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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


メイドさんパニック
 草間興信所には、日々、怪奇現象にまつわる依頼が持ち込まれる。興信所の主である草間武彦はそれを嫌がっているが、その筋では「怪奇現象にまつわる依頼ならここへ」ということですっかり有名になってしまっており、武彦の主張など誰も聞いてはくれない。
「はぁ……はい、わかりました。調査員の方をすぐにでも向かわせていただきます」
 今日も草間興信所には、依頼の電話がかかってきていた。それを受けたのは、草間興信所で探偵見習として働いている草間零だった。
 依頼の要点をメモに書きとめ、頭を下げながら電話を切る。
 武彦が珍しく、怪奇現象以外の依頼で事務所を空けているということで、留守を任されていたのだったが――随分と珍しい依頼で、本当に受けてもよかったものかと零はメモを見ながら首を傾げた。
 依頼そのものは、さほど変わったものではない。
 行方不明になった妹を探して欲しい――
 興信所に相応しい、ごく普通の依頼だ。
 だが、妹が行方不明になったいきさつ、というのが少々、特殊だった。
 依頼人の妹は、さる女主人の屋敷でメイドとして働いていた、というのだ。
 その屋敷では使用人がすべて女性で、それは主人が男嫌いだから、というのであるが、近頃、その屋敷に働きに出たまま行方不明になるものが増えている――とのことで、依頼人の妹も他の者と同じように行方不明になってしまったらしい。
 だから、その屋敷へ潜入して調査して欲しい、のだそうだ。
 なにか怪しげなにおいがする。
 ひとりで行かない方がいいかもしれない、と零は判断した。
 どうにか理由をつけて、誰か連れて行ったほうが無難だろう。
 そう思いながら、零は、知り合いに電話をかけるべく再び受話器へと手を伸ばした。

 そのようなわけで、零が電話で呼び出したり、たまたま事務所に立ち寄ったり――ということで、年齢も職業もばらばらの11人もの人間が集まった。男女の比率は半分ずつで、ある意味バランスのいいメンバーだとも言える。
「……これが、今回の依頼の資料です」
 全員が集まるまでに人数分作っておいた資料を、零がひとりひとりに手渡す。
「依頼人の名前は向坂豊。26歳、会社員の方だそうです。ご両親を早くになくされて、妹さんがたったひとりの血縁者だそうで……今回の依頼は、妹さんの捜索です」
 零は資料に目を落としながら、静かに依頼の詳細を説明していく。
 近頃、そこへ働きに出たまま行方不明になるものが増えているという、女ばかりの館がある。依頼人の妹である向坂緑も、同じようにその館へ働きに出たまま、行方がわからなくなってしまった。
 豊が館のほうへいくら問い合わせを入れても、知らぬ存ぜぬの一点張りで、直接訪ねていっても門前払いをくらわされてしまうのだという。
「なあなあ、その、行方不明になっとる人たちに、なんか共通点みたいなものとかないん?」
 零の説明が終わるや否や、左耳にイヤリングをつけた中学生――大曽根つばさが手をあげて訊ねる。彼女のやたらに元気な様子に、はりつめていた場の空気が一気にやわらいだ。
「いえ、特にはありません。ただ……どなたも、かなり容姿に恵まれた方々のようです」
「それは……怪しいですわね。綺麗な方々だけ、だなんて……」
 形のいい眉を寄せ、鹿沼デルフェスがつぶやいた。まるでどこかの姫君のような上品で清楚な雰囲気をただよわせている彼女だったが、そういった表情をしていると、わずかにではあるが幼くみえる。
「そうよね。まあ、そもそも、女だけの屋敷、っていう時点で怪しさ爆発だけど」
 大きくうなずきながら答えたのは、応仁守瑠璃子。背中まである黒髪を後ろでひとつに束ねた、ややきつい印象のある美女だ。
