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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


日々記

「寒いのー」
 緑の髪をぶるっと震わせ、銀の大きな目で藤井・蘭(ふじい らん)は隣にいる藤井・葛(ふじい かずら)を見上げた。葛は黒髪をふわりと冷たい風に揺らし、緑の目で優しく蘭を見る。
「寒いのは冬だからだ」
「でも、寒いのは嫌いなのー」
 蘭はぷう、と頬を膨らませてそう言うと、それからはあ、と息を吐き出した。真っ白な息がその場に漂う。
「ほら、息も白いのー!寒いのー」
 葛は苦笑し、自分が巻いていたマフラーをそっと蘭に巻きつける。蘭は元々マフラーを巻いていた為、二重に巻きつけられた首はごわごわしてしまった。
「これで、多少はマシになったんじゃないか?」
「でも……これじゃ、持ち主さんが寒いのー」
「大丈夫だから。……だから、寒くても気にしないように」
「それは無理なのー」
 あはは、と蘭は笑った。葛は蘭の様子にほっとした。蘭は元々観葉植物だ。寒いのが苦手であると言うのは、生命に関わってくるのだから仕方の無い話なのだ。尤も、葛の言葉に笑えるくらいならば大丈夫であろうが。
「あ」
 葛は小さく呟き、目の前の文房具店を見つめた。
「そう言えば、シャーペンの芯がなくなっていたんだ」
 葛が言うと、蘭は顔をぱあっとほころばせる。寒い外にいるよりも、暖かな店内にいる方が断然いいと判断したのだ。
「それは大変なのー!早く買いに行こうなのー!」
 蘭の思考を読み取り、葛は小さく苦笑した。シャーペンの芯が無くなった事は、そこまで大変な事態ではない。だが、蘭はいかにも一大事だと言わんばかりに葛を急きたてるのだ。
(まあ、確かに少し温まるのもいいかもしれないし)
 葛もそう考え、蘭に引っ張られるがまま文房具店に向かった。蘭はにこにこと笑いながら「大変なのー」と言っている。その様子が妙におかしくて、葛は思わず笑ってしまうのだった。

