コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


傀儡は焔に踊る

〜 序 〜

タ…ケテ

「助けて……欲しい?」
首を小鳥のように傾げ、問う。
応はない。
だがその沈黙を了承の意ととったのか。
「いいよ。私の欲しいモノを貴方がくれるなら、助けてあげる」
闇に響くそれは、愛らしい少女の声。

…シイ……

「苦しい?苦しいよね。痛いよね。大丈夫、もう安心していいよ」
全て分っているから、と優しく語りかけ、己の手を広げた。
「今、楽にしてあげる」
艶やかな紅の唇の端がゆっくりと上がり…
それはニィ、と笑った。

†     †     †

「忽然と姿を消しちまったんだってさ」
雑然とした事務所の片隅。使い古された事務椅子に座り、物怖じする事なく一人寛ぐ学生服姿の青年は部屋の主に向けて話しかける。
「『神隠し』か?」
ふいに。
机の上に天高く積まれた書類やファイル等の紙の山の向こう、煙草の煙が立ち上るあたりから返る言葉に青年、叶燿(かのう・ひかる)は部屋の主の位置を知る。
大掃除でもしているのかと草間を見ていれば、積み重なった荷物を少し手にとっては別の場所へ移しているだけというそんな状態を見て察するに、どうやらこの状況は日常茶飯事のようだ。
「だがなぁ、現代の神隠しってヤツは大抵家出だの無断外泊だのが多くて信憑性も、神秘的かけらもなにもあったもんじゃないぞ」
苦笑を浮かべる草間の前に、燿は待ってましたといわんばかりに紙袋を差し出した。
「これでも、か?」
墨文字で表面を飾られた袋の中から現れたのは一体の人形。
腰まで届く黒髪に白く透き通る肌。微かに開かれた艶やかな紅の唇は息づいているかのようだ。
眺めていた草間の手からぽとりと落ちた人形の腕。球体の関節のすぐ上にあるものを目にした時、微かに草間の眉が寄せられた。
「黒子?」
精巧に作られた人形に特徴をつけるのはよくある話だ。だが、顔ならまだしも身体的特徴にこだわるというのは余程この人形に愛着があるのか、それとも実在する人物への執着があるのか。
思案に暮れる草間に燿は無言で一枚の写真を手渡す。校舎を背景に教師らしき人物を中心として制服姿の男女が並んでいる。学校のクラスの集合写真のようだが、草間の目が一人の女生徒の上で止まった。
「狩野八重(かりの・やえ)17歳。同じクラスの子なんだよ。失踪する前日、その人形が家の前に置いてあったらしいんだけど……似てるだろ?」
見比べる迄もない。似ているどころか人形は身を小さくした少女そのもののように見える。
「俺、その人形触れないんだよ。最初触った時すごく熱くて……なのにもうどうしようもなく寒気がして鳥肌たっちゃってさ。で、ある人に聞いたら此所ならなんとかしてくれるって。なんか凄腕の怪奇探偵だって誉めてたよ」
「怪奇探偵言うな!」
思わず高校生相手に哀しい突っ込みを入れつつ、草間は新たに煙草を一本取出した。
「報酬は保証するからさ。頼む!この通り!」
ほだされたのは報酬か、それとも情か。
「……仕方ないな」
草間はくわえた煙草に火を灯して立ち上ると紙の山から顔を覗かせ部屋を見渡した。
「と、いう訳なんだが……誰か頼まれてくれないか?」
草間の声が響いた室内の奥、電源をつけたままにその存在を忘れられていたTVの画面が『少女の失踪事件続く』とテロップの入ったニュース画面を大きく映し出していた。