「屋敷の主人について、もう少し詳しい情報はないのかしら? できれば、主人の職業だとか人柄だとか、あとはメイドが必要な理由とか……そういったものが欲しいのだけど」
 顎に手を当て、中性的な容貌の、青い切れ長の目をした美女が訊ねる。ここ、草間興信所にてなかばボランティアかなにかのように手伝いをしている彼女は、シュライン・エマ。細かいところにもよく気がつき冷静に指摘する彼女がいると、話し合いが随分とはかどる。
「それはこれから、事前に調査しようと思っています。事前調査をするにも、まずは先に人手を集めなくてはいけないと思いましたから」
「……なるほど。それもそうね」
 零の言葉に素直に納得したのか、シュラインは今度は目を閉じて考え込んでしまう。
「それならば、わたくしにお任せください。そういったことは、得意ですのよ。実は、電話でおおまかな話を聞いて、事前にしらべておきましたの」
 巫女服をまとった愛らしい少女が、笑みを浮かべて言った。愛らしい容姿はしているものの、榊船亜真知の正体ははるか彼方で造られた宇宙艦であり、その情報収集能力には誰もかなわないのだ。
「屋敷の主人は、宮園いずみ様。大変な財産家だそうで、特に定職に就かれている様子はありませんわね。人柄については、特に悪い評判はありませんわ。ただ、生まれながらのお嬢様のようで、自分の身の回りのことひとつ、自分ではなさらないそうです。だからたくさんの使用人が必要のようですね」
「……うっわぁ、すごいなぁ。愛華、そんな生活、想像もつかないよ!」
 それまでは大人しくしていた桜木愛華が、のん気に声を上げる。まるで人形のような可愛らしい顔立ちの彼女は、しきりにすごい、すごいと連呼している。
「それで評判が悪いヤツだったりしたら、楽なんだけどな……ま、そう簡単には行かないか。でも許せないな、美人ばっかり毒牙にかけるなんて!」
 ふぅ、と息を吐きながら渡辺綱が拳をかためる。正義感にあふれる男子高校生である綱は、やはり年頃の少年というべきか、それとも先祖である渡辺綱に似ているのか、とにかく美人には弱い。
「でもそれだと、確かに困りますね。メイドさんを……そんなふうに」
 眉間に皺を寄せながら、田中裕介が口にした。長い髪をひとつに束ねた、目元の涼やかな美男子である裕介だったが、メイドさんなどには弱かった。今回の依頼だって、実は、メイドさんがいると聞いて内容も聞かずに受けてしまったほどだ。
「それで……僕たちはどうするんですか? 潜入調査するにしても、女性だけなんですよね?」
 不思議そうに、長身の美女――と言ったとしても通りそうな容貌の、空木崎辰一が首を傾げた。たまたま仕事の兼で草間興信所を訪れたのだが、どうやら零が困っているということで、彼も裕介と同じく、仕事の内容をよく聞かずに引き受けてしまったのだ。
「……実は、近々、屋敷で宮園さんの誕生日パーティが開かれるらしいんです。それで、メイドさんをたくさん募集しているので……これを、みなさんに着ていただくことになります」
 言いながら零が差し出したのは、大小さまざまなサイズのそろった紺色のメイド服だった。これだけたくさんのサイズがあれば、あわないものはいないだろう――というくらい、サイズは豊富だ。
「……こ、これ着るんですか?」
 辰一は顔を引きつらせながら、念のため、といったふうに零へ訊ねる。
「ええ。全員着られるように、無理をいって用意していただきました」
 平然と答える零の言葉に、男性陣は顔を見合わせる。
「……で、それは俺たちも着るのか?」
 それまで黙っていたW−1105が口を開いた。近未来的な姿をした戦闘用ゴーレムである彼だったが、零の持っているメイド服の中に自分でも着られそうなサイズのものを見つけてしまったのだ。
 普通ならば、そんなものを着せられるはずがない。そう思う。だが、相手は零だ。自分たちの常識ではかってはいけない。
「当然です。そのために、ちゃんと、お二人とも着られるようなものを用意しました」
「……俺もか」
 その言葉に、W−1106ががくりとうなだれる。
 否、と答えることは不可能ではない。
