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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


魂の洗濯

力を貯めるような、長い滑走の時間。
斜めに浮き上がる機体、軽い抵抗。
次の瞬間自分達は空にいる。何度体験しても…不思議な感覚。
「うわ〜、飛んだ飛んだ!!」
隣では妹が窓にかじりついてはしゃいでいる。
「神ならぬ身で、空を飛ぶ…。人の力というものは本当に不思議ですこと…。」
隣で姉が呟いた。同意しようと軽く頷いて横を見ると…姉は眠っている。
はしゃぐ妹、マイペースな姉。その間に挟まれて姉でも妹でもある少女は微笑みながらも、深く深く息をついた。

「家族5人、豪華温泉旅行…凄いもの当てたのね。みあお、みなも。」
「でしょう?でもね、当てたのはみなもお姉ちゃんだよ♪」
パンフレットと旅行券の入った封筒を見ながら感心したように母が笑った。
我が事のように自慢する妹みあおの笑顔に、実は別の商品の当選こそ狙っていた海原・みなもは少し笑顔を見せた。
「二泊三日 みちのくの秘湯めぐり…いいわねえ。行きたかったわ。」
羨ましげな母の言葉に取り巻く3人の娘達の表情が硬くなる。
「えっ?」
「お母様は行けないんですの?」
「一緒に行こうよ〜。」
甘く優しい誘惑。でも、母は残念そうに頭を振る。
「ごめんなさいね。だんな様に頼まれた仕事があるのよ。」
「と、いうことは…お父様もだめなのですわね。」
外見は子供のようだが大人の雰囲気と理解力を現す長姉みその。その言葉に妹達の顔に浮かぶ落胆の色はさらに濃くなる。
「せっかくの家族5人ご招待なのに〜〜。」
頬を膨らませるみあおの髪を母は軽く撫でて微笑んだ。
「そうね、残念だわ…。でも、あなたたちだけでも行っていらっしゃい。」
丁度もうすぐ3連休だしね。母の提案に娘達は驚いた。3人で…温泉旅行?
「こんな機会でもないとみんなで遊びにいくなんてあまりできないでしょう?楽しんでいらっしゃい。おこづかいは奮発するからお土産はお願いね♪」
「いいかも…しれませんわね。」
「みあお、行きたい!!」
「じゃあ、いきましょうか?」
当選者であるみなもの決心に残り二つの頭も一緒に前に動く。
こうして少女3人「この時期だから!みちのくの秘湯めぐりの旅」が決定した。
パンフレットをめくりながら3姉妹は、もうすでに心のトランクに旅の荷物を詰め始めている…。

今日は旅行の二日目。本格的な温泉めぐりの予定。運転手付きレンタカーで秋田路を行く。
「で?なんでこんな山奥を通るのお?」
「温泉ってのはさ、山奥にあるほど秘湯、名湯が多いんだよ!!」
豪華温泉旅行じゃなかったの?と揺れる車にぶつぶつ呟くみあおに運転手さんのはっはという笑い声が答える。
確かにみあおの言うとおり、山の中腹に有るというその温泉めざし車を走らせることすでに1時間以上。
人家、人影はもう殆ど無い。
初日がおしゃれなレストランで地場野菜の美味しい料理に舌鼓を打ち、田沢湖のヨーロッパ村で思いっきり少女趣味に浸った豪華な旅行だったためこれが温泉めぐりであることを忘れていた。
(でも、それにしたってギャップが…。)
みなもはため息をつきつつ外を眺める。…と立ち上る湯気が見えた。
「運転手さん、あれも温泉ですか?」
美少女の問いに運転手の口も軽い。
「ああ、あれは硫黄のガスだよ。ガス。ここは現役の焼山なんだ。」
「活火山?」
「へえ、生きてるんだあ。」
少し機嫌のよくなったみあおが窓に顔をつけているのを見ながら、みなもはクスリ小さく笑う。
「ここは火の山、神のおわす息吹…。」
「お姉さま!!」
運転手、一般人の前で!みなもは慌てて口を押さえようとするが以外にも運転手はうんうん、と頷いている。
「そうだねえ、温泉ってのは山の神、火の神の賜物。姉ちゃんいいこというねえ。」
ご機嫌になったのか運転手は鼻歌まで歌いだした。みあおとみそのは楽しそうにリズムを取っているが、ひとりみなもだけは、深く深くため息をついた。

「お姉さま!!は、恥ずかしくないんですか!!」
みなもは、地面の上に寝そべるみそのに慌ててタオルをかけた。地熱で熱い地面の上にござを敷いて寝そべるのが岩盤浴と言われるこの温泉の特色のひとつ。
ちなみにみそのはそのござさえも敷いていない。生まれたままの姿で地面に横になる。冬とはいえ連休。少なくない湯治客の視線が豊満なみそのの身体に集中しようと誰がとがめられようか…。
「…ここは、気持ちがいいですわ。神様のお心を感じますもの…。みなもも、隣にいかが…?」
膝をついたみなもの頬に、みそのの白い手がすっと伸びる。自分を見つめる深遠の海の底のような眼差し。
ドキッ!
(な、なあに?なんでお姉さまに見つめられただけでこんなに跳ねるのよ。止って心臓!!)
「私、みあおの方を見てきますから…。」
顔を赤らめて背を向けるウブな妹をみそのは不思議な笑みで見送っていた。

