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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


年は始まり二人は今日も

 新たな年がやって来た。たかだかそれだけの事だ。それだけの事なのに、皆にこにこと笑いながら「おめでとう」を連発し、テレビでは馬鹿みたいに騒いでいて。……それだけの事なのに、妙に心が浮かれるのだ。


 びゅうう、と冷たい風が二つの茶色い髪を揺らした。守崎・北斗(もりさき ほくと)は「ううう」と小さく唸って、思わず身を縮めた。
「兄貴……寒い」
「そうか、奇遇だな。俺もだ」
 縮こまっている北斗とは違い、しゃきっと立ったまま守崎・啓斗(もりさき けいと)は言った。
「嘘だ!兄貴は絶対寒くない……」
 青の目を不満そうに啓斗に向け、北斗は言った。が、ぎろりと見てくる緑の目に、だんだん語尾を弱めていった。
「寒くない訳が無いだろう。お前と同じ体の構造をしているんだから」
「うーん、何となく違うような気がするのは気のせいか?」
 小さな呟きは、啓斗によって無視された。勿論、寒くない訳は無いのだ。ただ、北斗よりも一枚多く服を着ているというだけで。
「さっさとお参りして帰るぞ」
「だな。で、家に帰ったらこたつで蜜柑だ!」
「まだ食べる気か……?」
 啓斗は半ば呆れながら言った。此処に来る前に、散々お雑煮やらおせちやらを食べてきたのだ。
「あんなん、とっとと消化されたって」
「お前は燃費が悪すぎる」
「んな事無いって!」
 けらけらと笑いながら、北斗は手を振った。啓斗は思わず溜息をつく。何故だか北斗は良く食べる。食べ過ぎる。啓斗の倍くらいは食べているのではないかと不安になるほどだ。守崎家の常時逼迫状態も、北斗が引き起こしているのだといっても過言ではない。なのに、啓斗とそんなに変わらない体格をしている。あえて言うならば、北斗の方が5センチばかし身長が高いというだけで。
「あ、兄貴兄貴!」
 北斗は何かに気付き、思わず啓斗のマフラーを引っ張った。思わず啓斗は「ぐ」と唸ってしまう。しかし、北斗はそんな事はお構いなしに引っ張り続ける。
「兄貴、あれあれ!出店出店!」
 北斗は目をきらきらと輝かせながら、一方向を指差した。そこには、新年恒例の出店たちが立ち並んでいた。イカ焼きにたこ焼き、箸巻きに林檎飴。綿飴だってフランクフルトだってあるし、アメリカンドッグだってベビーカステラだってある。
「いいなーイカ焼き食べたい」
「そうか」
「林檎飴食べたいなー」
「……そうか」
「あ、そういやさ?二重焼と大判焼って何処が違うんかな?そういうのって、食べてみたら違いが分かると思わねー?」
「思わないな」
「おせち食べた時って、ソースもの食いたくなんねぇ?たこ焼きとか箸巻きとかお好み焼きとかっさー」
「ならないな」
 北斗の言葉一つ一つに、啓斗は丁寧に返していった。北斗は軽くむっとして啓斗のマフラーを引っ張る。
「兄貴のけちー」
「北斗……ちょっと待て」
 マフラーをとりあえず離させ、啓斗は一つ息を吐いてから向き直った。
「北斗、今日は何をしに来たんだ?」
「……買い食い?」
 ぺしん。啓斗の手が素早く北斗の頭をはたいた。
「正月の恒例行事だ」
「分かってるって。初詣だろ?初詣―」
 投げやりに北斗は言い、小さく口を尖らせた。啓斗はこっくりと頷く。
「分かっているならいい。今日は決して買い食い拾い食い貰い食いをしに来た訳じゃない。今日は初詣に来たんだ」
「でもさー……こんだけ店が出ているのがいけないと思わねぇ?」
「確かに、北斗の目の毒だな」
「だろ?……って、兄貴」
 啓斗は苦笑し、北斗の背中を軽く小突いた。
「さっさと帰って、こたつで蜜柑だろう?」
「そこに、帰る直前にちょっとだけ出店でお買い物、とかは無い訳?」
 尚も諦めきれぬらしい北斗に、啓斗はぽん、と肩を叩く。
「残念ながら、予定に入っていないな」
「……けち」
 小さく北斗は呟いた。啓斗に聞こえぬように、そっと。だが、次の瞬間に北斗はぺしんと啓斗に頭を叩かれた。どうやら聞こえてしまっていたようだ。北斗は、地獄耳、と今度は絶対に聞かれぬように心の中で呟くのだった。


