コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


青い目をしたお人形
 そっと店のドアを開けて、セーラー服を着たおさげ髪の少女が、大きな白い包みを抱え、うつむき気味に店内へ入ってきた。
「こんな店に来るには、あんまりそぐわない顔してるけど……今日はいったい、なにを探してるんだい?」
 蓮は顔を上げて、ぞんざいに言った。少女はぴくりと身を震わせて、怯えたような様子で顔を上げる。
「あの……実は、人形を買い取って欲しいんです!」
「人形? ああ……髪が伸びるとかそういうやつだね」
「違うんです……私、この人形に殺されるかもしれない……!」
 言いながら少女は包みを開く。
 中に入っていたのは、青い目をした可愛らしいビスクドールだった。人形は、蓮と目があうと、ぎろりとにらみつけてくる。
「……なかなか、ただことじゃないみたいだね。あんた、名前は?」
「美佳子です。佐伯美佳子……」
「その人形、ただ手放してもすぐにあんたのとこに戻っちまうんだろう? 誰かいいやつ、紹介してやるよ。買取はそれからだ」
「本当ですか!?」
 ぱっと美佳子が顔を輝かせる。
 蓮は妖艶な笑みを浮かべながら、大きくうなずいた。


 そうして、蓮が心当たりのいくつかに連絡を取ってから、しばらくして――
「はーっはっはっは! 怪盗ベンティスカ、ここに参! 上!」
 どういうわけか高笑いを上げながら、手のひらサイズの雪だるまを従えて、白のタキシードに白マント、黒いシルクハットをかぶった金髪の青年が、礼儀正しくドアから入ってきた。当然、入ってきた後は丁寧にドアを閉める。
「……あの、本当に大丈夫なんでしょうか」
 それを見て美佳子が不安げにつぶやく。
「……ああ見えて、腕は確かよ」
 たらりと汗をたらしつつ、それでも笑みは崩さずに蓮は答えた。
「ああ見えてですって!? 見ての通りの凄腕ですとも! ええ、この我輩にお任せいただければ、どのようなものだって祓って見せます!」
 雪だるま片手にきらり、と怪盗ベンティスカこと凍鶴ふぶきがポーズを決めた。そうして芝居ががった動作で、美佳子の抱いているビスクドールへ手をかざす。
「さぁ、我輩の可愛い雪だるまよ! 因縁を断ち切り、うるわしき少女の身を救いたまえ! まずは軽ぅくご挨拶だ!」
 ふぶきの声に従い、雪だるまがふよふよと人形の前まで飛んでいく。そうして、小さな体でぐわ、と人形に襲い掛かろうとしたそのとき。
「きしゃあっ!」
 人形の口が耳元まで避けたかと思うと、逆に雪だるまを頭からバリバリ食べてしまいそうな勢いで威嚇してくる。
「ぴぃぃぃっ」
 雪だるまは雪だるまらしからぬ可愛らしい声を上げ、目の辺りの雪を少し融かしながらふぶきの元へと戻ってくる。
 ふぶきは雪だるまをヨシヨシとなでてやりながら顎に手を当てて、蓮と美佳子から見て斜め45度になるようにポーズを決めた。
「ふっ、どうやら、我輩は敵を侮っていたようだ……まさかここまでの力を持った相手だとは! いや……だがそれでこそ、我輩のライヴァルとしてふさわしいっ! 敵として不足なぁしっ!」
「……なにか言ってますけど」
「……あの子、悪気はないのよ」
 ぐったりとつぶやく美佳子に向かって、蓮はフォローにもならないフォローをした。

「あ、あの……。お人形さんのお話がある、って聞いて、来てみたんですけど……」
 ふぶきが雪だるまにお説教をしている間に、店のドアを開けて、ランドセルを背負った女の子がひょこりと顔を出す。
 黒い長い髪をポニーテールにした、小学生にしてはやや大きめの女の子で、入り口付近でおどおどとしている。
「ああ、ええっと、確か……」
「今川恵那です。蓮お姉さん、美佳子お姉さん、よろしくお願いします」
 蓮に声をかけられてやっと決心がついたのか、女の子が店の中へ入ってきて、ぺこり、と頭を下げる。
「この子も……退魔師なんですか?」
「いえ、私はテレパスです。もしかしたら、お話を聞いてみたら、原因がわかるんじゃないかと思って……」
「まだ小さいけど、なかなかに立派な能力者だからね。今度は安心していいと思うよ」
「今度は、とは失礼な話だ! 我輩とて立派な能力者で……!」
「……今回は役に立たなかったみたいだけどね」
「うっ……」
 蓮にちくりと突っ込まれ、ふぶきは胸を押さえて壁に手を突く。その背中に向かって、雪だるまが反省のポーズをとっていた。
 そんなふたりの様子に恵那はくすりと笑うと、美佳子の方を向いてそっと手を差し出す。
「お人形さん、借りても大丈夫ですか?」
「……はい。お願いします」
 美佳子は立ち上がり、抱いていた人形を恵那に渡した。
 恵那は人形を抱きしめると、目を閉じて、ゆっくりと集中する。なにか伝えたいことがあるんだったら、教えて……。そう念じながら、ゆっくりと、人形の持つ意識の波長と、自分のそれとを重ねていく。
「……きゃっ」
 けれども、伝わってくるのは悪意ばかりで、意味のある言葉はひとつもない。人形を思わず取り落としそうになりながら、恵那はきゅ、と眉を寄せた。
