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<東京怪談・PCゲームノベル>


蒼穹の羽 2
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「サカキから、身代金要求の連絡があった」
顔を合わせるなり、眉一つ動かさずにチェンが告げる。
「金額は」
「百万ドル。身代金としてはあり得る額だが、我々にはそれだけの金額を大人しく払うつもりはない。……きみたちには、サカキがアクションを起こしてくる前に、少女の身柄を確保してもらいたい」
殆ど表情を動かさずに、チェンはそう言って全員の顔を見渡した。その顔には、今も幽閉されているであろう少女に対する同情や懸念など微塵も見られない。そうあるべく訓練されているのかも知れなかったが、まるで蝋人形のような無表情さだった。
「サカキは、都内のウィークリーマンションの一室を根城にしている」
階数と部屋番号を挙げながら、チェンは地図の白黒コピーをテーブルに滑らせた。赤いマジックで、高見ライオンズマンションの文字を丸で囲ってある。
「私がサカキを誘い出す。きみたちはその隙に少女を救出してもらいたい」
こめかみを指で揉みながら足を組み、取り上げた地図を眺めている太巻を置いて、チェンは立ち上がり
「また連絡する」
言い捨てて部屋を出て行った。
「さて、まあコトのあらすじはそんなところだ」
チェンから渡されたライオンズマンション周辺の地図を手渡しながら、太巻は機嫌よくタバコをくわえた。
この話を持ってきた時には、まったく気乗りしなそうな顔をしていたくせに、今日は妙に機嫌がいい。
「ただな、こんだけの人数がマンションを襲撃するのはいただけねぇ。ここは二手に分かれて、一組は榊の後を尾けてくれ。尾行組は、特殊能力はご法度だ。くれぐれも、サエねェツラした捜査官どのに見つかるんじゃないぜ」


■回想
宇宙飛行士になるのが夢だった。
あの頃の僕らはまだ夢と希望を捨てておらず、突き抜けるような高い蒼穹の下で、いつまでも飽きずに将来を語り合った。
彼は、空を見上げては宇宙と銀河と大気の話ばかりをする。いつしか僕も、空ではなくて宇宙を見る大人になりたいと思うようになっていた。
「じゃあ、僕は宇宙船を開発する設計者になろう」
そう言うと、山裾から朝の日差しが一条差し込むように、彼は満面の笑顔になった。
その時から、僕と彼は同じ夢を見るようになり、僕の夢は彼なくしては立ち行かなくなった。

空すらも紅く染め上げ、森を殺したあのすさまじい劫火の中で、僕が君と代わることが出来たなら――
今頃、君は宇宙から青い惑星を見て、「地球は青い」なんて、得意げに叫ぶことが出来たのだろうか。


――序章――
電話の向こうにいるはずの相手の声は、ひどく遠い。
互いにこれが茶番だということを承知していながら、そのことを口にはしない。
まるで予定調和のように、この状況に相応しいありふれた台詞を述べ立てるだけだ。
「……何が目的だ」
「百万ドル」
「……いつまでも逃げ切れるものではないぞ。サカキ」
かすかな笑い声が闇を震わせた。
「身代金の相場がわからない。安すぎたかな」
そしてぷつりと声が途切れる。
そして、ツーツーと味気のない音が響いてきた。
チェンは顔を上げる。
逆探知をしていたIO2の仲間と目があった。感情などおくびにも出さずに、声が告げる。
「携帯電話です」
居場所は突き止められなかったということか。携帯電話は、今頃、コンビニのゴミ箱にでも捨てられていることだろう。
「……迷うこともあるまい」
新たな声に、チェンは内心、眉を寄せた。あの男の声が人の神経に障るのは、出会った時から変わらない。そこにあるのは自由で賑やかなアメリカの裏の一面で、チェンはそれを忌避していた。
表向きは無表情に、声の主を振り返る。金色の髪を短く刈り込んだ、一見優男然とした男が雨に濡れたレインコートを部下に持たせて、部屋の入り口に立っていた。口元に浮かんだ笑みは冷笑に近い。
「各国の顔色を窺って我々に追従することしかできない日本人に、一体どれだけの価値がある?」
発せられた言葉は英語だったが、台詞には明らかな侮蔑が混じっている。
男のエメラルドグリーンの瞳から、チェンは視線を逸らした。




ざぁっと水溜りを跳ね上げて、タクシーが通り過ぎていった。雨の日の人々は物憂げだ。歩く足取りまで水が吸い込んでしまったように重く、皆が下を向いて家路を急ぐ。
しとしとと振り続ける雨のせいで、ホテルを取り囲む庭の緑も青々と重く、雨滴をしたたらせている。
空調は聞いているものの、天気のせいで部屋は実際より寒く感じられた。ホテルに入っている喫茶店で、所在なげに窓を眺める客の少なさも、その雰囲気に拍車をかけているのかもしれなかった。
雨の日は別に嫌いではない。晴れた日よりも静かなホテルに合わせてBGMのボリュームを上げてあるので、ロビーには雨音に交じり合うように音楽が流れていた。
卒論の締め切りを間近に控えた恋人は、今日も今日とで朝から大学に出かけている。
退屈を顔に出さないように、雨の落ちる外を見たウィンは、そこに晴れた空を見つけて首を傾げた。
空色の傘だ。雲のように、白いシンプルなデザインのロゴがプリントされている。そして、その下から覗く細い雨のような銀色の光。
「……倉菜ちゃんだわ」
水を跳ねないように、用心しいしい歩いていた彼女は、ふっと息をついて足を止めた。恨めしげに足元と雨を降らし続ける雨雲を眺め、思い立ったように足の向く先を変える。
数分後、パタパタと傘の雨を振り落としながら、制服姿の女子高生がホテルに入ってきた。