 出店の道を進んでいくと、やがて境内に到着した。が、境内は人で溢れかえっており、お参りをするだけで長蛇の列が出来上がっている。
「……凄い人だな」
 ぽつり、と啓斗が呟いた。
「兄貴、これは出店の一つでも堪能してから並んだ方が有意義かもしれねーぞ」
「そんな事は無い」
 北斗の提案を、すっぱりと啓斗は切り捨てた。北斗は「ちっ」と小さく舌打ちする。
「あーでもこれは並ぶのもメンドイじゃん」
 うんざりしたように北斗は呟く。すると、啓斗は北斗の手を突如取り、そっと裏道に引っ張った。列から外れ、突如として人のいない空間へと移動したのだ。
「ここから行くぞ」
「ここからって……これってズルじゃねーの?」
 裏道を軽く見回しながら北斗は苦笑する。啓斗はつかつかと歩きながら、「そうだな」とだけ呟いて頷いた。
「でもさ、兄貴がこういうズルとかするとは思わなかったぜ」
 妙に感心しながら北斗が言うと、啓斗は北斗の方を振り向きもせずに口を開く。
「そうか?」
「だってさ、ご利益が無くなりそうじゃん?ズルすると」
「ズルしようがすまいが、相手はこちらの言う事など聞いているかどうかも分からないんだから、これで充分だ」
「相手って……神さん?」
 北斗の疑問に、啓斗は何も答えなかった。北斗は小さく苦笑する。
(兄貴、神も仏も信じてねーよな)
 そう考え、ふと思い出す。興信所などで自らを『神』と名乗る相手に出会ったとしても、または別の人間に出会ったとしても、啓斗の答えはいつも「そうか」だけで終わる事を。肩書きや名称にこだわらず、ただ目の前の人物だけを信じている。
(それはそれで良い事なんだけどさー……名乗った方は寂しいよなぁ)
 北斗は苦笑する。神だろうが仏だろうが、啓斗は動じない。それが妙に誇らしく感じるのは何故だろうか?
「着いたぞ」
 啓斗に言われ、北斗ははっとして顔を上げた。いつの間にか、あの長い行列を飛び越して社に着いたのだ。そっと入り込み、賽銭を投げて拍手を打つ。賽銭は一人5円ずつ。啓斗曰く『ご縁がありますように』だそうだ。
「兄貴兄貴、御神籤引こうぜ!」
 お参りを終えた後、北斗が御神籤の前でぶんぶんと手を振った。啓斗は苦笑し、二人分のお金を御神籤の料金入れに入れ、箱に手を突っ込んで引いた。北斗も続けて引き、素早く中を開けた。
「わ、俺大吉じゃん!縁起良いじゃん!」
 目の中に飛び込んできた『大吉』の文字に、北斗は思わず声をあげて喜ぶ。細かい項目もよくは見ず、ともかく『大吉』という文字だけをじっと見つめてにへら、と笑う。
「兄貴はどうだった?」
 ひょい、と北斗は無言で御神籤を見つめていた啓斗の手元を覗き込んだ。そして、一瞬動きを止めた。そこに会ったのは『凶』の文字。啓斗は無言で御神籤をじっと見つめている。何も言わず、ただじっと。
「……ほ、ほら凶でも大丈夫だって。ただの紙切れじゃん?」
「……失せ物に『見つからず』などと書かれていてもか?」
 北斗は自分の項目を見る。失せ物は『良く探せば出てくる』とある。
「じゃ、じゃあ兄貴が何かなくしたら俺が見つけるから」
 フォローになっているのかなっていないのか、良く分からない事を言う北斗に、啓斗は小さく溜息をついた。
「どうだろう、北斗。その御神籤の代金を払ったのは俺だから」
「へ?」
「交換するというのはどうだろう?」
