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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


光満ちて

【双子に生まれたその理由を】

 双子に生まれた、その理由を、考える。
 この世でただ一人、同じ血を分かつ者。同じ細胞を共有し、同じ時刻に生を受けた。
 顔も、声も、姿も、全てが相似形を為しているのに、決して一つに戻ることはない、魂の片割れ。

 どこまでも、いつまでも、駆けて行ける。
 死ぬことすら、怖くはない。また会えると、確信があるから。





【癒された心】

 守崎北斗の朝は、寝起きの悪い双子の片割れを起こすことから、始まる。

 やりたくもない暗殺家業などに身を染めていた、啓斗。表情を殺し、壊れる寸前の心を抱え、綱渡りのように危うい均衡を保って、それでも辛うじて自我を保ち続けていた。
 このままではいけないと知りつつも、北斗は決してそれに干渉しすぎず、ただ静かに見守ってきた。弟なのに冷たいと、事情を理解もせずに、罵る輩もいたほどだ。
 啓斗自身すら持て余していた自らの感情に、一番敏感に気付いていたのは、北斗だった。
 外野がとやかく言っても駄目なのだ。他者の言葉は、確かに契機にはなるだろう。だが、結局、自分を救えるのは、自分しかいない。選ぶのも、決めるのも、本人でなくては意味がないのだ。
 その兄が、自分から、暗殺者をやめると言い出した。
「なんでだ?」
 とは、北斗は聞かない。
 そこにある事情など、正直、どうでもいいことだ。
 兄が、自ら動き始めている。足掻いて、藻掻いて、何かを振り切ろうとしている。
 俺には何が出来るのか?
 答えは一つ。いつも通りに振る舞うこと。変わりない日常を、守ること。
 だから、今朝も、北斗は馬鹿みたいな大声を出し、馬鹿みたいな台詞を並べて、兄を起こしに走るのだ。

「腹減ったーー! 腹減ったーーー!! おなかが空いたーーーー!!!」
「‥‥‥朝っぱらから」
「オハヨウゴザイマス、兄上様! 今日もお腹がすい……うああっ!!」
「いい加減にしろ! この馬鹿弟!!」
 
 どげし、と、容赦なく北斗の鳩尾に肘鉄をぶちかます。腹を抱えて蹲る、我が弟ながらアホな少年を見下ろしつつ、ふと、啓斗の表情に、戸惑いの色が広がった。
「兄上さま、か……」
 不思議な感覚。ほんの少しくすぐったいような、何かが変わるような。
 これは…………予感。
 わずか数秒の差にすぎないが、確かに、自分は兄なのだ。この守崎家の、長男。強くあれ、自由に生きろと、啓斗に無限の選択肢を与えて去った父親の、その最後の言葉が蘇る。
 信じる道を、行け。
 自分が信じたいものは、一つだけ。多くを望んだことはない。守りたい。ただ、それだけ。
 家族を。友人を。彼らと共に過ごす、この、心の平穏を。
 何一つ、失って良いものなど、存在しない。
「俺が長男なんだから、俺が……守る」
 何も選べなかった、あの幼い時代と、決別する。
 これからは、全てを自分の意思で決めるのだ。惰性に流され、望まぬ生き方をしてきた過去の全てを、今こそ、精算してみせる。

「北斗。これからは、俺を、兄貴って呼べよ」
「なんで??」
「いいから」
「………って」
「いいから」

 啓斗が黙り、北斗もまた口を閉ざした。広すぎる家の、その家の規模にしてはこじんまりとした部屋に、静寂が満ちる。長いようで短い間が過ぎ去ると、やがて先に言葉を発したのは、北斗の方だった。
 わかった、と、弟は頷く。
「啓斗……。また、責任とか、小難しいこと考えているだろ」
 兄が、びくりと身をすくめる。弟は首を振った。
「違うんだよ。啓斗。啓斗は親父の後を継いだけど…………親父そのものになる必要なんて、ないんだ。そんなの、親父だって、望んじゃいない」
 鎖で縛っていたのは、枷を施していたのは、他の誰でもない、啓斗自身。
 救えなかった父親。いや、それどころか、自分があの場に居合わせたから、父は命を落とすことになったのかもしれないと、啓斗は常々考えるようにもなっていた。
 あの時、父親は、いつも息子の前にいた。化け物の攻撃をことごとく一人で受け、全ての傷を肩代わりした。
 ともに戦いながら、啓斗と魔物との間には、ひどく遠い距離があった。父親は、あの凄まじい奥義により爆死する以前から、既に瀕死に近い重傷の身であったのに、啓斗には、髪の毛一筋ほどの怪我も無かったのだ。
 守ってくれていた。
 自らの身を盾にして。自らの身を刃にして。父親こそが、最強の、剣楯だった。
 それなのに……。
 
