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ヤミナリエ〜美少年狩り〜
------<オープニング>--------------------------------------
東京駅で、数年前から、行われている光の一大ページェント。
元は、クリスマスに活気をもたらそうと始められたそれは、あまりの人出に冬休み限定での期間延長が決定し、ますますの賑わいを見せている。
だが、光あるところには、必ず影が出来る。影集まるところに、闇は生まれる。その闇より生まれ出た者達は、光溢れる空間を見て、舌なめずりをしていた。
『今年もこの季節が来たな。お前達、狩りの時間だ。人の道に則ったカップルを、引き裂き、底知れぬ堕落と禁忌の世界へ導いてやるがいい・・・・』
無数に蠢く人あらざるものに下された命。それは、極普通の者達を、モラルの壊れた世界へと引きづり込もうとする謀り事。
『大量を期待しておるぞ』
人の子には聞こえぬ高笑いが、周囲へと響く。それは時に男のものであったり、女のものであったり。
さて、それと時を同じくして。
「今日はまた、何の御用で?」
「ご挨拶ですなァ。ほん少しご警告申し上げに来ただけでございますよ。最近、とある御方がご機嫌斜めでございましてなァ。気晴らしに、狩りをするとか何とか仰っておりましたが」
草間探偵社を訪れた華菊屋は、応対に出た草間に、そう告げている。
「それがウチと何の関係がある」
「こちらの調査員様方には、その方の眼鏡に叶う者もおりましょうてな。何しろ、殿御ぶりを発揮する男子に目がありませぬ故。なァに、以前依頼したコトの、ほんの利息代わりでございますよ」
しかし、そんな棘のある一言にも、彼は全く動じる事なく、『お歳暮』と書かれた練り切りと羊羹の詰め合わせを差し出しながら、こう続けた。
「ふふふ。そんな顔をなさらずともよろしいですよ。何しろ手前は、ただの菓子屋でございますから」
相変わらず、信用性の欠片もない台詞を吐く御仁である・・・・。
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「氷川ぁ〜。何か向こうで騒ぎがあるみたいだけど、なんなんだろうな」
あまり芸能関係に造詣は深くないらしく、イヴの騒ぎにも、怪訝そうな表情を浮かべるばかりだ。
「さてね」
ただ、氷川と呼ばれたもう1人の青年はと言えば、そもそもそう言った『騒ぎ』に、興味を示すような性格ではないのか、関心なさそうに背を向ける。
「行ってみよーぜ! な?」
「1人で行ってくればいいじゃないですか」
相棒のセリフにも、無表情なまま、そっけない返答をするばかりだ。
「なんでだよー。いーじゃねーか。せっかくのデートなんだから、野次馬しにいこうぜー」
「嫌です。勝手に行けばいいでしょう。私、用事がありますから」
ぱたぱたと尻尾をふらんばかりにして、誘いをかけるもう1人‥‥良平に、氷川はあっさりと首を横に振った。
「それじゃあ、2人で遊びに来た意味ないじゃんよー」
「遊びに着たわけじゃありません。買い物です」
用事が終わったらさっさと帰りますよ。と、そう言いたげな彼。良平がいくら泣こうが喚こうが、知らん顔だ。
(あの2人なら、どちらをとってもお釣りが来るな‥‥)
その2人の容姿を、自分の好みと照らし合わせていたケーナズは、心の中でそう呟いた。普段、ノーマルには手を出さない主義だが、あの2人‥‥特に犬っぽい人懐っこさを見せている良平のほうは、突付けば簡単に落ちそうだ。
「Excuse,me。スミマセン、店ワカラナインデスケド‥‥」
そう思ったケーナズは、計画通り『あまり日本語の話せない外国人』のふりをして、そう話しかける。
「ののののののー! えと、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅー!」
慌てて首を横にふりまくり、逃亡を図ろうとする良平。そして、対照的に「ミー、トゥ」とだけ告げ、断ろうとする氷川。
「ダイジョウブ。日本語、少し分かりマスカラ」
そんな彼らに、ケーナズは安心させるようにそう言った。イントネーションは多少ずらしてはあるが、ごくまっとうに話の出来る彼に、良平はほっとした表情を見せながら、こう聞き返してくる。
「あ、なんだ。えっと、どの店だったっけ?」
「ここの本店に行きたいんですけど‥‥」
彼が手帳に記された有名レストランの住所を見せる。
「ここからだと、結構遠いぜ。それに今日、めっちゃ混んでるし」