■ウィン・倉菜
太巻の店を後にして倉菜が立ち寄ったのは、東京にある小奇麗なホテルである。訪ねる予定はなかったのだが、帰宅するべく目の前を通り過ぎて、気が変わった。雨はじわじわと降る量を増やし、真っ白な倉菜のソックスを濡らした。靴下が完全に濡れてしまう前に、緊急避難をしたのである。
かくして、倉菜はホテルの女主人に迎えられ、今日の出来事を話して聞かせていた。
「誘拐事件?」
客を慮って声は潜めているものの、話を聞いた女主人……ウィン・ルクセンブルクは端正な眉を寄せた。湯気を立てているココアのカップを両手に包んだ倉菜をまじまじと見つめる。
「ケーナズさんから聞いてませんでした?女子高生が誘拐されて。IO2が乗り出しているんです」
「いえ。聞いてないわ。……でも、誘拐事件にIO2なんて……穏やかじゃないわね」
IO2は、常人ならざる能力を持つ者の犯罪を一手に引き受ける、アメリカ生まれの特殊団体だ。特殊な能力を持つ人間が、その力を発揮することで本来の社会の秩序を乱す……という考えだが、最近はその思想が極端に偏りすぎるきらいがあり、ウィンはいい感情を抱いてはいない。色々と噂も聞けば、気持ちの良くない体験もしてきた。……倉菜とは、その体験を分け合う仲でもある。
「誘拐犯は、IO2に目を付けられている能力者なんです。裏があるかもしれない、ってセレスティさんは仰っていたけど」
「けど……警察は?いくらIO2が目を付けているからといって、普通の誘拐なら、警察に連絡して協力を仰ぐんじゃないかしら」
「その様子はないみたいです」
こくりとココアを飲んで、倉菜は首を横に振った。それは、IO2のアメリカ人ゆえの驕りか、プライドか。右へ倣えでアメリカに追従する日本になど、何も任せられないと……思ったのかもしれない。だが、あるいは、
「……やっぱり何か裏があるんじゃないかと」
「裏……」
ウィンは考え込んだ。叔母の下を独立して都内に家を借りた彼女は、近頃一層女っぷりに磨きが掛かったようである。身体のラインを引き立たせるツーピースに身を包んだウィンには、女主人としての風格も備わりつつあった。
「その、榊……だったかしら?彼の持つ能力というのは、どんなものなの?」
「なんでも、亡くなった人の魂を操る死霊使いだとか。今は、坂崎って昔のお侍と行動をともにしているみたい」
「坂崎?」
とっさに聞き返してから、ウィンは自分の口調の強さに気づいて乗り出していた体を引いた。
「坂崎……というの?その死霊の名前は」
「ええ。鬼を倒したって噂されるくらい強い剣士だったそうですけど……あの、何か?」
無意識に爪を噛んだウィンに、倉菜は銀の髪をさらりと揺らして怪訝そうな顔をした。
ウィンはそれでようやく我に返る。
「いえ。なんでもないのよ。……太巻さんから来た依頼なのね?詳しい話、もうちょっと教えてもらえないかしら……」


坂崎惣介だ――。殆ど確信に近く、ウィンは結論を下した。
倉菜の言う「坂崎という名の剣豪」は、悉くウィンが知る、とある男の経歴に一致する。
実際に顔を合わせたことはない……だが、話を聞いた後で放っておける人物でもなかった。
ウィンの理解が正しいのなら、坂崎惣介は、彼女の恋人……渋谷透の、実の父親なのである。
渋谷が、ウィンたち兄妹と同様、父親の顔を知らずに育ったというのは、彼と付き合い始めた頃に知った。「オレが生まれる前にいなくなっちゃったんだ」と、彼はあっけらかんと言ったものである。あっけらかんとしているかわりに、透は父親を尊敬している。
話の端々から想像した限りでは、「蒸発した」という表現こそぴったりの居なくなり方だったようである。父親の写真は一枚もなく、だから渋谷は、自分の父の顔を知らない。
「一枚くらいは取ったりしなかったの?」と聞いたら、きょとんとして首を傾げた。渋谷の実家に遊びに行った時に、子どもの頃の写真なんかも見せてもらったが、見事なまでに彼の父親が生きていた記録がない。
まるで目に見えない幽霊のように、渋谷の父親は、渋谷が母親から聞かされた話によってのみ存在しているのである。
(そういえば、透からはお父さんの名前、聞いたことがなかったわね)
聞くのが、怖かったのかもしれない。
窓の外を見る。
ひさしからぽたぽたと滴が落ちて、雨はまだ止みそうにない――。



