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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


想いは流れて<奏でし時間>

 暖かな思いが、やんわりとした静かな思いが、いつしか熱を帯びてくる等とどうして予測できたであろうか。自らの出来うる限りを尽くしたいと思ったのは、果たしていつからであっただろうか。


 空港で、ヴィヴィアン・マッカランは呆然と目の前のチャーター機を赤の目で見つめていた。呆然と見つめるその様子が、何とも可愛らしい。
「あれに乗って行きますから。もう、乗り込みますか?」
 事も無げにセレスティ・カーニンガムはそう言って笑った。ヴィヴィアンはそこで初めてチャーター機から視線をセレスティに移す。
「セレ様……本当に、いいの?」
「何がですか?ヴィヴィ」
 セレスティは不思議そうに青の目をヴィヴィアンに向けた。ヴィヴィアンは腰まであるさらりとした銀の髪を揺らし、主張する。
「だって、本宅でしょ?あたしが本当に行っていいの?」
 妙にどぎまぎしながらヴィヴィアンは言った。セレスティはにこにこと笑いながら、銀の髪を揺らした。
「いいに決まっているから、お呼びしたんですよ」
「でも……もっと簡単なものだと思ってたんですぅ」
 ヴィヴィアンはそう言いながら昨日の事を思い出す。それは何気なくセレスティに言われ、何気なく決まった事であった。


「明日、一緒に帰りませんか?」
 セレスティはそう言ってにっこりと笑った。ヴィヴィアンはセレスティに微笑まれただけで嬉しくなってにっこりと笑い返す。
「ええーそんなぁ。セレ様、一緒に帰りたいだなんて甘酸っぱい匂いがしますよぅ」
「甘酸っぱいですか?」
「勿論です!」
 不思議そうなセレスティに、ヴィヴィアンはきっぱりと、断言する。
「何故なら『一緒に帰る』というその言葉自体が、必然と一つのシチュエーションを思い返させて、それがまた甘酸っぱいんです!」
 ぐぐぐ、と拳を作りながらヴィヴィアンは熱弁を奮う。
「一つのシチュエーション、ですか?」
「そうです、セレ様!……ほら、学生時代とか」
「ああ」
 ぽん、とセレスティは手を打った。確かに、『一緒に帰る』という言葉だけならば、そういったシチュエーションが思い浮かんでくる。
「一緒に帰ろうと校門前で待ち合わせ、そして手を繋いで帰るんです……きゃー!あたしがセレ様と手を繋ぐだなんて!」
 ヴィヴィアンはそう言って顔を赤らめながら頬に両手を当て、体をねじった。その仕種が何とも可愛らしい。思わずセレスティは小さく微笑む。
「ヴィヴィ、手を繋ぎたいですか?」
「え?や、やだセレ様!そんな事……」
 ヴィヴィアンはそう言って顔を真っ赤にしたあと、そっと手を出す。
「良いんですか?」
 セレスティは思わず吹き出し、そっと手を繋いだ。ヴィヴィアンは自分から言い出したものの、いざやってみると顔を真っ赤にしてしまった。
「ヴィヴィ、明日は身一つで来てくださいね」
「……はい!」
 手を繋ぐ、という事だけでヴィヴィアンは満足してしまった。なので、特に何も気にしてはいなかった。一緒に帰る、明日は身一つで。ただそれだけの話だったので、ヴィヴィアンは想像すらしてはいなかった。
 よもや、アイルランドにあるセレスティの本宅にチャーター航空機で一緒に帰るという事なのだと、全くの想像外だったのであった。


