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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


傀儡は焔に踊る

〜 序 〜

タ…ケテ

「助けて……欲しい?」
首を小鳥のように傾げ、問う。
応はない。
だがその沈黙を了承の意ととったのか。
「いいよ。私の欲しいモノを貴方がくれるなら、助けてあげる」
闇に響くそれは、愛らしい少女の声。

…シイ……

「苦しい?苦しいよね。痛いよね。大丈夫、もう安心していいよ」
全て分っているから、と優しく語りかけ、己の手を広げた。
「今、楽にしてあげる」
艶やかな紅の唇の端がゆっくりと上がり…
それはニィ、と笑った。

†     †     †

「忽然と姿を消しちまったんだってさ」
雑然とした事務所の片隅。使い古された事務椅子に座り、物怖じする事なく一人寛ぐ学生服姿の青年は部屋の主に向けて話しかける。
「『神隠し』か?」
ふいに。
机の上に天高く積まれた書類やファイル等の紙の山の向こう、煙草の煙が立ち上るあたりから返る言葉に青年、叶燿(かのう・ひかる)は部屋の主の位置を知る。
大掃除でもしているのかと草間を見ていれば、積み重なった荷物を少し手にとっては別の場所へ移しているだけというそんな状態を見て察するに、どうやらこの状況は日常茶飯事のようだ。
「だがなぁ、現代の神隠しってヤツは大抵家出だの無断外泊だのが多くて信憑性も、神秘的かけらもなにもあったもんじゃないぞ」
苦笑を浮かべる草間の前に、燿は待ってましたといわんばかりに紙袋を差し出した。
「これでも、か?」
墨文字で表面を飾られた袋の中から現れたのは一体の人形。
腰まで届く黒髪に白く透き通る肌。微かに開かれた艶やかな紅の唇は息づいているかのようだ。
眺めていた草間の手からぽとりと落ちた人形の腕。球体の関節のすぐ上にあるものを目にした時、微かに草間の眉が寄せられた。
「黒子?」
精巧に作られた人形に特徴をつけるのはよくある話だ。だが、顔ならまだしも身体的特徴にこだわるというのは余程この人形に愛着があるのか、それとも実在する人物への執着があるのか。
思案に暮れる草間に燿は無言で一枚の写真を手渡す。校舎を背景に教師らしき人物を中心として制服姿の男女が並んでいる。学校のクラスの集合写真のようだが、草間の目が一人の女生徒の上で止まった。
「狩野八重(かりの・やえ)17歳。同じクラスの子なんだよ。失踪する前日、その人形が家の前に置いてあったらしいんだけど……似てるだろ?」
見比べる迄もない。似ているどころか人形は身を小さくした少女そのもののように見える。
「俺、その人形触れないんだよ。最初触った時すごく熱くて……なのにもうどうしようもなく寒気がして鳥肌たっちゃってさ。で、ある人に聞いたら此所ならなんとかしてくれるって。なんか凄腕の怪奇探偵だって誉めてたよ」
「怪奇探偵言うな!」
思わず高校生相手に哀しい突っ込みを入れつつ、草間は新たに煙草を一本取出した。
「報酬は保証するからさ。頼む!この通り!」
ほだされたのは報酬か、それとも情か。
「……仕方ないな」
草間はくわえた煙草に火を灯して立ち上ると紙の山から顔を覗かせ部屋を見渡した。
「と、いう訳なんだが……誰か頼まれてくれないか?」
草間の声が響いた室内の奥、電源をつけたままにその存在を忘れられていたTVの画面が『少女の失踪事件続く』とテロップの入ったニュース画面を大きく映し出していた。

〜 壱 〜

…とん

広げた手帳の上、ペン先がリズミカルに躍る。
『どうだ?何か面白そうな話は聞けたか?』
「ええ。最近中高生の間で随分と興味深い噂が流れているみたいなの」
携帯電話から聞こえる声に応えると、くるり、と器用にその指先で手にしたペンを回転させた。
話をしている間も彼女の目は紙面に記されたメモを追っている。
漆黒の黒髪を一つに束ね、知的で中性的な印象を受けるその女性はメモ書きされた単語のいくつかに丸をつける度、それを確かめるようにペン先で紙面を叩いてゆく。
「もう一件取材して、それから図書館の方によってみようと思って。ただ戻るのが予定より少し遅くなりそうなの。かまわないかしら?」
『こっちは気にするな。何か連絡するような事があればこっちから連絡をいれるさ』
「それとも一度そっちに戻って……」

ばさり。

物音に次いで聞こえたのはまたか、という草間の悲愴感漂う声。
「どうかしたの?」
『い、いや!こっちは心配ない。お前が戻る頃には……』
「武彦さん?」
何故か少し慌てた口調の草間に首を傾げる。
『い、いや。こっちの話だ。気にするな。また何かあったら連絡してくれ』
忙しなく電話を切ろうとする草間を不思議に思いながらも邪魔をしては悪いと思い、それ以上音の正体を追求する事もなく。
「そう?それじゃあお願いします」
少々様子がおかしいような気もしたがそれ以上気にとめず電話を切ると再びメモへと視線を移した。
「人形、火事、そして……」
単語をひとつひとつ黒いインクでつなげてゆき、最後の単語まで辿りつくとそこで大きく丸をつけてペンを止めた。
喫茶店の窓越しに、外を眺める。
待ち人はまだ姿を見せる様子はないが、もう直に来るだろう。
彼女の求める答を伴って。
「『ノンちゃん』……ね」
手許に広げられた手帳の最後に一際目立つように書かれた言葉をシュライン・エマはぽつりと呟いた。