■ファイア・スターター
僕もジェフも孤児だった。
ジェフリーの父親はドラッグのディーラーで、母親は当時恐ろしく治安の悪かったベトナムを一隻の小船で逃げ出してきたベトナム人。父親の職業以外はパーフェクトな家族だったと、彼は良く言っていた。
僕の両親はといえば、若者が運転する車に時速100マイルで突っ込まれ、ガードレールと車の間に挟まれて即死した。事故を起こした方は奇跡的に助かって、その事を喜ぶべきなのか怨むべきなのか、僕は未だに分からない。残された僕は遠い親戚の家に引き取られ、学校のカウンセラーから報告を受けた警察が僕を保護しにきてくれるまでは、ガレージに出現したネズミみたいな扱いを受けた。
アメリカではよくある話だ。両親が揃った家のほうが珍しい。
最終的にどんな結果を迎えたにしろ、誰かに引き取られた僕らは、ラッキーな子どもだった。

当時僕らが隔離されていたのは、要するに「超能力者はどれだけ能力を制御できるのか」という試みのためだった。
今にして思えば当時から、IO2は2派に分立していたのだ。特殊な能力を持つ者たちに正しい使い方を指導しようという動きと、間違いが起こる前に、災いの芽は摘んだほうが良いという動きと。
当時は今ほどに過激ではなかった両者の歩み寄りの結果が、あの小さな町の自然ばかりに囲まれた小さな小屋だったのだ。
時の流れはあまりに緩やかで、僕らは永遠に子どものままでいられるんじゃないかと思った。

その生活に黒い影が射したのは、あの男が現れてからだった。
その情景は、いつ思い出しても鮮烈な赤と黒のコントラストで、僕に迫ってくる。
乾燥した小屋は、信じられないくらいよく燃えた。ごうごうと狂ったように燃え盛る火は深い深いタンジェリンオレンジで、僕らがまだみたことのない太陽の炎は、こんな色をしているのかと思った。
迫る火に照らされて黒く家の梁が、柱が浮き上がり、それもやがて火に呑まれていく。
「10年なんてあっという間だ」
清々しく、彼は笑った。顔もからだも煤を被って真っ黒で、彼の体についた痣痕は覆い隠されている。真紅に流れるはずの鮮血までが黒く、一秒ごとにじわじわとその染みを広げていた。
「見ろ!!」
凍り付いている僕を無視して、ジェフはぐいと空を仰いだ。
蒼い空なんてどこからも見えない。ただもうもうと立ち込める黒い煙と、火につつまれた梁が、僕には見えただけだった。
「僕たちは空だって飛べるぞ!」


夢を信じて努力をすれば、僕らは何だって出来る。


――彼は、僕には見えなかった空を見ていた。
大地を震わせる轟音と共に家は崩れ、彼の小さな体を飲み込んだ。




「榊リョウを呼び出しての人質救出作戦は、明日の夕方に行われるみたい」
ポツポツと傘の上で跳ねて、雨が踊っている。
倉菜の空色の傘と自分の紺とワインレッドの傘とを並べながら、ウィンは雨の中を、神社に向けて歩いている。
新聞に記事が載ったのは、確か去年の夏頃だった。日課として、ウィンは基本的に新聞に目を通している。地方欄の、ごく小さい見出しの中でその記事のことを覚えていたのは、最早僥倖に近かった。「神社から刀が盗まれる」というタイトルだっただろうか。倉菜から話を聞いたウィンは、わざわざ図書館に足を運んで、その記事を見つけ出したのだ。
──○月○日、神社に奉納されていた刀が、何者かによって盗み出される事件が起こった。犯行が行われたのは夜から朝にかけて。現在のところ、目撃者などは見つかっていない。刀は、二十数年前に神社に寄贈された刀で、落陽丸という──
続報はなかった。
図書館で新聞を握り締めて考え込んでしまったウィンを心配して、倉菜は雨の中、こんなところまで付いてきている。
「どこへ行くんですか?」
早足になるウィンに、大股に歩いて追いつきながら、倉菜は問いかけた。うん……、と心ここにあらずな返事をして、ウィンはふ、と足元に落としていた視線を上げる。
「──ここよ」
「神社?」
鳥居にある名前を確かめた。先ほど、図書館で見た神社の名前である。
「ここに何をしに……」
「ちょっと、刀のことで気になることがあって」
倉菜は首をかしげた。彼女が追いかけているのは、山岸正美という少女の誘拐事件である。誘拐犯の側についた男が持つという刀に、そこまで拘るほどの何があるというのだろうか。
倉菜の視線を感じ取ったのか、ウィンは整った顔に苦笑を浮かべた。
「先に帰っていてもいいのよ。あまり雨の中で立っていると、冷えちゃうわ」
「それは、別に」
いいんです、と尻つぼみに答えて、倉菜は黙ってウィンに従った。彼女には彼女の理由があるのだろう。何より、ウィンの思いつめたような横顔に、質問を挟むことは憚られる。
傾斜の厳しい階段を、足を滑らせないように上って、二人は神社の本殿に向かった。ウィンの真意がわからないので、倉菜は彼女につき従うだけである。ウィンは、比較的確りした足取りで階段を上りきると、まっすぐに本殿へと足を向けた。
「ここで、刀が盗まれたのね」
小高い丘の上に建てられた神社は、しんと静まりかえっている。これが祭りでもあれば少しは賑やかなのかもしれないが、こんな雨では訪れる人もなく、あたりは死んだようにひっそりとしていた。
「神主さんにお話でも聞くんですか?」
叶緒(かねのお)の根元についた鈴を見上げて動かないウィンに気を利かせて、倉菜は語りかけた。それでようやく我に返ったように、ウィンはゆっくりと視線を下ろす。
「いいのよ。その必要はないから」
軽く深呼吸をして、ウィンは今は閉じている本殿への扉を見透かすような目をした。