 俺が、殺した。
 俺が、奪った。
 ああ…………………そうだ。
 俺には、幸せになる資格なんて、初めから、無かったんだ…………。

「兄貴」

 北斗の声が、啓斗を、現実世界へと呼び戻す。
 兄と呼ばれる資格が、まだ自分にもあったのかと、啓斗はぼんやりと考えた。
「なんて顔してんだよ。自分で兄貴って呼べって言っておいて」
「俺は……俺には、その資格も……」
「それ以上言ったら、本気で殴るからな。兄貴」
「…………だけど」
「兄貴だろ。俺の! たった一人の! 兄弟なんだろ!? なんでこの期に及んで我慢するんだよ。なんでまた一人で引っ被ろうとするんだよ!? 長男だからとか、家を守る立場にあるとか、そんなに重要か!? それが兄貴を縛っているっているなら、そんなもの、俺、いらねぇよ!!」
 北斗が、啓斗を兄と呼ぶ理由は、一つだけ。
 掛け替えのない、たった一人の双子の兄弟だから、そう呼ぶのだ。
 家も、立場も、関係ない。
 それが鎖になるのなら、枷になるのなら、いつだって捨ててみせる。二度と、間違った選択を、選ばない。選ばせない。

「兄貴は、もう、解放されるべきなんだ」

 なぁ、と、北斗が首をかしげて、啓斗の顔をのぞき込む。黙ってそれを見返していた啓斗の視界が、不意に、歪んだ。ぽつり、ぽつりと、何かが頬を伝って流れ落ちる。
 驚いて、手で顔に触れてみた。指先を、冷たい水が濡らした。
「俺は……」
 声が、掠れる。唇が、震える。喉の奥から、熱い塊が迫り上がってくる。嗚咽を漏らさないために、きりりと唇を引き結んだ。
 違う。違う。泣いてなどいない。涙など、流すはずがないのだ。凍った心に、そんなものが相応しいはずがない。
「兄貴は、兄貴だ。一人しかいない。誰も代わりは出来ないし、誰の代わりをする必要も、ないんだ」
 ほんの少しだけ、自分よりも背が低い兄を、引き寄せる。小さい頃から、慰めてもらうのは、いつも北斗の役目だった。いつもいつも、本当に落ち込んだとき、元気づけてもらっていたから、こんな時どうすれば良いのかは、誰に教えられなくとも、わかった。
 肩を叩き、背中をさすり、あやすように、呪文のように、呟く。

「大丈夫」

 初めて人を殺したときから、止まっていた啓斗の時間が、静かに、流れ始める。狂っていた歯車が、正しい位置に、戻り始める。

「う………」
「我慢するなよ。兄貴。兄貴は、まず、泣き方と笑い方から、勉強しないと」
「うっ…………うわああぁぁぁぁ!」

 人を殺して、心が壊れた。壊れた心に継ぎ接ぎをして、感情を奥深くに閉じこめて、生きてきた。
 たぶん、それから初めて、啓斗は、哭いた。
 何に怯えることもなく。誰に憚ることもなく。
 積もり積もっていた慟哭が、涙という逃げ道をようやく得て、確実に、昇華されてゆく。
 
「やっと、泣けたな? 兄貴」
「泣いてない」
「大嘘つき」
「泣いてない!」

 思わず声を荒げる啓斗の様子を見守りつつ、良かった、と、心の底から安堵する。

「兄貴は、望めば、いつだって、生まれ変わることが出来たんだ」





 これまでの間に、振り落としてきたものたちを、再び、拾い集める。
 それは、笑い方であり、泣き方であり、謝り方であり、赦し方でもある。たくさんの、当たり前の人間としての、心の欠片たち。
 色々な触れ合いを通して、少しずつ、傷は癒されていった。

「おい、啓斗! 北斗! 仕事だ! なんだその露骨に嫌そうな顔は!」
「だって、またタダ働き……」
「仕方ないだろ。うちは自慢じゃないが貧乏なんだ!」
「うちだって貧乏だぞ! 全然自慢じゃねぇけど!!」
「何を言うか! うちの方が貧乏だ!」
「うちだってば! わかんねぇオッサンだな!」
「二人とも。そんな虚しいことで言い争うなー!!!」

 双子は、今、草間興信所に出入りしている。
 この事務所では、そろそろ古参の部類に入るほど。
 携わった仕事の数も、多い。
 一つ一つが、宝物のように、貴重な経験。
 
「啓斗、北斗! 今度、うちに出入りしている奴らで、旅行に行くんだ。お前たちも参加するだろ?」
「どこ行くんだ? 旨いもんあるか?」
「温泉。とりあえず、山の幸はたくさんあるな」
「じじくさ〜」
「来るな!」
「うわ。スミマセン。行きます行きます。守崎北斗、参加させていただきますっ!」
「啓斗も来るだろ?」
「え? 俺は……」
「いいから来い! これは決定事項だ!」
「そんな無茶苦茶な……」

 一つ一つが、取り替えのきかない、大切な思い出。





【双子に生まれたその意味を】

 双子に生まれた、その意味を、知っている。
 この世でただ一人、同じ血を分かつ者。同じ細胞を共有し、同じ時刻に生を受けた。
 顔も、声も、姿も、全てが相似形を為しているのに、決して一つに戻ることはない、魂の片割れ。

 どこまでも、いつまでも、駆けて行ける。
 永遠の生を、誓った。宿星すらも、乗り越えられない壁ではない。

 ともに歩いて行く未来には、確かに、光が、息づいている……。