「偶然だな」
ふいにかけられた声にシュラインは顔を上げ、そこに友人の姿を見つけると苦笑を零した。
「と、いう訳でもないみたいね」
声の主、久我はシュラインの言葉に否定も肯定もせず片眉を上げてみせただけで、構わないか?と前の席を指した。
「どうぞ。今ちょうど燿君と八重さんのお友達を待っている所だったの」
「ああ、あの坊ちゃんか。丁度良い、俺も話を聞きたかった所だ」
久我は口許に笑みを刻むと店員にコーヒーを注文して席につく。
「他にも取材と称して学生をターゲットに色々リサーチしていたの。ここまで失踪事件が続くのはどう考えてもおかしいもの。事件の関連性は否定できないと思うわ。でもそうすると……何を基準にして、何処で少女達を見、選んでいるのかしら?」
「体格、性格、学校、趣味趣向……女性という事を覗けばどれも一貫性がなく当人同士接点もない。だが一件関連性のないような事件でも、そこには必ず点を線へと変える要素があるものだ」
久我は一枚の書類をシュラインに渡した。そこには失踪したと思われる少女達の名前とプロフィールが簡潔に記されていた。
「彼女達は全員高校生、それも同じ学年だ」
「それじゃあ……彼女達の共通点というのは、年齢?」
店員が久我の前にコーヒーを置き、立ち去るのを待って口を開く。
「おそらくな。ここ数日、事件に関連して失踪したと見られる少女達の歳は全て17歳。それともう一つ」
久我は都内の地図を取り出すとテーブルの上に広げた。
見れば赤のマーカーで数カ所マーキングされている。
「失踪したと思われる場所、もしくは彼女達の家というのが特定の地域に集中していた」
確かに久我の言う通り、失踪した少女達の家や、失踪したと考えられる場所は港区のある地域に集中しているようだった。
「そして此処が……調査書にあった狩野八重の自宅だな」
久我の指した場所にシュラインがはっ、と息を呑んだ。
「待って。近くというよりも……もしかしてこれ、狩野さんの家を中心にしているの?」
「こっちもなかなか面白そうだろう?」
久我が口の端を上げて楽しそうに微笑したその時。
息を弾ませて一人の少年が勢いよく店内に駆け込んで来た。
「待たせてごめん!狩野の友達集めて来た。皆後から来るから……って、あれ?久我さんもいたんだ?」
これなら知り合いのコーヒーの方が旨い、と店のコーヒーに満足しきれない様子の久我だったがそこで初めて少年……燿に気付いたようにそちらへと視線を向けた。
「叶、来てたのか」
来てたのかはないだろー?と笑いながら座ろうとした燿に久我は微笑を浮かべた。
「悪かった。小さいから目に入らなかった」
「誰がちっせーだぁっ!」
思わず勢いよく立ちあがった燿に、他の客に迷惑だぞ?と席に着く事を勧めて久我はコーヒーを口に含む。
「そうか。すまなかったな……気にしていたとも知らず」
「気にしてねぇし、俺は小さくもねぇっ!こちとら、こう見えても一応平均身長はぎりぎりでクリアしてんだっ」
「最近の高校生はもっと身長があったように思えるが……思い過ごしか。まぁ確かにどこぞの弟子のようにみてくれだけは立派に成長しても中身が比例しないというような奴もいるが」
『どこぞの弟子』とやらが久我の弟子に違いない事を思い、燿は少なからず面識もない筈のその人物に同情と何故か奇妙な連帯感のようなものを感じた。
「そんなに低いようには思えないけど?それに男の子はこれからまだまだ伸びる時期よ。気にする事ないわ」
「シュラインさん……」
目を潤ませ、救いの女神へと向けた視線の先。
ふと自分の視点が僅かシュラインよりも下だったという事実を思い出して燿は落ち込みを隠せず、一人遠い目をして窓の外を眺めた。
「……?」
どうかしたの、と声をかけようとしたシュラインを久我はコーヒーを手に寛ぎの姿勢を崩さぬまま、止めた。
「シュライン。暫く放っておいてやれ。それ位の年頃の男はデリケートなんだ。特に『身長』には」
「……って、あからさまに哀れそうな声で言ってんじゃねぇぞっ!」
二人の微笑ましい……といえるかどうかは疑問だが、その会話にシュラインは思わず苦笑を零した。
「久我さん楽しそうね」
「そうか?手の焼ける弟子を持つとつい、な。同じ年頃の奴を見るとかまいたくなるんだろう」
久我の弟子である少年とも面識のあるシュラインは彼と燿の歳がそう変らない事を思い出す。
「そうね。久我さん面倒見はいいし。だから燿君とも仲が良いのね」
「まぁ、そういう事になるな」
「シュラインさん。ぜってー騙されてるって、ソレ」
素直に久我の言葉に納得するシュラインに燿はささやかながら抗議の声を上げるがそれは当然久我の耳にも届くものとなり……しまったと身を固くした時には既に手遅れだった。
「ほう?それが依頼に快く協力している目上の者に対する礼儀ととってもいいんだな?別に俺は気にはしないが?」
一瞬。
もしかしてかわれてるだけじゃないんだろうか?そんな考えが燿の頭を過ったが、確かに久我の言う事はもっともだとも思ったのか。
「う。……悪かったよ。忙しいのにごめん。狩野の事頼めるのもう他にはいないんだ。だから……」
頼む、と頭を下げようとした燿を久我の声が止めた。
「あそこに見えるのはお前の友達じゃないのか?」
久我に促され顔を上げて窓の外を見ると、燿と同じ紺のブレザー姿の少女達がこちらに気付いたのか、手を振って近付いて来るのが見える。
「心配するな。一度受けた仕事は最後まで放り出すような真似はしない」
振り返って見ると何事もなかったように久我は店員が新たに運んできた2杯目のコーヒーを飲んでいる。。
シュラインもまた新たにオーダーした暖かな紅茶を前に、穏やかな微笑を浮かべていた。
久我がそう口にする事を最初から分っていたというように。
「大丈夫。狩野さんは私達が必ず見つけてみせるわ」
そう言って微笑えんだシュラインの声はどこまでも温かく、優しく深く心にしみて広がってゆく。
「うん。俺、信じてるから」
答えた燿の声に微かに、久我の口許が笑みを刻んだ。