〜 壱 〜
室内に仄かな紅茶の香りが広がる。
窓から差し込む冬の陽射しの中、ティーカップから立ち上る湯気が溶けて消えた。
「構いませんよ。丁度手も空いている所でしたし」
久我が草間興信所を去った後、入れ代わるように訪れた柔らかな物腰の青年、セレスティ・カーニンガムは穏やかな微笑を浮かべて手にしていたティーカップをソーサーに戻し、依頼を快諾した。
「すまないな。腕はいいが口と性格に多少難ありの悪徳陰陽師に搾り取られそうになってた所でな。お前もかのリンスター財閥の総帥って立場にある人間だからどれだけふっかけられるかと正直ひやひやしてたんだが……」
「お気遣いなく。行方知れずのお嬢さん達の安否も気になりますし、何より興味深い事件ですしね」
「そうか?」
ゆったりと寛いだ姿勢でセレスティは優雅なる所作で両手を組み、微笑を浮かべた。
「報酬は草間さんのお気持ち次第ということで」
気持ち次第、といわれれば聞こえはいいが、かえって試されているような気がするのは草間の気の所為だろうか。
「ところで燿君、とおっしゃいましたか。狩野さんの捜査を依頼して来たというのは何か特別な感情からですか?」
突然話を振られた燿は口にしていたジュースを派手に吹き出しそうになるのをなんとか押さえ込む……まではよかったがその反動で大きく咳込んでしまい、涙目になりながら立ち上がる。
「と、特別っ?!誰が?って、俺が?!」
「そう。キミと狩野八重さんの事です。少々気になったので……」
「私も気になっていました。狩野さんとはどういった間柄なのですか?」
シリルもまた首を傾げて問う。
二人の視線を浴びて燿は戸惑ったような表情を浮かべ、頭を掻いた。
「間柄っていわれても……別にただのクラスメイトだけどさ。あ、特別な感情とかは絶対ない!ありえないからっ。あいつおとなしそうに見えて実は気は強いし、はっきりとした物言いする奴だから結構口喧嘩とかはしたけど」
「なる程。古来より聞くアレですね。実は喧嘩するほど……」
「誰もンな事いってねぇっ!」
恋愛を含む話題に慣れていないのか動揺を隠せず、未だ苦しそうな燿にセレスティは微笑ましいですねと笑みを浮かべ、シリルは心配そうにお茶を差し出した。
「あの、それで狩野さんとは?」
「ん?ああ。だからさ、腐れ縁っての?男友達みたいな奴。まぁ衝突はあったりもしたけど別に怨んだりとか嫌ったりなんかしてないぜ?周囲から頼られるタイプではあるけど特に憎まれたりするような奴でもないし……だから気になるんだよ」
やはり仲が良いんですね。と微笑するセレスティーから悪意は感じられないが、燿はそんな彼を上目遣いに睨む事は忘れない。
「失踪した状況や時間、念の為人間関係のトラブル等がなかったかどうか調べてみましょう」
「あの、セレスティさん。私、狩野さんの足取りを追ってみようかと思っていたんです」
では、一緒に。と手許のステッキに手をかけ、立ち上がろうとしたセレスティを止めた声があった。
「それ、俺に手伝わせてくれないか?俺なら狩野と仲良かった奴とか、同学年の奴とか顔きくし」
燿の申出にシリルとセレスティは顔を見合わせる。
「あの……きっと危険ですよ」
「ん。分ってるけど……放っておけなくて。あんた達が頑張ってくれてるのに俺だけじっとしているなんて……さ。何かせずにいられないんだ。足はひっぱらないようにするから」
そう言った燿の声には固い意志が込められていた。
これより先、危険が伴う事を彼自身十分理解し、彼なりに覚悟を決めているのだろう。
シリルとセレスティはそんな少年の決意をなんとか聞き入れてやりたかった。
「わかりました。では一緒に探しましょう」
シリルが元気付けるように言うと燿は破顔した。
「ではこれだけは約束して下さい。危険だと感じたらすぐに連絡する事。特に一人では行動しないほうがいいでしょう。それから定期連絡を怠らないように……いいですね?」
優しい声で語るセレスティに、燿は嬉しそうにありがとうと応えた。

「それにしても良い出来ですね。日本人形とも、ビスクドールとも様式が違うようですが、繊細で感情のこもった表情といい、精巧な造りといい素晴らしいものです」
燿とシリルの二人を見送った後、興信所に残ったセレスティーは人形の輪郭を指で辿る。視力の弱いセレスティーは鋭い感覚で補いながらそうして人形の特徴を確かめようというのだろう。
「ジュモーやブリューのビスクドールや市松人形等アンティークものも良いですけれどね。出来でいえばこの人形もひけをとらないと思いますよ」
澄んだ海を思わせる静かな青の瞳が細められた。
「お前が人形に詳しいとは思わなかったな」
さっぱりわからんと言いながらデスクまで戻ると再び書類の分類作業に入った草間だったが、状況は更に悪化する一方のようだ。
「一時期程ではありませんが未だにコレクターは多いですからね。関連した蔵書も尽きませんよ」
セレスティの自宅の書斎にはありとあらゆる分野の蔵書が並べられている。読書に耽り、一日の大半をそこで過ごす事もあるセレスティにとってはその位の知識を得る事は容易い事だった。
「ブランド明記はありません。手作りなんでしょうね。この球体関節のある人形というのはここ数年の間で一部愛好家に人気がでているんですがこれはその部類に入るものですね。状態からいっても最近のものだと思います」
「美術品価値はさておき…どうなんだ?」
「どう、とは?」
とうとう降参とばかりに手許の書類を投げ出して、草間が肩を竦める。
「はぐらかすなよ。お前さん、この失踪事件をどう見る?」
「さて。犯人は何がしたいのでしょうか。愉快犯か、それとも恨みを持つ為の犯行か?もしかしたらコレクターのような性癖をしているのかもしれませんね。まぁ、犯人の気持ちはこの時点ではまだ分かりませんよ」
意味あり気に微笑を浮かべるとセレスティはそんな事より、と席を立つ。
「後ろ、危ないですよ?」
言い残して扉を閉め、セレスティは部屋を出た。
草間が放り投げた書類の幾枚かがひらひらと宙を舞い、草間の机の上高く積み上がった書類束の上に舞い落ちると同時
「どわぁぁぁ……っ」
保たれていた微妙なバランスは一気に崩れ、雪崩を起して草間を巻き込み……興信所は一面、紙の山に白く染められたのだった。

「おかえりなさい」
草間興信所の前、神秘的な日本人形を胸に抱いた姿で出迎えた銀髪の麗人は、何故か室内に入ろうとするウィンをやんわりと制止した。
「どうかしたの?」
「いえ、こちらの人形を調べてみようかと手にとっていた所だったのですが草間さんのお仕事の邪魔をしては申し訳ないかと……」

ばささっ!どがららららっ………………ずがんっ!