「それはコマリマシタ‥‥」
良平の言葉に、ケーナズはそう言いながら、眉根を曇らせてみせる。周囲のホテル内にあるそれは、彼らのいる所からは、10分ほど歩く事になるだろう。ましてや、イルミネーション開催中の今なら、その倍はかかる。
「なんなら俺、案内してやるよ」
日本語が話せると知って安心したのか、良平は目的のレストランまで向かうつもりのようだ。
「な? いいだろ?」
もっとも、その思惑は、『あわよくば上手いメシを奢ってもらえるかもしれないッ!』と言う、非常に食い意地の張った動機だったりするのだが。
「好きにして下さい」
「相変わらず冷たい奴だなー」
長い付き合いのせいか、そんな良平の性格なんぞ見抜いている氷川は、『勝手にしろ』と言いたげである。つまんねーのー。と、そう言いたげな良平に、ケーナズはこう言って見せた。
「まぁ、私の国でも、無口なクールガイは多いです。デモ、貴方のような、ラテンなボーイの方が、私は好きデスネ」
そこだけは、本心である。実際、いつも冷静な少年ではなく、何かあると突っかかってくる少年の方が、ケーナズ自身も扱いやすかった。
「うわぁ、気に入られちゃったよ。どうしよう‥‥」
「知りませんよ」
言われた良平の方は、おろおろしている。氷川の方は、やはり関心は欠片もなさそうだ。
「おや、そちらの人を怒らせてしまいマシタか?」
「ん? ああ、気にすんなって。あいつ、いつもああだから」
気にした様子のケーナズに、良平はそう言った。そして、「そうなんデスか?」と、怪訝そうな表情を浮かべている彼を、「それよか、早くいこーぜ」と、目的の店へと引っ張って行く。
ところが。
「これは‥‥」
「貸切デスカー」
残念そうにそう言うケーナズ。どこかの会社だかが借り切ってしまったらしく、名前と歓迎と、他の客へ謝る張り紙が、入り口に飾ってある。
「だから言っただろうが」
「OH! NO! 手間を取らせてしまったようですね。あの、デハ、機嫌を直して貰うのと、お詫びを兼ねて、混乱を避ける為ニ、お茶でもいかがですか?」
この程度の事は予測していた氷川にそう言われ、ケーナズは大げさな身振りで、そう言った。
「でも、良いのか? 何か約束してたんじゃ‥‥」
「いえいえ。タダの買い物デース。別に、急いでないですし。近くにオイシイケーキの店があると聞きマシタ。ドデスカ?」
御馳走しますヨ。と一言付け加える彼。他人のおごりと聞いた瞬間、良平の目の色が変わる。
「はいはーい! 俺、ついていきまーす! 氷川も行くよなっ?」
「お断りします」
対して、氷川の方は短くそう答えて、首を横に振った。
「えー! せっかくオゴってくれるのにー?」
「知りませんよ」
その上、そう言って突き放すと、彼はそのまま良平たちを置き去りにして、目的の店がある方へと、向かおうとする。
「どうやら、ソチらの方には嫌われてしまったようデスネ。どうですか? アナタだけデモ」
二兎を追うモノは一兎を得ず。ここは、ターゲットを1人に絞った方が良さそうだ。そう思ったケーナズは、氷川はあきらめて、単純そうな良平へと微笑みかける。
「えー‥‥。けどなぁ‥‥」
「好きにして下さい。私は先に行きますから」
ためらう良平に、氷川はぴしゃりとそう言って、人ごみの中に消えてしまったのだった。
さて、良平がケーナズに口説かれて、いい感じに『鳴いている』頃、その相方たる氷川がどうしていたかと言うと。
(今、あいつの悲鳴が聞こえたような気がしましたけど‥‥)
周囲を見回しながら、そんな事を考える氷川。自分に助けを求める良平の声が聞こえた様な気がしたのだが。
(気のせいだったみたいですね)
気配を研ぎ澄ませてみても、彼の気配も姿もない。どうやら、良平は見捨てられてしまったようだ。
(さて、と‥‥。目的の店は‥‥)
そのまま、日本舞踊用品の専門店を探す氷川。だが、周囲には人っ子一人おらず、店のシャッターも開いてはいない。
(人込みを避けていたら、いつの間にか、道を間違えてしまったようですね‥‥)
そう思う氷川。イルミネーションのカップルを避けるうち、見知らぬ土地に迷い込んでしまったようだ。
(いや、これは‥‥)
違いますね‥‥。と、氷川は持っていた舞扇を出した。見れば、その扇子の要石が、淡く光っている。
(どうやら、誰かの結界に引っかかってしまったようです‥‥)
魔力や霊力と言ったモノの探知機を兼ねたその石が反応していると言う事は、今、彼がいる空間が、通常のモノではないと言う事だ。
(どこです‥‥?)
