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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


おサルの神社

 新しい年まであとわずかとなった頃、三下忠雄は1人、年越し蕎麦を目の前にじっと待っていた。
 お湯を入れて4分の某インスタント天ぷら蕎麦である。
 チッ、チッ、チッ……秒針までしっかり確認してジャスト4分。
 紙蓋を全部はずす。
 広がる湯気に眼鏡が曇るが同時に美味しそうな香りも広がる。
 至福の瞬間だった。
 と言うか、こんな事にしか至福の瞬間を感じされないのが不憫だ。
 だが、所詮は不幸不運の代名詞三下忠雄。
 そのささやかな瞬間すらあっさりと妨害される。
「いただきま〜す」
 そう言って三下が割り箸を割りかけたその時だった、邪魔するように見事なタイミングで電話が鳴った。
 嫌な予感に襲われつつも電話を取った三下の予想通り、三下の飼い主……もとい、三下の上司碇麗香女史からの電話であった。
『もしもし三下? 私だけど』
「ヘ、編集長?」
『いい、よく聞きなさいよ。アナタこれから直ぐにN町にある干支乃神社に行きなさい』
「干支乃神社……ですか?」
『えぇ。そこで年明け同時に開かれる御神体争奪戦に行って来るのよ』
「御神体争奪戦!?」
『細かい事はメールを入れてあるから。あぁ、あと、アナタ1人じゃ不安だから何人かに声を掛けておいたからとにかくすぐに行きなさい!』
 それだけ言うと、三下に口を出す隙も与えずにガチャン!と電話は切られた。
「あ〜っ、せっかくの年越し蕎麦がぁぁ―――」
 電話に出てている間に、蕎麦はすっかり汁をすって延びてしまっていた。
 うぅぅ、涙しながら慌てて蕎麦を啜る。
 ……行きたくない。
 行きたくはないが、ここで行かなければどんな恐ろしい目にあうことか―――想像するだけで、温かい室内に居るにもかかわらず背筋に悪寒が走った。

 三下は蕎麦を食べる箸を止め、上着を着てマフラーを身につけ防寒対策をして風が吹き荒ぶ中、干支乃神社へ向かった。


■夕乃瀬慧那@陰陽師チーム■


 夕乃瀬慧那の家は陰陽師の家系にあった。
 “あった。”―――そう、過去形である。
 慧那の唯一その業を受け継いでいた祖父が逝去し、残されたのは全く平凡な両親だった。
 両親はごく普通の堅気の職業についており、元々慧那が祖父から業を習う事に反対だった両親はここぞとばかりに表立って反対を始めた。
 慧那とて、陰陽師という仕事が綺麗事だけではない事、特に師としていた祖父が居なくなった以上、人一倍の苦労をすることになることくらい判っていた。
 だが、両親の反対を押しきってもやはり祖父の意思は継ぎたいと思っているのだ。
 師と呼ぶべき陰陽師を探す為にも自分自身を鍛える為にも、慧那は草間興信所やアトラス編集部へ出入りをしていたのだが、その編集部で慧那は『干支乃神社の御神体争奪戦』の話しを耳にしたのだった。
「陰陽師としての技術を高める為にも、新年にお猿を捕まえて願い事をかなえるのよ。師匠に出会えます様にって!」
と、誰に聞かせるわけでもなく力説する。
 慧那は全く聞いていなかったのだ……あくまで1年幸運が訪れる“かもしれない”であって決して願いを叶えてくれるわけではないという事を。
 だが、この後、あっさりとその運にはめぐり合える事になるわけだが。


 とりあえず、慧那は自分に出来るお猿の捕まえ方を考えた。
「やっぱり、お猿を捕まえるなら陰陽師らしく式神をつかわなくっちゃね」
 慧那に使える陰陽の業といえば上手くコントロールのきかないわずかな火気と水気そして人型に切り抜いた紙を動かす事しか出来ない。
 慧那は夜なべをして10枚ほど紙の人型を作ることにした。
「私の式神は殴ったり重いものも動かしたり、動いてるものを抑えつけるなんて事も出来ないから……お猿に張り付けまくって動きを封じるにはいっぱい必要だもんね」