〜 弐 〜
「こいつらなら噂にも詳しい筈だから何でも訊いてやって。お前らもそれでいいよな?」
八重の友人達を迎え、賑やかになった隣のテーブル席についた燿が同席した少女達を促した。
「別にいいけど……噂ってなんだっけ?」
「あれじゃないの?ほら例の。なんだっけ?リカちゃん?じゃなくて。さっちゃん…でもないな」
「『ノンちゃん!』」
その名前に誰よりも早く反応したのはシュラインだった。
思わず手帳の上へと視線を移し、そこに書かれた同じ言葉を指で辿る。
「よかったら詳しく聞かせてくれないかしら?」
「友達にきいたんだけどぉ……これ実話でかなりヤバイんだってぇ」
シュラインは用意していたレコーダーを取り出し、小型マイクを引き伸してセットすると手帳の新しい頁を開いてペンをとった。
「十年くらい前、港区のある家に『ノンちゃん』って女の子が住んでてさ。両親が共働きしてたらしくていつも独りで留守番してたんだ。その子、人形が大好きで片時も離さなかったんだって。で、ある日いつもと同じように親が帰宅してみたら……」
少女はふいにそこで声をひそめ、息を吸い込んだ。
「火があがってたんだって、家から!」
「火……事?」
思わず顔色を伺う燿にシュラインは軽く頷いてみせるとそのまま女子高生を促す。
久我は相変わらず話に加わる事はなかったが無言のままじっと耳を傾けているようだった。
「子供は生きたまま炎に包まれて叫び狂ったんだって。始めは手。それから足、胴……どんなに消そうとしても消えなくて。苦しみもがいて随分暴れたらしいの。その時の様子っていうのがね、炎の中で踊ってるように見えたって」
先程まで賑やかだった少女達だが今は誰一人として声をあげようとしない。
「でもね。全身を焼かれた筈の少女のその首だけは何故か燃えなかったの。後から見つかったとき全身炭化した体につくりものみたいに綺麗な首だけがくっついて転がってたんだって……まるで壊れた人形のように!!」
誰もがじっと息を殺すように、語り手になっている少女の話に聞き入っていた。
もう聞きたくないと顔を反らしている少女もいたが続きが気になるのか最後まで話を聞かずにいるのも絶えられないようで恐る恐る話を聞いている。
「暫くは何も起こらなかったの。でも。誰もが事件を忘れかけた頃、それ、は現れた。灰と化してしまった自分の身体に代わる、新たな身体を探し求めて彷徨い歩く黒焦げの少女の亡霊が!そして哀しそうに言うのよ」
少女達は思わず息を呑込んだ。

『あなたのその腕を、私にちょうだい……』

きゃーッ!いやーッと少女達の悲鳴が上がる。
「元の姿に戻る為に生きている女の子の身体の一部を収集して、それを繋ぎあわせて元の姿に戻ろうと思ったのね。でもどんなに集めても願いは叶わずに、今もノンちゃんは彷徨い続けているんだって……」
「怪談話にはよくあるパターンだと思うけど。……だいたい俺は聞いた事ないぞ。そんな話」
同じテーブルについた中、一人冷静な燿に少女達は避難の声を露にした。
「叶こういう話ダメじゃん」
「そうそう。でも聞いたからにはさ、ちゃんとこの話他の人に話してよね。でないと呪われるって」
シュラインの手が止まった。
久我もまた伏せていた顔を上げる。
「げ。なんだよそれ、めんどくせー」
「それが出来ないと…3日以内に『ノンちゃん』が現れて身体のどこかを切り取られて持っていかれちゃうって話だよ?」
「『助けて欲しい?』って聞かれるんだよね。でもここで『助けて欲しい』っていったらダメ。『私の欲しいモノを貴方がくれるなら助けてあげる』そう言って結局身体を切り刻まれて殺されちゃうんだよね!」
「え〜?でもなんかなかった?助かるおまじない」
「あったっけ?そんなの」
ああでもない、こうでもないと談議に盛り上がる側で一人燿は小さくため息をついた。
「お前らよりによって……それって一番肝心なトコなんじゃねぇの?ってつっこんでみてもいいか、俺?」
シュラインは今迄に取材してきた手帳を見返し、確信した。
今迄シュラインが聞いてきた他の噂と全て話が一致している。
だとすれば……
「ねぇ……その助かるおまじないって、もしかして人形を使うんじゃない?」
シュラインの言葉に少女の一人はああ、と声を上げた。
「そうだ『身代雛』!思い出した。自分の髪の一部を使って自分に似せた身代わりの人形を作って置いておくんだっけ。そうするとその人形の方を攫っていくから自分は助かるんだって。結構作ってた子いたよ」
「え〜?そうだっけ?」
「そうなの!どれだけ自分に似たのが作れるかって皆で結構ハマって作ったりしたじゃん」
「そうだったかな?私が聞いたのとは違うような……なんか別の方法だった気がするんだけどなぁ」
「どっちにしろ……女の考える事って……よくわからねぇ」
さっきまで怖いとかいってたのに。
ぼそりと呟いた燿が再び周囲を取り囲む少女達に責められている間、隣のテーブルではシュラインのとったメモを中央に久我とシュラインの二人が向き合っていた。
「私が他の子達から聞いた噂と同じだわ。『ノンちゃん』という女の子の事も、『火事』の事も、『人形』を用いた『おまじない』のことも」
シュラインは燿が人形に触れた時に感じたという『熱』の話を聞いた時、炎に関連する事柄、それも火事での焼死か重傷事件等が背後に絡んでいるのではないかと思い至り、人形だけでなく火事を含めた言葉をキーワードにあらゆる情報を収集していた。
無論噂程不確かなものはない。だがある程度輪郭をとらえる事が出来たならば後は真実か否か、情報をふるいにかけて確認をしていくだけなのだ。
「だが、仮に失踪した少女達がその『おまじない』を実行していたとして、他に人形は数体ある筈だ。確かウィンの話では家に人形が置かれていたというのは狩野の家だけ。ならば何故他の家にはそれがない?」
「あの人形が『特別』という事?」
「第二の人形が出て来るということも考えられるが……『身代雛』か。シュラインは雛祭の由来を知っているか?」
「自分に振りかかる災厄をお雛様に移し、河に流して無病息災を願ったという?今でもその風習は受け継がれている地域もあるみたいだけれど」
平安時代には三月の最初の巳の日には形代に穢れを移し、川に流して禊を行うという陰陽道の儀式が執り行われていた。それが転じて今の雛人形となり雛祭りとなったと言われている。
「形代に災厄を移し、河に流す。それは陰陽道から来た呪術的意味合いを持つものだ」
久我の言おうとしている事を察し、シュラインは思わず久我の言葉を遮る。
「待って。それじゃあ久我さんは……八重さんは呪術的な力によってあの人形の中に移されたとでも?」
「多少異なるがおそらくは、な。それだけじゃない。例えば『呪いの藁人形』には呪う相手の髪等を用いて形代に魂を宿し、相手の姿とする事もある。それを考えれば彼女達の噂……自らの髪を人形に宿して生贄にするという考え方もなかなかよく出来ている」
「それじゃあ……八重さんの髪を使った人形に、八重さんの魂そのものが閉じ込められてしまっている?」
「意志のある人間を乗っ取るよりも、空になった器に入り込む方が難しくないだろうからな」
久我のその言葉がどういう事を示すのか。
聞く迄もなかった。
浮かんだ可能性はそのまま確信となる。