この温泉。「馬で来て、下駄で帰る」と言われるほど薬効が高いと言われている。と運転手は話してくれた。
でも、みあおのような子供にとっては薬効などは二の次三の次。
「うわ〜〜い!おふろあがいっぱぁい!」
はしゃいで駆け回るのを止めることはとても、とても、とっても難しい。
「ねえ、みなもお姉ちゃん、今度は滝湯やろ!なんかしゅげんじゃみたいだよ。目指せ!七つの温泉コンプリート!!」
「ま、待って、湯あたりしちゃうわ。」
駆け回る妹に、みそのは息を吐きながら静止の言葉をかけた。だが、
「え〜、ヤダよ。時間無いんだもん。お姉ちゃんこそ早く〜〜。」
もちろん聞くはずがない。さっきまで箱風呂で背伸びをして顔だけ出していたと思ったら。もう向こうの露天風呂に飛び込んでいる。
「こ、こら!みあお。他のお客さんにご迷惑でしょ!」
他のお客に、みそのはペコと頭を下げた。いいからいいから、と笑ってくれるがみそのの胃はキリキリと痛む。
「どうしたの?お姉ちゃん。あ、あっちの泡風呂ねえ、とっても気分がいいんだって、一緒に入ろう。」
俯き加減のみそのの顔を覗き込むとみあおが、みそのの手を引く。
「ま、待って!みあお…!!」
ずるずるずる…。小さな身体の妹にひきづられていく姉。
「いいねえ、仲が良くてさ。」
そんな姿に他の湯治客はよく言えば微笑ましく、悪く言えば楽しんで、話のつまみにして見送った。

「これも…温泉なんですね…。」
泥と一緒に噴き出してくる源泉に、みなもは興味深く手を差し伸べた。ゆっくりと底の泥を掬う。
「あっ、あったかい♪」
じんわりとしたぬくもりが指先から伝わってくる。
「これに浸ったら、身体の底まで温まりそう。」
不用意な発言をしたことに、彼女はまだ気がついていない。背後に近づく黒い影も…
「でも、身体が汚れるし…。」
そう言って手を引いた…瞬間だった。
「きゃああっ!!!」

ご機嫌そうに微笑みながら歩く長い髪の少女とすれ違ってその部屋に入った地元の湯治客Aさん(仮名)は少し驚いた顔でそれを見つめたと言う。
「あら?こんな所に人魚の像なんてあったのかしら?」
泥色に固まったその像は田舎の湯治場には綺麗過ぎて似合わないと、Aさんは思った。

風呂上り、お腹がすいた時のための食堂が併設されている。
「おばちゃ〜ん、フルーツ牛乳一本頂戴。」
「あいよっ!」
今はもう珍しくなって久しすぎるくらい久しい瓶牛乳の丸い蓋をポンと開け、みあおは瓶を口につけた。
「ごくごくごく、ぷはーっ。美味しい!!」
腰に手を当て、嘆息する姿にみなもはため息をつく。
「みあお、お行儀が悪いですよ。」
「だってお風呂の後はやっぱりフルーツ牛乳でしょう?」
「一体、どこでそんなことを…。」
「…すみません。白牛乳一本くださいますか?」
「はいっ!どうぞ!!」
「お姉さままで…。」
みなもが、ほんの少し目を離した隙にみあおの姿はもう移動している。向こうは…お土産コーナー。
「もぐぼく…これ…美味しいね。ふかふかで…。」
「そうかい?秋田銘菓 焼きもろこし もろこしっ言ってもトウモロコシじゃないよ。諸越って書くのさ。」
「こっちは?ちょっとゼリーみたい。」
「山葡萄のゼリーみたいなものさ。ちょっと変わってるだろう?食べてみるかい?」
「うん!!」
「みあお!!!」
「あ、お姉ちゃんも食べる?もぐほぐ…みんな美味しいよ。」
差し出される試食皿。みなもは遠慮がちに店員を見た。笑顔の店員に頷かれ、おずおずとお菓子に手が伸びた。
「……。美味しい。口の中でとろけるみたい♪」
「だろう?諸々の菓子に越して風味良し、古より継がれた伝統の銘菓さ。」
「ええ、お母様たちへのお土産に、いいかもしれませんね。」
「こっちのおせんべも美味しいよ。」
「…秋田はお米の産地、地の神の恵み深い土地のお米で作ったものが美味しくないはずありませんわね。」
「おや、黒髪のお嬢ちゃん、嬉しいこと言ってくれるねえ。なんか買ってくれたらサービスしてあげるよ。」
「ホント!」
「こら、みあお!…お姉さま!!」
すでに、両手一杯のお土産を抱えるみあお、さりげなく会計を済ませるみその。そんな二人をみつめ、みそのは今日、何回目かの深いため息をついた。