セレスティーの言が終わらぬうちに、扉一枚隔てた向こうから何やら派手な破壊音らしきものが聞こえたかと思いきや、最後にげしゃり、という何か潰れたような音と振動が周囲に広がった後、しんとした静寂が訪れた。
「ほんと。忙しそうね」
何を察したのか。ウィンは扉のノブからそっと手を離すと後で来るであろう某女性所員の苦労を思い、ため息をついた。
「丁度良かった。貴女の意見を伺いたくてこうしてお待ちしていたのですよ。宜しければ場所を変えませんか?」
一瞬草間を心配したウィンではあったが暫し考えた後、セレスティの申し出を受ける事にした。
「お任せするわ」
セレスティにエスコートされる形で用意された車に乗り込むと、二人は興信所を後にした。


†     †     †
「ここなら静かですし、精神を集中させるには丁度いいでしょう」
都内にある一流ホテル。通されたのは恐らくVIP専用なのだろう、高層に位置するスイートルームだった。
フロアそのものが単独の宿泊部屋となり、ガラスの壁面からは東京の街が一望出来る。揃えられた部屋の調度品はどれも高級品のようでバーカウンターまで完備されているその豪華な造りに、今更ながらウィンはリンスター財閥総帥の為す影響力を思い感嘆の息を漏らした。
「どうぞ楽にしてください。人払いはしてありますからお気になさらずに」
確かに彼の言う通り、此所では周囲に気をとられる事なくサイコメトリーに専念出来そうだ。
「ちょっと触るのは怖いけど。気合いを入れて、ね」
ウィンは窓の側に置かれたソファに身を沈め、息を吸い込む。
セレスティはテーブルの上に人形を座らせると、自分は今迄使用していた愛用のステッキを傍らに置いて向かいのソファへと座った。
「まさか、この人形の中に狩野さんの魂が封じ込められているとかってことはないわよね」
緊張を隠せないウィンだったが、思いなおして意識を集中する。
「狩野さんが無事でありますように。そして」
ウィンは祈るようにその青い瞳を閉じた。
(これ以上被害者が出ませんように)
組んだ両手を解き、ウィンの手が人形の両手を握った。

〜 弐 〜
暗闇の中を八重は無我夢中で走っていた。
支配するのは緊張と、恐怖。
(これは夢じゃない。夢である筈がないのにどうしてあの子が。夢で見たあの子が?!)
数日前からずっと見続けている夢は決まって魘されるようなものばかり。
火事の夢。幼い少女が生きながらに炎に身を焼かれ……そしていつの間にか自分はその幼い少女となって炎に呑み込まれてゆく。
今迄は夢で見ていただけの実体を持たぬ筈の少女が今、現実となって目前に迫っているのだ。
得体の知れぬ追跡者から逃れる為に少女は必死に走るより他なかった。
ぞくり、と何か冷たいものが少女の足許から這い上がってくる。
今迄にも不思議な夢を見る事はあった。
「でも!ここまで同じ夢を、それも連続して見るようなことなんて今まで一度もなかったわ」
言い様のない不安を覚えて泣きたくなるが、かろうじて持ち前の気性がそれを踏み止め、気力を振り絞り八重は走った。
「だって死んだ筈なのに……あの、炎の中で。私『見た』のにっ」

『そうよ』

どくん、と鼓動が波打った。
思わず立ち止まって後ろを振り返る。

『どうして逃げるの?』

歳の頃は五つくらいだろうか。
少女はまだ幼さを残して愛らしいとも言えるのに闇を思わせる陰気さを纏い、異質な存在なのだと感じさせた。
だがその声は哀し気で。
だからだろうか。
八重は少女から視線を反らす事は出来なかった。
『やっと、逢えたね。貴女はちゃんと私に気付いてくれた。あなたなら私を救ってくれる』
くすり、と少女は笑った。
『嬉しい。私の夢を見てくれてたなんて。やっぱり貴女は……の言ってた通りの人ね』
少女が口にした名前は風に掻き消され、八重は聞き取る事が出来なかった。
次の瞬間。
いつの間にか八重の後方に移動した少女が、手にしたナイフでふつり、と八重の髪を一房切り、手にとった。
「!」
それを合図とするようにして、ふわりと空中から現れたのは、一体の人形。
八重そのものの姿をした、少女人形が身を縮めた姿勢のまま、天使のように空から舞い降りる。
「わた……し?」
呆然と見つめる八重の前で、少女は同じように自らの髪を一房掴んで切り、手にした八重の髪と合わせる。
「もうすぐ貴女は私になり、私は貴女になる」
髪は人形の中へ吸い込まれるようにして、消えた。

『ねぇ、貴女は私の欲しいもの、くれる?』

ごうっ!!

どこからともなく生じた炎が八重に襲いかかり、全身を包み込んだ。

きゃあぁぁぁっっ……

悲鳴は暫くの間止む事はなかった。
身を焼かれ、悶え苦しむ影は炎の中で死の舞踏を舞い続けている。
『苦しいよね。痛いよね』
そう。それは誰よりも少女がよく知っている。
堪え難き熱さと痛み、息が出来ぬ苦しさ、激しく燃え狂う炎への恐怖。
(だから…)
『大丈夫、もう安心していいよ』
少しでも苦しまずにいられるように。痛みを感じないように。
『今、楽にしてあげる』
炎は勢いを増して身体を包み込み……
一瞬にして狩野八重であった身体は灰と化し、炎の中に崩れ落ちた。