 文房具店の中は、今時珍しい薬缶を乗せる事ができるタイプのストーブが置いてあった。蘭は「わあ」と声をあげ、真っ直ぐにストーブの所に向かっていった。暖かなのと、珍しいのと両方であろう。
「持ち主さーん!凄いのー!」
 しゅんしゅん、と静かに沸騰しながら湯気を出している薬缶に、蘭はいたく感動したようだった。にこにこと笑い、湯気の出る様子をじっと見つめている。
「珍しいな……こんなストーブ」
「凄いのー!やかん、乗っかってるのー!」
「乗せられるのは薬缶だけじゃない。餅を焼いたり弁当を温めたりも出きるんだ」
「凄いのー!」
 葛の説明に、蘭の目はキラキラと輝いた。二人がストーブの前で暖を取っていると、店の奥からどうやら店主らしいおばあさんが出てきた。
「あらあら、可愛い二人連れねぇ」
「あ、お邪魔してます」
 ぺこり、と葛は軽く頭を下げる。蘭はおばあさんの裾を握り、目をキラキラと輝かせる。
「これ、凄いのー!」
「あら、初めて見たの?」
 おばあさんの言葉に、蘭はこっくりと頷いた。葛は苦笑し、蘭の頭をぽんと叩く。
「今、こういうストーブって珍しいですよね」
「そうねぇ。でもね、これはこれで便利だからねぇ」
「おもち焼いたりーお弁当温めたりー」
 蘭は先ほど葛に教えられた通りに言う。おばあさんの顔も自然と綻ぶ。
「まあ、よく知っているのねぇ。偉いわ」
「えへへ」
 誉められ、小さく蘭が照れた。
「おっと、ちゃんと目的も果たさないと……」
 葛はストーブから離れ、シャーペンの芯の所に行って一つ取った。すると、裾のあたりがくいくいと引っ張られる。葛がそちらを見ると、蘭が目を輝かせて一冊のノートを手にしている。
「持ち主さん、これ、にゃんじろーなのー!」
 にゃんじろーとは、最近蘭が一番気にっているアニメ番組だ。猫のにゃんじろーが、兄であり悪の組織に入ってしまったにゃんたろーを見つける為に、ヒロインである幼馴染のにゃりりんと一緒に旅に出ているのだ。葛も蘭が見ているのを隣から見ていたが、可愛らしい絵と分かりやすい話で中々面白かったように思う。
「にゃんじろー……ああ、それは日記帳じゃないか」
「これ、欲しいのー」
「日記帳か……まあ、ちゃんとつけるなら良いよ」
「にっきちょーって、何なのー?」
「日記帳は……じゃあ、帰りながら説明するよ。……にゃんじろーでいいのか?にゃんたろーとかにゃりりんもいるぞ?」
「にゃんじろーがいいのー」
 葛は小さく「そうか」と言い、日記帳とシャーペンの芯を持っておばあさんに手渡した。おばあさんはにこにこと笑って精算し、可愛らしい袋に入れて葛に手渡した。葛は袋から芯を取り出し、蘭に手渡してやった。蘭は嬉しそうに袋を抱きしめ「にゃんじろー」と言いながら笑った。
「そうだ、二人とも。これ、良かったら帰って食べなさいな」
「あ、有難うございます」
「ありがとーなのー」
 二人が手渡されたのは、小さな瓶に入った水飴だった。葛がピンク、蘭が黄緑だ。
「また来てね」
 おばあさんの声に見送られながら文房具店から出ると、びゅう、と冷たい風が二人を出迎えた。
「寒いのー」
 にゃんじろーの日記帳を抱きしめ、蘭は体をぶるりと震わせた。
「早く帰ろう。……そうだ、日記帳を教えようか」
「うん!何なのー?」
 大きな目をきらきらさせ、蘭は葛を真っ直ぐに見つめた。葛は白い息で「そうだな」と小さく呟き、口を開く。
「その日あった事を、書いておくものだよ」
「その日あった事?」
「そう。そうしておいたら、あとで見た時『この日はこういう事があったんだな』って分かるから」
「なるほどなのー」
「早速、書いてみるといいよ」
「うん」
 蘭は大きく頷き、早速何を書こうかとあれこれ考え始めた。葛はそんな蘭の様子を見ながら、小さく微笑むのだった。