ものの記憶を読み取る能力が、ウィンには備わっている。
所謂サイコメトリーと呼ばれる能力だ。
神社で刀が盗まれ……それが、渋谷透と関わりがあるとわかってから、ウィンはこの能力を使って、刀が盗まれた経緯を探ることを心に決めた。
それで何かが変わると、思ったわけではない。榊たちのことは、兄や他の仲間たちが追っているらしい。だから、自分は別の形で、何か出来ることがあればいいと思ったのだ。
去年の夏といえば、もう半年近く前のことだ。遡る時間が長くなればなるほど、得られる情報は混雑してしまう。
きちんとした情報が得られるかどうか、不安だったウィンの目に、段々映像が形を取り始めていた。
雨に濡れた神社。その奥にある、鍵のかかる棚。
連日続いた雨のせいでしっとりとした棚の色が滲み、次の瞬間には明るくなった。雨が晴れたのだ。……といっても、ウィンの周りではまだ雨は降り続いている。景色が明るくなったのは、あくまでその棚が持っている「記憶」を遡るせいだ。
(何があったの……?)
その時の記憶を探ろうと、強く念じる。ぼやけた視界は、少しずつ少しずつ輪郭をつけ、鮮明になっていく。

……棚が、見えた。
差し込む光のせいで、辺りは紅い。夕暮れ時だ。どこかでツクツクホウシが啼いている……夏だ。
棚には鍵が掛かっている。その中に、まだ……刀はある。
刀はこの時点で盗まれていないのだ。
あたりはしんと静まり返っている。蝉の音が余計に沈黙を高め、部屋の中では動くものもない。
――と。
カタリ、と棚が音を立てた。
カタリ。
もう一度。
ごとっ、と音を聞いた直後、ウィンははっとした。
(刀が)
気配が棚から消えている。
鍵を開けた気配すらないのに、ウィンが透視する棚から、落陽丸は忽然と姿を消していた。
そして、……いつの間にか、一人の男が立っていた。黒い髪。髪は後ろで一つにまとめられただけの蓬髪だ。
手には、あの棚に仕舞ってあったはずの黒い柄の刀が握られている。
くるりと彼は振り返った。
意志の強そうな眉、表情の見えない顔。
だらりと下げた腕に刀を握って、男……坂崎惣介はふらりと歩き出す。
記憶の中だから、声をかけることもできない。
息を呑んで見守るウィンの目の前を横切り、坂崎の姿は外へと向かって……かき消されるように消失した。
後には、何も残らない。
思い出したようにジワジワと、蝉の音がよみがえってきた。



「ウィンさん?」
心配そうに呼ばれて、ウィンはびくりと我に返った。雨が降っている。セミの声だと思ったのは、どうやら雨音だったらしい。
しとしとと石畳を濡らす音。蝉の声などどこにも聞こえない。
「大丈夫ですか」
「え、ええ……」
記憶を「見た」後は、どうしても非現実的な感覚が残ってしまう。頭を振ってそれを追い払うと、ウィンは再び神社を見つめた。
「盗まれたのではなかったのね……」
「え?」
「刀よ」
この建物の記憶を視たの、とウィンは倉菜に説明した。
「刀が盗まれた時、誰もこの神社に足を踏み入れてはいないわ」
「えっ、どういうこと?」
「刀の方から、出ていったのよ。……榊に呼び出されてね」
雨の滴が、傘に弾いて流れていく。
「あの刀には、坂崎の霊が憑いていた。……ってことになるのかしらね」
新聞によれば、刀がこの神社に奉納されたのは、丁度23年前になるのだという。それは、渋谷が生まれた時期……そして彼の父親が姿を消した時期と一致する。
神社に祭られ、その刀に宿ることで、坂崎は……渋谷の父親は、鬼の災いが渋谷に降りかかることを抑えていたのだろうか。
「付き合ってもらって、ありがとう。倉菜ちゃん」
傘を持ち直して、ウィンは隣に立つ少女を見た。
「今日はもう帰らないと。明日、榊を呼び出すのは午後6時…だったわよね?」
「ええ。でも、一人でいくのは」
「大丈夫よ。遠くから見るだけだから。……知り合いの家族かもしれないの。それを、どうしても確かめたいのよ」
心配顔の倉菜に微笑んで、ウィンは「じゃあ、帰りましょうか」と促した。