「……っ」
弾かれるようにウィンの手が人形から離れる。
じっとりと汗をかいて、息を乱すウィンにセレスティは水を差し出した。
「やはり……狩野さんは既に亡くなっていたのですね?」
ウィンの様子から悟ったのか、それとも人形から何か感じとったのか、セレスティは静かに口にした。
「そうでなければいいと思うわ。でも」
間違いない。どんなに否定しようとしても、ウィンがとらえた事実が変わる事はなかった。
狩野八重は既に息絶えている。
「それにしてもおかしいわね。人形に残る記憶を読もうとしたのに、あの感覚はサイコメトリーというより、サイコダイブしている時の感覚に近い気がするの」
「私は八重さんはまだこの人形の中に存在するのではないかと思っていますよ?もう一つ、別の存在と共に」
「別の、存在?ではあの少女の?」
ウィンの問いにセレスティは苦笑する。
「まぁ勘、ですけれどね。それに女性の髪には霊力が宿ると聞きます。もし八重さんとその少女の髪が使用されているとしたら。この人形にはまだ何か意味が残されていそうですね」
セレスティはウィンの気持ちを静める為にワインをグラスに注いで渡した。
「やってみるわ。もう一度」
短く応え、ウィンはワインを口に含む。
芳醇な葡萄の香りが広がり喉を潤してゆくのを感じるが、今のウィンにはその味を楽しむ事すら出来なかった。
「もう少し深く潜ってみれば何か分かるかも。作った人物についても何か判明するはずだわ。手がかりになるようなものが少しでもあればすぐにでも追いかけましょう」
「気をつけて下さいね。私もサポートさせて頂きますよ」
「有難う。是非お願いするわ。その前にもう一つお願いしたいのだけれど」
空になったグラスを掲げ、ワインをもう一杯貰えないかしら?と悪戯気に笑うウィンにセレスティは勿論、と笑顔で返した。

〜 参 〜
二度と逢えないのだと、思った。
ただ漠然と。
時だけが悪戯に過ぎて
気が付けば
一人残されて此所に居る。
移りゆく景色の中、私だけが変ることなく

ひとりきりで

ただ、ひとりきりで……


ぱちぱちと弾けるような音を耳にして少女は目を覚ました。
「おかあさん?」
眠い目を擦り、辺りを見回すがそこにかの人の姿はない。
窓を見れば外は赤く染まっている。
夕食の買物にでも出掛けているのかと、そんな事を思いながら再び押し寄せて来る睡魔に身を委ねようとして、少女は咳こんだ。
開いた扉の隙間から煙が入り込んでいる。
少女は目をこすり、起き上がった。

かたん。

襖の奥から何か物音が、した。

「そこに、いるの?」
応はない。
部屋の室温が上がっているのに気付き、少女は息苦しさと不安を覚える。
襖に手をかけた途端、得体の知れぬいいようのない不安と恐怖に捕われた。

(いや、怖……い)

何処かで拒絶の声が響いた。
けれど少女はそろそろと、襖を開いてゆく。

(駄目よ……見たくないのに!!)

そこに広がるのは一面の炎の海。
その中央に佇む影があった。

「おかあ、さん?」

影がゆらり、と揺れた次の瞬間。
深紅の炎の波が少女を襲った。

(こわ、れる……)

壊れてゆく。
『私』であったものが壊れ、崩れて、灰になって消えてゆく。
跡形も無く。

気付いた時にはきれいに無くなっていた。
気が狂うような熱さも、痛みも、苦しみも。

移りゆく時の流れは不可変のもの。
意識はある。自我も、存在もそこにあるのに
時は自分だけを置いて流れてゆく。
容赦なく。
初めは誰もが悲しんでくれた自分の死も、時が経つにつれ人の記憶から消されていった。
肩を並べていた友達たちはあっという間に大きくなって、今では誰も振り返って見てくれなどしない。

『どうして?』
少女であった者は問う。

どうして 自分は一人なのだろう?
どうして ここにお母さんはいないんだろう?
どうして 誰も気付いてくれないのだろう?

皆あんなに楽しそうなのに。
彼等はこれからどう成長していくのだろう?どう変わってゆくのだろう?
そして私は?

「そんなの、決まってる。変わりっこないって」

何も変わらないのは自分だけ。

羨ましいと思った。
欲しいと思った。
『今』を生きる身体が、その為の器が。

(そうすれば、皆気付いてくれる?)

アゲヨウカ?

誰かが言った。
否、それは少女自身の心の声だったかもしれない。
そこには人形が、置かれていた。
黒い髪と瞳の人形は微かに微笑みかけてくれているようだ。

欲シイモノハ、コノ子ガクレルヨ

どこからともなく響く声は優しく、穏やかだった。
『ほんとう?』
少女は嬉々として人形を抱き上げた。
この人形と同じ顔をした人を手にいれれば、何でも望みを叶えてくれるという。
少女に声を否定する理由がどこにあるだろうか。

本当ダヨ。

久し振りに、少女は心から喜んだ。
だからこそ、声の最後の呟きは少女には聞こえてはいなかったのかもしれない。

モシ、コノ子ガ本当ニ……ナラバ、ネ

くすりと耳許で誰かの笑い声がしたような、そんな気がした。

「ルクセンブルク嬢」
はっ、と我に返ったウィンの腕がセレスティに掴まれていることに、ウィンはそこで初めて気付いた。
「大丈夫ですか?顔色がよくありませんが……」
後ろから誰か別の人に腕を掴まれたような気がしたのは錯覚だったのか。
「ええ、大丈夫よ。有難う」
ウィンはゆっくりと息を吐いてソファに身を委ねた。
「やはり貴方の勘は頼れるわね。いたわよ『もう一つの存在』……といってもほぼ残留思念のような弱いものだったわ。殆ど形として残されていなかったけれど。まだ小さい女の子でね。驚きと恐怖と混乱が渦巻いていた。自分の死を把握できず、受け入れきれなかったのね」
自分が死んだ事が分からなくて、人恋しいのに誰にも気付いてもらえなくて。
孤独に苛まれた少女を思うと今でも胸がしめつけられる。
「でもこれで分ったわ。やっぱりこの人形だけ特別なのよ。他に失踪した子達の中に人形を造っているという子もいたけど……でもこの人形は狩野さんが造ったものじゃない。その女の子が造ったのでもない。誰かが意図的に狩野さんに似せて造ったのよ」
(でも、何の為に?何故、狩野さんでなければならなかったの?)
「声を、聞いたの。最初は小さな女の子の声みたいだったけれど……でも最後の声だけは違ってた。もしかしたらその人がこの人形を造ったのかもしれない」