狩野八重の魂は人形に宿り、本体である身体には別の少女の霊が憑依している。

「あくまでもその噂とやらが今回の事件に絡んでいた場合、の仮説に過ぎないが」
だがそう口にする久我は思う所があるのか確信を持っているように見える。
「ねぇ、狩野さんも『身代雛』を作ったのかしら?誰かこんな感じのお人形。見た事ない?」
シュラインが少女達に渡したのは燿が草間興信所に持ち込んだ、あの八重に似た人形の写真。
外に出る前に念の為デジカメで撮影したものをプリントアウトして持ち出したものだ。
「うわ。これ狩野そっくりじゃん!…でもそんな器用な子だったっけ?」
「ん〜、私達は見たことないと思うけど、八重じゃないと思う」
少女達は皆首を振って否定する。
シュラインは胸騒ぎを覚えながらもなんとかそれを押さえ、明るく微笑んだ。
「有難う。もし何か変ったことや思い出した事があればすぐココへ連絡してね」
名刺を渡し少女達に礼を言うと、ほぼ同時に席を立った久我だけに聞こえるように小声で囁く。
「嫌な予感がするわ。ずっと気になっていた事があるの。これからちょっと調べてみるわ」
「行き先が図書館でよければ送ろうか?」
車のキーを片手に久我が笑むのを見て、シュラインは思わず苦笑を浮かべる。
「久我さんも最初からそのつもりだったのね。それならお言葉に甘えようかしら」
喫茶店から駐車場へと足をむけようとして、シュラインは振り返ると燿の名を呼んだ。
「ちょっとお願いしたい事があるんだけれど…頼まれてくれるかしら?」