「ダメみたいです……なんだか、すごく、悪いことばっかり考えてる……私の手には負えないかもしれません」
「そう……ですか」
 美佳子はうなだれながらも、笑顔を作って恵那から人形を受け取った。
「あの、これって、どこかで買ったものなんですか? それとも、誰かにもらったものですか?」
 美佳子に向かって恵那が訊ねる。
「え? どういうことですか?」
「なにか、手がかりになるかもしれないなって……」
「それは私も、気になりますね」
 恵那が答えた瞬間、後ろから声がした。
 恵那が振り返ってそちらを見ると、戸口のところに、メガネをかけたポニーテールの女性と、長い黒髪をひとつに束ねた男性が立っていた。
「フム? いったいなんなんだね、キミたちは!」
 マントをぶゎさっ、と翻しながら、なぜか雪だるまをくわえてふぶきが訊ねる。
「私ですか? 牧鞘子と申します。人形師見習いです。人形のことで相談があるとのことでしたので、なにかお力になれればと思って」
「俺は柚品弧月です。考古学者の卵でしてね。骨董品関係だって聞いていましたから……でも、よりによってビスクドールですか」
 最後の方はただぼやくような調子で、弧月がつぶやく。
「……フム、なるほど、なるほど! だがキミたち、気をつけたまえ! その人形は一筋縄ではいかない……なにしろこの我輩が遅れをとったくらいだからね!」
 またもや、ふぶきはビシ、とポーズを決める。
「ええと、それで、その人形の入手経路は……。あ、お借りしても大丈夫ですか? 見れば大体、いつ頃にどこで作られたものかくらいはわかるんですけど」
 鞘子はふぶきをさらりとスルーして、美佳子に向かって声をかける。
「さ、鞘子クン!」
 ふぶきは床に手を着いて、よよよ、とわざとらしく泣きまねをする。その肩の上では、雪だるまが元気出せよ、とでも言いたげに跳ねていた。
「このくらいの年代の人形って……色々と曰くつきのものが多いんですよね」
「古いものには魂が宿りやすいと言いますしね。それで美佳子さん、このビスクドールはいつからこんなふうになったんですか?」
 人形を受け取って鞘子が銘を探している間に、弧月が美佳子に向かって訊ねる。
「ええと……もらってきて、すぐだったと思います。気づいたら、この子が後ろにいるんです。最初は、気のせいかと思ってました。自分で置き忘れたんだろう、って。でも、変なところにもいるんです。階段の上とか、玄関の靴箱の上とか、テーブルの下とか……私、そんなところに絶対、人形を置き忘れたりしません。それで、変だなって思ってました。そうしたら、そのうち……この子の脇に、カッターとかハサミが一緒に落ちていることが多くなったんです。目が覚めたら髪の毛が切られてて、この子とハサミがベッドの下に落ちていた、なんてこともありました。なんだか、私、怖くなって……」
 思い出して恐ろしくなったのか、美佳子ががたがたと震えだす。
「我輩がついているのだから、安心しなさい」
 なぜか自信たっぷりに、ふぶきが美佳子に雪だるまを差し出す。美佳子はきょとんとしながらも雪だるまを受け取り、そっと、雪だるまの頭をなでた。
「あの……このお人形って、誰かからもらったんですか?」
 遠慮がちに恵那が訊ねる。
「はい、そうなんです。従兄弟から……いただいたもので。普段はあまり優しくない人だったから、私、嬉しくって」
「……なるほど」
 鞘子がふむ、と相槌を打つ。
「わかりました。この人形は……そのために作られた人形なんです」
「……そのため?」
 美佳子が首を傾げる。
「はい。送った相手を呪い殺すために作られた人形です。ここ、心臓の上に銘が彫ってあります。これはそのシリーズの特徴なんです。でも、これって、相当珍しいもののはずなんですけど……」
「従兄弟の家は私の家と違って、その……随分と裕福みたいですから。だから、普通にただの高価な人形だと思ってくれたのかもしれませんね」
 美佳子がふぅ、とため息をつく。
 原因がわかってほっとしているというよりは、どちらかというと、新たな不安材料ができて疲れきっている、といったふうな表情だ。
「……お人形のことが、もっと詳しくわかればいいんですけど……ごめんなさい」
 自分の力不足を痛感して、恵那がうなだれる。
「そういうことなら、任せてください」
 弧月がぱちりとウインクしてみせる。
 弧月の能力は、サイコメトリー能力。こういった場面にはうってつけの能力だ。
「ちょっと、失礼します」
 言いながら弧月は人形に触れる。こうして触れていなければ、弧月は能力を発揮できないのだ。
 手を触れさせたままで目を閉じると、弧月の中に、人形の持つ“記憶”が流れ込んでくる。
「……これは……」
 弧月は思わず口元を押さえながら、人形から手を離した。
 流れ込んできたのは、随分と醜悪な想いだった。
 美佳子への、歪んだ思慕――そして、それが受け入れられないが故の、憎悪。
「これを贈ってきた相手は、随分とたちの悪い人間のようですね」
「……そんな」