ヴヴヴ……

着信音をオフにするかわりにモードをサイレントに切り替えておいたウィンの携帯電話が着信を告げた。
携帯を手に取り、素早く相手の名を確認する。
シュラインからだ。
「おかしいですね。そろそろ連絡があってもいい頃ですが」
ウィンとシュラインが会話をしている横でセレスティは室内に置かれた時計に視線を移した。
シリルと燿からの定期連絡の時間は既に過ぎている。
室内の電話を取り燿とシリルの携帯電話に連絡を入れてみたのだがどちらにも繋がる様子はなかった。
「え?燿君達がどうかしたの?!」
シュラインの携帯電話に狩野八重の友人からシリルと燿が危機に陥っているという連絡が入ったらしい。
「すぐに行くわ。途中で落ち合いましょう!」
ウィンが急いで携帯電話を切り振向いた時、既にセレスティは人形とステッキを手に戸口に立っていた。
「急ぎましょう。すぐに少女を止めなければ」

〜 肆 〜
ヒュン!
飛来する人形がシリルと燿の体を掠める。
(逃げ切れない?)
だが、人形はそれ以上二人を襲う事はなかった。
「あなた達……」
シリルは目を目を瞬かせた。
何処からともなく現れた犬が数匹、それぞれに牙を剥き人形と対峙している。
人形に体当たりをしてシリルを守った犬は低く唸り、人形達を牽制しながらシリル達の前に立つ。
「守ってくれるの?」
一匹の犬が心配ないと言いたいのか、嬉しそうにシリルに顔を擦り付けた。
「素敵。それが貴女のお友達なのね。でもいつまでもつのかしら?」
人形が周囲を囲む。
襲いくる人形を犬達は爪先で払い、体をはって弾き返したりと善戦をみせてはいるが人形の動きは衰えを見せない。かといって人形達が行方不明の少女達に何か関係している以上、下手に手を出すわけにもいかなかった。
きりがない、そう思った時、ゆらりと蠢く気配があった。
「いけない、逃げて!」
咄嗟に叫び、犬達はシリルの声に応じたように四方に散らばった。
「そろそろ飽きちゃったわ。もう、おしまいにしましょうよ」
錯覚などではない。
そこには深紅の炎を身に纏い、少女が悠然と佇んでいた。
八重は手を天にかざす。

ごうっ!

