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<東京怪談ノベル(シングル)>


新年。
日本という国に古の昔から変わらずに存在する風習。
だが、彼女にとっては、今年はほんの少し、違っていたようだった…。

そろそろ、日が山の向こうへと姿を消し始める、時は逢魔ヶ時。
「ふむ、今日は出足が遅いのお。」
小さな提灯の灯りと、だし汁の湯気に照らされた本郷・源はつまらなそうに呟いた。
いつもなら、仕事帰りのサラリーマンとか、不幸を背負って歩く編集者とか怪しい店の店主とかが暖かいおでんを求めてのれんをくぐり始める頃なのだが。
「まあ、流石に正月じゃしのお。」
そう、今日は1月1日 元旦である。お正月に合わせて屋台にも紅白の幕などがかけられている。
午前中は源も家族と過ごし、祖父からがっちりお年玉をせしめてきた。
正月は家に戻り、家族と過ごす者が多い。客足が落ちるのもまあ、納得がいった。
しかし、近年はそうとばかりも限らない。正月から仕事のもの、誰かと過ごす場所を家以外に求めるものも少なくない。
「たった一人でも『おでん』を求めるものがいる限り、わしは店を開けるのじゃ〜。」
「立派な商人根性じゃ!」と尊敬する誰かが褒めたとか褒めないとか。
そんな訳で今日も、源はいつもの通りに仕込みをし、いつもの通り屋台に立っていた。

いつもより少し少なめに仕込んだおでんは、もう丁度いい具合に温まっている。
しかし、暖簾は一向に動く気配が無い。源は深い息を一つついた。
「今日はやっぱり無理かのお。」
今日は早じまいするかと思ったとき、ふと昨日の大晦日。交わした旧知の知人との約束を思い出す。
『明日の朝と昼はあやかし荘で過ごすが、夜はおんしと一杯やりたいのお。美味いおでんを用意しておいてくれよ。』
「そうじゃ、夜に嬉璃殿が来ると申しておった。そろそろ来るはずじゃ。」
客が来るのが解っていれば、早じまいなどできるはずもない。源は酒を温め、おでんを煮直し、客の来訪を待つことにした。
時間は過ぎ去り小半時、客はおろか人っ子一人通らない。当然待ち人も来ない。
「…おかしいのお?嬉璃殿が約束を違えるなど今まで無かったのに…。」
だが、来ないものは来ないのである。
「にゃんこ丸、ちょっと見て来てくれんかの。」
「にゃん♪」
主、というか相棒の頼みに頷くように返事をして茶寅猫は台の上から飛び降りた。
客が来るとしたら通るであろうあやかし荘への道をゆっくり辿っていたにゃんこ丸。何かを目撃すると顔色を変えて(猫が顔色をどう変えるかは作者は知らない。)屋台へと駆け戻っていった。
凄まじいスピードで駆けてきたにゃんこ丸が屋台の看板に激突したのは、出発してまだ数分となっていなかったと、源は思う。
「一体どうしたのじゃ?にゃんこ丸?」
目を回す相棒を抱き上げたんこぶを擦ってやると、気がついたにゃんこ丸は必死で何かを訴え始めた。
「にゃんにゃんにゃん、なんにゃんなん!!」
「何!嬉璃殿が攫われた!?スキンヘッドの二人組みじゃと?何?空を飛んでいきおったあ〜〜?」
何故、ハムスターに変化する源が猫語を理解するかは深く突っ込まないように…。
とにかく源の怒りは激しく燃え上がった。ゲームコミックなら目がメラメラと燃え上がるというところだろうか?
「許さん!大事な常連さんを!!(おいおい…)」
酒を片付け、煮汁に蓋をして、源は二匹の猫を屋台の中に入れた。
「いくぞ、にゃんこ丸!にゃんこ太夫!!出動!なのじゃ!!」
源の声と共に屋台がミシミシ音を立てて動き始める。
ピピピ、ピピピッピ…。どこからともなくコンピューターの合成音が聞こえてくる。
『景気、ではなくて計器正常、コンピューター オールグリーン。発進準備、完了!
「正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02!発進!!源、いきます!のじゃ!!」」
あやかし荘の無限回廊を滑走路に、正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02は勇躍空へ飛び立った。
「うわ〜〜!シートベルトをつけるのを忘れたのじゃああ。」
店主の絶叫と共に…。