 美佳子がショックを受けたようにつぶやく。やっと従兄弟が心を開いてくれたのだと思っていただけに、そのことは相当のショックだった。
「ストーカーにならなかっただけマシ、といった程度の相手です。相手は、あなたへの歪んだ愛情からこのようなことをしたようでした」
「ひどい……好きな人相手なのに、どうしてこんなもの、贈れるんだろう」
 恵那が眉を寄せ、つぶやく。まだ小学生の恵那にとって、このようなものを好きな相手に贈る――という感情はまったく理解できないようだった。
「……本当に。ひどいですね……死者も出ていることで有名な人形なのに……」
 鞘子がきつく目を閉じ、首を振った。
 見習いとはいえ人形師である鞘子にとって、人形がそのようなことに使われる、というのは耐え難いことだった。その、美佳子の従兄弟の気持ちを想像することができないとは言わないが、あくまでそれは「できる」というだけで、決して、想像したいものではない。
「……さて、どうしようかね? この人形。悪さできないようにして、うちで買い取ってもいいんだけど」
「……そう、ですね……」
 美佳子は考えあぐねているようで、うなだれたまま、黙り込んでしまう。
「我輩にイイ考えがある」
 そのとき、やけに明るく、ふぶきが言った。
「イイ考えって、なんですか?」
 きょとんとした表情で鞘子が首を傾げる。
「我輩は怪盗ベンティスカ。他人の屋敷に入り込むことくらい――造作もない」
「……つまり、お人形をその人のおうちに返しに行くんですか?」
「そのとぉり! 我輩の手にかかればその程度、朝飯前どころかお目覚め前だッ!」
「……起きる前だったら寝てるんじゃないかと思いますけど……でも、ベンティスカさん、そんなもの置いてきたら、相手、死んじゃいませんか?」
 弧月がぼそりと控えめに突っ込む。
「ふふふ……我輩は実は陰陽師でもあったのだ! ……予備校生でもあるがな」
「……予備校生?」
 最後の方に付け加えられた一言に、恵那が首を傾げる。
「まあ……、つまりは、ちょっと力を弱めるくらいだったらお手の物、っていうことですか?」
 予備校生、の部分をさらりと無視して、鞘子が訊ねる。
「そういうことだ。多少、怖い目に遭うくらいは自業自得というものだからな!」
「……あんまり、そういうのは賛成できませんけど……でも、そうですね。メッ、てするくらいだったら、いいかも」
 小さく恵那がうなずく。
「まあ、ここまでタチの悪そうな相手に遠慮はいらないと思いますけどね。いいんじゃないですか?」
 続いて弧月が同意する。
「私も……少しお灸をすえるくらいはしてもいいと思います。美佳子さんはどうですか?」
 同意を示したあとで、鞘子は美佳子へ話を振った。
「……そうですね……できれば、反省してほしいです」
 ためらいがちに美佳子がうなずく。
「承知した! この怪盗ベンティスカに不可能はないッ! 即日、ノシつけて呪いをお返ししようではないか!」
 ぶゎさっ、とふぶきはマントを翻す。雪だるまがその上に、演出として雪を散らせた。
「なら……最後にはうちに駆け込んでくるようにしておくれ。あたしも一枚噛もうじゃないか」
 それまで黙って成り行きを見守っていた蓮が、ふふん、と鼻を鳴らしながら言った。

 その後――
 美佳子の従兄弟がとんでもない目に遭ったのだが、それはまた、別の話。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1341 / 今川・恵那 / 女性 / 10歳 / 小学4年生・特殊テレパス】
【2130 / 凍鶴・ふぶき / 男性 / 18歳 / 予備校生陰陽師兼怪盗】
【2005 / 牧・鞘子 / 女性 / 19歳 / 人形師見習い兼拝み屋】
【1582 / 柚品・弧月 / 男性 / 22歳 / 大学生】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 はじめまして、あけましておめでとうございます。今回、執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 発注内容を確認させていただいた瞬間、「か、怪盗さんだ! これは……オイシイ!」と思わず思ってしまい、色々とコミカルな役割を振ってしまったのですが……よろしかったでしょうか? お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 これは大変個人的な好みの問題なのですが、私は怪盗さんだとか、こういったタイプのキャラクターさんだとかは非常に好きなので、書いていて楽しかったです。雪だるまも可愛らしくて、ついつい色々と小ネタをやらせてしまいました。もっとシリアスな感じの怪盗さんがお好きなのだとしたらどうしよう!? と今からドキドキしています。でも、今回は本当に楽しかったです。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどいただけますと喜びます。今回はありがとうございました。