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絵の中の男
「こりゃ、なんか深刻そうだわ」
いつも通り、行きつけのインターネットカフェからゴーストネットOFFへ寄せられた投稿をチェックしていた雫だったが、「助けてください」と表題のついた投稿を見、眉を寄せた。
家に飾ってある幽霊画から幽霊が抜け出してきて、夜な夜な家の中を歩き回っている、というのだ。
それだけならばよくある話だったが、その幽霊のおかげで色々とトラブルが起こっているらしい。
どうか、どうかお助けください――と投稿の最後は結ばれていた。
「うーん……これはちょっと可哀相かなあ」
誰かちょうどいい知りあいはいただろうか……。
候補を思い浮かべながら、雫はメールを送るべくメールソフトを立ち上げた。
雫からの調査依頼のメールに、セレスティ・カーニンガムはすぐに「その絵に関する情報をできるだけ詳しく送って欲しい」と返答した。
特に今は急ぎの仕事があるわけでもないし、なにより、そのようなことで絵画が手放されてしまうのはとても惜しいことだ、と思う。
そんな状態になってまでも手放したくない、と思ってくれるような、そんな、心から大切にしてくれる人間の手元にあるのが、絵画にとって一番幸せなことなのだ。
「幸い……ある程度の情報さえそろえば、いくらでも詳しいことを調べる手段がありますからね」
誰に聞かせるでもなく、セレスティはつぶやいた。
もう700歳をゆうに越える、人魚の本性を持つ彼の屋敷には、普通の人間ならば到底読破することのできないくらいの量の蔵書がある。それに彼がその気になれば、財閥総帥としての力を使うこともできる。絵の1枚や2枚のことならば、簡単に調べがついてしまうのだ。
そのままパソコンの前でしばし待ってみたものの、雫からの返信はすぐに届く気配がない。どうやら、情報を集めるのに手間取っているらしい。
これは、しばらくかかりそうだ。セレスティはそう判断し、暇な間は読書でもしようと、手近にあった本を手に取った。
「あの〜、すみません〜!」
そうして、しばらくたった頃、よたよたとどこかおぼつかない足取りで、黒いローブの裾を引きずった少年が部屋へ入ってきた。
「セレスティ・カーニンガムさんにこれを届けて欲しいって瀬名さんから頼まれたんですけど……セレスティさんはこちらだ、って伺ったのできちゃったんですけど、大丈夫でしたか?」
きょろきょろと少年は、どこか挙動不審な様子で部屋の中を見回している。どうやら、こういった屋敷にはあまり慣れていないらしい。
「ああ、雫さんからですか。わざわざすみません、メールでも構わなかったのですけども……」
「あ、いえ、いいんです。僕、たまたま暇だったし……それに、絵の複製、結構大きくて。写真を送るよりは、複製そのものを送ったほうがいいみたいだったので」
言いながら、少年は筒状になった複製画を器用に広げてみせる。
どうやら、それがくだんの幽霊画らしい。
ほとんどが墨一色でおどろおどろしい形相の幽霊が描かれている。モノトーンの世界の中で、口の端から垂れている血だけが赤い。
だが、幽霊画といえば普通は大人なのだが、この幽霊画に描かれているのは、どう見ても子供のように見えた。
「これが……例の幽霊画、ですか」
「え? これ、幽霊画なんですか?」
自分がなにを持ってきたのかも知らないらしく、少年がきょとんと首を傾げる。
「ええ、そのようです。どうやら、夜な夜な、この中から幽霊が抜け出してきて、家中をさまよい歩くのだそうですよ」
「……うわ、怖いなあ……。僕、そういうのって苦手なんですよね」
「おや? みたところ、魔法使いかなにかとお見受けいたしましたが」
「魔法使いだって、怖いものは怖いんですもん」
恥ずかしくなったのか、少年はうつむいてしまう。なんだかおかしくなって、セレスティは声をたてずに笑った。
「あ、僕はこの辺で失礼します。資料は……えっと、ここに置きますね」
少年は持ってきた資料をセレスティの机の上に置くと、ぺこり、と頭を下げる。
「ありがとうございます。あ、そうそう、このままお返しするのも悪いですし……お茶でもご一緒にいかがですか?」
「あ、いえ。別のおつかいも頼まれてるので、すぐに戻らないと……僕はこれで、失礼します」
「そうですか……。また、いつかいらしてくださいね」
「はい、ぜひ!」
言いながら少年はくるりと踵を返して、ぱたぱたと出て行こうとする。
「あ、キミ、名前は?」
