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調査コードネーム:除夜の鐘を聴きながら 2
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人
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しんしんと。
音もなく、雪が降り積もる。
聖夜も過ぎ、一年の終幕を迎えようとしている街に。
道行く人々も、どことなく肩を寄せ合っているように見える。
やはり、年の最後くらい大切な人と一緒にいたいのだろう。
「平和なことだ」
草間武彦が呟いた。
嫌味、というわけでもない。
怪奇探偵の一年間はかなり忙しく、そして充実していたはずだ。
たとえ危険と隣り合わせでも。
「あいつらは、誰と過ごすのかな‥‥」
言葉が、白くわだかまり、消えていった。
東京の狭い空。
世話になった友人たちの姿が浮かぶ。
※年末恒例特殊シナリオです。
※1名様限定です。
※2004年最初の新作シナリオは、1月12日です。
今年もよろしくおねがいいたします。
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除夜の鐘を聴きながら 2
ひとつめの鐘の音。
どこかの寺から。
風に舞った音の破片が、ごく小さく窓ガラスを叩く。
「始まったわね」
シュライン・エマが言った。
とんとん、と、紙束を揃える。
草間興信所の大晦日。
今年も残すところ一時間を切ったというのに、まだ仕事が終わっていない。
そして本年中に終わる可能性は、円周率が割り切れる確率とほぼイコールである。
「ま、予想していたことではあるんだけどね」
嘆息。
この不景気なご時世に忙しいというのはありがたいが、限度というものがあるだろう。
ふと、正面のデスクで仕事にいそしんでいる少女と目が合う。
草間零。この探偵事務所の所長の義妹だ。
配置からいうと、シュラインのデスクの正面には零のデスク。左側にはほかの所員のデスク。スペースを挟んで右側に草間武彦の所長席がある。
シュラインや零のデスクは普通のスチール製の事務机だが、所長のはもう少し金がかかっていて、二回りほど広い。
ささやかすぎる特権というべきだろう。
といっても、彼のデスクは他の人のそれよりも四割増しで汚れているので、うらやましがる人間は誰もいない。
「今年も、もうすぐ終わりですねぇ」
呟く零。
事務所内は草間兄妹とシュラインの三人だけだ。
だからこそ事務処理効率が悪いのだが、そこはそれ、一般の所員を大晦日まで縛り付けておくのもまずい。
「‥‥私は、一般所員として扱ってもらえないわけね‥‥」
蒼眸の美女が拗ねたふりをする。
「シュラインさんは家族と同じですし」
微笑。
暖かく柔らかい。
仕事中でなければ、近づいて抱きしめてあげたいほどだ。
「それに、もうすぐホントの家族になりますしー」
「ぐっは‥‥」
謎の声。
この組織のおいて奇声を発する物体は、一人しいない。
なんだかむせている。
「どしたの? 武彦さん」
問いかけるシュライン。
それには答えず、義妹を睨みつける。
黒い瞳から放たれた視線が、
「そーゆーことをさらっとゆーんじゃねーよー」
と、語っていた。
むろん、一顧だにされなかった。
テレビから、今年の流行歌が流れてくる。
赤と白に分かれて戦う年末恒例の歌合戦も、そろそろ終盤に差し掛かろうとしていた。
シュラインと草間は恋人同士である。
これは、誰でも知っている既定の事実だ。
ところが、本当はもう一歩進んだ関係だったりもするのだ。
怪奇探偵という異称を奉られる青年は、恋人にあるアイテムを渡しているのだ。
もう二年近くも前の春。
花の都。
ヴァンドーム広場で手渡された小さな箱。
赤い糸に導かれるように重なり合う唇。
オペレッタであるなら、ゆっくりと幕が下りてきて終劇というシーンだ。
もちろん二人とも劇中の人物ではなく、まだまだ先のストーリーがある。
その後、零という女性を草間が引き取ったり、共通の知己を失ったりと、いろいろなことがあった。
良い思い出と悪い思い出が半分ずつ、というところだろうか。
それは、仕方のないことではある。
「世の中って、都合の良いことばかりじゃないしね」
シュラインが浮かべる微笑は、ややほろ苦い。
良いことも悪いことも含めて人生なのだ。悟りを啓くには二六歳という年齢は若すぎるが。
「でも、私はけっこう幸せよ」
思い出すどんなシーンにも、必ず傍らに恋人の姿がある。
整えない前髪。やる気のなさそうな顔。くわえタバコ。
よれよれのスーツに染み付いたマルボロの香り。
泣いたり笑ったり走ったり転んだり。
いつも一緒だった。
それだけで充分ではないかと思ってしまう。
でも、それでもカタチを求めてしまうのは、