 一瞬の、沈黙。啓斗は至極真面目な顔をし、『凶』と書かれた御神籤を差し出している。北斗は止まっていた思考を漸く動かし、首を振る。
「い、いやだ!」
「ただの紙切れなんだろう?だったら、俺とお前のを交換しても大丈夫だ」
「それとこれとは話が別だ!」
 北斗はぎゅっと『大吉』と書かれている御神籤を守るように抱きしめた。啓斗は小さく「ちっ」と舌打ちし、仕方なく木に結ぶ。その隣に、北斗も御神籤を結んだ。それを見て、啓斗は不思議そうに首を傾げる。
「いい結果の御神籤は、持っていても良いそうだが?」
「隣に結んだら、俺の運が少しだけ兄貴にいくかもしんないじゃん?」
「北斗……」
「少しくらいなら、いいかなって」
 小さく笑う北斗に、啓斗は微笑んで返す。そして、啓斗は結んだ御神籤に向かって両手を合わせた。
「北斗の運が、俺の方に大方流れてきますように」
「兄貴……?」
 訝しげに北斗は啓斗を見る。啓斗は小さく笑い、「あ」と言って手を打つ。
「そういえば、甘酒を振舞っている筈だ。貰っていくか」
「……甘酒?飲む飲む!」
 誤魔化されたのも気にせず、北斗は顔を綻ばせ、くんくんと匂いを探った。犬のようだ、と啓斗は苦笑する。
「兄貴兄貴、貰おう!」
 北斗は走ってその場に到着し、ちゃっかりコップに甘酒を貰って飲み始めた。程よい甘みと温度が、体中に染み渡る。啓斗も北斗に続いてもらい、口にする。
「ぷはー!」
 一気に飲んでしまったらしい北斗が、そう言って一息つく。そして、もう一度コップを差し出した。
「もう一杯!」
 啓斗は思わず北斗の頭をぺしん、と叩く。
「一人一杯ずつだと書いてあるだろう?」
「だってーもう飲んじゃったんだもん」
「だもん、とか使うな」
 啓斗が言うと、北斗はちらり、と啓斗の持っているコップを見つめる。
「なぁ、兄……」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「言う事くらい、分かる。駄目だ」
 啓斗はそう言い、ぐぐぐっと一気にコップの残りを飲み干した。「ちっ」と北斗は舌打ちする。啓斗は苦笑し、飲み干したコップをぽんと放り投げた。綺麗にゴミ箱へと吸い込まれていく、紙コップ。
「おお、ナイスシュートじゃん」
 ぱちぱち、と北斗が手を叩く。啓斗は苦笑し、北斗の紙コップもひょいっと投げた。やはり綺麗に吸い込まれていく。
「これくらいなら、凶をひいても出来るみたいだな」
「御神籤、まだ気にしてんだ?」
 にやにや、と北斗は笑いながら啓斗に言う。啓斗は軽くむっとし、踵を返した。
「気にする、しないじゃない。ただ、頭の中に残っているだけだ」
「それを気にするって言うんじゃねー?」
 くくく、と面白そうに北斗は笑った。啓斗は軽く北斗を睨み、それからうーんと伸びをする。
「早く北斗の『大吉』が流れてくるといいな」
「だな……って、兄貴?」
「冗談だ」
 至極真面目な顔で啓斗はそう言い、それからまっすぐに家へと向かう。途中、北斗が出店を見て「食べたいなー」と言ってみたが、それは無視されてしまった。
「仕方ない。当初の予定通り、こたつで蜜柑だ!」
 先ほど啓斗がしたように、北斗も大きく伸びをする。啓斗はそれを見て、小さく笑った。北斗もそれに気付き、にかっと笑った。
 新たな年は、まだまだ始まったばかりなのだから。

<蜜柑に思いを馳せつつ・了>