どこからともなく現れた炎が瞬時に周囲を取り巻き、退路を塞いだ。
周囲を染める紅蓮の炎。
焦げた匂い。
炎は生命と意志を得たように蠢き、そのまま勢いを増しシリル達に襲いかかろうとして……寸前で弾けた。
「!」
己の意志を裏切り、突如制御を失った炎に八重はきり、と唇を噛んだ。
「子供の火遊びにしては悪戯が過ぎるな」
「火気厳禁、ですか。暫く禁煙願いますね、久我さん」
炎の壁が裂かれ、現れたのは二人の男。
「久我さん、セレスティさんっ!」
そのうちの一人の男が手にしていた符をひらりと飛ばした。
「急急如律令」
刀印を切り符が消失すると同時、シリル達の後方の炎を掻き消してそこに居た二人の女性へと道を開いた。
「シリルちゃん、燿君、大丈夫?!」
「シュラインさん、ウィンさんも」
「良かった。二人とも無事ね」
駆け寄ったウィンとシュラインがシリル達の無事を確認し、ほっと安堵の息をついた。
少し離れていろ、と指示を出すと久我は印を結び真言を唱える。
「オン・マユラキ・ランディソワカ」
空気が湿り、大気に水の精霊の気配が満ちるのをセレスティは肌で感じた。
ぽつり、ぽつりと頬に触れるのは雨。
久我の呼び寄せた雨水に触れ、セレスティは静かに告げた。
「恵み深き水の精霊、我等に加護を」
雨はセレスティの手許に集い、余す事なく全て収束すると一つの大きな波となって炎の壁を撃ち破る。
衝撃と共に、水と炎がぶつかり水蒸気となって周囲を白く染めあげた。
「気は進まないが、子供の躾はきちんとしておかないとな」
「お手柔らかに。相手が子供であるという事をお忘れなく」
揶揄するような久我の口調にセレスティは微笑を浮かべ答えてみせる。
「お友達勢揃いってわけ?」
皮肉を含んで八重は忌々しいと言わんばかりに口にした。
「どうして、彼女達を襲ったんですか」
シリルの問いに八重は肩をすくめてみせる。
「自分が過ごす筈だった12年間、そしてこれから過ごすであろう未来への羨望と妬み、か?」
「そうよ。何が悪いの?だって狡いじゃない。私にないものをあの子達は持ってるんだもの」
久我の問いにも少しも悪びれる様子はない。
「彼女はただ、友達が欲しかっただけなのかもしれないわ。誰かに自分がここにいるという事をちゃんと認めてもらいたかっただけなのかもしれない」
サイコメトリという能力によって人形を通して八重の中に居る少女に触れたウィンはやるせない思いを胸に八重を見つめる。
「でも。もっと他に方法はなかったんでしょうか」
シリルの言葉にウィンは困ったように微笑を浮かべ、シュラインもまた同じような表情を浮かべた。
「今の彼女の姿に気づいてあげることの出来る人は多くはないわ。淋しかったのよ。そうでしょう?奥菜式子ちゃん」
シュラインが少女、奥菜式子(おくな・のりこ)の名を口にした時、今迄八重と呼ばれていた少女はぴくり、と身を震わせた。
「よく分ったわね。そうよ。誰も私のことなんかみてくれない、気付いてもくれない。でも分ったの。この子なら私の声を聞ける。この子の身体を手に入れれば今迄出来なかった事も出来るようになれる。私は生まれかわれるんだって!」
八重の姿をした式子は勝ち誇ったように両手を広げた。
「見て!私はこの手にしたの、取り返したのよ。私が生きる為の体を、命を、時間を、すべてを!」
そうよ、と式子と呼ばれた少女が呟く。
「それでもまだ、足らない。満たされない。だからこの子達を攫ったの!でももういらないわ。だって本当に私が欲しかったものはその子が私にくれるもの」
式子の視線の先、燿が辛そうに目を伏せた。
「その子を殺せば私は更なる『力』を得る事が出来る。完璧な『人』になれる。未来だって手に入るわ!」
「我侭なお嬢様だな」
久我は苦笑混じりに懐から一枚の符を取り出した。
欲しいものを欲しいといい、思うままに行動するのは善悪の区別がつかない子供故の行動。
迸る思いを止める術を知らない未熟な子供なのだ。
「仕方ありませんよ。彼女は外見はともかくとして中身は子供ですから。それにないものねだりをするというのは子供の特権でもあります。ただ……行き過ぎてしまっても困りますけれどね」
セレスティもまた苦笑して、久我の横に並ぶ。
「でも貴方達は嫌い。骨まで燃やして全部灰にしてあげる!」
式子の瞳が剣呑な光りを宿して妖しく輝く。
「我、水をもって火を克す」
「我友、水の精霊よ」
水と炎が乱舞し、新たに衝撃を生んだ。

「ごめん。足ひっぱらないって約束したのに……俺、役立たずだ」
張り巡らされた久我の結界の内、燿は力なく呟いて握る拳に力を込めた。
「そんな事ないです。燿さん、狩野さんの為に一生懸命やりましたよ。私も、皆さんも、狩野さんだってちゃんと分ってます。それに、貴方にしか出来ない事だってある筈です」
シリルの言葉に俯いていた燿の顔が上がる。
「お願い。恐がらないで。人形の手を握ってあげて下さい。危険なのは分っています。でも今、頑張らないといけない気がするんです。だから、一緒に励ましてあげて」
「燿君が自我をしっかりと保てば大丈夫。八重さんにも気持ちは届くはずよ」
サイコメトリ能力を保持するウィンには燿の恐れる気持ちも、これからしようとしている事の危うさもよく分っている。分っているからこそ燿にはその恐怖に打ち勝って欲しいと願った。
ウィンは優しく微笑んで腕に抱いていた人形の手を燿へと向ける。
「狩野さん、必ず助けます。頑張って!」
躊躇わず、まっさきにその手をとったのはシリルだ。
「もう少しだから頑張って」
シュラインもまた人形の反対側の手をとって励ます。
「狩野、お前こんな事でどうにかなる奴じゃないだろ?」
そっと、燿の指が人形に触れた。
稲妻が走るような衝撃に襲われながらもなんとかそれをこらえ、燿は声の限りに叫んだ。
「眼を、覚ませ!」
ぽぅ、と柔らかな淡い光が燿と人形を包み込み……

覚醒は訪れた。

「狩野さん!」
二度、三度瞬きをし……人形の姿で狩野八重は口を開いた。
「……あの子達を、燃やして」
八重の言葉にはっとして周囲を見渡す。
いつの間にか数体の少女人形がとり囲むようにしてじりじりと迫ってきている。
「狩野さん。彼女達を救う方法を貴女は何か知っているのね?」
こくり、と人形は頷いてみせた。
「人形に魂を封じ込まれた子達は無事よ。魂を人形と本体の二つに分けられてはいるけれど身体は別の場所で眠りについているだけ。人形の器を捨てれば元の身体へと戻るわ」
「お喋りね!私の邪魔をするの?!」
かっ、と目を見開いた式子の指先から八重に向け走った炎は久我の符に弾かれて止まる。
「仮染めの依代を無くせば意識は本体に戻り、目を覚ますという事か」
「やって!彼女達は大丈夫だから!」
「彼女達は……って……」
ウィンの手の上にぽん、と己の手を重ね、八重はその顔を覗き込む。
「貴女達なら気付いているでしょう?見たでしょう?あの時、何があったのか。私の姿をした彼女の正体が何なのか」
躊躇うウィンにセレスティは諭すように頷いてみせた。
「彼女の言う通りかもしれません。あの子は既に狩野さん自身ではないんです。いえ、狩野さん自身だったとしてあの姿でいられる筈がない。その理由はルクセンブルク嬢、貴女も知っている筈」
「確かに私達は見たわ。八重さんの身体が炎に包まれて灰と化してしまった時のこと……」
式子の生み出した炎によって死を迎えた八重。高温の炎は骸さえ残さず、後に残されたのは一握りの灰だけ。
「それを集めて出来たのが今、あそこにいる式子ちゃんの姿なのね」
「そうです。今の狩野さんの姿は人形ですが、本体であるべきあの少女の身体もまた、灰から作られた傀儡なのです」
だからこそ。彼女を元の姿に返し、最後まで見届けなくてはならないのだとセレスティは静かに語る。
「彼女達に同じ思いはしてほしくないの。彼女達ならまだ間に合う。だからお願い!」
叫びにも似た八重の声に、久我は不動明王呪を唱えながら数枚の符を人形へ向けて飛ばした
「ナウマクサマンダバサラダンカン」
符が発火し、人形を紅蓮の炎で彩る。
穢れを払う、不動明王の浄化の炎。
「きゃあぁぁぁ」
悲鳴を上げたのは人形達ではなく、式子だった。
「熱いのは、いや。でも、独りはもっと、いや。どうして……」