■■■■■


 慧那が干支乃神社についた頃には、すでにそこは、人で溢れかえっていた。
 途中、人にぶつかり、
「あ、すいません」
などと謝りながらもなんとか人の流れに乗り境内に着いた慧那は、アトラス編集部の三下忠雄の姿を見つけて駆け寄った。
「あ、三下さ〜ん」
「夕乃瀬さんも来たんですね」
「うん。やっぱり、お猿を捕まえてお願いし様かなって。今年こそ師匠に出会えます様にって!」
 そういって、ニコニコと慧那は笑顔を向ける。
 取りあえず三下と連れ立って社近くまで行くと、巫女さん姿の女の子が、
「御神体争奪戦に参加される方はこちらでエントリーの方お願いします〜」
という声と供に、最後尾というプラカードを掲げていた。
「うわぁ、すっごい人だねぇ」
 慧那はテーマパークの順番待ちのような列に目を丸くする。
 驚いている慧那の隣に居た三下が、
「あれ?」
といったかと思うと、
「真名神さぁん」
と、夜の商売系の男に声をかけた。
「あぁ、やっぱり麗香さんに来させられたクチか」
 “真名神さん”と呼ばれたその男は、口の端を吊り上げてすこしシニカルに笑う。また、そんな表情が似合う男だった。
「笑い事じゃないですよぉ、年越し蕎麦を食べたいたところに編集長から電話がかかってきたんですぅ」
 大晦日の夜にまで仕事だなんて酷いと思いませんかぁ―――と三下は泣きついていた。
「あれ、そっちの子は」
 そういわれて、慧那はようやくその男―――真名神慶悟(まながみ・けいご)がここに来る途中にぶつかった人物だと気が付いた。
「あ、さっきの!」
「あれ、2人ともお知り合いですか?」
 三下と一緒に居たのは、先ほどここに来る途中でぶつかったのだと慶悟が三下に説明していた。
 奇遇な事もあるもんだと、慶悟に、
「そうですね。っと、あ、私、夕乃瀬慧那と言います」
と自己紹介をする。
 その時、
「あ、でも慧那さん。丁度良いかもしれませんよ、真名神さんなら!」
と、三下が良い事を思いついたとばかりに目を輝かせた。
「丁度良い?」
 三下の台詞を聞いて慶悟が問い返す。
「えぇ、実は彼女、陰陽師としての技術を高める為に、師匠を探しているそうなんですよ」
 思いもしないことを言われて慶悟がひどく驚いた顔をした。
 だが、それ以上に驚いたのは慧那だった。
 色を抜いた髪といい、派手な色使いの服装といい、すっかり夜のお仕事の人だと思い込んでいた彼が、陰陽師だとはまったく思っていなかったからだ。
「え、真名神さんって陰陽師なんですか!?」
 慧那は思わず身を乗り出す様にして慶悟に食いついてしまう。
 彼女の中の陰陽師のイメージといえば主になくなった祖父のような老齢の人物しか思いつかなかったからである。
「あ、あぁ、まぁ」
 慶悟が肯定するなりに、慧那は、
「真名神さん、私を弟子にして下さい」
と、申し込んでいた―――


「……で、弟子!?」
 慧那は陰陽師の家系にあったが、唯一その業を伝えていた祖父が逝去。普通のサラリーマンの両親は当然陰陽師としての技能は皆無なため師と呼ぶべき陰陽師を探しているのだと慶悟に説明する。
「でも、弟子って言うのは……」
「弟子じゃなくても良いんです!今日だけでも1日助手として使ってやって貰えませんか?」
 こんな貴重な機会めったにないかもしれない。
 お猿を捕まえる前にやってきた思いもしない幸運に慧那は目を輝かせた。