■ウィン
冬の雨は、芯から身体を冷やしていく。雨はとめどなく重く立ち込めた雨雲から零れだし、止む気配もなく大地に降り注いだ。
ウィンの豊かな金髪にも、細かな水の粒子が散っている。
透に連絡を入れるべきかどうか、鳴らない携帯電話を前にして、何度もボタンを押しかけた。そのたびに説明すべき言葉が見つからないことに気づく。
昨日から、透は大学に泊り込んでいて帰って来ていない。いやでも顔をあわせたら、自分は彼になにかを言えただろうか。
結局そんな自問自答に意味などないと、分かっているのだ。
顔を上げる。
広げた傘に雨が落ち、骨組みの先端部分に小さな水滴がついている。その向こうを、雨から逃れるように前のめりになった人々が足早に通り過ぎていく。
坂崎は、濃紺の傘を差して、人ごみの中に居た。その脇にいる青年が榊だろう。黒い髪にどちらかといえば日に焼けた肌だが、明らかに日本人の顔立ちだ。なのにどこかこの景色に馴染まないのは、日本の流行とは違う服装や、伸ばした背筋や歩き方のせいだろう。姿勢が良いから、それだけ背も高く見える。
離れたところで、ウィンは周囲の様子を伺っていた。
坂崎と接触するつもりはない。離れたところから、様子を見るだけで良かった。
背が高く、体格もいい男だ。肩越しに俯き加減の横顔が、驚くほど透に似ている。
榊と坂崎から距離を取って、二人の青年が後を尾けている。涼と将之だ。そして、会社帰りのサラリーマンとは違った動きを見せる、スーツ姿の男が数人。
(IO2がいるのね)
再び、視線を榊と坂崎に戻した。尾行に気づいているのかいないのか、遠目からでは分からない。だが、あまり用心も緊張もしていないように見える。榊が何かを喋り、坂崎が一言、二言返事を返す。榊がちらりと笑顔を見せた。こうしてみていると、ただの一般人だ。
誘拐犯というから、もっと近寄りがたい人を想像していたウィンである。
いくつかの地下鉄の駅への入り口を通り過ぎてから、二人はJR線の駅に入っていった。彼らを追いかけている者たちが、遅れて自動改札を潜っていく。
ウィンは、動かずにそれを見守った。
彼女の感覚が、もう一人の存在を知覚していた。酷く巧妙に気配を隠して、人ごみに紛れている。それでも、間違うはずのない感覚だ。
殆ど確信を持って、ウィンは兄の存在を感知した。ぐるりと視線を投げる。こういう感覚は、超能力などを使わなくても感じ取れるのだ。兄も、彼女の存在を感じ取っているかもしれない。
(……やっぱり、居た。お兄様)
はじめに目についたのは、背の高い紅い髪の男である。何故かあっちへふらふらこっちへふらふらしているから、よく目立つ。ケーナズは、そのすぐ傍に居た。さりげない仕草で人の流れに紛れ込み、極力目立たないようにしている。
駅を見ていた兄は、ふと……怪訝な顔をした。
ウィンの存在に気づいたのだろう。眼鏡の向こうで目を眇めて、ゆっくりと周囲を見渡す。
それでも、兄の視線は妹を見つけることはできず、彼は脇にいた男を促して、駅へと足を向けた。
改札を通って、二人の姿が遠くなっていく。
ようやく、ウィンも動き出した。



■車内
降り続いた雨のせいで湿気が多く、車内は人の熱でむせかえるようだ。無駄に効いた暖房がその効果を更に高める。狭い車内で、一刻も早く家路に着こうと乗り込んだ人々は窮屈そうに身体を縮めていた。
一つ向こうのドアの傍に、坂崎と榊は立っている。榊は銀の手すりに軽く身体を凭せ掛け、小声で坂崎と会話をしていた。榊たちを挟んで向こう側には、同じように尾行してきた仲間が乗り込んでいる。
IO2らしき人影は、榊たちのすぐ傍に居て、無機質な目で彼らを見つめていた。顔立ちは東洋人だが、どこか日本人離れしている。丁度彼と榊の間に割り込むように位置した背の高い女性を、煩わしそうに睨んでいた。
榊は時折、視線を雨で灰色に沈んだ景色に向ける。懐かしいものを見るような目で景色を眺め、薄く口元に微笑すら登らせた。
車掌が気だるい口調で駅名を告げ、列車が止まる。榊たちがいるのとは反対側のドアが、一斉に開いた。
数人が吐き出され、また数人が車内に詰め込まれた。雨に似合わない明るさの音楽が止み、また扉が閉まる。
次の駅は、榊たちのいる側が出入り口だ。榊は、まだ目を細めて、綺麗なところのない、灰色のビルと、薄闇に明るいネオンサインを見つめている。
列車が、プラットフォームに入って速度を緩めた。やがて、軋んだ音を立てて完全に停止する。
榊が、寄りかかっていた手すりから身体を起こした。降りるのだろう。
ドアが開く。
坂崎と榊が降りようとしているのを目の端で確認して、風と雨で寒いホームへ降り立った。榊の後ろに、続いて下りようとしたあのIO2職員の姿もちらりと見える。
その時。
「ちょっと、なにすんのよ痴漢!!!」
間延びした構内アナウンスなど吹き飛ばす勢いの大声が、耳に飛び込んできた。何事かと、すでに階段に向かいかけていた乗客が振り返る。
いつもなら無関心にそらされていくはずの視線が、長く当事者に居座ったのは、「痴漢」と叫んだ声の主のせいだっただろう。
それは、榊とあの職員の間に居た女性だった。……いや、性格には男性か。声は女性のものとは思えないほどに低い。
よく見れば、プロポーションが良いと思われたのは骨格がいいからであり、背が高いのは男だからである。
「ちょっと、駅員さん!何ボケっと突っ立ってんのよ。この人、チカンよ。電車の中でずぅーっとアタシの事触ってたんだから」
昂然と胸を張って辺りを睥睨する(何しろオカマは傍に居た誰よりも背が高かった)彼(女)に、そそくさと人々は通り過ぎていく。
彼らのすぐ前に居た榊も、立ち止まってきょとんとした顔をしている。
「早くしなさいよっ!オカマがチカンされたからって差別するっていうの?イヤんなっちゃうわねーもうー」
低い声で、しかし最近の女子高生よりもよっぽど女性らしいオカマ言葉が続くに至って、榊は思わずと言った調子で吹き出した。
おたおたと近づいてきた駅員と、体格のいいオカマにちらりと視線を投げて、彼はようやく歩き出す。
「ちょっと、待て……ッ!」
駅員の前に引き立てられ、オカマにがっちりと羽交い絞めにされた男は、舌打ちしそうな勢いで榊に声をかけたが、彼は振り返らなかった。
笑いながら、坂崎に声を掛けている。……きっと、今の出来事を話しているのだろう。