 だが、ここまで来てしまった以上――たとえ、男であろうとも、近未来的な姿をしたゴーレムであっても、メイド服を着ないなどという選択肢はありえないのだった。
「安心しぃや。うちらが責任持って、全員、きっちりと変装させたるわ」
 ふっふっふ、と不敵な笑みとともにつばさが言う。
「そうね。じゃ、手分けしてさっさとメイクさせちゃいましょ」
 さっぱりとした口調でシュラインが続ける。
「私は留守番がありますから……みなさん、よろしくお願いしますね。あ、そうそう、応仁守さんが、イヤリング型通信機を人数分貸してくださったんです。調査員のみなさん同士、連絡がとりあえないと困りますし、必ず身に着けておいてください」
 零がぺこりと頭を下げた。
「……じゃあ、さっさとやっちゃいましょうか? ハンパな状態を見るのが一番イヤだし」
 瑠璃子がなぜか、首を鳴らしつつ言った。
「愛華も、がんばりまーす!」
「わたくしも、微力ではございますが、お手伝いさせていただきますわ」
 男性陣の困惑には気づかない様子で、愛華と亜真知も立ち上がった。

「……辰子、お茶を淹れてくれないかしら。愛華はクッキーを持ってきてちょうだい。綱子は肩もみよ。葛葉、あなたは……そう、もっとこっちへいらっしゃいな」
 裕介――葛葉、というのは裕介が潜入するに当たって使った偽名だ――を抱き寄せながら、いずみが妖しい笑みを浮かべる。
 メイドに変装して潜入した11人だったが、中でも辰一、愛華、綱、裕介はいずみのお気に召したらしく、身のまわりの世話をするようにと申しつけられていた。
 中でも裕介のことは特に気に入っているらしく、こうして、ことあるごとに身体に触ってきたりする。
 相手が美女ということもあり悪い気分ではないが、どうせだったらメイドさんに迫られたい、というのが正直なところだ。
「いずみ様、茶葉はいかがなさいますか」
 静かな口調で辰一が訊ねる。声こそややハスキーではあるが、元の造作のせいかメイド服もよく似合っている。しっかり、上品なメイドに化けていた。
「そうね、葛葉、あなたはどれがいいと思う?」
「私……ですか? あまり、そういったものには詳しくありませんので……申しわけありません」
「そう……そうね、それなら、アールグレイを出してちょうだい」
「かしこまりました」
 一礼し、辰一は隣のキッチンへと入っていく。
 通常、大きな屋敷には大きな厨房がつきものだが、いずみはどういうわけか、自分の私室の隣にも小さなキッチンを作らせていて、お茶を淹れたりするような簡単な作業はすべてそこでさせるのだった。
 食事も部屋ではとらないし、気に入った一部のメイド以外は部屋に入れないとのことだから、よほど見られたくないものが隠してあるらしい。
「いずみ様〜、クッキーはシンプルなものの方がアールグレイにはあうと思うんですけど、どうしますかぁ?」
 しばらくうずうずと待っていた愛華が、ちょこんと首を傾げて訊ねる。いずみはそれに笑みを浮かべ、
「そうね、そうしてちょうだい」
 と返した。
 どうやら、いずみの好みというのは随分と幅が広いらしい。とことこと辰一のあとを追う愛華のうしろ姿を、裕介はまぶしいものでも見つめるような目で見つめた。
 ああ、やはり、メイドさんの方がいい……。
「葛葉、なにを見ているの?」
 いずみが拗ねたような口調で言い、裕介の頬をちょい、とつつく。
 裕介はあわてていずみの方を向き、やわらかい笑みを浮かべた。
「桜木さんの歩き方が危なっかしかったものでございますから……いずみさまのお気に入りの壷を壊してしまったりしたら、大変ですもの」
「あら、優しいのね、葛葉は」
 ふふふ、といずみが笑う。だが、すぐに厳しい声音になって、
「綱子、もう少し強く揉んでくれないかしら? 少し弱すぎるんじゃないかしらね」
 綱に向かって命じる。
 綱がぴくりと眉を寄せ、頬をひきつらせたが、それに気づいたのは裕介だけだった。いずみは綱のそんな表情にはまったく気づかず、裕介の方にばかり気を取られている。