「私がわがままで欲張りだからかな‥‥」
内心への問いかけは、出口のない螺旋迷宮を彷徨っている。
刻々と新年が近づく。
草間武彦が、書類の束をデスクの横に置いた。
溜息。
ようやく一段落だ。
「なあ、ふたりとも。今日はこのくらいにしておかないか?」
提案する。
いくら草間でも、このまま仕事モードで年越しというのは嫌なのだ。
「そうね」
「そうしましょうか」
くすくすと笑いながら答える美女ふたり。
一議にも及ばなかったのは、彼女たちも怪奇探偵と同意見だからだろう。
「料理は用意してありますから」
「おそばもねー」
席を立つ。
シュラインと零は台所に料理と酒をとりに。
草間は奥の部屋に直行するために。
「なんかえらそう‥‥」
「いやぁ。いちおー所長だし」
「ふーん‥‥」
「‥‥手伝います。手伝わせてください」
どこまでも卑屈に申し出る自称所長。
「じゃ、お皿とコップを居間に運んでねー」
満面の笑みを浮かべるシュラインだった。
揉み手などしながら草間が台所に消え、シュラインと零も続く。
草間興信所というのは、探偵事務所であると同時に草間兄妹の住居でもある。
事務所スペースの奥の扉を開けると、ごく短い廊下があり、その正面と左右に扉。
右が草間の私室で左が零の私室だ。
正面の扉の先が居間である。
ちなみに、草間と零の部屋はそれぞれ六畳で居間は八畳。けっして広くはない。
広くはないが、東京の住宅事情を考えると、まあ悪い方ではなかろう。
「さー 運んだ運んだ」
シュラインが音頭を取る。
オードブルやおせち料理や酒が、次々と居間に運び込まれる。
あまり使うことのない部屋なのだが、ポータブルストーブを置いてあるのですぐに暖まるだろう。それに、ちゃんと掃除が行き届いているのがありがたい。
このあたりは零の功績だ。
やがて、ささやかなパーティー会場が設営された。
三人が座卓を囲んで座る。もちろん住居の方は土足厳禁である。
リモコンを操る草間。
壁際の一四インチテレビが国営放送を映し出す。
もう歌合戦もトリらしい。男性五人組のアイドル歌手が今年の売り上げ一位の曲を披露していた。
「まずは、ソバよねー」
器を並べる。
かなり少ない盛り方なのは、これからご馳走を食べるからである。
豪勢なオードブルを前にして、蕎麦でおなかいっぱいになってしまうのも、なかなか哀しいものがあるだろう。
こういうさりげない配慮こそが黒髪の美女の本領なのだ。
「今年もお世話になりました」
「来年もよろしくね」
定型句を交わしあって蕎麦をすする。
怪奇探偵どのは軽く手を付けただけで、さっそくアルコールを楽しみだしていた。もちろん日本酒だ。
普段は洋酒派でも、大晦日は清酒に限るだろう。
クリスマスの催し物の劇に、好色一代男をやるわけにはいかないのと同である。
「‥‥そういう論法で良いんですか? 兄さん」
「こういうイキモノなのよ。こいつは」
「まあ、へんな生物なのは知ってますけど」
「ぐっは‥‥」
草間の嘆き。
恋人と妹にこんな事を言われたのでは、立つ瀬も浮かぶ瀬もあったものではない。
「いつだったかしらね。自分がタバコをくわえていないのは、アーサー王がエクスカリバーを持っていないのと同じだなんて言ったことがあるくらいよ」
「そんなことをいったんですか‥‥アーサーと円卓の騎士たちも浮かばれませんね」
「しくしく」
泣き真似なんぞしている。
もちろん、可愛くなんかない。
じゃれあいを続けながら、料理をつまむ。
将来、義理の姉妹になるふたりがつくったものだ。
愛情が調味料だとすれば、このご馳走の味は当然のように最高である。
「うん。美味い」
草間の箸は止まらない。
即物的な男だ。
「その黒豆、零ちゃんが作ったのよ。さすがに上手いわよねぇ」
「シュラインさんの伊達巻きも、かなりのものですけどね」
褒めあってる。
まあ、料理上手な婚約者と料理上手な義妹。なかなかに羨ましい環境ではある。
「何年か前には想像もしなかったけどな‥‥」
しみじみ。
草間の瞳に霞がかかる。
あのころは酷い生活だった。男所帯に蛆がわくという言葉通りに。
「なんか浸ってますよ?」
「いいのよ。ほっといてあげましょ」
妙に仲の良い義姉妹予定者たちだった。
テレビはいつしか、日本各地の大晦日の様子を映し出していた。
画面左上に表示された時刻が、午後一一時五九分に変わる。
二〇〇三年が、終わる。
熱心に、シュラインが祈りを捧げている。
「何に祈ってるんですか? シュラインさん」
不思議そうな顔で零が訊ねた。
蒼眸の美女はたしか無宗教のはずである。
「ちょっとね。クセみたいなものよ」
「癖‥‥ですか?」
「そ。子供の頃からのね。普段は信じてもいない神さまにお祈りするの。今年はあまり良い子ではありませんでした。来年はもう少し良い子になれますように、ってね」
悪戯っぽく笑う。
それは彼女の過去へと繋がる述懐。