結局――指定の場所に、榊は現れなかった。
元々、そこへ向かうつもりなどなかったのだろう。チカン騒ぎで坂崎と榊を見失ったIO2のほかの職員が、万が一の場合に備えて手持ち無沙汰に様子を伺っていただけである。
榊の行方を追うのに成功したのは、彼の気配を辿ることが出来た涼と、彼の仲間たちだけだった。
その四人も、気配を追いかけて目的の場所に着いた頃には榊の姿はすでになく、雨に掻き消されたかのように、彼らの気配もそれ以上、追いかけることは出来なかった。



■墓
枝ばかりを見せる紫陽花が、雨にしっとりと濡れていた。生い茂る常緑樹は、どこにもまんべんなく雨の雫が降りかかり、重くこうべを垂れている。
石畳は黒く濡れて光り、木のトンネルを通って奥へと続いていた。
人がすれ違う程度の広さしかないその道を抜けると、右手に上る苔むした石階段があり、それを上りきると視界が開ける。雨に濡れる板塔婆と墓石が、雨の中で静かに佇む墓地に出るのだ。
連日降り続いた雨のせいで、訪れる者も少ないのだろう。枯れかけた仏花は濡れそぼり、雨の中でくったりとしている。
その中で一つだけ、白い煙を立ち上らせている墓があった。
花は供えていないが、墓石もそのまわりも、枯葉が取り除かれて丁寧に掃除されている。白い煙をのぼらせているのは、半ばまで白くなった線香だった。
雨に濡れるのも構わずにそこで長い間手を合わせていた青年がいたことを、人は誰もしらない。
丁寧に掃除をして線香を供え、初めて訪れたその墓に、青年が何を報告したのか、それは今となっては誰にも分からないことである。
榊家之墓、と刻まれたその墓には、交通事故で死んでしまった、彼の両親の名前も刻まれていた。



■警察
向かい合った警察官はウンザリした顔をしている。ウンザリしたいのはこっちの方だ。
一秒ごとに不機嫌になっていくチェンの神経をさらにささくれ立たせて、警察官はため息をついた。
事情聴取というヤツである。
煩いオカマが「謝ったって許さないワヨ」と言ったので……そしてチェンには「何かあったら謝る」という日本人の感覚にはまったく疎かったので、こんなところまで連れてこられてしまった。
チェンはオカマなどには到底興味がなく、そもそも彼と榊とを隔てる邪魔な物体が、女に扮した男だったことすら気づかなかった。
日本の警察は被害者に優しいのか……ただ単に応対に出た誰もが、オカマの勢いに迫力負けしただけだと思うが……、チェンは榊を見失い、不機嫌の極みで警察と睨み合っている。
「勘弁してくれよなぁもう」
まだ若い警官は疲れたように髪を掻き上げ、はぁ〜っとため息を吐いた。勘弁願いたいのはこちらの方だ。
ガチャリ、と扉が開いた。
警官は身を捩って振り返り、「あっ、ご苦労様です」と背筋を伸ばした。入ってきたのは貫禄もない頭頂部まで禿げ上がった小男である。眼光だけが鋭いのは、刑事の性だろう。
かったるそうに若者に頷いて、すぐに刑事はチェンに目を向けた。
「出て」
「あっ、あのしかし」
「許可は貰ってるから。被害者の方も気が済んだみたいでね。帰したからもう」
困ったように口を挟んだ若者は、その言葉に安心したように「はいっ」と言った。彼にしてみれば、ホモのチカン(非常に不本意だ)の相手をしなくて良いのだから、願ったり叶ったりなのだろう。
チェンが立ち上がったのを見届けて、刑事はさっさと歩き出した。狭いコンパスで歩くので、すぐにチェンは追いついた。
「被害者は一応気が済んだっていってるから」
「……」
「もうこういうことのないようにね」
気のない風に刑事は言って、警察署の玄関口で立ち止まった。
チェンも立ち止まり、自動ドアのすぐ傍に備え付けられた灰皿の前で、悠然とタバコを吹かしている男を見つけて、表情を険しくした。
「迎えきてるから。じゃ、気をつけて帰んなさい」
小柄な刑事は偉そうにタバコを吹かすマフィア然とした男に一度だけ視線を投げて、すぐに奥へ歩いていってしまった。
太巻は、そ知らぬ顔でタバコを吹き上げている。
相手に動く気配が見られないので、ようやくチェンは彼に近づいた。
「よう」
黒いビニール皮のベンチに座ったまま、紹介屋は口元だけでニヤリと笑った。この顔は、何があったかまで聞き知っている顔だ。
「散々だったな」
「……貴様が」
「オタクの組織にほっぽっとかれてるお前に同情して、わざわざこうして手を回してやったんじゃねェか。感謝されても、怨まれる筋合いはないと思うが?」
しゃあしゃあと言ってのける男に、チェンは舌打ちした。
ではやはり、あの男は知っていて自分を放置したのだという事実と……
チェンがその言葉を鵜呑みにしないことを承知していながら、人をからかう態度の悪い紹介屋の両方に。
「貴様が仕組んだんじゃないのか」
受付にいる婦警から見えないように身体の位置を移動させて、太巻の胸倉を掴む。そんな事態には慣れきっているであろう男は、案の定薄笑いを浮かべてチェンの怒りに油を注いだだけだった。
「おれが。何を?」
襟首を掴んだ拳に、思わず力が篭った。相手がやり返さないのは、それが得策だと知っているからだ。チェンは、警察でこれ以上騒ぎを起こすわけにはいかない。
「何を企んでいる。……太巻」
怒りと一緒に声まで噛み殺して、低くチェンは問いかけた。恍けて、太巻は片頬を歪めて煙を吐き出す。
「お前ェはよ」
「……」
「人質まで取っておれを脅しておきながら、まだ不安かよ」
ゆっくりと上がった男の手がチェンのそれを掴み、ゆっくりとチェンの手は太巻の服から引き剥がされた。
怒りに立ち尽くしているチェンの前で、太巻はゆらりと立ち上がる。
「青二才め」
口の端に短くなったタバコを咥えて、太巻はチェンに背を向けた。
「待て」
振り返らないで歩いていく。センサー仕掛けの自動ドアが開いて、風に任せて雨がパラパラと吹き込んだ。
返事がないまま、またドアが閉まり、雨の中に男の広い背中が紛れていく。