 別な意味で綱も大変そうだ、とは思うものの、裕介も綱に同情している暇はない。
 いずみの手がさりげなく、裕介の肩に伸びてきているのだ。
「お、奥様……少し、痛いですわ」
 裕介はひかえめに口にした。
「まあ、それは悪かったわね」
 少しも悪くは思っていなさそうな口調で言って、いずみは腕の力をゆるめる。
「……きゃ、きゃあ!」
「大丈夫ですか、桜木さん!」
 そのとき、台所の方から愛華の悲鳴と辰一のあわてた声が響いてくる。
「……あら、なにかあったのかしら。綱子、見ていらっしゃい」
「は、はい、奥様」
 綱は慌てて台所の方へ走っていく。なにがあったのだろうかと気にはなったが、いずみが裕介の手をがっしりとつかんでいるため、裕介は動くことができなかった。
「なにがあったのでございましょうね」
 あくまでしとやかな雰囲気を崩さず、やわらかく裕介が言う。
「さあ……なにがあったのかしらね。ねえ、葛葉、ちょっと来てくれるかしら?」
 いずみが立ち上がりながら裕介に訊ねる。
「どちらに……でございますか?」
 以前の行方不明者たちが連れて行かれたところに、自分も連れて行かれるのかもしれない――そう気がついた裕介は、そっと、通信機のスイッチを入れた。この通信機は、受信に関しては特に操作は必要ないのだが、送信するときにはスイッチを入れなければならないのだ。
「ふふ、それはついてからのお楽しみよ」
 言いながら、いずみはそっと本棚に近づく。
 本のうちの1冊を軽く押すと、本棚が音をたてて横にずれて、隠し扉があらわれる。
「さあ、いらっしゃい」
 扉に手をかけて手を差し伸べてきたいずみの手を、裕介は、そっと握り返した。

「あ、あのっ、大丈夫ですか? その……すみません、まさか後ろにいるとは思わなかったので!」
 キッチンでは、辰一が必死になって愛華をなだめていた。
 そう、キッチンが随分と狭かった上、愛華がちょこちょこと動きまわっていたため、辰一は愛華にぶつかってしまったのだった。
 幸い、熱湯がかかってしまうようなことはなく、愛華の運ぼうとしていたクッキーが床にぶちまけられ、皿が粉々になっただけですんだのではあったが……。
「ご、ごめんなさい〜。愛華こそ、ぶつかっちゃって。辰一さんはケガとか、なかったですか?」
「ええ、大丈夫です。愛華さんの方こそ、ケガは……」
「大丈夫ですよ〜。安心してください!」
 愛華がどん、と自分の胸を叩いてうけあう。だが、強く叩きすぎたせいか、少しせきこんでしまう。
「ああ、あまり無理はしないでください」
 どうしたものかと一瞬悩んだが、結局、辰一は愛華の背中をさすってやることにする。
「……なにがあったんだ!?」
 そこに綱が飛び込んできた。だが、飛び込んできたときの険しい表情は、キッチン内の様子を見た途端、きょとんとした表情に変わる。
「ちょっと、愛華がクッキーのお皿、割っちゃったんです。ごめんなさい」
「……それだけ?」
 訊ねる綱に、愛華が小さくうなずき返す。
「驚かすなよ……なにかあったかと思っただろ」
「まあ、なにもなかったんですから」
 ため息をついた綱を辰一がなぐさめた。
「……あれ、なにか聞こえませんか〜?」
 イヤリング型通信機に手を当てて、愛華が首を傾げる。
 言われて、綱と辰一も耳をすませてみる。
 すると――
 通信機からは、裕介の悲鳴と、なにかものが壊れるような音が聞こえてきた。
 そうして、それっきり、通信機からはなんの音も聞こえなくなってしまう。
「これって、裕介さんが危ないってことですよね?」
「……みたいだな」
「行きましょう」
 3人は顔を見合わせてうなずき交わすと、キッチンから駆け出した。

「……葛葉、痛いことなんて少しもないのよ。だから、すべて私にお任せなさい」
 豊満な身体を裕介に押しつけながら、ねっとりとした声音でいずみがささやく。
「そ、そんな、奥様……私のような者にはもったいないお言葉ですわ」
