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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


運命という名の偶然 奇跡という名の必然

時々、運命の導きというもの、信じられない偶然というものの存在を感じるときがある。
それを「神の力」とゆだねてしまうのは容易い。
でも、きっと違う。運命を作るのはいつも人だから、人の思いが偶然を運命へと形作るのだから…。

トントントン。トントン。
ノックの音。しかもこの叩き方は…。
「はい。今出ます。」
扉を開く前に、実は客が誰かはもう解っている。
この部屋の主、綾和泉・汐耶は無造作に扉を開けた。
トレーナーに、ジーンズ。ラフな格好で佇むのは予想通りの人物だった。
「やあ、こんばんは。」
「やっぱり、にいさん。」
「夕飯はもう済んだかい?」
「…まだよ。どうぞ…。」
「お邪魔します。」
などと、彼は言わない。ここは妹の家。もう一つの自分の部屋のようなものだから。
促されるのとほぼ同時。当たり前のように靴を脱いで中に入る兄、匡乃の背中を妹、汐耶は小さくため息をついて見つめた。

キッチンで夕食の支度をしながら汐耶は呟いた。
(いつもの事だしね…。)
一人なら適当に済ませてしまうことも出来るが、二人となればそうはいかない。葱を刻み、魚を煮る。
そういえば匡乃はいつも汐耶がいる時、しかも一人のときを狙ってご飯を食べにくる。
最近は、同居人もいるのだが、今日は狙ったように不在だ。
(いえ…。きっと)
汐耶は思う。多分狙っているのだろう。兄のそういう勘の強さは昔から並外れたところがあった。
「まあ、いいわ。今日は話したいこともあったし…。」
「何か、言ったかい?汐耶。」
「なんでもないわ、にいさん。」
ダイニングで新聞でも読んでいたであろう兄の勘の強さに改めて肩をすくめながら、汐耶は沸き立ったお湯の鍋に青菜を入れた。

真っ白なご飯、浅漬けの白菜ときゅうり。金目鯛の煮付け、ほうれん草のおひたしに野菜炒め。葱と豆腐の味噌汁。
ごく普通の家の、普通の家庭料理。
「どうぞ、何にも無いけど。」
「いただきます。」
用意された夕食に軽く手を合わせると、匡乃はご飯茶碗を手に取った。
「美味い。」
などとは言わず、黙って食べる匡乃に、汐耶は小さくため息をつく。
(まったく張り合いが無いったら。)
だが、匡乃は黙々と食べ続け、
「ごちそうさま。」
一足早く席を立ち、食器を流しへと運んだ。流石に兄、洗うまではしてくれないが、水に浸された食器は汐耶を微笑ませる。
「にいさんったら…」
猫も泣いて跨ぐほど綺麗に食べられた魚の骨、米一粒、葱一片も残っていない茶碗と椀と皿。
それが、料理に対する兄の感想だった。

夕食後、ダイニングでくつろいでいた匡乃の鼻を暖かい香りがくすぐる。
「ん?」
顔を上げた匡乃の前をお盆と汐耶が通り過ぎて、コタツに座る。
年代者のウイスキーと、切子細工のグラスが目に付き匡乃は身体を起こした。
「兄さんも飲む?」
見れば燗をされた徳利に猪口。鼻をくすぐった香りはこれだったのだと匡乃は気付く。
食後のお茶ではなく、食後の一杯。
自分の好みを熟知している妹。苦笑しながら匡乃は猪口を手に取った。
乾杯と、声を掛け合うわけではない。ただ、お互いの酒をお互いの杯に注ぎ、目を合わせて飲み始める。
それがいつもの二人の飲み方である。

「にいさん、彼女はもう大丈夫だから…。」
汐耶の突然の言葉に、一瞬、匡乃の手が止る。
もっともそれは、ほんの一瞬のこと、また何も聞こえなかったように飲み続ける匡乃に汐耶はささやかな微笑を浮かべる。
匡乃は知らなかったろう。彼女のことを自分が知っていると。
自分も知らなかった。彼女に匡乃が関わっているなんて、今日までは。
(ホント、偶然っていうのは存在するのよね…。)


「これが、私を助けてくれた人です。」
そう言って助けたあの少女、女神の名を名乗った少女が、事件後、掲示板のログを見せてくれた。
今にも消えて流れそうないくつもの書き込みの中の、指さされた名に汐耶は目を瞬かせた。