■ケーナズ・ウィン
「お兄様」
時雨を先に帰して、再び寺に戻ったケーナズに、聞きなれた声がかかった。ため息をついて、ケーナズは振り返る。振り返った先には、傘を差した妹が佇んでいた。
「……やっぱり、お前だったか」
「倉菜ちゃんから話を聞いたのよ。わたしには何も言ってくれなかったのね」
ウィンの穏やかすぎる言葉に返す言葉を失くし、ケーナズは声を潜めた。
「――どこまで知っている?」
「坂崎のことを聞いたわ」
それで十分だった。ケーナズの顔には見る見る翳が差し、今までの表情がポーカーフェイスだったのだと気づかされる。
「わたしに言ってくれなかったのは、お兄様一人で解決しようと思ったから?」
「…………」
「透にも、言わないで済ませるつもりだったからじゃないの?」
「言えるというのか?」
舌打ちと共に、ケーナズは履き捨てた。傘から落ちる水滴が、浅くできた水溜りにぽたぽたと波紋を広げている。
「坂崎は……死霊だ。榊に呼び戻されて実体を取り、動いているだけだ。……透の父親が、普通に目の前に現れたのとは違うんだぞ」
それだったら、どんなに気持ちは楽だっただろうか。ケーナズの言葉に、ウィンの表情も曇った。
坂崎が榊によって呼び出された霊である以上、いくら形があっても、透の記憶の中でみたあの男に姿が似ていても、所詮は死霊なのだ。それも、榊によって無理に呼び戻された霊である。この事件が終わった後もなお存在できるかどうかは、妖しかった。
「けど……わたしたちだけで決めていいことではないでしょう。透のことなのよ」
いくら気を揉んでも、所詮ウィンもケーナズも当事者にはなり得ない。ならば、やはり透が真実を知り、解決をしていくことこそ、必要なのではないかとウィンは思うのだ。
ケーナズは、腕を組んで眉間に深く皺を刻んだ。
「知って……何になる。これから、父子で暮らせるというわけでもないんだぞ。それに」
坂崎は敵だ。いずれ、近いうちに、戦わなくてはならない時がくる。
兄妹は、雨のスクリーンを挟んでお互いに見つめあった。
雨粒が落ちて、どこかで葉がパタパタと音を立てる。水溜りに雨垂れが落ちて飛沫を起こす。
「……私なら、知らないほうがいい」
「お兄様……」
ケーナズもウィンも、父を知らない。早いうちに父に関して心の整理をつけてしまったウィンはともかく、ケーナズが未だに父のことになると頑なになるのを、彼女はよく知っていた。
ケーナズにしろ透にしろ、父親を知らなければ知らないなりに、彼らなりの父親を想像して、釣り合いを取っているのかもしれない。ケーナズは、父をどうしようもない男だと思うことで。透は、父親を美化して尊敬することで。
坂崎の姿を見せられたら、きっとやるせない気分ばかりが残る。怨むことも、尊敬することも出来ずに、かといってすぐに消えていく父親を相手に、何かをやり直すことも出来ない。
「少し、考えさせてくれ」
「でも」
「……お前が透に全てを話したほうがいいと思うのは、そうすることで透に対して、後ろめたい思いをしないで済むからだろう」
「……そんな」
だから知らせたくなかったんだと顔を歪めて、ケーナズは歩き出した。
「お兄様」
「少し……考えさせてくれ」
激しくなりつつある雨に掻き消されるようなボリュームで、兄の声だけが聞こえた。