 恐縮するような素振りを見せつつ、裕介はふるふると首を振る。内心では、早く誰か助けに来てくれないだろうか……などと考えているのだが、そんな内心は外からではまったく見透かすことができない。
「いいえ……その目、その頬、その口許……このまま衰えさせるなんて、本当に惜しいわ……」
 す……、といずみの指先が裕介の頬をなでる。長い爪に塗られた赤いマニキュアが、視界の端にちらつく。
「大丈夫よ、人形になってしまえば、あなたの美は永遠に保たれるの……」
 いずみが濃く紅をさしたくちびるを、裕介へと近づけてくる。
 ――もう、無理だ。
 助けをあきらめ、裕介がスカートの中に隠していた「Baptme du sang」をつかもうとしたそのとき。
『そこまでだ!』
 低い声とともに窓ガラスが割れ、ブースターの爆音をとどろかせながら、メイド服姿のW−1105とW−1106が銃火器をかまえてとびこんできた。
「裕介様をお放しなさい!」
 W−1106の背中から、同じくメイド服姿の亜真知がぴょこん、と飛び降りる。
「裕介……?」
 怪訝な顔でつぶやいたいずみを押しのけ、裕介はスカートの中からBaptme du sangを取り出す。
 かつて魔女狩りに使われていたという、刃の赤い折畳式の大鎌をいずみに向け、裕介は不敵に笑んだ。
「すっかり騙されていたようだな。俺は……男だ」
「なッ……」
 いずみの顔が醜く歪んだ。怒りのあまり言葉も出ないのか、いずみは口をぱくぱくさせる。
「田中さん! 大丈夫ですか!?」
 スカートをたくしあげてドアを乱暴に蹴り開けた綱のあとから飛び込んできた辰一が、あわてて裕介に駆け寄る。
「ああ」
 裕介はいずみをじっと見据えたまま、小さくうなずいた。
「やっと本性をあらわした、ってわけか。これで遠慮なく戦えるぜ」
 宝刀髭切を構えて、綱が言う。
「田中さんが無事でよかったぁ。愛華、すごく心配したんだよ!」
 一触即発の緊迫した雰囲気の中、愛華が頬を膨らませながら告げる。
「……悪い」
 裕介は素直に謝った。こういう状態の女の子を相手にして、勝てる自信は裕介にはない。
「裕介くん! 無事なのッ!?」
 別のドアを蹴り開けて、瑠璃子が部屋へと飛び込んでくる。どうやって持ち込んだのか、怜悧に輝く刃を持った抜き身の日本刀を手にしている。
「……なんや、田中さん、案外元気そうやないの」
 その後ろから、拍子抜けした様子のつばさが顔を出す。
「見た目が無事だからって、本当に無事かどうかはわからないわよ」
 その隣で、腕組みをしながらシュラインが突っ込む。
「もしも……裕介様になにかあるようでしたら、わたくし、許しません!」
 声に怒りをにじませて、デルフェスが叫んだ。
「……11人もいたら、勝てそうにないわね」
 あきらめたような口調で、いずみがその場にへたりこむ。
「降参する、って言うのか?」
 W−1105ががしゃんがしゃんと足音を響かせ、スカートの裾を翻しながら、いずみへと近づいていく。
「ええ……抵抗したって無駄でしょうからね。殺すなら殺しなさい」
「……今回の依頼内容は、依頼人の妹を助けることだ。お前の処遇は俺の決めることじゃない」
 W−1106が静かに告げる。
「行方不明の方々はどこですか!?」
「まさか……殺してたりなんかしないだろうね?」
 デルフェスと瑠璃子も一歩、いずみの方へ踏み出す。
「……地下よ。人形にして、地下に飾ってあるわ」
 意外なほどにあっさりと、いずみが白状する。
「どうすれば人間に戻せるの?」
「……これを壊せばもとに戻るわ」
 シュラインの問いに、いずみは胸元の赤いブローチを指した。
「本当に、これを壊せばみんな元に戻るんやね?」
「嘘は言わないわ。嘘をついたって、すぐにばれるでしょう?」
「……こんなもの、早く壊してしまいましょう」
 辰一がつばさの手からブローチを取り、床へと叩きつける。だが、華奢なつくりに見えるというのに、ブローチは歪みすらしない。
 綱が髭切を、思い切りブローチへ突き立てる。そうするとやっと、ブローチについていた石が割れた。
