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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


正しい褌の使い方

 明日の仕度はしっかりと。荷物を前に指指し確認。
「水着とタオル、髪ゴムにブラシと……」
 この指刺し確認というもの実生活上においては実に役立つ。だがこのオヤクダチにも一つばかり弊害があるにはある。
 その声のしてくる部屋をこそっと覗き込み、海原・みあお(うなばら・みあお)は口元を押えた。そうしておかないと吹きだしてしまいそうだったからだ。
 こちらに背を向けている彼女の姉、海原・みなも(うなばら・みなも)は、みあおが覗いている事にはまるで気付かずに確認済みの荷物をスポーツバッグの中に詰め込んでいる。
「うーんおまぬけさんだなあ」
 こそっと口の中でだけ、みあおは呟いた。
 そう何が弊害かと言うとこれだ。分かりきったものの名前を一々口に出しながら指をぴこぴこ指していく姿というのは、可愛らしいと言うか――ぶっちゃけかなり間抜けに見えるのだ、傍からだと。
 込み上げてきた笑いを噛み殺して、みあおはそろーっとドアの前を離れた。そしてやはり足音を忍ばせて廊下を少し戻る。部屋までの距離を目視したみあおは、すうっと息を吸い込んだ。
「おねえちゃーん! ご飯だってー!!!」
 吸い込んだ呼気で一杯に叫びながら、みあおはみなもの部屋へと飛び込んだ。
「わ、あ、そうなの? うん、すぐ行くね」
「うん!」
 驚いたように顔を上げたみなもはいそいそと立ち上がる。
 みなもは信じていた。というより疑う必要もなかった。妹が自分の後ろについて部屋から出てくることに。
 だから一々確認もしなかった、のだが。
 にこっとみなもの後姿を見送ったみあおは、その後には続かず、迷わずみなものスポーツバッグに飛びついた。
 たった今、指さし確認までされて詰め込まれたみなものスポーツバッグへと。

「へっへっへ〜♪ 一人じゃやっぱり寂しいもんね!」

 この時点で、みなもの明日の命運は決した。合掌。



 さて事の起りはつい先日へと遡る。
 OMFなる謎の褌通販会社の事件に関わったみあおは、その結果として大量の褌を入手する事となった。捨てろとは言われたのだがどうにも捨てがたく、そのまま全部持ち帰ってきてしまったのだ。
 花柄だったり、フリルだったり、シースルーだったり、いっそ皮だったり、日の丸だったりする既にそれは褌とは言わないだろうというようなものも含めた、かなりの両の褌を。
 リビングに広げてうーんと唸る。
 何枚かは家族がそれはそれは喜んで(特に上の姉が)貰っていってくれたがまだ余っている。
 しかしみあおが悩んでいるのはその始末をどうつけるかということではなかった。
「うーん、やっぱり使ってみたいなあ」
 と言う事である。
 某探偵を完全自閉に追い込んだ褌事件にかかわること数回。すっかり愛着が湧いてしまっているみあおであった。
 しかし一人で締めても面白くない。
 こういうものは披露しなければあんまり意味がないのである。
 むむうと唸るみあおの前を、おやつの塩煎餅を加えたみなもが通り過ぎたのは、きっと褌の神のご利益だろう。
「ねーねーみなもお姉ちゃん?」
「ん、なに?」
 実際には『ふぁに?』と言う発音だったが、声をかけられたみなもはみあおを振り返る。
「おねえちゃんの学校温水プールあったよね?」
「……? うん」
 ばりばりがりがりごくん。塩煎餅を飲み込んだみなもはこくんと頷く。
「えへへ〜ねーねーねー」
 ソファーから飛び降りたみあおは姉の足元に歩み寄った。
 天使のようなその微笑が、実際は悪魔のものである事などこのときみなもは想像もつかなかった。



「……なにこれ」
 明けて翌日、更衣室。
 スポーツバッグから出てきた異物に、みなもは正しく凍りついた。入れたのは濃い青の競泳用水着、の筈が。
 まあそれもちゃんと青かった。見事に綺麗な青い色をしてはいたのだが。
 引っ張り出すとそれは実に長かった。
 とても長かった。木綿の肌触りがする。
「えっへっへっへ〜♪」
 既に用意万端のみあおがぺろっと舌を出してみせる。その姿に、みなもは口をあけて絶句した。
 みあおは白とピンクの可愛らしい装いだった。
 フリルの沢山ついた可愛らしい雰囲気のそれに(ない)胸にきっちり白いさらしを撒いている。
「……みあおちゃん」
「へへ〜♪ だって一人じゃ寂しいしねっ☆」
「って何時の間に!?」
「指さし確認した物って、もう一回引っ張り出して確認したりって、あんまりしないんだよね」
 はっとみなもは口元を押える。
「……もしかして」
「へへ〜、すりかえちゃった☆」
 無邪気に笑う妹に、みなもは青いそれを握り締めたままがっくりと膝をついた。
 母は過激という言葉をコンクリートで補強して更に強化繊維で包んだような人だし、父親は立派な変人。姉はほやほやしているようで実はかなりと言うか相当危ない人間で、妹は天使の顔をした悪魔。
 ちょっと人生考え直したくなってきたみなもであった。



「うっわーすごいね〜☆」
 みあおは思わず声をあげた。みなもの学校が自由な校風なのは知っていたが、それにしてもその光景は壮観だった。
 スクール水着、競泳用水着が主かと思いきや、そんなものは殆ど見受けられない。
 女子はビキニもハイレグもなんのその、トップレスや、レオタード、古式ゆかしく単のみなど。
 男子はもっと壮観だ。
 ブーメランやTフロント。制服そのままや、着ぐるみ全身スーツ。ぶらぶらもいる。ここは本当にプールなのですかと言いたくなるような仮装大会の場と化している。
 そんな中ではみなもとみあおの褌など大して珍しいとも思えない。
 みあおは手を伸ばしてきゅっとみなもの手を握った。
「えへへ、みあおたちは日本代表だね〜」
 にこっとみあおは嬉しげに笑う。
 みなもは肩を竦めた。青の褌にさらしという恥ずかしい格好にされてしまったが、まあいいかと少しだけ思えた。
 天使の顔をした悪魔の妹は、でもやっぱり天使だった。
 なにしろ悪気だけは少しもなかったのだから。
「じゃ、泳ごうか?」
「うんっ」
 手を引いてやると眩しいほどの笑顔がみなもへと向けられた。



 ――そして甘かったことをみなもが知ったのはその二日後のこと。
『みなもおねえちゃん褌で戯れる』
 みあおと楽しく泳いでいた時の褌写真が家族全員に披露された時のことだった。