気を、はりめぐらせる。場所は特定できないが、誰かが糸を引いている事だけは、感知できた。
「‥‥出てきなさい」
それを知った氷川は、その霊気が一番濃い所に、扇の先端を向けていた。
「おや。もうバレてしまいましたか。上手く隠れていたつもりだったんですが」
路地の暗闇から抜け出るように現れたのは、1人の青年だった。
「誰です」
「申し遅れました。私はモーリス・ラジアル。邸宅やホテル等の庭園管理を生業としています」
紳士らしく深々と礼をするモーリス。「他にもありますがね」と、意味深な自己紹介を続ける彼に、氷川は「何の用です?」と問うた。
「おや。知らないんですか? 今、ここいらじゃね、『狩り』の時間なんですよ」
「だからか‥‥」
先ほどの騒ぎや、やたらとカップルを引き裂こうとする面々がいたのは。そう思って、氷川は舞扇を握り締め、警戒するような視線を、モーリスへと向けた。
「おっと。そんなに敵意をむき出しにしなくても大丈夫ですよ。何も、君の命まで取ろうって訳じゃないんですから」
「どうだか」
結界なんぞ張るような人間だ。否、人ではないのかも知れない。口では何とでも言える。そう言った視線を向けたままの氷川に、モーリスは大げさに肩をすくめて、こう言った。
「信用性ありませんねぇ。これでも、ある財閥の庭園管理なんか任されているくらいには、社会的信用を得ている人間なんですけどねぇ」
「ならどうして」
こんな真似をする‥‥。と、そう言いたげな氷川に、彼はこう告げた。
「今日はちょっと息抜き。面白そうなゲームでしたから‥‥ね」
「!?」
すっとその姿がかき消える。直後、氷川の身体には、細い‥‥糸のようなワイヤーが絡み付いていた。
「大人しくしていた方が身の為ですよ。綺麗な顔に傷がつくのは、私も嫌ですから‥‥」
身動きの取れなくなった氷川に、そう告げながら、姿を見せるモーリス。と、彼は、何かを確かめるかのように、氷川の顔のラインに沿って、指を這わせた。
「日本人形のような造作をお持ちのようですね‥‥」
まるで、その人形の具合を確かめるようなモーリスの言葉。やがて、その『評価』は、首筋へと移って行く。
「何を‥‥する‥‥つもり‥‥」
「ちょっとした気晴らしに付き合ってもらいたいだけです」
さらりとそう言って、モーリスは撫でていた指先で、氷川のわずかに走った傷跡に、爪を立てた。
そして。
「‥‥ッ‥‥!?」
首筋から、皮膚の薄くなったその場所へ、唇を寄せるモーリス。驚く氷川に、彼はちろちろと舌先を這わせながら、こう囁く。
「ここの傷、もったいないですね。何なら、治してあげましょうか?」
これでも医者だし。この程度なら、すぐに治せますよ。と、人の傷に土足で踏み込んでくるようなセリフを吐くモーリス。
「余計‥‥な‥‥お世話‥‥」
こみ上げる感覚に、声をとぎらせながら、そう言って、彼を押しのけようとする氷川。だが、無理やり動かした腕は、ワイヤーに引っかかり、薄く鮮血を流している。と、モーリスは力の入らないそれを捕らえ、傷口に軽くキスをすると、意地悪くこう言っていた。
「そう言われると、余計にいじりたくなりますね。私は」
「は‥‥ッ‥‥ぁ‥‥」
手首から腕にそって、舌先でなぞってやると、氷川の喉から、艶のある声が漏れる。
「ここ‥‥性感帯‥‥みたいですね‥‥」
「医者が‥‥そん‥‥ぁ‥‥」
そんな事をして許されるんですか? と言う抗議の声は、滑り込んで着た指先に、かき消されてしまう。
「言ったでしょう。今日はお休み。気晴らしだって」
「く‥‥ふぅ‥‥ッ‥‥」
だから、こんな事もしちゃいますよ。と、楽しげにそう言うモーリスを、氷川は声を殺しながら、睨みつけていた。