「ふう、死ぬかと思ったのじゃ。」
水平飛行になったところで源は息をついた。高速で飛ぶ飛行機、普通なら気絶するという問題を軽くスルーして源は真剣な目になった。
「こうはしておれぬ、嬉璃殿に魔の手が迫っておるのじゃ。嬉璃殿〜、どこじゃあ〜〜。」
その時、コクピットのレーダーが反応した。
「ん!あそこか!!」
一隻の舟が重力の法則を完全に無視して空中を漂っている。
「嬉璃殿を、帰せえ〜〜!」
正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02を舟に横付ける。が舟はまったく意に関する様子も無く穏やかにたゆたう。
「しまったあ!!!」
正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02とはいえ、所詮は屋台。しかも木造。武器は無い。
「このままでは、嬉璃殿が悪の手先に捕まって、スキンヘッドどもに、あんなことや、こんなことを!!」
どういう想像をしたのかは知らないが、源は頭を抱えコクピットに突っ伏した。
その時!!ぴこん、ピコン、ぴこん、ピコン。
コクピットの中央のボタンが赤く点滅する。
「こ、これは…!」
源の細い指がボタンを押した。運命のボタンを…。
グワシン!ガチャン!ゴシン!カシン!!
脳みそをかき回すような、あまりの衝撃。流石の源も耐えられず目を閉じた。
しばしの後、源が目を開ける。その時源は知った。自らの屋台が変形している事を。
「これは…人型?」
正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02は完全な人型になっていた。
コクピットの中の源は完全にはわからなかったであろうが、赤と白の幕を腰に巻いたそれは正月の夜にあまりにも不思議だった。
「これなら、行ける!そこぉ!!なのじゃ!」
源は人型となった正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02で舟に抱きついた。
舟をがっしりと抱え、止めようとする。だが!その時源は気がついた。
「エンジンが、エンジンが止っておる〜〜?」
飛行バージョンを解除された正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02はすでに空を飛ぶ機能を失っていた。
舟は重力の法則を無視していたが、正月ヴァージョン紅白おでん屋台【蛸忠】FX−02人型モードにはそれは及んでいない。さらに言えば不公平な重力の法則は公平にしようとするように、舟にも重力をかける。
「うわあああ〜〜〜、なのじゃああ〜〜。嬉璃殿〜〜。」
源と二匹の猫達の絶叫は、回転する木造屋台(人型)と星と、月と舟と共に闇に溶けて消えていった。

「…と、みな…と、源!店主!!起きよ!!客じゃぞ!!」
肩を揺する手、かけられる声。源は、ハッと目を覚ましてあたりを見回した。
そこは、あやかし荘そばの電信柱下。いつもと変わらず店はあった。
「はっ!嬉璃殿?無事か!?」
「何を言うておる。夢でも見ておったか?まあ、遅れたわしも悪いが、店主が寝呆けていてはおでんが煮崩れるぞ。」
いつもと同じ口調の嬉璃がいる。
(夢?あれは夢じゃったのか…?)
首をかしげる源に、嬉璃も首を傾げるが、忘れておった、と暖簾の外に向かって手招きした。源の横で目を覚ましたにゃんこ丸がふーっ!!と身構えてふいた。
「おじゃまするぜ!」
「こら!失礼でしょう。すみません、入らせて頂きますよ。」
そこに入ってきたのはひょろりとした背の高い青年と、がっしりとした体格の男性だった。どちらも白い着物に黒い袈裟。そして…スキンヘッド。
「こやつらは、ワシの古くからのしりあいでのお、仕事がひと段落着いたので連れて来てやった。なんぞ暖かいところをもってやってくれんか?」
嬉璃の言葉に頷きながら源はおでんをもる。暖めた酒をコップに注ぐと、ふたりは、チンとコップを合わせてそれを飲み干した。
「〜〜〜ぷはあっ、うめえ!!」
「仕事の後の一杯は最高ですね。」
「あの〜、聞いてもよいですかの?」
妙に丁寧な口調で問う源に、ノッポの青年が笑いかけた。
「はい、何でしょう?」
「そなたたちは一体?」
「見てわかんねえのかよ。」
「解るわけ無いでしょう?見ての通りの和尚です。」
「坊主、じゃねえぞ、そこ大事だからな?」
「和尚が…正月に…仕事?」
神社でもあるまいし、首を捻る源に嬉璃は笑った。
「こやつらは、のお。正月の精霊じゃ。」
「和尚が二人でおしょうがつー!って訳です。」
がくっ!!今時どんな場末のお笑い芸人であろうとやらない使い古されたネタを振られて源は脱力した。
それでも、商売道具のおでんを落さなかったのは天晴れだが。
「正月っていうと、みんなお節ばっかりでよお。」
「暖かいものが食べたいって、嬉璃さんに頼んで連れて来て貰ったんですよ。いや、ホントに美味しいです。ここのおでん♪」
幸せそうにおでんを頬張る和尚,s。立ち上がった源は、ククク…何やら怪しげな声をたて、やがて
「…ハハ、ハハハ、ハハハハハハなのじゃ!!!」
突然笑い出した。そんな源を和尚,sも嬉璃も、猫達も首をかしげて見つめる。
「ようし、今日は、出血大サービス、全品2割引なのじゃ。」
「奢るとは言わぬあたりがおんしじゃのお。」
笑いながら嬉璃も椅子に座る。注がれた酒を掲げ、注いだ酒瓶を掲げ声を上げた。

「A HAPPY NEW YEAR!なのじゃ!!」

2004年、新しい年もおでん屋台【蛸忠】には明るい笑い声と、暖かいおでんの香りが途切れることは無かった。