淋しい。おともだちまでどうして消してしまうの?
独りは嫌なのに。

「やっと、手にいれたのに。どうして邪魔するの?」
「本当に貴女の欲しいものは手にはいったの?入らなかったでしょう?だってそれは貴女自身のものではないもの。偽りを手に入れてもそれは脆く儚いものよ」
ウィンの言葉に式子は激しくかぶりを振った。
「ちがう、ちがう。わたしのよ!だってくれたんだもん!わたしがもらったんだもん!」
小さく、幼く見えたその姿は、式子本来の姿に重なって見えた。
「ねぇ、いけないの?いけないことなの?だって皆やってるのにっ、平気で人を殺したりしてるのに」
「噂を聞いたの。火事で亡くなった少女の話だったわ」
シュラインが静かに語る。
その話を聞いたならば数人に同じ話をする事。それが出来なければ呪いを受け、数日後には少女の霊が現れて体の一部を奪ってゆくという。
「呪いから逃れる方法は二つあったの。一つは自らの髪を断ち、その髪を用いて自分に似せた『身代雛』と呼ばれる人形を作り、災いを避けること。そしてもう一つの方法は……」
時に噂は虚偽だけでなく真実を告げる事もある。
シュラインが得た『噂』という情報が真実であるという可能性を信じて。
「少女の好きだった子守り唄を唄って聞かせること」
シュラインの声が優しく奏で始めたのは、子守り唄。
音色は炎のパチパチと弾ける音も全て呑込んでゆく。
そこに残るのは優しい音階と暖かな旋律。

(声よ。彼女の許へ届いて)

音を重ね、想いを重ね。
シュラインの声が温かく響き、少女を温かく包み込む。
シリルははっと息を呑んだ。
少女の頬に涙が零れる。
それを合図ととったかどうか。久我はその手で印を組んだ。
「センダマカロシャナソワタヤウンタラタカンマン」
久我の不動明王呪により少女の足許に生じた浄化の炎はあっという間に少女を包み込む。
「ふしぎ。あつくない」
ふふ、と少女は微笑んだ。

夢を見ていた。ずっと、長い間。
おとぎの国や見知らぬ国での冒険、人形達との楽しいお喋り。
きらきらと輝き、心が弾む様々な夢。
けれど自分が一番幸福である事を感じ、心から求めていた夢はそんな夢物語ではなく。
当り前の生活、ごくありふれた見慣れた日常の景色だったのだということに気付く。
そしてそこにはいつもきまって、自分を優しく迎えてくれる人がいた。

「あったかい。まるで……」

……おかあさん。

呟きは最後まで声にならず、それでも笑顔を残して。
少女は炎に抱かれて、消えた。

「彼女はもう、あの炎の中で躍らなくてよくなるのね」
そう零した人形の睫が微かに震えたように思えた。
人でなくなってしまった人形の身体ではもう、涙を流すことすら許されない。
ウィンは思わず人形を抱く腕に力を込めそうになったが、思い直してその艶やかな黒髪に触れ、優しく頭を撫でた。
「全ては灰に帰す、ですか」
ぽつり、とセレスティが呟いた。
「灰には死者を浄化する働きがあると言う。古く遡れば古事記にも灰は心願成就や航海安全の捧げものとされていたとある。無病息災のお守りや薬、魔除けなどにも用いられ神聖視されてきた。事実、偉人の骨と灰を土に練りこみ、像にした物も実在する位だしな」
「私も聞いた事があるわ。それじゃあ式子ちゃんは……」
シュラインの声に久我は苦笑を浮かべる。
「さぁな。子供がそこまで考えてやった事とは思えないしな」
「西洋にはその灰から誕生するという話もあります。不死鳥と呼ばれる彼等は死を迎えると灰になり、そこからまた新たな命として再生するという伝承があります。彼女もこれで炎という束縛から逃れ、自由になって生れ変わることが出来るのはないでしょうか。少なくとも、私はそう信じますよ」
「そうね。私も信じるわ」
セレスティの言葉にウィンが答え、シリルもこくりと頷いた。
想いを馳せていたシュラインの肩を久我がぽん、と軽く叩く。
「ええ、きっとね」
シュラインはふ、と軽く息を吐き出すと、みんなお疲れさま。と笑顔を浮かべた。