 割れた瞬間、石は色をなくし、ただの黒い石ころになってしまう。
「でも、どうしてこんなことしたんですか? ひどいです! 愛華、怒っちゃいますよ!」
「……だって、美しさなんて、すぐに衰えてしまうでしょう? だから一番きれいなままで時を止めてあげようと思ったのよ。今はまだ動けないけれど、もう少しすれば、あの身体のままで動き回れるようになるわ。今だって、音も聞こえるし目も見える。ねえ、それのなにがいけないの?」
 本当になにがいけないのかわかっていない様子で、いずみが首を傾げて全員を見まわす。
「……確かに、そうです。でも……!」
 亜真知が反論しようとするが、途中で言葉に詰まってしまう。
「人形には、明日がない。それは死んでいるのと同じことじゃないか」
 亜真知のあとを裕介が続ける。
「明日が……ない、ですって?」
「人形には今しかない。昨日も、明日もないんだ。そんなものが幸せだとは、少なくとも俺は思わない」
「お、田中さんもたまにはいいこと言うやないか」
「たまには、は余計だ」
 言った後で恥ずかしくなり、裕介はわざとぶっきらぼうに答えた。
 いずみは悔しそうにうつむくと、口許を押さえる。震えはじめたその背中にかける言葉を、裕介は知らなかった。
「……さ、それじゃあ、地下室に行こうか?」
 どこかわざとらしい口調でシュラインが言う。だが、そのおかげで重苦しい空気がほんの少しだけ、やわらいだ。
「そうですわね……早く助けて差し上げましょう。零様も豊様も、きっと心配してらっしゃいますわ。早く無事を知らせて差し上げなくっては」
 デルフェスがシュラインに続き、明るい声を上げる。
 11人はお互いに顔を見あわせて、どこか疲れたような笑みを浮かべた。
 多分、そうでもなければやっていられないのに違いない。少なくとも、自分はそうだ。裕介はそう思いながら、そっと、Baptme du sangを元通り折りたたんだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1593 / 榊船・亜真知 / 女性 / 999歳 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2407 / W・1106 / 男性 / 446歳 / 戦闘用ゴーレム】
【2457 / W・1105 / 男性 / 446歳 / 戦闘用ゴーレム】
【1761 / 渡辺・綱 / 男性 / 16歳 / 高校生(渡辺家当主)】
【2029 / 空木崎・辰一 / 男性 / 28歳 / 神職/門屋心理相談所事務員】
【1098 / 田中・裕介 / 男性 / 18歳 / 高校生兼何でも屋】
【2155 / 桜木・愛華 / 女性 / 17歳 / 高校生・ウェイトレス】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2181 / 鹿沼・デルフェス / 女性 / 463歳 / アンティークショップ・レンの店員】
【1472 / 応仁守・瑠璃子 / 女性 / 20歳 / 大学生・鬼人党幹部】
【1411 / 大曽根・つばさ / 女性 / 13歳 / 中学生、退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、浅葉里樹と申します。
 辰一さんは神職のお方だとのことで、少しドキドキしながら書かせていただきました。ちょっととぼけたところのある、優しい雰囲気のある男性なのかな? と思いましたで、そのように描写させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。式神の甚五郎さんや、霊符のあたりのことをあまり書けなかったのが残念です。ですが、お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどございましたら、お寄せいただけますと喜びます。今回はありがとうございました。