「ほらほら。そんな顔しないで下さいよ。強姦しているみたいじゃないですか。気持ちよくしてあげようって言うのに」
ただし、彼は全く動じて居ない。むしろ、それを楽しむような口調で、開いた掌をあらぬ方向へと滑らせる‥‥。
「そうですね‥‥。このあたりも、かな?」
「‥‥ッ!!」
せっかくの威嚇も、モーリスの手によって、崩されてしまっていた。
「アタリみたいですね。あんまり表情には出ないみたいですけど。身体は存外素直そうだ‥‥」
「そんな‥‥事は‥‥」
否定する言葉さえ、かき消されてしまう。
「医師とか庭師って言うのはね‥‥」
「や‥‥ッ‥‥」
今まで、服の上から探っていた手を離し、上着のボタンを外しにかかるモーリスは、微かに震えている氷川に告げた。
「相手の『気持ちいい』って言うポイントを見抜く事が、肝心なんですよ‥‥」
例えば、この辺りとか。そう言いながらモーリスは、氷川のポイントを的確について来る。
「だからって‥‥、こ‥‥んな‥‥ッ」
事をしていい筈がない。そう抗議する彼だったが、モーリスはそんな言葉には耳を貸さず、氷川を抱き寄せる。
「さぁ。私の上でも、その優雅な舞を見せていただきましょうか」
「嫌‥‥だ‥‥。こんな‥‥所で‥‥」
背中に当たるひやりとした感触。外気に晒された素肌が、否応なく現実へと引き戻す。
「大丈夫ですよ。誰もきやしません」
ここは閉じられた空間。人はおろか、人外の者さえも、おいそれと足を踏み入れては来ないと。そうモーリスは告げる。
「そんな事を‥‥ッ」
言っている最中でさえ、あちらこちらへ触られて、氷川は信用できるかと言った表情だ。いつ、他の人間に見られるかもしれないと言う状況の中、モーリスはこう尋ねてきた。
「それとも、他の人にでもなった方が良いのかな?」
「他の‥‥?」
弄ばれて、息が上がっている氷川の目の前で、モーリスは自身の身体に手を当てる。
「例えば‥‥こんな風に」
そう言った刹那、まるでCGか何かの様に、姿が変わる。
「‥‥良平‥‥」
それが完了した時、モーリスの姿は、氷川の友人のものとなっていた。
「君が大切だと思っているお友達の姿を借りさせてもらいました。彼に抱かれる方が好みだって言うんなら、それでも良いんですけどねぇ」
「‥‥ざけるな‥‥!!」
その姿のまま、近づいてくるモーリスに、珍しく激しい感情をぶつける氷川。
「まだ、抗いますか」
「当り‥‥前‥‥だ」
蹂躙などされてはたまらない。そう言いたげな彼に、モーリスは『困った子だ』と言った表情で、こう言った。
「無駄なのに。あーあ、そうしたら、もう一方のコに手を出そうかなァ‥‥」
「それは‥‥」
わざとらしいその態度は、彼が断れば、良平を代わりに抱いてもいいんだよ。と、告げている。
「今は、もう1人の『参加者』と、会っているみたいですけれど」
「あいつか‥‥」
思い当たる節のある氷川。ここに来る前、誘いをかけていたあの男が、モーリスの言う『参加者』に違いない。
「彼がヤッた後、美味しく両方頂くって言うのも、手ですよねぇ‥‥」
「止めろ‥‥」
モーリスの性格では、良平に手を出す時、自分のせいにされかねない。自身が悪者になるのなら、それはそれで構わなかったが、良平の事だ。むしろ自分自身のせいにするに違いない。
悪いのは、この男達だと言うのに。
「じゃ、相手してくれますか?」
「‥‥わかりました。好きにしていいです‥‥」
そんな事をするくらいなら。
大切な友人を酷い目にあわせるくらいなら。
一時の痛い思いですむのなら、それでかまわない。
「物分りのいいコで助かるよ。ご褒美に、このままの姿で抱いてあげよう」
「やめ‥‥」