■■■■■


 ここ、干支乃神社では毎年、その年の干支の像が御神体として1年奉られ、1年が終わると12年後まで蔵の中にしまわれているらしい。
 そして、いつの頃からか、毎年その干支の動物を捕まえた者がその1年御神体の恩恵を受けて1年を幸せに過ごすと言われていた。
 最初は小さな催しだったのだが、参加者の中から宝くじに当たったとか玉の輿に乗ったとか事業が成功したとか、そんな噂がまことしやかに口コミで広がり今のような規模になったのだと言う。
 『御神体争奪戦』は午後23時ちょうどのスタートと供に、神社の敷地内にいっせいにおサル様たちが放たれるので、それを24時までの1時間の間に生け捕りにするという至極簡単なことである。
 ただ、その年の干支によってかなり難易度はかわってくる。
 例えば、ウサギやヒツジなどの年は特に危険な事もないのだが、ウシやイノシシの時などは危険を伴なう。まぁ、1番危険と言えばやはりトラ年だろうか。
 今回はサルだからそう考えるとまぁ前回よりは大変かもしれないがわりと無難なほうだろう―――みんなそう思うのか、今回は参加者もそれなりに多いようだ。
 スタートも差し迫った時間になり参加者は全員スタート位置に、一般客それを遠巻きに見学している。
 陰陽師の術を見学しようというき満々の慧那は張り付くように慶悟の隣に居る。
「とりあえず、私の式神は殴ったり出来ないし、重いものも動かせないから……量だけはいっぱい作ってきました!」
 そういうと、慧那は隣に居る慶悟に持って来た鞄の中を開いて見せた。
 その中には慧那が夜なべをして作ってきた10枚ほどの人型が入っている。
「……」
 今年最後の難はこれなのだろうか……慶悟は大きく溜息をついた。


「皆さん、お待たせいたしました!毎年恒例、御神体争奪戦をまもなくスタートさせていただきます」
 巫女姿の女性がマイクを持って高い台の上に立ち開始前の説明をはじめた。
「今回の御神体は来年の干支、申となっています。この神社の敷地内には充分な数のサルを既に放っています。捕獲の方法は各自にお任せいたしていますが、殺さずに生け捕りにすると言う事が条件となっております。
 それでは、怪我などには充分注意をして制限時間内に捕まえて下さい」
 左耳に指を入れて塞ぎ、真っ直ぐ伸ばした右腕で右の耳を塞いだ彼女は右手に構えた銃の引き金をゆっくりと引いた。


 パァァ――――ン!


 世間様では除夜の鐘が鳴り響く大晦日の夜に運動会の100m走のようなスタートの合図が鳴り響いた。


■■■■■


 慶悟は、まず十二神将達に幻惑の為の符と結界の符を持たせて当たりに放った。
 それぞれの位置に十二神将を配置させる。
 そしてその中心には猿の気を引くために雌猿の幻を配してある。
 あとは、慶悟と雌猿に姿を変えさせた式神と一緒に猿をその中に追い込めばいいだけの事である。
 ただ問題は……、
「きゃー、スゴイです!」
 慶悟が一挙手一投足に慧那が悲鳴めいた嬌声をあげるからだ。
 むず痒いような歯痒いような奇妙な居心地の悪さが慶悟を包む。
 慧那としては、祖父意外の陰陽師を見た事がほぼ皆無であったし、祖父に教えてもらった時以外にこうやって式を見た事もなかったからなのだが。
「……あ、すみません。……煩いですよね?」
「あぁ、いや……うん」
 なんだか突然しゅんと耳を項垂れさせた犬のような反応をされると、どうも自分の方が悪いことをしたような気にさせられる。
 どうも調子を狂わされて慶悟は髪をガシガシと手荒く掻きまわした。
―――だから、イヤだったんだよな……三下め!
 表立って舌打ちするわけにもいかず、結局舌打ちも心の中で仕舞い込むしかない。
「まぁ……もう、諦めるか―――」
 結局、何だかんだいって押しきられた形で慶悟は新年草々猿を追いまわしつつ子守りじみた見習陰陽師の面倒を見ることになった。


「ほら、そっち行ったぞそっち!」
 式神が姿を変えた雌猿を追いかける雄猿。
 その雄猿を追い込む慶悟。
 そして向かってくる雄猿に向かって、慧那は彼女が出来る数少ない業で、持ってきた式を自分が居る方向へ走ってきた猿に張り付けた。
「えぇい」
 いまいち迫力にかける声で慧那が叫んだ。
 まず、両目、そして次は両足、両手と張りつけたが、如何せん10枚程度という数……そして、慧那の力自体が弱い為に両目を遮り視界を塞ぐところまでは上手くいったが、両手足に関しては視界を遮られたことによって暴れた拍子にあっさりと式を破られた。
 そして、そのまま闇雲に暴れながら猿はそのまま慧那に向かって飛びかかる。
 猿という動物は案外凶暴な動物だ。猿の両手があと数十cmで慧那に届こうという時だった。
「―――っ!!」
 慧那は声にならない悲鳴を上げて目を閉じる。
 突然の出来事の前では慧那の未熟な火気と水気を発する事も出来なかった。
「式―――!」
 慶悟は慧那に向かって配していた式を慧那へと向かわせたが、僅かに間に合わない。