もちろん草間も零も根ほり葉ほり詮索したりしなかった。
ただし、怪奇探偵の場合はしたくてもできないだろう。
「神さまありがとう〜♪ ぼくに友達をくれて〜〜♪」
すっかりできあがって、調子はずれの歌などうたっているのだから。
ダメ度は五八〇点というところだろう。
「あ」
そうこうしているうちに、日付が変わった。
新たなる年が始まったのだ。
「あけましておめでとう!!」
「今年もよろしくお願いします!」
「あけおめ〜〜」
三人が杯を掲げる。
一年の計は元旦にあり。新年の挨拶は大切だ。変な略語を使ってる三十男は放っておいて、
「はい。零ちゃん。お年玉」
可愛らしいのし袋を将来の妹に手渡すシュライン。
わずかに照れたように受け取る零。
考えてみれば奇妙な構図ではある。じつは零は三人の中で最年長なのだ。太平洋戦争を知っている世代なのだから。
とはいえ、改造を受けて以来ずっと中の鳥島で過ごし、内面的には外見と大差ない。
少なくともお年玉をを渡した方はそう思っている。
「もちろん俺からもあるぞー」
ごそごそと。
懐から取りだしたものを、怪奇探偵が妹に渡す。
お年玉袋にしてはやや大きいようだが。
「‥‥婚姻届?」
受け取った零が小首をかしげた。
「のわっ!? まちがったっ!! そっちじゃないっ!!!」
このすごい勢いで慌てた三〇男が紙切れをひったくる。
なんだか一撃で酔いが吹き飛んだようだ。
くすくすと義妹が笑う。
なぜか、シュラインが真っ赤になってうつむいていた。
夜半。
降り続いていた雪もやみ、満天の星々が地上を照らす。
「さっきは恥ずかしかった‥‥」
男が呟く。
「‥‥ばか」
女が言った。
深夜の屋上。都会の狭い星空も、高みに登れば手が届きそうだ。
寄り添う影がひとつ。
「それにしても、用意していたのね」
「ん。まあな」
「保証人のサインまでもらっちゃって」
「準備が良いだろ」
にやりと笑う怪奇探偵。
結婚するには二名の結婚保証人が必要だ。たいていは両家の親とか、仲人とか、そういう人がなるのだが、肉親に縁の薄い二人である。
「稲積さんはともかく、よく綾さんが承知してくれたこと」
「そのかわり、自分が結婚するときには証人になってくれとさ」
「綾さんらしいわね」
「まあ、あとはシュラインがサインして役所に提出すれば手続き完了だ」
「そう‥‥よね」
やや言葉を濁すシュライン。
現実的な話になって尻込みしてしまったのかもしれない。
むろん、したくないわけではないのだが。
「とうしたんだ?」
「ん‥‥べつに‥‥」
「式は教会式にするか?」
「知ってる? 武彦さん」
「なにを?」
「教会で式を挙げるためには、入信しないといけないのよ」
「マジで?」
「マジで」
おごそかにシュラインが頷く。本当のことである。
キリスト教の信者でもない人間が十字架の前で愛を誓ったからといって、一グラムの価値もないのだ。
当たり前といえば当たり前の話であろう。
日本人が宗教に寛容というか無頓着すぎるのである。
結婚の時だけ教会にいくというのは、あまりにも都合が良すぎるだろう。
「式なんて、べつにいらないわよ」
「そうなのか?」
「そうよ。私の欲しいのは、そんなものじゃないもの」
頬を染めたシュラインが、それでもはっきりと言う。
彼女が欲しいのは、結婚式や披露宴や婚姻届というカタチではない。
カタチよりもずっと大切なもの。
草間武彦という男と一緒に見る未来だ。
「なあ、シュライン」
「なに?」
「できたら、お前の誕生日に、お前をもらいたい」
照れくさそうに頭を掻く。
なにか思い入れがあるのだろうか。
「じつはな‥‥俺の両親の結婚記念日も、細君の誕生日なんだよ」
「???」
「それでな。父親は一度も母親の誕生日を忘れたことがなかったそうだ」
「なるほど‥‥それはそれは」
くすくすとシュラインが笑い出す。
ロマンチックなのか、現実的なのか、よくわからない。
さすがは怪奇探偵の父親というべきだろうか。
「お祝いが、一回になっちゃうわね」
「その分、豪勢にするさ」
見つめあう。
互いの息がかかるほどの距離へと、顔が近づいてゆく。
「仕方ないわね。それで手を打ってあげるわよ。忘れんぼの武彦‥‥」
「結婚記念日だけは、絶対に忘れないさ」
「忘れたら、殺しちゃうんだから‥‥」
ゆっくりと。
唇が重なる。
誓いのように。
西暦二〇〇四年最初の夜が見守っていた。
静寂のワルツを奏でながら。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
そして、あけましておめでとうございます。
「除夜の鐘を聴きながら 2」お届けいたします。
昨年はふたり。
今年は3人。
来年は、4人とか☆
それでは、今年もよろしくお願いします。
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