良平の姿を模したまま、氷川の顎を軽く持ち上げるモーリス。
「遠慮するなって。その方が、『本当の姿』、晒せるだろ‥‥?」
口調も彼と同じ様に変えてくる。
「さらしたくなど‥‥ありません‥‥」
冗談じゃなかった。本物ならばいざ知らず、ただ姿形を真似ただけのニセモノに、己の浅ましい姿を見せるなど。
「俺は見たいぜ。お前の『本当の姿』を」
「あ‥‥ッ‥‥」
最後の一枚を、引き剥がされる。
「ゆっくり、堪能させてもらおう‥‥」
聞きなれた声で囁かれ、氷川は目を閉じる。その‥‥偽りの姿を拒むかのように。
(‥‥良‥‥まない‥‥)
そんなセリフが、心の中に微かに浮かんで‥‥言葉になる前に消え失せるのだった‥‥。
二時間後。
「ま‥‥。こんな‥‥ものでしょうかね‥‥」
結界から脱出した氷川は、窓に映る自身の姿を見て、そう呟いていた。首筋につけられた赤い痣は、ぱっと見た限りでは、全く分からない。そのあたりの礼儀だけは、心得ていてくれたのだろう。
「おーい! 氷川ー!」
と、そこへむやみやたらに手を振りながら、駆け寄ってくる『本物』の良平。
「どこ行っていたんです」
「ちょっとなー」
あはははははと乾いた笑いを浮かべる彼。
「お前こそ、買い物済んだのか?」
「まだですけど」
話題を変えるように、良平がそう問うて来た。彼が首を横に振ると、彼は氷川を引っ張るようにして、こう言う。
「よし、じゃあさっさと行こうぜ。な? な?」
「何かあったんですか?」
早くその場を離れたい様子の良平に、氷川がそう尋ねると、彼は「いやー、ケーキがあんまり美味くなくて」と、あさっての方向を向く。
「はい?」
「酷い目にあったって事!」
それ以上は追求するんじゃねぇと、彼の背中が語っていた。どうやら、あまり気落ちはして居ないようだと、少しほっとする氷川。
(こっちも、えらい目に合いましたよ‥‥)
あなたがいない間にね‥‥。とは、絶対に言えない彼である。
「あなたがほいほい知らない人について行くからです」
代わりに口をついてでたのは、良平に対する憎まれ口だ。
「そう言うお前だって、何か変なにおいするぞー」
「き、気のせいでしょう」
鼻の聞く彼に、行為の残り香を嗅ぎつけられ、氷川は視線を逸らしてしまう。
「あっ、横向いたなっ! 絶対何かあるだろ! こらー! 教えろよッ!」
「何でもありませんよ」
直後、いつもの口調できっぱりと否定してみせる彼。
「うそつけー! 俺とお前の仲じゃねぇか! 聞かせてくれたって良いだろー」
「嫌です」
口が裂けても、教えるつもりなどない。教えたら、せっかく身体を張った意味が無くなってしまう。
「教えろ!」
「嫌です!」
勢い、語尾が激しくなる。
「教えろ!! でないとくすぐってやる!」
「お断りしますッ!!!」
そう言いなながら、良平から逃げ回る氷川。
今日も、学生どもは平和なようだった。
教訓:知らぬは本人ばかりなり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 27歳? / 医者?】
【2381 / 久住・良平 / 男 / 16 / 高校生】
【2268 / 氷川・笑也 / 男 / 17 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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遅くなりまして、申し訳ありませぬ。その代わり、濃度を三割り増しほど怪しくしてみました。
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