〜 参 〜
『八重が最近悩んでいたような事がなかったか聞いて欲しい』
そう燿に頼んだ後、シュラインは久我と共に車で港区にある都立図書館へと向かった。
図書館に着いて早々、久我は何処かに電話をかけると言って席を外し、シュラインは過去の新聞記事から火事の事件を絞り込むべく、膨大な量のデータの中から必要な資料と思われるものを掘り出す作業にかかった。
1時間程過ぎた頃だろうか。
「…これね」
シュラインは思わず声にしてパソコンの画面を見つめた。
12年前の新聞記事。
そこには当時5歳の少女が自宅で焼死体で発見されたという記事が小さく載っていた。
「流石に写真までは載ってないわね」
ため息をついて身体を伸ばしたシュラインの前にす、と差し出された一枚の写真があった。
「奥菜式子(おくな・のりこ)当時5歳。」
「久我さん?」
今迄何処に姿を消し、何処から入手してきたのか。
驚く程のタイミングで欲していた情報を用意してみせた久我に、シュラインは全て手の内を読まれているのではないかと苦笑しつつも感謝を述べてその写真を手にとった。
色褪せた一枚の古い写真。
そこにはまだ幼い少女があどけない笑顔を浮かべて映っている。
「彼女が『ノンちゃん』なのね」
「元新聞記者の知人がこの近くにいたのを思い出してな。この辺りの事件に詳しい奴だから色々と協力して貰ったんだが写真はそれくらいしか入手出来なかった。こっちの方はどうだ?」
シュラインはキーボードを操作し、画面いっぱいに記事を拡大して見せた。
「その式子ちゃんだけど……やはり火事で亡くなっていたわ。原因は子どもの火遊びとも言われているけれど詳細は不明。出火は内部から。警察は事件と事故、両面から見てたみたいだけれど結局事故という形で落ち着いたみたい。日付は12年前。場所は港区。細かな番地までは分からないけれど……この近くね。それにこの住所……」
シュラインは記憶を辿る。何処かで聞いた覚えがある住所だ。それもごく最近。
「ウィンが訪れた失踪者達の家というのもこの付近だろう。覚えてるか?狩野の家を中心にするように事件が起きているようだ、と」
久我は先ほど見せた地図をそこに広げると、赤くマークされた中心点が含まれる町名の上にトン、と指を置いた。
「偶然にしては出来すぎている。間違いない」
「それじゃあ、まさか……」
最近になって聞き覚えのある住所だというのも頷ける。
「事件のあった式子ちゃんの家に、狩野さんが住んでいたという事なの?!」
久我の指した場所と、12年前に火事のあった家のあった場所はほぼ重なる。
それは狩野八重の家と、奥菜式子の家の場所が一致するという事でもある。
「事件は12年前。奥菜の親が引越した後に狩野が越して来たんだろう。当時5歳の式子は生きていれば今年で17歳か。狩野とも、姿を消した失踪者とも年齢が重なるな」
「可哀想に。怖かったでしょうね」
シュラインは瞳を伏せ、久我は懐から煙草のケースを取り出して火を灯した。
「それにしても今回の依頼は骨が折れそうだな」
「珍しいわね。流石に久我さんでも小さな子を相手にするのは苦手ということ?」
閉館時間が近づき、図書館から外へ出ると既に陽は傾き始めていた。
燃え上がるように赤く染まる空を眺め、久我はふと不敵なまでの微笑を浮かべた。
「いや。罪を理解しない純粋な悪意程、手こずるものはないという事さ」
車の前に着いたその時、シュラインの携帯電話が震えた。
「メール?」
着信件数は1件。件名には『隠れ情報:呪いの解き方攻略法その2』と記されている。
先程の少女達の一人だろうか。
メールの内容を確かめるべく、ボタンを押そうとしたシュラインの手が止まった。
(今度は着信?)
通話ボタンを押した瞬間。
電話の向こうから少女の悲痛な声が聞こえた。

『もしもし、シュライン・エマさんですか?おねがい、助けて!』

「落ち着いて。大丈夫だから」
少女が落ち着くようにできるだけ優しい声で語りかけると焦らずに少女から何があったのか事情を聞きだしてゆく。
「直ぐに行くわ。今何処にいるの?」
シュラインは場所を聞出すとエンジンがかけられた車の助手席に素早く乗り込んだ。

〜 肆 〜
ヒュン!
飛来する人形がシリルと燿の体を掠める。
(逃げ切れない?)
だが、人形はそれ以上二人を襲う事はなかった。
「あなた達……」
シリルは目を目を瞬かせた。
何処からともなく現れた犬が数匹、それぞれに牙を剥き人形と対峙している。
人形に体当たりをしてシリルを守った犬は低く唸り、人形達を牽制しながらシリル達の前に立つ。
「守ってくれるの?」
一匹の犬が心配ないと言いたいのか、嬉しそうにシリルに顔を擦り付けた。
「素敵。それが貴女のお友達なのね。でもいつまでもつのかしら?」
人形が周囲を囲む。
襲いくる人形を犬達は爪先で払い、体をはって弾き返したりと善戦をみせてはいるが人形の動きは衰えを見せない。かといって人形達が行方不明の少女達に何か関係している以上、下手に手を出すわけにもいかなかった。
きりがない、そう思った時、ゆらりと蠢く気配があった。
「いけない、逃げて!」
咄嗟に叫び、犬達はシリルの声に応じたように四方に散らばった。
「そろそろ飽きちゃったわ。もう、おしまいにしましょうよ」
錯覚などではない。
そこには深紅の炎を身に纏い、少女が悠然と佇んでいた。
八重は手を天にかざす。

ごうっ!