 チャーター機が地上を離れる。重力がぐぐ、とかかってくる。思わずヴィヴィアンは目を閉じてしまう。そうして、何とか安定してくるとやっとヴィヴィアンはほっと息をついた。
「ヴィヴィ、飛行機は嫌いでしたか?」
 ヴィヴィアンの様子に、セレスティが思わず尋ねた。ヴィヴィアンは慌てて手を振り、密やかに頬を赤らめた。
「違うんです、セレ様!この飛行機が快適じゃないとかそう言うわけじゃないんです!だって、セレ様の飛行機ですもの。快適じゃない筈がないですもの!」
「ヴィヴィ、そうじゃなくて……」
「え?」
 きょとんとするヴィヴィアンに、思わずセレスティは微笑む。
「ヴィヴィが余りにも怖そうにしていたから、飛行機は嫌いなのかと思って」
 セレスティが言うと、漸くヴィヴィアンは「ああ」と言って頬を赤らめた。
「あたしが目を閉じたり息を止めてたりしたから、びっくりしたんですよね」
「息まで止めていたんですか」
「実は」
 ふふふ、と恥ずかしそうにヴィヴィアンは笑った。その様子に、思わずセレスティも微笑む。
「別に嫌いじゃないんですけど、あのぐぐぐーっという感触が、どうしても気になっちゃうんです」
 ぐぐぐ、という所でヴィヴィアンは何ともいえない顔をした。しかも、唇は尖らせ、手をぶんぶんと振る大きなジェスチャー付きだ。思わずセレスティは吹き出してしまった。
「あー!セレ様、ひどーい!」
「すいません。つい」
「うー。……でも、セレ様ならいいです」
 そう言ってにこやかにヴィヴィアンは笑い、それから「あ」と言って付け加える。
「言っておきますけど、セレ様だけですからね!」
 その様子が何とも可愛く思え、セレスティは頷きながらまた笑う。
「セレスティ様、お飲み物はいかが致しましょうか?」
 突如、乗務員がセレスティに尋ねた。
「そうですね。……ヴィヴィは、どうします?」
「え?じゃ、じゃあ紅茶を」
「紅茶を二つお願いします」
 セレスティはそう言って微笑み、ヴィヴィアンに向き直る。
「紅茶でよかったんですか?」
 ヴィヴィアンは微笑む。にっこりと。
「あたしは、セレ様と一緒にいられるだけで本当は何もいらないんです!」
 そう言って、小さく笑う。
「勿論、セレ様と一緒にいられて、それから他にも自分の欲しいものが手に入るのなら文句は全くないんですけど」
「ヴィヴィは、素直ですね」
「や、やだセレ様!恥ずかしいじゃないですかぁ」
 ヴィヴィアンは頬に手を当て、顔を赤くして照れた。セレスティはその行動一つ一つに愛着を感じてならない。
「アイルランドまで、少し距離がありますが……」
「距離なら、一杯あったほうがいいじゃないですか」
「遠い所に行くのが好きなんですか?」
「違いますよぅ。セレ様と一緒だから、一杯一緒にいられる方が得した気分になるんです」
(敵いませんね)
 セレスティは思わず笑みをこぼす。もとより、ヴィヴィアンに勝てるなどとは思ってはいない。尤も、一体何の勝負なのかと尋ねられたら困るのだが。
 ヴィヴィアンは「あふ」と小さく欠伸をする。驚きっぱなしのまま飛行機にのり、それから柔らかなシートの椅子に座ったのだから自然と欠伸が出てきたのだ。
「ああ、すいませんセレ様!あたしったら、つい!」
 慌ててヴィヴィアンは欠伸を引っ込める。セレスティはくつくつと笑い、そっとヴィヴィアンの頭を柔らかく撫でた。
「大丈夫ですよ。ヴィヴィ、良かったら眠ってください。きっと、目が覚めたら着いていますから」
「そうなると、何だか勿体無い気がするんですよね」
「勿体無いですか?」
「勿体無いです!だって……セレ様と折角一緒に飛行機に乗っているんだしぃ」
 ちらり、とヴィヴィアンは上目遣いにセレスティを見つめた。セレスティは苦笑し、再び柔らかく頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。絶対に、勿体無いことはありませんから」
 セレスティがそう言うと、ヴィヴィアンはにっこりと笑って目をそっと閉じる。
「セレ様がそう言うのならば大丈夫ですよね!じゃあ、ちょっとだけ」
 ヴィヴィアンは目を閉じ、2・3度深く呼吸をすると健やかに眠ってしまった。セレスティはそっと手を上げて乗務員を呼び、毛布をかけてやる。
(幸せそうですね)
 セレスティが毛布をかけると、ヴィヴィアンは「ん」とだけ言って再び眠りに落ちる。おぼろげにしか見えぬはずの目に見える、ヴィヴィアンの幸せそうな寝顔。
「全く以って、敵いませんね」
 小さく呟き、セレスティは苦笑した。今ある時間を、大事にしたいと思いながら。