同じ頃。テレビでは行方知れずになっていた少女達が姿を現したというニュースが流れ、一部では『現代の神隠か?』なる報道がされていた。
古びたテレビの前、ニュースを眺めながら煙草に火を灯し、草間武彦は一人笑みを浮かべて煙を吐き出した。

〜 五 〜
事件も無事解決し、狩野八重を叶燿が引取っていった翌日。
草間興信所を訪れたセレスティは眠そうな目をした草間の前に現れて茶封筒を手渡した。
「依頼人の叶、事件に巻き込まれた狩野、そして事件の発端となった奥菜。実は意外な共通性があった事に気付きましてね。色々と調べてみたんです」
徹夜で片付けたというだけあって、今日の草間興信所は見違える程に綺麗に片付けられていた。
セレスティは草間のデスクの上にあったメモ用紙を引き寄せると、その上に今回の事件に関連した三人の名前を草間に書いて見せた。
「狩野は呼び方によってかのう、とも読めます。それに一見なんの関わりもなさそうですが…奥菜という名を組み換えてみると」
「奥菜。O,KU,NA……KA,NO,U……カノウ。アナグラムか!」
「念の為、燿君の戸籍を調べてみたんですけれどね。どういう事情かは知りませんが戸籍上での彼の名は十七夜月・燿(かのう・ひかる)となっていました。両親の死後兄と二人暮し。そして狩野さんの家系を遡って調べてみるとその十七夜月の系譜に繋がるんです。だいぶ遠くはなりますが親戚同士という事ですね。」
草間は封筒の中に納まっていた書類を取り出して目を通した。
確かにそこにはかなり遠くはなるが燿と、八重が親戚である事が書かれている。
恐らく本人達でさえ知らなかった事だろう。
「『十七夜月』の名には特別な意味があります。占いに関わる者や術者、そして財界の方などの間では知られている話なのですが。夢で吉兆を占うという占い師の家系なんですよね。」
「待てよ?おい、あの『十七夜月』……か?」
「お知合いでしたか?」
流石は草間さんですね、と感心するセレスティに素直に喜べず、草間は聞き覚えのあるその名を耳にした事で更に頭痛を覚えた。
「腐れ縁ってヤツでな。そう言えば弟がいるとかなんとか言ってたか。あンの狐め……ったく、あいつに関わるとロクな目にあわん」
では、草間を燿に紹介したのはその彼なのだろうか。
「もしかしたら術者である久我さんも既にお気付きだったのかもしれませんね」
「ったく、どいつもこいつも」
泥のように濃いコーヒーを口に含んで苦い顔をする草間にセレスティは苦笑を浮かべた。
「燿君の霊媒体質といい、奥菜さんの夢を見たという八重さんの潜在能力の事といい。同じ十七夜月の血を引いた者同士、何かの力が働いたものと思えば今回の一件も納得出来る結果ですね。」
「で、奥菜もあいつの一族なのか?」
頭を掻いて訪ねる草間にセレスティは首を振った。
「いいえ。そういった事はないみたいです。単なる偶然か、運命の悪戯か…それとも誰かの……」
セレスティの言葉は扉を叩く音で中断された。
「お客様のようですね。それではそろそろお暇しますよ、お仕事の邪魔をしては申し訳ありませんからね」
未だ渋い顔をして唸る草間と挨拶をかわして外へ出たセレスティは車の後部座席に座ると帰途につく間、家に着いたら紅茶は何を頼もうかなどと思いを巡らせながら、楽しそうに微笑を浮かべた。

〜 傀儡は焔に踊る / 了 〜

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0095/久我・直親(くが・なおちか)/男/27歳/陰陽師】
【1588/ウィン・ルクセンブルク(うぃん・るくせんぶるく)/女/25歳/万年大学生】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2409/柚木・シリル(ゆずき・しりる)/女/15歳/高校生】

-NPC-
【叶(十七夜月)・燿(かのう・ひかる)/男/17/学生】
【狩野・八重(かりの・やえ)/女/17/傀儡】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
はじめまして。新人ライターのひたきと申します。
依頼に参加頂きありがとうございました!
そしてそして。
長い間お待たせしてしまい、大変、大変っっ申し訳ありませんっ!!
健康管理もきっちり仕事のうちとは分っていながら抵抗できず……大幅に遅れてしまいまして、本当に申訳ありませんでした。
以後は気をつける所存でおります。
今回の依頼ですが幾つかのパートに別れておりまして、他の話と繋がって一本の話になっているというリンク形式となっております。他の方の所でも名前が出ていたり、違う視点から全体像が見えたりという事もありますので、もし宜しければ通して読んで頂けると嬉しいです。
一部の個別文章ではなにやら続きものらしきニュアンスもありますが、今回の依頼は皆様のお陰で大成功を収め無事完結となりました。ありがとうございます!
もしかしたらそのうち、何か別の形で伏線なぞ勃発するかもしれませんが…おつき合い下さる方寛容な方、お待ちしております(笑)
ご意見・ご感想等ありましたら頂けると嬉しいです。今後の参考にし、より精進するよう努力いたします。
それではお買い上げありがとうございました。

■セレスティ様
総帥とウィンさんとはご友人との事で、その辺の雰囲気を少しでも出せたらと思い、共に事件の真相に迫って頂きましたが如何でしたでしょうか?
一部、謎の残る部分もあるかとは思いますが……それはまた別のお話で明らかになるやもしれません。
もし機会がありましたら、こりずにかまってやって下さいませ。
それではまたお逢い出来ることを願いつつ。