投稿者:竟(きょう)

(これは…にいさん?)
読みは同じだが、ここから匡乃を連想するものはいないだろう。
だが、彼女には解ったのだ。これは、兄だと。
書き込みは、守り、励まし、そして導いていた。
その書き込みが無ければ、『竟』がいなければ彼女は変われなかった。
自分達が助けるためのステージに上ることさえ無かったはず。
運命を変える出会い。汐耶にはそれが解った。


「珍しいわよね。」
言いながら汐耶は匡乃の猪口に酒を注ぐ。
それ以外の言葉を口にしないで微笑む汐耶に匡乃は
「何のことかな?」
そ知らぬ顔で酒を喉に流し込む。顔を背けた匡乃の顔が少し赤くなっていることに汐耶は気付いた。
そして、
「汐耶、顔が赤いぞ。もう酔ったのか?」
頬に手を当てる。自分も?まさか…だ。酒に関しては『ざる』なのだ。家系だろうが…
これくらいで赤くなる自分でもなければ、匡乃でも無い。
だが…
「そうね、酔ってるの…かもね。」
汐耶は微笑んだ。酒にではない。
信じられない偶然、運命に出会えた自分。
そして、一人の人間を救うことが出来る喜び。しかも一人ではなく二人で。
そんな奇跡に酔っていたのかもしれないと、思った。
詳しい顛末を語ってあげようか、そんな考えが汐耶の頭を掠めたが、止めた。
匡乃はそんなことを望みはしないだろう。見かけによらず、気まぐれで…照れ屋な人だから。
でも、あの一言できっと解った筈。
お互いの頬の赤さと事件を心の中で肴にして、酒と一緒に楽しみながら汐耶と匡乃、兄妹二人だけの時と思いを静かに共有していた。

どのくらい経ったのか。
「じゃあ、帰る。ごちそうさま。」
猪口が何本か空になり、ウイスキーの瓶も半分ほど空いた頃、そう言って匡乃は部屋を出た。
「まったく、にいさんったら。」
片付けまではしていかない。汐耶は見送らず、まだ自分のグラスを傾ける。
こういうのも悪くないと思う。
こんな奇跡が起こるから、人生は止められない。
片付けは後。今はもう少しこの思いに浸っていたい。
汐耶は、そう思っていた。

すでに深夜に近い。夜風が髪をかき乱していく。
匡乃は背中を振るわせた。暖房の効いた部屋から出てほんの少し首元が寒い。
でも、悪い気分ではなかった。
身体も、心も中から暖かい。それは酒のせいばかりではないだろう。
顔も、名も知ることの無かった一人の少女。きっと出会うことも、その後を知ることも無いそう思いつつ気になっていた彼女。
汐耶が、彼女の名を呼んだ。「大丈夫」だという。なら、きっと大丈夫だ。彼女は幸せになれる。
それを確認できた今日は、偶然と奇跡の夜。
「運命」は神のものではない。人が作るものだ。
人が全力を尽くした後、偶然という輪が繋がり奇跡を作る。
神を否定しても、匡乃は人を、その心を信じていた。
いつか、『彼女』とも出会うことがあるかもしれない。
自分の予備校に来たりするかも。それもまた偶然という人が作った奇跡だ。

大きく伸びを一つ。明日もまた、子供達との授業がある。
できるなら教えてあげたいものだ。詰め込むだけの勉強ではない、人と心の奇跡を。
「受験には役に立たないと言われそうですけどね。」
浮かべた笑みは、苦笑か、微笑みか。
それを見ていたのは空の星と、流れる夜風。それだけだった。

後日 ゴーストネット

投稿者:無記名  タイトル:ありがとうございました。

ここにこんな書き込みをしていいのか解りませんが、一言だけお礼を言わせてください。
竟さん、フェンリルさん、Rさん
ありがとうございました。
皆さんと、たくさんの人に支えられて、私は今ここにいます。
これから、どうなるか解らないけれど、神様に頼らないで、自分だけの人生を、私は、私として生きていきます。
今は、まだ言えないけれど、自分の名前を、自信を持って言えるようになったら、今度はちゃんと書き込みます。
もう一度、本当に…ありがとうございました。

多くのものには意味のわからない書き込み。
レスもつくことなく流れていく。
でも、何人かだけはその意味を理解して、微笑んだという。