ホテルに帰る途中、運転手がお勧めだよ。と言って止めてくれた比内の牧場に寄ってみた。
「アイスクリーム!食べたあい!!」
「はいはい…。」
比内地鶏の卵のソフトクリームはお勧めされるだけあって美味だった。
一月の東北、とはいえ久しぶりの風のない快晴。しかも風呂上り。
テラスのテーブルでソフトクリームを舐めていても、寒さは感じない。
「…ねえ、みなも。」
「なんですか、お姉さま?」
突然かけられた声に、みなもの背が伸びる。今度は…なんだろう。今度は卵で固められたら…どうしよう。
おもわず身構えたみそのの言葉は…
「姉妹、水入らず、というのもいいですわね。」
「えっ…。」
「私達…やっと姉妹らしくなってきたと、そう思いませんか?」
「…ええ。そう私も、思います。」
「違うよ、お姉ちゃん達!!」
気がつくと目の前で腰に手を当てたみあおがちっちっ、と指を振っている。
「なあに?違うって。」
みその問いに満面の笑みでみあおが答える。
「みなもたちは、姉妹だよ。最初っからね♪」
「…そう、ですわね。」
「そうね、最初から姉妹ですよね。」
顔を合わせあう姉達に、みあおはごろにゃん、と猫のように甘えた。
「ねえ、お姉ちゃん。可愛い妹にアイス買って?」
「…さっき買ってあげたでしょ?」
「落しちゃった♪…ごめん。」
「もう!仕方ないわねえ。」
手を引くみあおのアイスを買いなおしにみなもが席を立つ。みそのが微笑んで見つめる。
それは、紛れもない姉妹の幸せな姿。
彼女達の心は、同じぬくもりを感じていた。

旅行の最終夜。
日本情緒溢れる木の館は、どこかホッとさせてくれる。
丸二日、姉と妹に振り回されただけではないだろうが、みなもは荷物と一緒に何かを降ろした気分になっていた。
蔵作りの宿に、紬の浴衣に大はしゃぎのみあおも、ほんの少しおしとやかだ。
この日何度目かのお風呂は暖かい乳白色。
お風呂と、比内地鶏のきりたんぽ鍋に暖められて3姉妹は布団についた。
みあおを中心に川の字に敷かれた布団に横になると、黒塗りの柱が抱きかかえるように包み込む。
「むにゃあ〜、もう食べられない〜〜。」
あっという間に眠ってしまい、布団を蹴飛ばすみあおの足を戻してから、布団をかぶったみなもは、ふと自分にかぶさる影を感じて身を起こした。
「お…姉さま?」
みそのの手が自分の首元に回される。身体は…動かない。
(ま、まさか…?)
目を閉じたみなもが感じたものは予想されたものではなかった。額の温かい感触と、静かな言葉…。
「おやすみなさい…。」
いつの間にか自分の布団に戻ってあっという間に寝息を立てる姉を見つめながら、いつまでもみなもはその言葉を抱いていた。

『私は、みなもとみあお。あなた方と姉妹でいられる今が、一番幸せですわ…。』

翌日
「帰るのイヤ〜〜!もっと泊まる〜、遊ぶ〜〜!」
前の旅行のときと同じように駄々をこねるみあおを、みなもは同じように慰めた。
「また来ましょう。今度はお母様や、お父様とも一緒に。」
「そうですわね。いつか、という約束はちゃんと果たされましたもの。また来れますわ。きっと。」
その言葉に、みあおも暴れるのを止め小さく頷いた。
「うん…解った。」
名残を惜しむ二人を見つめ、みなもは息をついた。
(結局私は、この二人に振り回される運命なのかもしれませんね。)
「みそのお姉ちゃん、行くよ!!お土産に昨日のきりたんぽ、買って行こうよ。」
「稲庭うどんも、なかなか美味しかったですわ。」
(でも、それは…悪くない。)
手招きする姉と妹の下へ、みなもは小走りに駆け寄りながら、そう思っていた。

飛行機は東京へ向かって飛び立つ。寒冷前線を追い越して。
彼女達とすれ違うかのように、天から白い妖精が舞い降りる。
『もう少ししたら、かまくら祭りや、冬の祭りもある。今度はその頃おいで。綺麗だよ〜。』
三日間面倒を見てくれた運転手はそう言って、3人を見送ってくれた。
多分、そのお祭りを見に来ることはできないと思うけど…。
「いい所だったね♪」
「楽しかったですわ。」
「ええ、本当に…。」
誰からとも無く口に出た、3人の同じ心、同じ…思い。

ふと、みそのは横を見る。
はしゃぎ疲れたのか、窓際の妹は眠っている。
通路際の姉も、動かない。
(やれやれ、私は、最後まで気が抜けないですね。)

腕には両手一杯のお土産。
心にたくさんの思い出を抱え、3人は扉を開けた。

「ただいま〜!楽しかったよ!」