その背中に向かってセレスティが気まぐれに声をかけると、少年はくるりと振り返って、
「時人です。朝野時人。また、今度、もしよかったら遊びに来ますね!」
と笑顔で答え、また前を向いて走って行ってしまう。
「せわしない方ですね」
セレスティは苦笑し、机の上に置かれた資料へと目を移す。
そうして、ゆっくりとそれに目を通しはじめた。
「これが……その、幽霊画ですか?」
応接間で主人が広げて見せた幽霊画を慎重に受け取り、じっくりと眺めながらセレスティは言った。
雫の送ってくれた資料をあたってはみたのだが、特にめぼしい情報も得られず、仕方なく、こうして依頼人の家まで足を運んでから対策を練ることになったのだ。
「はい。この子供が、夜になると、家中を歩き回るんです」
答えたのは青白い顔をした女性だった。彼女は依頼人の妻で、幽霊のせいで寝込んでしまった夫に代わって、こうして、セレスティを出迎えてくれているらしい。
「あまり、禍々しいものは感じませんが……」
「でも、夫が伏せってしまったのも、娘の体調がすぐれないのも、すべてこの絵のせいに違いないんです」
「絵を処分しようとはお考えにならなかったのですか?」
「この絵は、夫の家に代々伝わるものなのだそうで……私の一存で処分するなんて、とても」
「そうですか……ところで、その幽霊ですが、夜にしか現れないのでしょうか」
「ええ、昼間、現れたという話は聞きません」
「では、夜中の調査はご迷惑になりますし、もし差し支えなければ、持ち帰って調査したいのですがよろしいですか?」
「はい、それはもちろん……カーニンガムさんだけが頼りです。よろしくお願いいたします」
セレスティの申し出に、夫人は、深々と頭を下げた。
そうして、その夜のこと。
「ねぇ」
セレスティが休んでいると、耳元で、子供の声がした。
ゆっくりと目を開けて身を起こすと、着物姿の小さな男の子がベッドの脇にちょこんと座り、セレスティをのぞきこんでいる。
「キミは……あの絵の中の?」
セレスティが静かに訊ねると、男の子は元気いっぱいに大きくうなずく。
あのおどろおどろしい幽霊画の様子からは想像もつかない、明るい様子だった。
「私は、キミが毎晩あの絵の中から出てきて、家の方々に迷惑をかけていると聞いているのですが……本当ですか?」
「え? 迷惑って、どういうこと?」
自分のしていることがわかっていないのか、男の子は首を傾げて問い返してくる。
「キミのせいで、床に伏せっている方もいると聞いていますよ」
「……ああ。僕、ただ、みんなと遊んでただけなんだ。それなのに、みんな……」
「キミは普通の人間とは違いますから……他の方と一緒には遊べないんですよ」
「そうなの?」
しゅん、とうなだれた男の子の頭を、セレスティはそっとなでてやる。
「今夜一晩、私が遊んであげましょう。好きなだけ遊んであげますから……あとは、大人しくできますね?」
「え、いいの? だって、普通の人は一緒に遊べないんじゃないの?」
「私は……大丈夫ですよ」
セレスティが微笑むと、男の子は満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうにうなずいた。
翌朝、セレスティが目覚めると、幽霊画が机の上に広げられていた。
絵の様子は預かってきたときに比べて特に変わったところはなかったが、描かれている幽霊の表情が、心なしか、晴れ晴れとしたものになっているようにセレスティには思えたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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あけましておめでとうございます。はじめまして、今回、「絵の中の男」の執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
新年一発目の発注! ということで、ドキドキしながら書かせていただきました。初夢のようなもの――ということで、お楽しみいただけていれば嬉しいのですが、いかがでしたでしょうか。銀髪の男性、ということで、もう、こちらといたしましてはそれだけで、書いていて楽しかったです。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどお寄せいただけると喜びます。では、今回はありがとうございました。
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