どこからともなく現れた炎が瞬時に周囲を取り巻き、退路を塞いだ。
周囲を染める紅蓮の炎。
焦げた匂い。
炎は生命と意志を得たように蠢き、そのまま勢いを増しシリル達に襲いかかろうとして……寸前で弾けた。
「!」
己の意志を裏切り、突如制御を失った炎に八重はきり、と唇を噛んだ。
「子供の火遊びにしては悪戯が過ぎるな」
「火気厳禁、ですか。暫く禁煙願いますね、久我さん」
炎の壁が裂かれ、現れたのは二人の男。
「久我さん、セレスティさんっ!」
そのうちの一人の男が手にしていた符をひらりと飛ばした。
「急急如律令」
刀印を切り符が消失すると同時、シリル達の後方の炎を掻き消してそこに居た二人の女性へと道を開いた。
「シリルちゃん、燿君、大丈夫?!」
「シュラインさん、ウィンさんも」
「良かった。二人とも無事ね」
駆け寄ったウィンとシュラインがシリル達の無事を確認し、ほっと安堵の息をついた。
少し離れていろ、と指示を出すと久我は印を結び真言を唱える。
「オン・マユラキ・ランディソワカ」
空気が湿り、大気に水の精霊の気配が満ちるのをセレスティは肌で感じた。
ぽつり、ぽつりと頬に触れるのは雨。
久我の呼び寄せた雨水に触れ、セレスティは静かに告げた。
「恵み深き水の精霊、我等に加護を」
雨はセレスティの手許に集い、余す事なく全て収束すると一つの大きな波となって炎の壁を撃ち破る。
衝撃と共に、水と炎がぶつかり水蒸気となって周囲を白く染めあげた。
「気は進まないが、子供の躾はきちんとしておかないとな」
「お手柔らかに。相手が子供であるという事をお忘れなく」
揶揄するような久我の口調にセレスティは微笑を浮かべ答えてみせる。
「お友達勢揃いってわけ?」
皮肉を含んで八重は忌々しいと言わんばかりに口にした。
「どうして、彼女達を襲ったんですか」
シリルの問いに八重は肩をすくめてみせる。
「自分が過ごす筈だった12年間、そしてこれから過ごすであろう未来への羨望と妬み、か?」
「そうよ。何が悪いの?だって狡いじゃない。私にないものをあの子達は持ってるんだもの」
久我の問いにも少しも悪びれる様子はない。
「彼女はただ、友達が欲しかっただけなのかもしれないわ。誰かに自分がここにいるという事をちゃんと認めてもらいたかっただけなのかもしれない」
サイコメトリという能力によって人形を通して八重の中に居る少女に触れたウィンはやるせない思いを胸に八重を見つめる。
「でも。もっと他に方法はなかったんでしょうか」
シリルの言葉にウィンは困ったように微笑を浮かべ、シュラインもまた同じような表情を浮かべた。
「今の彼女の姿に気づいてあげることの出来る人は多くはないわ。淋しかったのよ。そうでしょう?奥菜式子ちゃん」
シュラインが少女、奥菜式子(おくな・のりこ)の名を口にした時、今迄八重と呼ばれていた少女はぴくり、と身を震わせた。
「よく分ったわね。そうよ。誰も私のことなんかみてくれない、気付いてもくれない。でも分ったの。この子なら私の声を聞ける。この子の身体を手に入れれば今迄出来なかった事も出来るようになれる。私は生まれかわれるんだって!」
八重の姿をした式子は勝ち誇ったように両手を広げた。
「見て!私はこの手にしたの、取り返したのよ。私が生きる為の体を、命を、時間を、すべてを!」
そうよ、と式子と呼ばれた少女が呟く。
「それでもまだ、足らない。満たされない。だからこの子達を攫ったの!でももういらないわ。だって本当に私が欲しかったものはその子が私にくれるもの」
式子の視線の先、燿が辛そうに目を伏せた。
「その子を殺せば私は更なる『力』を得る事が出来る。完璧な『人』になれる。未来だって手に入るわ!」
「我侭なお嬢様だな」
久我は苦笑混じりに懐から一枚の符を取り出した。
欲しいものを欲しいといい、思うままに行動するのは善悪の区別がつかない子供故の行動。
迸る思いを止める術を知らない未熟な子供なのだ。
「仕方ありませんよ。彼女は外見はともかくとして中身は子供ですから。それにないものねだりをするというのは子供の特権でもあります。ただ……行き過ぎてしまっても困りますけれどね」
セレスティもまた苦笑して、久我の横に並ぶ。
「でも貴方達は嫌い。骨まで燃やして全部灰にしてあげる!」
式子の瞳が剣呑な光りを宿して妖しく輝く。
「我、水をもって火を克す」
「我友、水の精霊よ」
水と炎が乱舞し、新たに衝撃を生んだ。

「ごめん。足ひっぱらないって約束したのに……俺、役立たずだ」
張り巡らされた久我の結界の内、燿は力なく呟いて握る拳に力を込めた。
「そんな事ないです。燿さん、狩野さんの為に一生懸命やりましたよ。私も、皆さんも、狩野さんだってちゃんと分ってます。それに、貴方にしか出来ない事だってある筈です」
シリルの言葉に俯いていた燿の顔が上がる。
「お願い。恐がらないで。人形の手を握ってあげて下さい。危険なのは分っています。でも今、頑張らないといけない気がするんです。だから、一緒に励ましてあげて」
「燿君が自我をしっかりと保てば大丈夫。八重さんにも気持ちは届くはずよ」
サイコメトリ能力を保持するウィンには燿の恐れる気持ちも、これからしようとしている事の危うさもよく分っている。分っているからこそ燿にはその恐怖に打ち勝って欲しいと願った。
ウィンは優しく微笑んで腕に抱いていた人形の手を燿へと向ける。
「狩野さん、必ず助けます。頑張って!」
躊躇わず、まっさきにその手をとったのはシリルだ。
「もう少しだから頑張って」
シュラインもまた人形の反対側の手をとって励ます。
「狩野、お前こんな事でどうにかなる奴じゃないだろ?」
そっと、燿の指が人形に触れた。
稲妻が走るような衝撃に襲われながらもなんとかそれをこらえ、燿は声の限りに叫んだ。
「眼を、覚ませ!」
ぽぅ、と柔らかな淡い光が燿と人形を包み込み……