「イヤぁっ――――!」


 慧那の悲鳴が響く。
 しかし、いつまで目を瞑っていても痛みが慧那を襲う事はなかった。
 しゃがみ込んだ慧那の周りを大きな気―――虎とも獅子とも龍ともつかない形の大きな守護獣―――が慧那を守る様に包み込んでいる。
「……これは」
 慶悟が目を見張った。
 彼女程度の業しか使えない陰陽師に出せるような式ではないことは確かだ。
 もしかして、この少女、育ち方によっては強力な商売敵になるのかもしれない。
 そのままその場で慧那は気を失っていた。
 その慧那を害のない場所へ移動させると、慶悟は慧那を守った式獣によって飛ばされた猿が意識を戻す前に符で動きを封じる。
「まぁ、これで取合えず一丁あがり……か」
 そして、慶悟は彼女が寝ている間にもう1匹猿を捕獲するべくその場を離れた。
「やれやれ、だな」


■■■■■


 御神体争奪戦の終了と新年を告げる花火がうち上がった。
「あれ……」
 その音で目を覚ました慧那に、慶悟に動きを封じた猿を渡された。
「良いんですか?」
「あぁ、それは殆ど俺が捕まえた訳じゃないからな……」
「え?」
 不思議そうな顔をする慧那に慶悟は何でもないと言葉を濁した。
「いや、俺の分はここにちゃんと居るからな」
 そういう慶悟の足元には慶悟の式が捕らえた猿が居る。
 2匹も必要ないからという慶悟に、
「ありがとうございます」
 慧那の素直に受け取ることにした。
 なんだか途中で気を失ってしまったので、よく判らないがとりあえず判ったのは自分にはまだまだ修行が必要だということ。そして、今日出会った慶悟のような陰陽の師匠がやっぱり絶対不可欠だということだった。

「お猿さんお猿さん……今年こそ師匠に出会えますように」
 慧那は机の上に置いてある御神体の分身といわれる猿の像にそうやって毎日お願いしているのである。


 追記。
 三下は当然の様だが、サルを捕まえる事は出来なかったらしい。
 これで、彼の今年の不幸はまたしても確約される様だ。
 奮闘した証の引っかき傷に北風が沁みる新年だった――――


Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2152 / 丈峯・楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】

【0550 / 矢塚・朱姫 / 女 / 17歳 / 高校生】

【0294 / 志神・みかね / 女 / 15歳 / 高校生】

【2093 / 天樹・昴 / 男 / 21歳 / 大学生&喫茶店店長】

【2521 / 夕乃瀬・慧那 / 女 / 15歳 / 高校生・へっぽこ陰陽師】

【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。
 はじめましての方、お馴染みの方など、松の内も過ぎましたが明けましてオメデトウございます。>遅っ
 今回、なんだかうまい具合に3つのグループに別れました。「お友達グループ」、「恋人グループ」、「陰陽師グループ」です。
 おサルさんと追いかけっこはいかがだったでしょうか?
 やっぱり動物なだけに餌で釣るという方法が多かったのですが、なるべくグループ事に特色を出せるように各グループ完全別物にさせて頂きました。
 そのせいと言うわけではありませんが新年草々やはり納品が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
 興味があればまた他のPCさんの捕獲方法も読んでみるとちょっと楽しいかもしれません。
 それでは、今年もよろしくお願いいたします。

夕乃瀬慧那PL様
 はじめまして。この度はご参加ありがとうございました。えぇと、全く初のご依頼のようでイメージにあって居るかどうか……。精一杯書かせて頂きましたが、イメージとのズレがありましたら遠慮なくメールなど頂ければと思います。今回偶然にも陰陽師の真名神PCさんがいらっしゃったので陰陽師チームという事で1日師弟としてお猿狩りに参加していただきました。また、機会がありましたらご参加のほどよろしくお願いいたします。