ど、耳に届いていない。
「錆びてなんかいるもんか」
頬が笑うのを抑えきれずに春華は声を漏らし、そして刀を取り上げると一気に鞘から引き抜いた。鞘走りの瞬間、細直刃の刃文が煌く。
「こいつはずっと、俺を待っていたんだ」
鞘の焼け焦げは、封印されるよりずっと前にやはり都で追われたときつけた跡だった。古い屋敷に追い込まれ、周囲から火を放たれた。火の回りは速く、なんだか焦げ臭いと思うともう鞘が焦げていた。あのときは間一髪、翼を広げ逃げ去ることに成功した。
 ずっとずっと、失ったと思っていた相棒。また巡り会えたなと、春華はしばしその弓に似た美しい刀身に見惚れる。
「俺はこいつが欲しい。いいだろう?」
承諾の返事は、聞かずとも知れていた。なぜなら今だかつてさくらの知る限り何百年、この刀を抜いた人物は春華以外存在しなかった。この上春華を断って、一体誰が刀を手に入れようとするだろう。さくらがまた、にこりと笑う。
「ありがとう、それじゃあな」
「またおいでくださいませ」
愛刀を取り戻し喜色満面に店を飛び出した春華。しかし少し行ったところで逆戻りし再び店の入り口から顔をのぞかせる。
「あのさ、本当によかったのかな?」
「はい?」
「刀と交換するもの。あんな木の欠片でさ」
申し訳なさそうな春華の表情、無理もない。あの小さな伽羅の、本当の価値を春華は知らないのだ。あの伽羅、香木は沈丁花という木から作られたものだった。
 平安時代、京の都から少し離れたところに美しい花を咲かせる沈丁花があった。さくらは毎年その花を愛でることがなにより楽しみだった。白い花の香に心を酔わせた。だがその沈丁花は、今はもうない。ある夏、激しい雷雨によって燃えてなくなってしまったのだ。あの光景を、臭いを、さくらは一生忘れない。
 失ったはずのものが今、ここに戻ってきた。
「あれで充分なのです」
「そうか」
はっきりとした返事を聞いた春華は刀を、そしてさくらは伽羅を握りしめた。
 それはなんという奇跡だろう。なんという再会だろう。かつて互いにとって、なんの価値もなかった一振りの刀と小さな伽羅。それが相手にとってはかけがえのない、大切な宝として取り替えた。二人の胸の内を、互いに知ることはない。しかしその喜びを共有できるのも、やはり彼らにしかできないのだった。