 アイルランドに着くと、少し肌寒い空気が立ちこもっていた。が、日本の寒さとは違った、過ごしやすさがあった。メキシコ湾流のお陰である。
 セレスティは本宅から迎えを寄越し、すぐにヴィヴィアンを乗せて本宅に向かう。
「寒くは無いですか?」
「大丈夫です。ほら、日本よりも全然暖かい気がするし……」
――何より、セレ様の故郷だし。
 ヴィヴィアンは心の中で付け加え「きゃ」と一人で照れた。
「本宅は車で少し行ったところにありますから」
「ああ、何だかドキドキしてきた!セレ様の本宅だなんて」
「そんな大したものではありませんよ」
 セレスティはそう言い、窓の外をぼんやりと眺めた後「ちょっと止めて下さい」と声をかける。運転手は快く一旦止め、セレスティは車を出てそっとヴィヴィアンをエスコートした。
「本宅ではなく……少し寄り道をしてしまいましたが」
「わああ!」
 ヴィヴィアンは思わず上を見上げた。そこは、教会であった。中ではミサが行われているらしく、光が灯り、何とも言えぬ幻想的な雰囲気をかもし出している。
「セレ様は何か信仰をしているんですか?」
「いえ、特にはありません。ですが……あまりにも綺麗でしたから」
(きっと、お好きだろうと思って)
 セレスティは心の中で付け加える。ヴィヴィアンは大きな目を更に大きくし、うっとりと教会を見つめている。
「綺麗ですね、セレ様。あたし……幸せです!」
 ヴィヴィアンの感動ぶりに、セレスティは微笑む。セレスティのやる事一つ一つに喜んでくれ、そうして一つ一つに確実な答えを与えてくれる。それも、心底嬉しそうに。
「ヴィヴィ、ミサを受けてみますか?」
 セレスティが尋ねると、ヴィヴィアンは暫く「うーん」と考えた後、セレスティの方を見てにっこりと笑った。
「いいえ、早くセレ様の本宅に行きたいですから!」
 ぐっと握りこぶしを作り、ヴィヴィアンは力説した。セレスティは小さく笑い、再び車の中にエスコートした。
 そうして、30分程するとセレスティの本宅へと到着した。玄関でそっと使用人が車のドアを開けてセレスティを迎え入れ、次にセレスティがヴィヴィアンの手を取って車からエスコートした。
「こ、ここがセレ様の本宅……」
 ヴィヴィアンはそう言い、言葉を失った。何しろ、大きい。いくらヴィヴィアンの目が大きいといっても、入りきらないほど大きい。
「どうぞ、ヴィヴィ」
「ははは、はい!」
 思わずどもりながら、ヴィヴィアンはセレスティについていく。そうして、中を軽く案内した後、居間に座った。
「はー……凄いです、セレ様!」
 ヴィヴィアンの感想は、まずそれであった。とりあえず必要とされるであろうヴィヴィアンの泊まる予定の部屋や、セレスティの部屋、そして食堂やトイレ等を案内されただけでもかなり歩いたような気になる。しかも、それが全てではなくまだまだ部屋は余っているのだ。
「そんな事ないですよ。凄いのはこの家であり、私自身ではないんですから」
「違います!セレ様が凄いから、この家もこんなにすごい事になっちゃうんです!」
 ヴィヴィアンは再びぐっと拳を握る。
「そういえば、セレ様。どうして本宅に帰ろうと思ったんですか?それも、あたしと一緒に?」
「嫌でしたか?」
「いいえ!全く、全然、これっぽっちもなく!」
 ヴィヴィアンは慌てて両手を振った。セレスティは小さく微笑む。
「ヴィヴィと一緒に、新年を迎えたかったんですよ」
「……あたしと、ですか?」
 セレスティは微笑んだまま、頷く。
「そうです。この本宅で、ヴィヴィと一緒に」
「あたしと一緒に……」
 ヴィヴィアンはじっとセレスティを見つめ、それからふんわりと微笑んだ。頬は赤く染まっている。
「どうして、セレ様はこんなにも凄いんですか……!」
 にっこりと、ヴィヴィアンは笑う。セレスティは「そうですか?」と言って小さく笑い返す。
「そうですよ!だって……あたしだって、セレ様と一緒に」
 それだけ言い、ヴィヴィアンは顔を真っ赤にして「きゃー」と叫んで両手で頬を抑えた。セレスティはその様子に再び微笑む。何もかもが愛しく思えて仕方が無い、この瞬間を抱き閉めながら。

<穏やかに時間と想いが流れていき・了>