覚醒は訪れた。

「狩野さん!」
二度、三度瞬きをし……人形の姿で狩野八重は口を開いた。
「……あの子達を、燃やして」
八重の言葉にはっとして周囲を見渡す。
いつの間にか数体の少女人形がとり囲むようにしてじりじりと迫ってきている。
「狩野さん。彼女達を救う方法を貴女は何か知っているのね?」
こくり、と人形は頷いてみせた。
「人形に魂を封じ込まれた子達は無事よ。魂を人形と本体の二つに分けられてはいるけれど身体は別の場所で眠りについているだけ。人形の器を捨てれば元の身体へと戻るわ」
「お喋りね!私の邪魔をするの?!」
かっ、と目を見開いた式子の指先から八重に向け走った炎は久我の符に弾かれて止まる。
「仮染めの依代を無くせば意識は本体に戻り、目を覚ますという事か」
「やって!彼女達は大丈夫だから!」
「彼女達は……って……」
ウィンの手の上にぽん、と己の手を重ね、八重はその顔を覗き込む。
「貴女達なら気付いているでしょう?見たでしょう?あの時、何があったのか。私の姿をした彼女の正体が何なのか」
躊躇うウィンにセレスティは諭すように頷いてみせた。
「彼女の言う通りかもしれません。あの子は既に狩野さん自身ではないんです。いえ、狩野さん自身だったとしてあの姿でいられる筈がない。その理由はルクセンブルク嬢、貴女も知っている筈」
「確かに私達は見たわ。八重さんの身体が炎に包まれて灰と化してしまった時のこと……」
式子の生み出した炎によって死を迎えた八重。高温の炎は骸さえ残さず、後に残されたのは一握りの灰だけ。
「それを集めて出来たのが今、あそこにいる式子ちゃんの姿なのね」
「そうです。今の狩野さんの姿は人形ですが、本体であるべきあの少女の身体もまた、灰から作られた傀儡なのです」
だからこそ。彼女を元の姿に返し、最後まで見届けなくてはならないのだとセレスティは静かに語る。
「彼女達に同じ思いはしてほしくないの。彼女達ならまだ間に合う。だからお願い!」
叫びにも似た八重の声に、久我は不動明王呪を唱えながら数枚の符を人形へ向けて飛ばした
「ナウマクサマンダバサラダンカン」
符が発火し、人形を紅蓮の炎で彩る。
穢れを払う、不動明王の浄化の炎。
「きゃあぁぁぁ」
悲鳴を上げたのは人形達ではなく、式子だった。
「熱いのは、いや。でも、独りはもっと、いや。どうして……」

淋しい。おともだちまでどうして消してしまうの?
独りは嫌なのに。

「やっと、手にいれたのに。どうして邪魔するの?」
「本当に貴女の欲しいものは手にはいったの?入らなかったでしょう?だってそれは貴女自身のものではないもの。偽りを手に入れてもそれは脆く儚いものよ」
ウィンの言葉に式子は激しくかぶりを振った。
「ちがう、ちがう。わたしのよ!だってくれたんだもん!わたしがもらったんだもん!」
小さく、幼く見えたその姿は、式子本来の姿に重なって見えた。
「ねぇ、いけないの?いけないことなの?だって皆やってるのにっ、平気で人を殺したりしてるのに」
「噂を聞いたの。火事で亡くなった少女の話だったわ」
シュラインが静かに語る。
その話を聞いたならば数人に同じ話をする事。それが出来なければ呪いを受け、数日後には少女の霊が現れて体の一部を奪ってゆくという。
「呪いから逃れる方法は二つあったの。一つは自らの髪を断ち、その髪を用いて自分に似せた『身代雛』と呼ばれる人形を作り、災いを避けること。そしてもう一つの方法は……」
時に噂は虚偽だけでなく真実を告げる事もある。
シュラインが得た『噂』という情報が真実であるという可能性を信じて。
「少女の好きだった子守り唄を唄って聞かせること」
シュラインの声が優しく奏で始めたのは、子守り唄。
音色は炎のパチパチと弾ける音も全て呑込んでゆく。
そこに残るのは優しい音階と暖かな旋律。

(声よ。彼女の許へ届いて)

音を重ね、想いを重ね。
シュラインの声が温かく響き、少女を温かく包み込む。
シリルははっと息を呑んだ。
少女の頬に涙が零れる。
それを合図ととったかどうか。久我はその手で印を組んだ。
「センダマカロシャナソワタヤウンタラタカンマン」
久我の不動明王呪により少女の足許に生じた浄化の炎はあっという間に少女を包み込む。
「ふしぎ。あつくない」
ふふ、と少女は微笑んだ。

夢を見ていた。ずっと、長い間。
おとぎの国や見知らぬ国での冒険、人形達との楽しいお喋り。
きらきらと輝き、心が弾む様々な夢。
けれど自分が一番幸福である事を感じ、心から求めていた夢はそんな夢物語ではなく。
当り前の生活、ごくありふれた見慣れた日常の景色だったのだということに気付く。
そしてそこにはいつもきまって、自分を優しく迎えてくれる人がいた。

「あったかい。まるで……」

……おかあさん。

呟きは最後まで声にならず、それでも笑顔を残して。
少女は炎に抱かれて、消えた。

「彼女はもう、あの炎の中で躍らなくてよくなるのね」
そう零した人形の睫が微かに震えたように思えた。
人でなくなってしまった人形の身体ではもう、涙を流すことすら許されない。
ウィンは思わず人形を抱く腕に力を込めそうになったが、思い直してその艶やかな黒髪に触れ、優しく頭を撫でた。
「全ては灰に帰す、ですか」
ぽつり、とセレスティが呟いた。
「灰には死者を浄化する働きがあると言う。古く遡れば古事記にも灰は心願成就や航海安全の捧げものとされていたとある。無病息災のお守りや薬、魔除けなどにも用いられ神聖視されてきた。事実、偉人の骨と灰を土に練りこみ、像にした物も実在する位だしな」
「私も聞いた事があるわ。それじゃあ式子ちゃんは……」
シュラインの声に久我は苦笑を浮かべる。
「さぁな。子供がそこまで考えてやった事とは思えないしな」
「西洋にはその灰から誕生するという話もあります。不死鳥と呼ばれる彼等は死を迎えると灰になり、そこからまた新たな命として再生するという伝承があります。彼女もこれで炎という束縛から逃れ、自由になって生れ変わることが出来るのはないでしょうか。少なくとも、私はそう信じますよ」
「そうね。私も信じるわ」
セレスティの言葉にウィンが答え、シリルもこくりと頷いた。
想いを馳せていたシュラインの肩を久我がぽん、と軽く叩く。
「ええ、きっとね」
シュラインはふ、と軽く息を吐き出すと、みんなお疲れさま。と笑顔を浮かべた。