 家の中はストーブを消していった為に冷たくなってしまっていた。葛は足早に部屋に駆け込み、電気よりも先にストーブをつけた。
「やっぱり、すぐに部屋が冷たくなるな」
「持ち主さんーえんぴつー」
「鉛筆?」
 葛がコートを脱ぎながら尋ねると、蘭はにっこりと笑って袋からにゃんじろーの日記帳を取り出した。葛は「ああ」と納得して呟くと、早速筆箱から鉛筆を取り出して手渡した。
「ええとー今日の持ち主さんはお昼まで寝てました……なの」
「……蘭、そういう事は書かなくてよろしい」
「えー。今日あったことなのー」
 明らかに不満そうな蘭の顔を見て、葛は小さく溜息をついてから台所に行く。割り箸を2本取り出し、楽しそうに日記を書く蘭を覗き込んだ。
「なになに?……外はさむいけど、おもしろいストーブを見れて、にゃんじろーのにっきちょー買ってもらって、きれいなのをもらったの……?」
 葛が声に出して読むと、蘭は誇らしそうに笑った。確かに、今日あった事をちゃんと書いてある。……書いてあるのだが。何となく違うような気がするのは気のせいだろうか。
「持ち主さん、色えんぴつー」
「はいはい」
 葛は苦笑し、色鉛筆を渡してやる。途端、蘭は楽しそうに絵を書き始めた。うろ覚えのストーブと、にゃんじろー。その隣で、葛は貰った水飴を割り箸ですくい取り、そっとこねていく。透明のピンク色だった水飴が、空気を入れてこねられていくと綺麗なつやのあるピンク色へと変っていく。
「……凄いのー」
 甘い匂いに惹かれてか、ふと気付くと日記帳に絵を描いていた蘭が目をキラキラさせてこねられていく水飴を見つめていた。色の変わっていく様が不思議だったようだ。
「これ、もらったやつなのー?」
「そうだよ。水飴だから、一杯こねると綺麗な色になるし、美味しくなるんだ」
「僕もやりたいのー」
 葛は持ってきたもう一本の割り箸を割り、蘭の貰った黄緑の水飴をすくい取って手渡してやった。最初はそっと、それから少しずつこねていく。時々垂れそうになる水飴を口に頬張りながら。透明な黄緑色が、徐々につやのある黄緑へと変化していく。
「きれいなのー」
 ほう、と溜息をつきながら蘭は言った。葛は小さく笑い、こね終わった自分の水飴を口に放り込んだ。程よい甘さが、口一杯に広がる。それを見て、蘭も口へと水飴を放り込む。途端に、ほわっと顔をほころばせる。
「おいしいのー」
「美味しいな。程よい甘さだ」
 蘭は割り箸を口に入れたまま、再び色鉛筆を持って日記帳に向かった。
「こねると、きれいになって、おいしいのー」
 小さく口ずさみながら、日記に書き加えていく。口には、割り箸。
「持ち主さんも、かこうよー」
「日記を?」
「はい、なの!」
 蘭はにっこり笑い、色鉛筆を手渡して日記帳に書き込めるように体を寄せた。葛は色鉛筆を手にし、暫く考えてからそっと日記帳に向かった。水飴と割り箸の絵を描いていく。
「あ、上手いのー」
「そうか?」
 素直に感心する蘭に照れながら、葛は書いていく。そうして、不思議な日記帳の一ページが完成した。それを眺め、誇らしそうに蘭は笑う。
「出来たのー」
「良かったな。また明日、書くのを忘れないようにしないとな」
「また明日?」
 きょとんとして首を傾げる蘭に、葛は苦笑する。
「日記なんだから、毎日書かないと意味ないだろう?あとで見て、たった一日しか書いてなかったら何となく寂しくなるじゃないか」
「そっかー。……じゃあ、毎日書くのー」
「うん、頑張れよ」
 葛は蘭の頭を撫でる。蘭は嬉しそうに「えへへ」と笑った。
「そうだ。じゃあね、明日も何処かに行こうなのー」
「……え?」
 もう一度水飴をすくい取ろうとしていた葛の動きが、止まる。蘭はにこにこと笑い、口を開く。
「だってね、にっきちょーに書かないといけないのー」
「いや、日記というのはその日あった事を書くわけで……」
「だってー」
 蘭はそう言い、悪戯っぽく葛に向かって笑う。
「持ち主さん、毎日寝てるんだもん。僕、毎日『今日も持ち主さんはねてましたー』って書かないといけなくなるのー」
「そんな事はないぞ。別に、私のことを書かなくてもいいんだし」
「えー」
 不満そうな蘭。葛は苦笑し、蘭の手にしている割り箸を取って再び水飴をすくいとってやる。今度は葛がこね、綺麗な色へと変化させてやる。
「毎日違う事をしなくても、少しずつの変化がある筈だ。水飴だって、こねるだけでこんなに色が変わるんだから」
 葛の言葉に、蘭は「うーん」と唸る。少し、難しかったかと葛は苦笑する。
「ともかく、だ。その日あった事を自分なりに書いていけばいいんだ。特別何かしなくても」
 はい、とこね終わった水飴を蘭に手渡してやる。蘭はそれを嬉しそうに受け取って口に放り込む。
「じゃあ、明日はちゃんと朝に起きて欲しいのー」
(分かってないな)
 葛は小さく思い、苦笑した。苦笑しつつも、そっと心の中で決意する。蘭が日記帳を書く間だけでも、寝るのは程ほどにしよう、と。

<日記帳のページが埋められ始め・了>