■―――
『あんなに笑ったのは、久しぶりだよ』
言葉どおり、青年の口調は以前よりも柔らかかった。
そりゃあ良かったと返事を返して、肺の奥まで溜め込んだ紫煙をゆらりと車内に吐き出す。車の中が白く煙った。
「気は済まねェのか」
言いながら、それこそ気のない台詞だと思う。電話の向こうで相手も笑ったようだった。
『ずっと前から、もう気持ちの問題じゃなくなってるんだ。多分』
そうだろうなと、車を煙で満たしながら、彼も思う。ダッシュボードに足を掛けると、跳ねた泥がつま先についているのが目立った。
『僕らが住んでいる社会は、僕らに前向きな気持ちを抱かせない。この社会が僕らに教える幸せも、幸福の定義も、本当は間違っているんだってことに、みんな中々気づかない。その価値観をはねつけられるほどに強くなくちゃダメなんだ。幸福は、自分の手で見つけるものだよ。……多くの人間はそれが出来ないんだ。そういう人は、僕よりもずっと不幸だと思う』
「キレイゴトばっかり並べやがって」
『後悔してないってことを言いたかったんだ』
してないのなんて、声を聞けば分かる。
「おれはお前が、他の道を歩んでいたらと、ちょっとは本気で思うぜ」
『……同情してんの?』
雨の向こうで男が苦笑した。
「しねェよ」
雨の音が煩い。面倒くさくなって、再びタバコの先端を紅く染めた。
車には、紫煙ばかりが増えていく。


■―――
シュラインと倉菜の手によって気絶させられ、榊のマンションから運び出された正美は、一旦セレスティの屋敷へと連れていかれた。太巻に連絡を取ろうにも彼の携帯は繋がらず、IO2に至っては連絡先すら知らない。
セレスティの屋敷の客室で手厚いもてなしを受けた正美は、素直に出された食事を摂り、シャワーも浴びた。普段着のまま連れ出してしまったので、倉菜が気を使って、洋服を買ってきた。
相変わらず無理に連れ出した事を怒っているのか、誰とも口を利かなかったが、正美は比較的落ち着いているようである。

……と思っていたその夜に、正美はセレスティの屋敷を脱走した。
部屋は庭を見渡せる一階にあったとはいうものの、それはもう見事としか言いようがないほど忽然と姿を消した。
始めから、正美は自分を無理やり「誘拐」した変な女子高生やお金持ちそうな美形の男など、信用してはいなかったのだ。服を素直に受け取ったのも、食事を摂ったのも、つまりはこの脱走を見越してのことだったのである。
やっと連絡が付いた太巻は、正美の救出と脱走の話を、「あっそう」の一言で片付けた。
これが雇用主だったら、確実に社員の顰蹙を買うところである。
「女の子が真夜中に街中を歩いているのよ」
とシュラインが電話口で叱りつけると、渋々というように言葉を付け足した。
「あのガキが行くところは分かってんだし……あとは奴らが勝手に見つけるだろ」
と。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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・1588:ウィン・ルクセンブルク
・1555:倉塚・将之
・1481:ケーナズ・ルクセンブルク
・0086:シュライン・エマ
・1883:セレスティ・カーニンガム
・2194:硝月・倉菜
・1831:御影・涼
・1564:五降臨・時雨

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NPC
・太巻大介:相変わらずろくでなし。
・榊・リョウ:悪霊使いで幻術使い。
・坂崎惣介:数百年前に非業の死を遂げた剣豪。渋谷透の父親。
・ダイ・チェン:チャイニーズアメリカン。今回ちょっと不幸。
・ジョセフ・ウォルフ:過去にチェンとともに榊と関わりがあったらしい。

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■         ライター通信          ■
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こんにちは〜〜。いつもお世話になっております。
そしてお待たせしてすいません〜!!!
いつまで待たせるんじゃい!と痛いツッコミを自ら入れながら、お届けさせていただきます。
ようやく三部目です。何故ここまで手間取ったのか…(すいません)
そして余計にすいませんな感じで、身の回りが忙しくなるため、微妙に……この話の続きがいつ書けるのか、わからな……(撲殺)
本当ならもう少し早いペースで執筆をして、忙しくなるまでに話を終える予定だったのですが(土下座)。
時間を見て、スケジュールを騙し騙し、シリーズはきちんと終わらせる所存です。
長い目で……見てやっていただけると幸いです……(這い蹲る)
短編などは、ちらりと空いた時間を見て、こそこそ窓を空けるつもりではいるのですが。

途中参加ありがとうございます。どこかでは微妙に(会話が)沈んだまま戻ってこないですいません!お世話になりっぱなしです。幸せ生活で太らないといいんですがあの男。
将来は気だるげに椅子に横たわるビヤ樽体型で、頭から腕の先まで卵型のヤバい外人になっちゃったとしても、まだ可愛がっていただけますか(どうだろう…)
あっ、冗談ですので本気にしないでくださいね!(…)
どこが楽しかったって、オカマちゃんでした。

今回も参加ありがとうございました!
そんなわけで、これからも…宜しかったらお付き合いいただけますようお願い申し上げます(へこ〜)

在原飛鳥