同じ頃。テレビでは行方知れずになっていた少女達が姿を現したというニュースが流れ、一部では『現代の神隠か?』なる報道がされていた。
古びたテレビの前、ニュースを眺めながら煙草に火を灯し、草間武彦は一人笑みを浮かべて煙を吐き出した。

〜 五 〜
「武彦さん。これは……」
依頼を果たした調査員達がそれぞれ別れを告げた後。
草間興信所に戻ったシュラインはマグニチュード7の地震が起こってもここまでひどくなりはしないだろうという程に散らかった部屋の惨状を目前にして呆然と興信所の入口に佇んでいた。
部屋一面埋め尽す紙、紙、紙。
部屋の端には辛うじて崩れずに残る、聳え立つファイルの山々。
一歩でも部屋に足を踏み入れようものならそのまま即遭難してしまいそうだ。
「ここまで見事に積み重ねられているのを見るとなんだか……アートの世界よね」
「すまん。シュラインが帰るまでにはどうにかなると思ったんだがな」
申し訳けないとひたすらに謝る草間にシュラインは苦笑する。
「一人じゃ無理よ。私も手伝うわ」
パンプスをその場で脱いで腕をまくるのを見た草間は慌ててシュラインを止めた。
「ま、待て!危険だっ。今そこまで道を作るから少しそこで待ってろ。いいな?動くなよ?」
いよいよ気分は雪山での遭難者のようだと思いながらも、紙の海をかき分け、道なき道を辿る草間の姿にシュラインはそっと微笑んだ。
「例の失踪事件の少女達なんだが、どうやら失踪していた間の記憶は曖昧らしくてな」
無事シュラインの許まで辿り着いた草間はまずそこから片づけを始めようと、シュラインと背をあわせる形で紙の束を回収し始めた。
「ただ、戻って来た時に、な。皆同じような事を言ったらしい。なんでも小さな女の子と遊んでいた夢を見ていたそうだ。楽しそうにして」
「武彦さん……」
一度も振り返る事なく。
草間は無造作に手元に書類を集めては、そのまま掴んで拾いあげる。
「まぁ、その、なんだ。だからどうという事でもないんだが」
照れているのだろうか。
彼なりの不器用な励ましが嬉しかった。
「ありがとう」
シュラインはくすりと笑った。
「いや、別に。たまたま、な。と、ところで腹、すかないか?」
不自然な程唐突に話題を変えた草間がすく、と立ち上がった。
「ご、ごめんなさい。何か買ってこようと思ったんだけど、この時間どこも開いてなくて」
「洒落た店は閉まってるだろうが、何処か一軒くらい開いてる店もあるだろう。たまには外に飯でも食いにいくか?」
そうね、とシュラインは差し出された草間の手を取って立ち上がる。
「ただ、その前に此所をなんとかしちゃいましょう?」
にっこりと笑顔を浮かべたシュラインに、草間はがくりと肩を落とした。
途中、何度か草間が雪崩にあい、書類の下敷きになりながらも。
無事にいつもの興信所と変らぬ状態まで片づいた頃には既に空は白々と明けていた。
夜明けのコーヒーならぬ夜明けのカップラーメンで乾杯というなんとも色気のない、だが彼らしいそんな顛末に苦笑しながらもシュラインは興信所の窓の向こう、暖かな陽の朱に染められてゆく空を眺め、眩しそうにその青い瞳を細めた。

〜 傀儡は焔に踊る / 了 〜

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0095/久我・直親(くが・なおちか)/男/27歳/陰陽師】
【1588/ウィン・ルクセンブルク(うぃん・るくせんぶるく)/女/25歳/万年大学生】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2409/柚木・シリル(ゆずき・しりる)/女/15歳/高校生】

-NPC-
【叶(十七夜月)・燿(かのう・ひかる)/男/17/学生】
【狩野・八重(かりの・やえ)/女/17/傀儡】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。新人ライターのひたきと申します。
依頼に参加頂きありがとうございました!
も、もう言葉が出ない程に大変、大変っっ申し訳ありませんっ!!
大幅に遅れてしまいまして御迷惑をおかけしました。
ひたすら反省しております。
今後このような事のないように気をつけていきたいと思います。
今更ですが今回の依頼は幾つかのパートに別れておりまして、他の話と繋がって一本の話になっているというリンク形式となっております。他の方の所でも名前が出ていたり、違う視点から全体像が見えたりという事もありますので、もし宜しければ通して読んで頂けると嬉しいです。
一部の個別文章ではなにやら続きものらしきニュアンスもありますが、今回の依頼は皆様のお陰で大成功を収め無事完結となりました。ありがとうございます!
もしかしたらそのうち、何か別の形で伏線なぞ勃発するかもしれませんが…おつき合い下さる寛容な方、お待ちしております(汗)
ご意見・ご感想等ありましたら頂けると嬉しいです。今後の参考にし、より精進するよう努力いたします。
それではお買い上げありがとうございました。

■シュライン様
この度は遅くなりまして大変申し訳ありませんでした。
書かせて頂けてとても楽しかったです!
久我様とはご友人という事なので一緒に行動させて頂きましたが如何でしたでしょうか?
シュライン様のプレイングはとても的確で、本編とは違った視点から隠れた真実に迫って頂きました。
一部、謎の残る部分もあるかとは思いますが……それはこの後出てくるとか、来ないとか(どっちだ)
もし機会がありましたら、こりずにかまってやって下さいませ。
それではまたお逢い出来ることを願いつつ。